第四十話 聖グランベリー修道院
ゴブリンらとは一度別れ、ヴィクトルらはクレール・モンフェランで一夜を過ごした。
小さな宿場町は巡礼の旅人らを歓迎し、彼らは教会の巡礼宿へ。ヴィクトルらは宿に泊まった。
翌日、湖畔を馬で進み、三人はとうとう聖グランベリー修道院を擁するグランベリーの街へとたどり着いた。
ジュナイブと比べると厳かにして自然豊か、農家が多く人は朗らか。現地の人々は帝国語が一部しか通じず、フランツ王国語が公用語であった。
フランツ語がわからないアイナの為に、ライラが通訳していると、ヴィクトルは帝国語で現地の人と会話を行っていた。
「ヴィクトル様はフランツ語も堪能なのですね」
「しゃべるのは苦手だが、何語だろうと言ってる言葉は何となくわかるんだ」
「えーずるい! でもまぁ若はゴブリンと分かりあえるぐらいですからね……」
街道を進み、市場を眺め、一行は聖グランベリー修道院へとたどり着いた。
塀に囲まれた広々とした果樹園に、大きな修道院。左右に新旧二つの治癒院、そして巡礼用の聖堂が設けられていた。
入り口に立つ守衛が巡礼札を確認し、ヴィクトルらは聖堂に案内され水の洗礼とグランベリーの果実を受けとった。
神の果実、グランベリー。見たこともないほど赤く大きなベリーの実は瑞々しく、甘みと少しの酸味を伴い、疲労した体に染み渡った。
「では私達は修道院にご挨拶に参ります」
「あぁ、オレは市場でも巡って、宿で待つとしよう」
ヴィクトルと聖堂で別れ、ライラとアイナは男子禁制の修道院へと向かった。
聖堂では多くの巡礼者が祈りと喜捨を捧げ、願いに応じて果実やポーションを授けられていた。
「なるほど……ここではポーションが手に入るのか。抗生の水もあるのはでかいな」
喜捨だから正確な値段はわからないが、相場はおよそ金貨一枚のようだ。
「元手はガラス瓶だけで一金貨か……いい商売をしている。こんな大聖堂も立つわけだ」
天井を仰げば、赤、青、緑の三色に彩られたステンドグラスから太陽の光が注がれていた。
――
市場は各地から訪れる人々の活気であふれ、豊富な水源から得られる魚や果実、麦に家畜。そして様々な香辛料が売られていた。
その中でもヴィクトルが気にかけたのは、ポーションとはまた違う薬草水の店だった。
「この水はなんだ? ずいぶん魚臭いな」
「ドクダミと言う草から抽出した水です。ポーション要らずなんて言われてて、病全般に効きますぜ」
「へぇ……そいつはすごいな」
「兄さんは巡礼騎士かい? それなら水より乾燥ドクダミがオススメですぜ。茶にすれば旅でも安心だ」
「なるほど。一束貰おうか」
「はいよ」
店主は一包みの束を用意した。
「いや、包みじゃない。ああいう束でくれ」
ヴィクトルが金貨二枚で指し示したのは家畜用の麦束だった。
「あ……ハハッ! 景気のいい旦那だねぇ、よっしゃあるだけ持っていきな!」
店主は店の在庫を全て包み、種と薬草水もつけた。
ドクダミをアロに乗せ、厩付きの宿屋に向かう。夕暮れ頃にライラ達が戻り、合流した。
「ヴィクトル様……それなんですか?」
ヴィクトルの部屋には独特の薬臭い匂いが充満していた。
「ドクダミと言う薬草らしい。抗生の水代わりになるから、買い込んでおいた」
「そうですか……ちなみにおいくらですか?」
「金貨二枚だ。抗生の水二瓶と思えば安かろう?」
「まぁ……確かに?」
「若、抗生の水ならライラ様でも作れるそうですよ」
「なに!? そうなのか?」
「はい……聞く所によると、私にはその力もあり、グランベリーの治癒院で訓練をしていただけるそうです。ただ――」
ライラの表情が曇る。
「革新派への改宗と、修道院での半年の修行が必要とのことで……」
「ダメだ。ライラもアルゴ砦も古式派でいい。そしてライラはオレの妻になるんだ。半年も修道院に送るなんて考えられん」
ヴィクトルはキッパリと即答した。
「ヴィクトル様……!」
感極まって抱きつこうとするライラを、ヴィクトルが力強く抱き寄せた。
「わわっ、すご……さすが聖グランベリーの加護ですねぇ」
「どういう意味だ? アイナ」
擦り寄るライラを撫でながら尋ねるヴィクトル。
「いえね……聖グランベリーの大樹にライラ様が願ったのが……」
「わわわ、アイナさん言わなくていいです!」
「なんだ? 言え」
「……はい、ヴィクトル様と正式に結婚式を挙げたいと仰ってました」
真っ赤になってうずくまるライラを、ヴィクトルが見つめる。
「ならいっそ、ここで挙げるか?」
「は、はい!?」
「アルゴ砦の教会でなくていいんですか?」
アイナの問いに、ヴィクトルは軽く笑いながら答える。
「構わん構わん、どうせあっちで喜ぶのはドル爺ぐらいだろ。ここで挙式を行い、向こうで祝杯を挙げればいい」
「そ、そんなんでいいんですか……?」
「ライラは不満か?」
「いえ……大満足です」
ライラはヴィクトルの胸の中で、ギュと力を込めて瞳を閉じた。
「やれやれ……お熱いことで……」
今晩の部屋は分けて貰おう。アイナはそっと宿の主人の元へと向かった。
――
翌日、巡礼服の治癒師と冒険者風の巡礼騎士の二人が聖グランベリーの聖堂で結婚式を挙げた。
古式派の神父から導かれ、互いに家族の庇護を誓い、契約の口づけを交わし合う。
証人アクアライナはその誓いを静かに見守っていた。




