第三十九話 モンフェラン・ルート
「では、汝らに聖グランベリー修道院までの巡礼の導きを与えます」
出立に際し、アルゴ教会でグノシス神父から洗礼を受けた干し果実と巡礼札を受け取るヴィクトル、ライラ、そしてアクアライナの三名。
「では行って来る。門のことは頼んだぞ、フェルディナ」
「お任せください、ですわ」
女と見紛う美麗の騎士、フェルディナは元々フェルディナンドと言う男騎士であった。魂が女であったため、大公女イセリアの側仕えとなったらしい。
アルゴ砦ではフェルディナと言う守衛として身を潜め、時が来ればまたイセリアの元へと帰るだろう。
フェルディナが見送り、ヴィクトルらはゴブリン男爵と数匹のエリートを引き連れてモンフェランへと向かい始めた。
幾人かの巡礼者が、その姿を追って随行した。
――
モンフェランに向かう道。ヴィクトルとライラがアロに乗り、アイナが馬で並んで闊歩する。
「それにしても、アイナまでついて来るとは意外だったな」
「いやー、水使いとしてはグランベリーには一度行ってみたかったんですよ!」
「私もアイナさんも、聖人アクアライラ由来の名前ですもんね」
「聖アクアライラとグランベリーってなんか関係あるのか?」
「かつてエセルと共に旅した聖アクアライラがモンフェランの氷河を砕き、川が流れるようになり、それがレマナ湖になりました」
物語を語り聞かせるように、ライラが続ける。
「そしてエセルが湖畔にグランベリーを植えることで、人が住める豊かな土地になったと言う逸話があるんですよ」
「三国にまたがる巨大な湖を作るとか、いくらなんでも盛り過ぎだろ……。神話ってのはこれだから」
眉につばを塗るような仕草をするヴィクトル。
「あはは、聖地の水源はどこも聖アクアライラが作ったってことになってますからね」
「じゃあアイナにもアルゴ砦に池ぐらい作ってもらうか」
「私は温泉の湯冷ましで精一杯ですぅ」
雪が残るモンフェランの山道を進み、道なき道へと入り始めた。
「この辺りから道は厳しいな……急斜面もあるし、なにより……」
「道に迷いそうですねぇ……」
行き交う人が少ない山道は草木で荒れ果て、進むべき道すら分からなくなってきた。
「道をよく見れば巡礼者が置いた標石が見つかります。分かれ道になれば標が置かれていますから、ゆっくり進めば大丈夫です」
ライラの言に従って、スカウトやディガーが標石を探して道を先導した。
やがて三叉路の道、標が見えた。それは墓のように突き立った木のクロスと、積み重なった石でできていた。
ライラが一つ石を積み上げ、祈りをささげる。
「これはこの巡礼道で亡くなった方々の墓であり、道標です。彼らの魂の救済と感謝を共に祈りましょう」
ヴィクトル、アイナが祈りを捧げ、巡礼者達もそれに続いた。ゴブリンらは楽しそうに石を拾い、そこに積んだ。
「ふむ……バロン、道は覚えたか?」
「グ」
小さく頷く、旗持ちの大きな山ゴブリン。
「道を切り拓くぐらいはできそうか?」
「ググ、グォ……グァ」
バロンが身振りで手振りで標石やただの石、草、道を示しながら鳴いた。
「あー、なるほど? ちょっと工夫が必要だな」
「グ」
「ヴィクトル様……バロンさんはなんと?
「野生の山ゴブリンにはバロンでも二単語の命令しか伝わらんらしい。『イシ、ドケロ』『クサ、ヌケ』みたいにな。彼らが整地しようとすれば標石も動かされてしまうだろう」
「そうですか……でも代わりに道が整備されれば、要所に看板を置けば事足りるかと」
「別に動かしていいならできそうだな。墓だけ壊さないようにしてくれ」
「グゥ」
道中はさらに険しくなり、一行は馬から降り、植物をかき分けて斜面を登り始める。
「木は伐られているからなんとか進めるが……中々に厳しい道だな」
「でもほら、道の脇に良く野苺が咲いているでしょう? これがまさにエセルが通った道である証明なんです」
「そうなのか……?」
「はい、毒はありませんから、ヴィクトル様もどうぞ」
ライラが採った野苺を一緒に頬張り、ゴブリンや巡礼者もそれに倣う。
「お前達、あんまり食べ過ぎるなよ? あちこち実ってるから、少しずつ食べろ」
「ギィー」
やがて斜面を登り抜けると、広く続く高原が広がった。
「まだ昼を過ぎぐらいだが……この辺りで休憩するか」
「そうですね。宿営地にはちょうど良いかと」
「じゃあ水と火を準備致しますね」
アクアライナが桶に水を溜め、石と薪を組んで焚き火を起こした。
「ここらまでならちょっとしたハイキングだが……」
ヴィクトルの視線の先、嶮しいモンフェランの峠と谷が見え始めていた。
「グァ」
「ふむ、この高原に巣を作り拠点とするか。良さそうだな」
「山ゴブリンさんのお家を作るんですか?」
「いや、彼らは穴ぐらでいい。家を作ると巡礼者が間違ってやってくるだろう。巡礼者の休む場所はもう少し先に東屋を作ろう」
「東屋?」
「屋根と柱だけの休憩所だ。さすがに家までは建ててやれんからな」
「はい。それだけでも、ずいぶん助かると思います」
一行は夕暮れまで高原の拠点位置を策定し、そこで野営を行った。
アイナが巡礼者らに水の施しを与え、ライラがその足を癒した。巡礼者は施しに感謝し、共に高原の夜を過ごした。
夜半、遠くから狼の遠吠えが聞こえていた。
――
二日目、谷を越える。谷を越えるような橋は無く、急な斜面を下り、なんとか渡れそうな所から冷たい川を越え、また登った。
三日目、長く続く緩やかな斜面を下っていき、やがて川の先にレマナ湖と宿場町が見えはじめた。
クレール・モンフェラン。モンフェランの山の麓、太陽の光が湖畔を照らし、漁場と教会を中心とした小さな宿場町に到着した。
「ようやく……人が住める土地に着いたか……」
「大変でしたねぇ……」
「アイナはずっと馬に乗って休んでたろ……」
体力のあるヴィクトルですらへとへとになり、アイナは馬の荷物と化していた。
「でもほら、ここまで来れば聖グランベリー修道院も見えますよ」
ライラが示す湖畔の先、レマナ湖の向こうには大聖堂を思わせるような、大きな修道院が見えていた。




