第三十八話 巡礼の誘い
「イセリア様、綺麗でしたねぇ」
「騒動から僅か一ヶ月……電撃結婚だったな」
ジュナイブで行われたイセリアの結婚式から帰り、ライラは帳簿をつけながらヴィクトルと歓談していた。
「噂に変な尾ひれがつく前に、ジュナイブが責任をとった形にしたかったんだろう。実際傷物にはなっていないとは言え、周りはそうは思わんからな」
「ジュナイブの人は別に悪くないのに……なんだか可哀想ですね」
「まぁ、結果的に大公女を街に迎え入れられたんだ。国境の自由都市としては嬉しかろう」
アルゴ砦は知らぬ存ぜぬを通したが、ジュナイブのマクスウェルらは真相に薄々気づいているようだった。
恐らくイセリアが向かったであろう行き先、共に過ごした友好的なゴブリンの存在、着ていた服に使われていた布地。ジュナイブ側が気付く手がかりは十分にあった。
だがそれを追求したところで広がった醜聞と都市封鎖で失った金は戻らない。狡猾な商人らは真実よりも傷物の大公女を手に入れることを選んだ。
「そういうものですか……」
「ジュナイブはいつ西のフランツや南のロマリアに攻められてもおかしくない土地だからな。どことも争いたくないんだ」
「ロマリアと言えば、正統教会から巡礼道整備の打診が来てるんですが、どうでしょうか?」
「巡礼道って?」
「ロマリアの教皇領ロマーナから遠くエセル神聖王国の聖都まで、かつてエセルが辿ったとされる道のことです」
「規模がでかいな……五ヶ国ぐらい渡るじゃないか。それがなんでうちに?」
「レマナ湖の北岸にある聖グランベリー修道院が有名な巡礼地なんですが、アルゴ砦からの道の安全を確保してもらえないかと……」
「アルゴ砦から北西か……恐怖の山とか永久氷河とか言われるモンフェラン山を越えるって、相当キツくないか?」
「はい。なので今はジュナイブからレマナ湖を西周りするルートが主なんです。でもここが繋がればロマーナから巡礼者がたくさん来ますよ」
「ふーん……」
「あんまり興味なさそうですね……」
「いやだって、巡礼者ってお金にならないし……」
「もう! エセル信徒にとっては大事なことなんですよ」
「だいたい巡礼ってなにするんだ?」
「多くは贖罪、そして試練ですね。単に熱心な信徒の聖地巡りもあります」
「ふむ……?」
首を傾げるヴィクトルに、ライラは指を立ててたしなめるように話しはじめた。
「いいですか? まず贖罪とは素足でお金も持たず、道中の人の善意に触れながら聖地を巡礼する事で罪を清める行いを言います」
「巡礼服着た、よく見るやつだな」
薄汚れたローブに杖、関所とかでは巡礼札で通る奴。ヴィクトルの印象ではただの物乞いだった。
「次に試練。これは治癒師や導師、騎士、司教になる方が聖地に向かい、洗礼を受けにいきます。聖グランベリー修道院は特に女性治癒師の聖地で、神聖騎士が同行することが多いです」
「なるほど」
それなら少しは金になりそう。
「聖地巡りは個人だったり団体だったり、理由はまぁいろいろですね。聖グランベリー修道院なら健康とか安産祈願とか」
「なるほどねぇ……ようは観光客か。団体の護衛ならできるが、個人の護衛はゴブリンにはちょっとな」
「道を整備して安全を確保してもらえるだけでもいいんですが……だめですか?」
「別にダメじゃないさ。ちょうど山ゴブリンに仕事が欲しかったんだ。やらせてみるとしよう」
「良かった! 巡礼者に施しをする事も贖罪になります。ヴィクトル様の罪もきっと洗われますよ!」
「はは、そういうもんか。ならもう少し巡礼者には優しくするとしよう」
「ヴィクトル様、大好きです!」
ギュッと抱きしめてくるライラの温もりを背に、ヴィクトルは思わず破顔した。
「こほん。仲が良いのは大変結構ですが、増えた人件費の計算はできましたかな?」
静かに同席していたブランドルから咳払いが入り、ライラは慌てて帳簿整理に戻った。
「ええと、ヴォルフさんが日当四銀、イセリア様の元護衛騎士フェルディナさんが一銀でいいんですよね?」
「いや、ヴォルフは帝国に籍を置いてる間は月払いの二銀でいいそうだ。あちらからも貰ってるからな」
「そうなんですね、じゃあ3ソル×30で90ソル。月9ダリヴルの人件費増加です」
「それとイセリア様から貰った金貨が10枚」
「はい、12ダリヴルの臨時収入です」
ササッと記帳し、ライラは帳簿を閉じた。
「では、巡礼道の計画に移りましょう!」
いつになくやる気なライラはテーブルを片付け、地図を広げ始めた。
――
「ふむ……アルゴ砦からグランベリー修道院まで行くルートは二つだな」
一つはモンフェランを迂回して、レマナ湖を東回りするルート。
もう一つがモンフェランの谷を越えてレマナ湖まで直行するルート。
「正直、東回りルートはアルゴ砦よりジュナイブから行ったほうが良いな」
「そうですね。そしてジュナイブに行くなら道が整備されてる西周りルートになります」
「ならモンフェラン一択か……距離は短いとはいえ、こんな道に人が来るのか?」
「必ず来ます。かつてエセルが通ったとされる道は、モンフェランの谷ですから」
「なるほど……なら、直行ルートを整理しよう」
アルゴ砦から北西のモンフェランの谷へ。
モンフェランの谷を越えてレマナ湖東岸へ。
そして聖グランベリー修道院へ。
「谷越に二日〜三日、レマナ湖東岸から修道院まで一日ってとこか」
「レマナ湖東岸にはモンフェランからの川が流れる位置にクレール・モンフェランと言う宿場町がありますよ」
「詳しいな」
「はい、私は巡礼済みですから」
「ああ、なるほど」
あえて厳しいモンフェランルートを通ってるあたり、さすがと言おうか。
「なんにせよ、一度現地を見てみないことには判断できないな」
「では……一緒に聖グランベリー修道院まで巡礼に行きましょうか!」
朗らかな笑みで、パンと柏手を打つライラ。
「えぇ……まぁ……行くか……」
ヴィクトルは心の中で嘆息しながら、小さく頷いた。
――ライラの帳簿 五の月
出費
食費360ゼニ(15ソル)×30日 45ダリヴル
その他2ソル×30日 6ダリヴル
人件費3ソル×30日 9ダリヴル
計 約60ダリヴル
収入
ジュナイブ商隊
通行料 往復馬車16台 32ダリヴル
傭兵料(1ダラス) 18ソル×8日 144ソル
乗合馬車 20ダリヴル
ヤクール市場 2ダリヴル
計 約68ダリヴル
山ゴブリン貯金
魔石と貴重品少々
臨時収入
イセリア様から金貨10枚
12ダリヴル
残金119+8+12=139ダリヴル




