第三十七話 大公女のかくれんぼ
「リア様、ご事情はヴォルフから聞きましたが、本日中にはお帰りいただきますよ」
朝、ヴィクトルはたしなめるようにイセリアに告げる。
「あと一日……あと一日だけお願い!」
指を立て懇願するイセリア。
「しかし……」
「朝一番には帰るから、ね?」
「これ以上は、伸ばしませんからね……」
大公女の願いを無碍にもできず、ヴィクトルはしぶしぶ了承した。
――
その日のイセリアはヴィクトルとゴブリンの訓練を眺めていた。
「陣形ツヴァイ!」
「「「ギィ!」」」
四番隊まで編成された計96匹が、ヴィクトルの号令に従い速やかに並ぶ。その美しい編隊にイセリアは喝采を挙げた。
「すごい! 騎士団みたい!」
「ハハ、さすがに騎士とは比べられません。せいぜい傭兵団といったところです」
「他にはどんな訓練をするの?」
「編隊、銃構え……あとは『かくれんぼ』ですね」
「剣の鍛錬とかじゃないの?」
「ゴブリンらはこの遊びが好きだし、向いている。そして銃の戦いとは、本質的にかくれんぼです。お見せましょう」
ヴィクトルが号令をかけると、ゴブリンらが二手に分かれた。それぞれ塹壕や森、壁に身を潜めていき、あっという間に姿が見えなくなった。
「投石許可!」
各自が泥や石を集めだし、ゴブリン達が互いの陣地で石を投げ合う。ぶつかった者は退場して行く。
その中で、ゆっくりと敵陣地に忍び寄る数匹のゴブリン。匍匐前進するもの、穴を掘る者、木を飛び移る者、大きな盾を構えて進むもの。
それらのゴブリン達が塹壕に飛び込み、一気に石を投げ入れて敵を一網打尽にした。
「すごい……」
「集団でやるときはこんな感じですね。本番は銃ですが、訓練では銃の代わりに石だったり棒だったり。自由時間にも森や山でこうして遊ばせています」
「遊びながら訓練してるのね」
「まぁ小さい子みたいなもんですから。ちょっとでも楽しくしてやらないと」
「なんだか、孤児院の先生みたい」
イセリアがクスリと笑った。
――
日が傾く頃、見張りが城門に近づく影を見つけてヴィクトルを呼んだ。
見ればぐったりと力尽きた黒鉄の騎士を乗せ、よたよたと歩く一頭の黒馬が砦に向かって来ていた。
「ヴォルフ!?」
ヴィクトルが馬を駆け、迎えにいく。
「ヴォルフ、一体どうした? アクアライナは?」
「ただの魔力枯渇です……それより、一刻も早く、イセリア様をジュナイブにお送りください。本当の輿入れは、今日です。ジュナイブは大騒ぎで、門は封鎖されてアクアライナも中に……」
ヴォルフは必要な報告を絞り出し、汗だくの体を馬に預けた。
「なんだと……」
ゾワリと背筋に悪寒が走り、ヴィクトルが砦に振り返る。
城壁でその様子を見下ろす黄色い令嬢。麦わら帽子を傾けて、そっとその身を砦の影に潜ませた。
「イセリア様、お待ちください!!」
――
「ライラ、ブランドル! イセリア様を探せ!」
ヴィクトルが叫びながら砦内を走り回る。
もし婚姻が破談になり、その身柄がアルゴ砦にあったとなれば追及は避けられない。
帝国が本気で介入する理由付けがあれば、こんな砦など一夜も持たないだろう。
「失礼する!」
バタンバタンと個室の部屋を開けていく。そのいずれもが、もぬけの殻だった。
完全に確信犯。とんでもない爆弾娘だ。
「ヴィクトル様、イセリア様は教会に向かったようです!」
息をつかせたメイドとライラが合流する
「わかった、すぐに向かうぞ!」
夕刻の鐘が鳴る教会の礼拝堂に、護衛の騎士を伴い祈りをささげる黄色い令嬢の姿。
カッカッと軍靴を響かせながら、立ちはだかる護衛騎士を押しのけてヴィクトルが歩み寄る。
「イセリア様、お戯れはここまでです」
背後から掛けられるヴィクトルの声に、令嬢はビクリと肩を震わせた。
「ヴィクトル様……申し訳ございません……」
ゆっくりと振り向いたその黄色い令嬢は――
――イセリアの、侍女だった。
「……大公女殿下は、かくれんぼがお望みか」
ギリリと歯噛みしたヴィクトルは、怒声をあげてゴブリンを招集した。
――
「一番隊、主砦区! 二番隊、城壁! 三番隊四番隊は居住区を探せ! 巴組は温泉だ!」
「「「ギキィー!」」」
散開するゴブリン、各自が勢いよくアルゴ砦内を駆け回り、やがて倉庫の奥に隠れた薄青いワンピースを着たイセリアが小さい小鬼に捕まった。
「良くやった、スカウト」
「ギイー!」
ヴィクトルに撫でられて喜ぶ小鬼。
「さぁ、イセリア様。ここまでした理由をお聞かせ願いましょう。ことと次第によっては、直ちにジュナイブにお帰りいただく」
「ごめんなさい……」
しおらしく頭を下げるイセリア。
「よもや私を誘拐犯に仕立て上げるおつもりか?」
「それは……そうなったらいいなって」
「とんでもないことを……」
悪気があるのか無いのか……ヴィクトルは頭を抱えた。
「大丈夫よ! 私がいたら帝国も手を出せないわ!」
「そう言う問題ではない」
ギロリとヴィクトルが睨んだ。
「……はい」
「はぁ……すぐにヴォルフに送迎させます。お帰りの準備を」
「いや! 私、フランツに行ったら全部取られるの! 服も、思い出の品も、侍女もみんな! お願いあと一日、今夜だけ!」
懇願するイセリアの姿。その姿の向こう、ヴィクトルの脳裏に知らぬはずの光景が流れ込んだ。
――
フランツ王国妃となるイセリアの姿。
美麗なる薔薇の宮殿、仮面の舞踏会。
飢える民、決起する民衆、革命の旗。
――そして
ギロチンの刃に処断される、イセリア・アンティローネの姿。
――
「なんだ……いまのは」
頭を抱え、ふらつくヴィクトルにイセリアは首を傾げた。
「イセリア様、確認ですが輿入れ先は……フランツ王国の太陽王ですか?」
「はい……」
「と言うことは……今のは風の先触れかそれとも……」
「どうかされましたの?」
「いえ……少しだけ、イセリア様に協力する理由ができました」
「ホント!?」
「ですが、アルゴ砦を危険に晒すわけには行きません。我々とは無関係を貫いていただけますか?」
「わかりました!」
「ひどい醜聞になるやもしれません。お覚悟は?」
眉を吊り上げ、ヴィクトルが力強く問う。
「望むところです!」
「では……その格好でもう少し、ゴブリンと隠れんぼでもしてきてください。できるだけ、本気で」
「……はい?」
――
翌日、イセリア・アンティローネは侍女とともにジュナイブ郊外で保護された。
二人はケガこそないものの、着ていたはずの衣服を失い、泥だらけでゴブリンのような丈の短い服を着ていた。
イセリアと侍女は行方不明の間、何があったのかを固く黙して語らず、誰もがそれを察した。
護衛の騎士は見つからず、死んだものとして扱われた。その身柄は密かにアルゴ砦に身を隠している。
「フランツ王国との婚姻はめでたく破談だ。全く、とんでもない醜聞を抱えてくれたものだ……」
「お止めなさいジーク! この娘が一番傷ついているのですよ!」
妹を責める兄と、ギュッとイセリアを抱きしめる母、大公妃。
「ジュナイブの市議長は今回の件を強く詫びている。傷物の姫を受け入れると言うほどな。成金の商人か……修道院にでも入るか、好きな方を選ぶんだな」
「……ジュナイブのお金持ちに嫁ぐってことですか?」
「そうだ。もうお前には、爵位も持たぬ商人ぐらいしか貰い手はない」
「それ! 行きます!」
イセリアは瞳を輝かせ、身を乗り出して応じた。
「……? リアがそれでいいなら、まぁ良いが……」
イセリアの兄、第三皇子ジークフリードは、愚かな……しかし愛らしい妹の生末をジュナイブの豪商から選んだ。
――
後日、大公女としては決して華やかではない挙式がジュナイブにて行われた。
ヴィクトル、ライラ、そしてアクアライナの三人は遠目からその挙式を眺めていた。
恰幅のよい穏やかな中年の商人の隣で、年若いイセリア・アンティローネはにこやかに微笑んでいた。




