第三十二話 鉱山都市カルデロ
「見えて来たぞ、この谷一帯が鉱山都市カルデロだ」
左右に切り裂かれたような嶮しい谷に広がる宿場町。木材や綱で吊られた不安定な足場。
カンカンと谷に響く採掘音や、ウィンチやトロッコを動かす歯車の音。あちこちから蒸気の湯気と煤黒い煙が立ちのぼる。
宿に向かうジュナイブ商隊。クルをテントがわりに建てるゴブリン兵団と別れ、ヴィクトルとライラ、そして用心棒のランディがカルデロの地に降り立った。
「すごい……よくあんな高いところで働けますね」
「そのための足場だからな。まぁ当然ケガ人も多いし教会もない。こういう所ではポーションだけが命綱だ」
「教会がないんですか?」
「ヤクール族もそうだが、このへんになると完全に多民族の集落だからな。過去帝国や他国に占領されたこともあるが、どこも維持できないんだ」
「それはなぜ?」
「ここは銀と岩塩の産地。塩分が高すぎて農耕不可。交易ができなければ住民は暮らせないし、占領すれば他国も黙ってない。結果として現地の組合が仕切る独立都市になったんだ」
「はー、なるほど?」
「あんまりわかってないな……要するに、誰も手を出せないかわりに、暮らすにはあまりに厳しい、異民族やバニシュ達の働き口だ」
「わかりました! ヴィクトル様やランディさんが一杯いるんですね」
「まぁ間違っちゃいねぇな」
屋台の肉を頬張りながらランディルが言う。完全に街に馴染んでる。
「確かに……」
「それで、交易するったってギルドを通さないと話にならんだろ?」
「まぁとりあえず行ってみよう。何度か挨拶はした事がある」
屋台通りを抜け、三人は奥の交易ギルドへ向かった。
――
カルデロ交易ギルド『三叉路』
「アルゴ砦の傭兵団ですね。今日は何か?」
「最近治安も良くなってきたから、交易を始めようかと思ってな」
「傭兵ならご存知でしょうが、うちは素人が手を出すには結構リスク高いですよ?」
「まぁ、織り込み済みだ」
「まずギルドへの加入費が10金貨、山間に耐えうる馬車、交易品は1リヴル単位から最低取引価格10リヴルです」
「ヴィクトル様……馬車っていくらぐらいですか?」
「荷馬車は久しく使ってないが砦に二台ある。馬を買うか借りるかすればいいだろう」
「普通は加入費で諦めるんですが……まぁあるならいいでしょう、扱う荷は?」
「わからん。そもそも特産品がない。そっちの品を教えてくれ」
「運び屋ってことですか? ジュナイブならまぁ売れるでしょうが……こんどはそっちの加入費とられますよ」
「……ヴィクトル様、敷居高そうですよ」
「そうなのか? 困るな」
「まぁうちは困りませんが……ギルドランクが低いうちは交易品が限られます。販売は塩、鉄、石炭。買取は食料品、ポーション、酒です」
「ポーション売れるってよ?」
「売りません」
「酒は売るぐらいなら俺様が飲む」
「何しに来たんですか……」
結局、交易はジュナイブの伝手が無いと出来そうにも無いので諦めた。
「ポーションが売れたらなぁ……」
「どうせ専用のガラス瓶が無いと、運んでる内に消えますよ?」
「それもそうか。でもそれだけケガ人が多いってことだよな」
「教会が無いのは辛そうですねぇ」
「教会ならアルゴ砦にできたろ。ライラちゃんもそこで治癒するならいいんだろ?」
「それはまぁ。悪い人でなければ」
「……そうか、物じゃなくて人を運べばいいんだ」
「おん?」
「温泉と治癒院と宿はある。アルゴ砦を療養地にして、カルデロとジュナイブから人を運ぶんだよ」
「それ、いいと思います!」
――
アルゴ砦に帰り、二台の荷馬車を改装して乗合馬車を組む。馬二頭でそれぞれ最大12人、片方にはゴブリン兵団。坂路はゴブリンが力技で押す。
人を乗せて往来するだけなので宿泊はなし。カルデロ行きの往路と復路に一日。
ジュナイブ行きの往路と復路に一日。
不測の事態に備え、一日ずつ休みを設けて四日の行程。
月7〜8回の往来で一人2銀。
ジュナイブ〜カルデロ間は宿泊込6銀。
最大12人✕2銀×4行程×7回で約700銀
「最大70ダリヴルの収入……!」
ライラが感嘆の声をあげる。
「しかもジュナイブの傭兵と行程を合わせれば、そっちの負担もないぞ」
「アルゴ砦の通行料と宿泊費はどうします?」
「通行料は込みでいいだろう。宿泊費は1銀のまま個室はモットー内で6銀だ」
「個室高すぎませんか?」
「モットーに泊める気がないからな。貴族用の値段だ」
「巡礼者の方は無料にできませんか? 教会に宿泊設備がないんです」
ライラが祈るようにヴィクトルに願う。
「もちろんいいぞ」
貫禄たっぷりに応えるヴィクトル。
「じゃあ復路の方が二日泊まるとして、一人頭1銀追加……12人×1銀×2行程×7回で約150銀」
「宿泊費で15ダリヴル!」
「計85ダリヴルか! まぁそんなにうまく行かないだろうが、半分でも上等すぎるな」
「往来が増えれば商売もできますからね。何も買えないとさみしいですから、ヤクール族に市場を開放しましょうよ」
「彼らもそろそろ北に行ってしまうが……それまでは是非欲しいな。それと、馬も売ってもらおう」
「じゃあユールさんにお願いしてきますね!」
「待て! 馬はオレが選ぶ! 体が大きく脚が太いのがいい!」
二人は我先にと足早に草原に走り出した。
実際にはジュナイブ側の乗合馬車にはほとんど需要がなく、カルデロからは乗員数半数ぐらいの人が治癒を求めてやって来るぐらいだった。
それでも遊んでいた傭兵が仕事を成立させたことで、月20ダリヴルの収入と、ヤクール族の市場から交易税による約2ダリヴルの定期収入が入ることになった。
ゴブリンへの忌避感は主に教会が抑え、少しずつアルゴ砦の知名度が上がり始めていた。
――ライラの帳簿
出費
乗合馬車の立派な馬 二頭 24ダリヴル
食費40ダリヴル
収入
商隊45ダリヴル
乗合馬車22ダリヴル
差引3ダリヴルの収入
残高104ダリヴル
……ヴィクトル様がいない時間も増えた。




