第二十九話 南アルガス同盟
「そのゴブリンを……治癒ですか?」
「そうだ、スカウトが三発ほど撃ち込んだんだが……治せそうか?」
草原に倒れ伏すゴブリンロード。ライラはそぉっとケガを確認する。
肩口、右足、背中に三箇所の銃創。肩と背中は弾が貫通していない。
「足は治せますが……肩と背中は弾を取り除かないと、体を蝕む毒となります。鉛ならなおさら……」
「俺様が作ってるんだから鉛なんて使わねぇよ。鉄だ」
エセル教では毒は禁忌。ランディルがそう言うなら安心だろう。
「まぁ取り除くしかねぇな。昏睡の水はないが、戦士なら耐えるだろ」
「グォン……」
「肩口はそのまま貫通させよう。背中は……かっぴらくしかねぇな」
「グォォォン!」
「なんだ、入ったままでもいいって?」
「ダメです。ちゃんと抜かないと治癒しませんからね。ランディさん、ほじくるよりスパッと広げて下さい。ちゃんと治しますから」
「わかった。おら、大人しくしてろ」
「グォン……」
グルグルに縛られ抑えつけられたロードの悲鳴が草原に木霊した。
――
日が暮れるころ、傷口を布で縛ったゴブリンロードが、よろよろとヴィクトルの前に頭を垂れた。
「それでは、この赤鷲の旗を預ける。この旗はお前達が赤鷲の配下である印であり、お前達の襲ってはならない印だ、いいな?」
「グ」
「冬の食料は後日、その旗を掲げて少数で取りに来い。わかったか?」
「グ」
「よし、以後お前を我が配下のゴブリンバロンとする。さぁこれを持って巣穴へ帰れ」
旗を握りしめ、トボトボと山へ帰るゴブリンロード改めゴブリンバロン。
その姿をアクアライナとグノシス神父が複雑そうな顔で見送っていた。
「若様、本当に信用できるんですか?」
「さぁな。だが殺すより生かしたほうが治安は安定すると踏んだ。ヤツらのものと思しき巣穴は飢えていた。ボスがいなくなれば統率を失い、ゲリラ化するだろう」
「ゲリラ?」
聞き慣れない言葉に首をかしげるアクアライナ。
「個別に襲ってくるってことだ」
「……仮に従ったとしても、赤鷲の旗以外は襲うのでしょう? 果たしてそれは正しき導きと言えるでしょうか」
グノシス神父が尋ねる。
「規模は小さくとも、ヤツの集落は一つの国だ。彼らも戦わねば外部に攻められる」
「しかし……」
「導師殿、仮に人が人を襲わず、ゴブリンがゴブリンを襲わないのなら、そもそも国も教会も必要ないのでは?」
「戦いを否定はしません。開拓地であればなおさらです。それでも私は導師として、正しき導きとは何かを問い続けなければなりません」
「……ライラや導師殿には悪いが、オレはエセル信徒ではない。エセルの教義は否定しないが、オレはオレの心に従う」
「ヴィクトル様……」
「……汝の道の先に、神の光が届くことを祈っております」
――
砦に訪れた平穏。ライラは傷だらけの住民に清めのポーションを配り、燃え落ちたクルを眺めた。
「せっかく作ってもらったのに……すぐ壊されちゃったな」
焼け焦げた皮、燃え尽きた布。水浸しになったクルから、無事な部分を拾い上げていく。
そこにヤクール族のユールがやって来た。
「皆さん、無事ですか?」
「ユールさん……クル、燃やされちゃいました」
「そうですか。クル、火に弱いです」
ユールがライラの傍でクルの残骸を集め始める。
「山ゴブリン、赤鷲に従う聞きました。私達も、旗を持てば襲われないと」
「……はい」
「私達も約定結ぶします。赤鷲の旗、同盟の仲間。仲間のクル、直します。」
「こんなになっても、新しくしてくれるんですか……?」
「はい、何度でも作ります。大丈夫、修理も慣れてます。すぐ直ります」
「ありがとう……ユールさん」
続々とやって来てクルの修繕を始めるヤクール族の姿を見て、ライラは静かに涙を零した。
――
ヴィクトル・アムズフェルトは砦の中にユールを招き入れ、交渉の席についた。
「それでは、ヤクール族と正式な同盟を結ぶ」
「はい」
「一つ、同盟に所属するものは、赤鷲の旗を掲げよ」
「私達、部族の旗あります。残す、いいですか?」
「構わない。一つに並べてもいいし、別でもいい」
「はい」
「一つ、同盟は互いを不可侵とし、侵略を禁ずる」
「私達、草原の民。草原どうしますか?」
「ちょっと難しいな……互いに占有しない程度でどうだ? 切り拓く必要があれば合意の下で」
「自然のまま残す、いいと思います」
「一つ、同盟は交易と庇護を互いに保証する」
「庇護、なんですか?」
「求められたら助けるということだ。アルゴ砦であれば砦を避難所に使って構わない」
「わかりました。困ったら助けます」
「一つ、同盟はいずれかが脅かされた時、互いに協力してこれに対処する」
「ヤクール族、あまり戦いません。どうします?」
「まぁ……食料や物資の提供でも十分だよ。うちは兵糧攻めには弱いからな」
「わかりました」
「以上をもって南アルガス同盟の約定とし、アルゴ砦のアムズフェルト家を盟主とする。草原の民、ヤクール族のユールよ。異論無くばこの赤鷲の旗を受け取り、汝らの族長に届けよ」
ヴィクトルは燃え上がる炎を背にした鷲の紋章旗をユールの前に差し出した。
「赤鷲の意志、お預かりします」
ユールは両手でその旗を受け取り、胸に抱えて草原へと戻って行った。
――
その日、アルガス山脈に一つの同盟が生まれた。
バロン率いる山ゴブリン族。約150匹。
草原の民、ヤクール族。約100名。
そして山脈の喉元を守るアルゴ砦のアムズフェルト家。約200名。
三部族450名による、南アルガス連合国家の礎であった。
第二章完結!
夜も投稿予定です。
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