【第一幕】皇国潜入篇 第十節
リリス視点にて胸クソ回です。
【魔王リリス】
アイリスが指揮官に会いに行くのを見送り、自身も服を身につけながら彼女のことを考える。
(アイリスふらふらだったけど大丈夫だろうか?)
目下の心配事は彼女の体調だ。
しかし体調が優れないのは単に疲れているのか、それとも精神的な物が原因なのか。
どちらもあるのだろうが私の読みでは深刻なのは恐らく後者だろう。
きっとアイリスにとって自身の過去を想起させることがとてつもない精神的負担になっているのだと私は睨んでいる。きっと身体中に刻まれたあの傷は彼女の傷ついた心の象徴なのだろう。
あんなにボロボロになるまで戦い抜いた彼女は純粋にすごいと思うし、同時にそれだけ彼女が痛みに耐えてきたという事実に悲しくなった。
何故誰も彼女が傷ついていることに気がつかないのだろうか?それとも彼女の周りには節穴しかいないのか?
そんなことを考えていたら無性に腹が立ってきた。
きっと誰も気付いてくれなかったからこそ彼女は復讐を決意したのだろう。
そして彼女がその過去の呪いから自由になるには、彼女自身がそれと向き合うことを選択し、自らの力で克服しなければならない。
その時私は彼女の力にはなれないのかもしれない。だけどもし叶うのならば私はその時彼女を側で支えたいと思う。
彼女がそれを許してくれるのならば…。
髪を乾かしながらそんな事を考えていると、下品で粗野な声が天幕に響く。
思考に埋没していた私は驚いて声がする方を振り返る。
ズカズカと煩い足音を立てて近づいてくる輩の正体は昨日門番をしていた下衆二人組だった。下衆どもは子分と思わしき数人を引き連れて私を囲み、下卑た視線で私を舐るように見る。
「よーう、ねえちゃん!また会ったな」
「今からたっぷり可愛がってやるから楽しみにしとけよ?」
さっきまでの幸せな気分が台無しだ。
私は気色の悪い事態になりそうだと心の中で溜め息をついた。
時は遡り昨日のこと、勇者に脅され面目を潰された下衆AとBが焚き火を囲んで酒を煽りながら彼らの部下に愚痴を吐き散らかしたいた。
下衆A「あー、許せねぇ!あんのクソ勇者がよぉ!絶対にいつかぶっ殺してやる!!」
下衆B「お前にそんな事できっかよ。クソ勇者でも強さだけは本物だぜ?」
下衆A「わかってっけどよ!このままじゃ腹の虫がおさまんねぇんだよ!」
下衆B「ならどうすんだよ?」
下衆A「あー?知るかよ。おいお前らも考えろや!」
部下ABC「は、はい!」
下衆B「おいおい、部下に当たるなよな」
下衆A「うるせぇ。そういうお前は悔しくないのかよ?」
下衆B「あ?悔しいに決まってンだろ?今アイツを苦しめる方法考えてんだよ!」
部下A「あ、あのー…」
下衆A「あー?なんだよ。なんか思いついたンかよ?」
部下A「あ、いえ!昨日勇者と一緒に魔族が居たってのは本当ですか?」
下衆A「おー、本当よ。あのクソ勇者がバケモノ趣味とはなぁ。いっそこの噂広めちまうか?」
下衆B「いや、もっといい方法を思いついた」
下衆A「お、なんだお前冴えてんな。で、なんだよ?」
下衆B「おうよ。あのクソ勇者が天幕から外したタイミングを見計らってあの魔族ブチ犯してやろうぜ?」
下衆A「おまっ…、天才か?そしたらあいつのくっそたれの無表情も苦痛で歪むかもなー?」
下衆B「しかも勇者って立場があるから人前で俺ら人族を切り捨てることもできねぇだろうしな。な?完璧な作戦だろ?」
下衆A「しょーがねぇな。今日はお前の分も奢ってやるよ」
下衆B「やりぃ!おっし、そうと決まればお前ら!」
部下ABC「は、はい!」
下衆B「お前らは交代でクソ勇者の天幕張っとけ。勇者だけに動きがあったら直ぐに報告にこい!」
部下ABC「か、かしこまりました!」
下衆A「わかったんならとっとといけ!」
部下ABC「は、はい!」
下衆A「やっと行ったか。ホント使えねぇヤツばっかで参るよな」
下衆B「そりゃお前のオツムが悪いからだぜ?バカも使いようだ」
下衆A「うるせぇな。おらよ」
下衆Aが酒瓶を下衆Bに投げ渡す。
下衆A「我らの栄誉ある復讐に!」
下衆B「栄誉ある復讐に!乾杯!」
こうして部下が立ち去った後も彼らの酒宴は続いた。
この日は遅くまで下品な笑い声が辺りに響いていたという。
時はアイリスが指揮所に向かってから少したった時にまで戻る。勇者専用に用意された天幕にてリリスは複数の兵士に囲まれていた。
私が本気を出せばこの程度の人数差など問題ではない。
それこそ赤子の手を捻るように殲滅することも容易いだろう。
だけど私には抵抗出来ない理由がいくつかあった。
先ず第一にここが敵地であるという事実。
戦闘になった場合に万が一私の強さが第三者に露見することで、私が魔王であるという可能性に勘付く輩が現れないとも限らない。私が魔王であることが気付かれてしまうとこの場の人族に袋叩きにされて殺されるだろう。目の前に最大級の手柄が転がっているのだから我先にと群がってくるに違いない。
幾ら亜人が強靭な身体能力を有していたとしても彼我の戦力差は絶望的だ。私もそれなりの実力は有しているつもりだが、単騎で数万の軍勢に勝利することは不可能なのだ。
そういった理由からも極力戦闘行為は避けたかった。
第二に私達が現在極秘作戦を遂行中であるということだ。
この作戦を成功させるには無用に目立つ真似は避けねばならない。
現状私がこの天幕にいる事を知っているのはあの狸親父とこの目の前の下衆どもだけの筈だ。
ここで騒ぎを起こせば他人が大勢集まってしまう可能性が高い。そうなれば勇者が魔族を匿っている噂なんかが流れ始めるのも時間の問題だ。その噂がどこからか皇国、教会に漏れる可能性だって十二分にある。
そうなってしまっては皇国の上層部にアイリスが不穏な動きをしていると判断されかねない。最悪の場合彼女の命が危なくなる。
つまり私が今この男達を皆殺しにしたとして、その行為は私の復讐も、アイリスの悲願をも阻害することにしかななり得ないのだ。
アイリスの命がかかっている以上、私はこの下衆どもに対し抵抗することが出来なかった。
勿論私がこの男達を許すことはない。
然るべき報いを後で必ず受けてもらう。
私の初めてを奪う行為はその命を持って贖わせる。
亜人の五感は人族のそれを遥かに凌駕するほど鋭敏だ。闇夜に紛れて人を数人消すくらいは問題なく遂行できるだろう。
ただ今この瞬間だけ、一回限り耐えるだけだ…。
そう決意しギュッと目を閉じる。
私は早くことが終わることを祈りながら、この苦行に耐え切れるように自分の唇をきつく噛み締めた。
アイリスの足を引っ張りたくなかった私は抵抗を諦め、両腕を脱力させた。
私が諦めたと気付いた下衆どもはその態度がお気に召したようだ。彼らは下卑た笑いをこぼしながら私に近づいてきて、臭い息を撒き散らしながら喚き散らす。
「そうそう、抵抗なんてしても無駄だからよ。もう諦めて楽しんじまいな?」
「中々かしこいじゃねぇか。ええ?そのまま大人しく言うことを聞くってんならこれからは俺が飼ってやるよ」
そう言って下衆どもニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら私に手を伸ばしてきた。
私は有らん限りの憎悪を込めて奴らを睨みつけた。
下衆どもは自分たちの優位が絶対に揺らがない事を知っているからか、私がいくら睨もうがどこ吹く風だった。いやむしろ私の反応を楽しんでいる節すらあった。
まるで私がどれだけ嫌がるかを見て楽しんでいるかのように見える。
その顔は過去に散々見てきた。見飽きるほどによーく見てきた。
自分の優位が確立されている時に人を貶す時の人の顔のなんと気色の悪いことか。
きっと彼等はその時の自分がどんな顔をしているのか知らないだろう。
その気色の悪い顔つきに吐き気を覚えた。
「いい顔すんじゃねぇか。無抵抗ってのもつまんねぇからな」
「そうそう、せいぜいその綺麗なお顔を苦痛に歪めてな。それでこそ犯し甲斐があるってなもんだ」
下衆共が部下と思わしき男どもに怒鳴り散らす。
「おいお前ら何見てんだ!?さっさと外見張りに行け!」
「俺たちが終わったらお前たちにも味わわせてやるからよー。今は外見張ってろや」
部下共は怯えたように返事をして表に出ていった。
下衆共の脂汗に塗れた手の平が服の上から私の乳房を撫でくりまわす。そしてその手が背中を伝って臀部へと到達する。彼等の無遠慮すぎる手付きが気持ち悪くて仕方がなかった。
例え好きな人の為に我慢すると決意したとは言っても、その不快さは決して消えはしない。
そのあまりの不快さに虫酸が走り、思わず悲鳴が溢れる。
下衆共は私の反応を見てその顔を喜色に歪ませる。
「いいねいいねぇ。そういう反応を待ってたぜ」
「こんな淫売に使用人の服装は似合わねぇな!俺が脱がしてやんよ」
そんな意味の分からないこと抜かして、下衆の内の一人が私の服を剣で切り裂いた。
アイリスが可愛いと褒めてくれたこの服を…。
その瞬間私の心の中で張り詰めていた糸の様なモノが切れてしまった。間を置かずに私は栓が抜けたかの様に泣き出してしまった。
泣きながら床に這いつくばり辺りに散らばってしまった服の切れ端を必死で掻き集めた。
それすらも彼等にとっては娯楽でしかないようだ。
私が泣き出してしまったことで彼等の嗜虐心に火がついてしまった。
悔しかった。彼等ごときに感情を掻き乱されたことが情けなくてまた涙が溢れてきた。
そんな私の様子が心底愉快なのか、彼等はゲラゲラと笑いながら私の腹部を蹴り上げる。
その先は口に出すことすらも憚れるほどに酷い有様だった。
「あ?そんなにこの服が大事かよ!ならもっと踏み躙ってやんよ!」
「おらおらおら!そんなに御主人様が恋しいか?安心しな。俺等がお前の新しい御主人様になってやるからよ」
彼等は私を殴りつけ、踏みつけ、蹴りつけ、斬りつけ、骨を折り、髪を引っ張って頭をぶん回し、そのまま床に打ち付けた。彼等が満足するまで私を痛ぶった。
彼らがその行為に満足して一先ず暴力が終わった頃には、私は文字通りズタボロになっていた。
そこまで痛めつけても彼等の獣欲は一向に収まる気配が無かった。
「おい、ここまでボロボロにしたら俺は全然ソソられねーぞ?」
「分かってねぇーな。抵抗の意思が完全に折れた時が一番興奮するんじゃねぇか」
「うーわ、それ完全に異常者じゃん」
「うるせぇ。やんねーなら黙って見てろ」
「やんねーとはいってねぇっての」
そう言ってまた下品な笑い声が天幕の中に響きわたった。
その声は薄れていく意識の中でやけに鮮明に聞こえてくる。
私にはそれが不愉快で堪らなかった。
「おっし!お前そっち持てよ」
「おう、わかったぜ」
私の頭の上を会話が行き交うが、今の私には何も聞こえていない。いや会話が行われていること自体は認識しているが、私の耳は彼らの声を拾うことすら拒否しているようだ。
今の私は意識も朦朧とし、床に這いつくばっている。
どうやら下衆共に手足を担がれ、移動している最中らしい。お行儀よくベッドにでも連れて行こうと言うのか。なんにせよ笑わせてくれる。
だが散々痛めつけられた私にはそれに抵抗する力もなく、ただ呆然とされるがままに事の成り行きを傍観していた。
そんなぼんやりと霞む頭の片隅でアイリスの事を思い出す。
アイリスは凄い。彼女が過去にどんな辛い目にあったかをはっきりとは分からない。彼女の口から直接聞いていないからだ。きっと耐え難い苦痛を彼女は経験してきている筈だ。
だけどそんな苦難にも彼女は負けずに、その二本の足でしっかりと立ち上がっているのだ。
この世界に蔓延る理不尽と戦っているんだ。
そんな彼女の姿に憧れる。
私も彼女みたいになれるかな。
なりたいな。
例えこの身が汚されようとも立ち直れるくらいの強さが私は欲しいと思った。
ぼんやりとした頭でそんな事を思っていると何やら外が騒がしい事に気がついた。
先程外に出ていった下衆共の部下達が天幕の前で何やら騒いでいる。
下衆共も訝しく思ったのか私を運ぶ手を止め、そのまま私を床に転がした。
数秒騒いでいたが、すぐに何かが蒸発するかのような音が天幕の外で響き渡る。
すると奴らの部下の内の一人が天幕内に駆け込み、焦ったように捲し立てる。
「お、お二人共お逃げください!勇者が帰っ……」
しかし彼が言葉を最後まで紡ぐ事は無かった。
その前にアイリスが彼の首を消しとばしていたからだ。
彼女は荒い吐息を吐きながら焦燥に駆られた表情で私を探しているようだった。
そして彼女が私を見つけ、二人の視線が交差する。その瞬間、彼女はその美しい顔を絶望と憎悪に歪ませて泣いていた。
私はその表情に只々救われたように感じて、また涙が溢れでてしまった。
次回アイリス無双!




