第7話 会えたんですか?
「え?」
あまりの衝撃に空いた口が塞がっていない。赤く染まっていた筈の顔は、元の色に戻り始めている。
「琴葉さんは几帳面な性格だったと聞いています。それなのに、現場では椅子が乱暴に引かれていました。それを見たとき、誰かがいたんじゃないかとしか思えなかったんです。」
「苦しくて、悶えていたんじゃないですか。それだけで誰か居たと決めつけるのは少し変だと思います。」
濡れ衣を着せられた憤りからか、その口調は少し強まっている。
「それに、琴葉さんの靴だって一足だけ脱ぎ散らかされていた。きっとそんな子じゃない筈。」
「……焦った琴葉の母さんとか、救急隊の人とかが散らかしたんだです。きっと。」
「君そう思いますか……蓮くんは、誰か琴葉さんと会っていた人に心当たりはないですか?」
「俺は知らないです。琴葉がずっとしんどそうにしてたのは知っていたから、自殺してしまったんだと思っていたし……」
「そうですか……」
夕陽は漸く沈みかけ、月がはっきりと見えるようになった。雲で隠される様子もなく、一点の曇りもない空が広がって、ところどころに星が点在している。深く息を吹き出し、そのまま続ける。
「それなら仕方ないですね。僕は自分でまた調べてみます。蓮くんも、何かあったら僕に連絡してください。」
「わかりました。村山さんも頑張ってくださいね。他に聞きたいことはないですか?」
声色は明るくなり、質問を促すかのように尋ねてきた。先ほどまでの憤りは見る影もなく闇夜に紛れている。
「いえ、他は特にないですね。本当にただ、琴葉さんが亡くなったことについて聞きたかっただけなので。」
「そうですか……協力出来なくて申し訳ないです。では俺は戻りますね。」
先ほどから、段々と早口になっている。蓮はそのまま立ち上がり、早足で俺の元から去っていった。涼しかった筈だが、額は汗で滲んでいた。空を見上げると月は雲に隠されて見えなくなっている。俺はというと無性にブランコに乗りたくなり、その錆びた鉄に向かって歩みを進める。見るからに古ぼけておりいつ壊れても可笑しくなかった。そこに座ると両脇の鎖に挟まれて、心地よい窮屈さがある。いつの間にこんなにも大きくなっていたんだろうと疑念を抱きながら、小さくブランコに揺られ始めた。段々とその振幅が大きくなるにつれ軋む音が強くなり、座っているのに体は宙に浮いているようだった。足を動かす度に軋むその鉄塊に怯えて、僅かな時間でそこから降りてしまった。俺が降りた後は、漸く肩の荷が降りたかの如く先ほどよりも自由に揺られていた。
そのまま星の降る街を後にする。街灯で溢れた街は、上から見ればおそらくどの宇宙よりも明るかったに違いない。家に帰ると、8時を過ぎた辺りだった。特別気力がなく、カップラーメンを食べて風呂に入るとすぐに眠りについてしまった。朝になっても体の気怠さは残ったままだった。体に漬物石が乗せられて、重い瞼を開くことが出来ない。アラームを数回素通りした後に漸く目を覚ます。顔を洗ってもその疲れは体にこびりついたまま。
何を考えることもなく服を着替えて出社した。琴葉の記事が投稿されてから特に反応がある訳でもなく、他の誰しもには日常の一部分として切り取られている。俺もまた別の仕事で取材へと向かっていた。琴葉のことに気を取られていては、俺のクビがとぶ。今日の取材は近くの高校のサッカー部だった。静川学園はかなりの強豪校で、ここ2,3年は連続して全国インターハイへの切符を手にしている。そこの顧問に取材をすることになった。
透き通るような緑が美しいグラウンドへと足を運ぶ。そこでは、屈強な高校生達が互いに体をぶつけ合いながら懸命にボールを追っている姿があった。少し目を奪われていると、やたらと七色に反射するサングラスをしたずんぐりむっくりな中年に声をかけられる。
「どうも。取材に来てくれた村山さんですか?」
「あ、はい。本日取材させて頂きます。静川新聞社の村山と申します。」
「私は監督の加藤です。本日はよろしくお願いします。うちの選手はみんな凄く良い奴ですから、良い記事が書けると思いますよ。」
相当自信があるのか、胸を張ってそう述べてくる。素人目にはあまり分からないが、実際かなり良い選手が揃っているのかもしれない。監督と少しチームについて会話をした後、キャプテンが此方の取材に応じてくれた。
「静川学園のキャプテンをしてます。3年の中田と言います。」
「中田くんですね。本日は宜しくお願いします。早速ですが、強豪校のキャプテンとして何か意識していることはありますか?」
「えっと、チームの士気です。試合中も全員で盛り上げるために、積極的に声を出しています。」
緊張しているのか、少し言葉に詰まっている。まだ額から汗がダラダラと流れており、息も整っている訳ではなさそうだ。大きく呼吸をしているのがよく聞こえる。かなり日焼けをしているが、袖の際からは白い肌が顔を覗かせている。
「士気ですね。ありがとうございます。次に、キャプテンに選ばれたときの心境を聞いてもいいですか?」
「はい。えー……僕はキャプテンになれるかはわからなかったんですけど、先輩方からの推薦もあってキャプテンになれました。そのときは不安もあったんですけど、えーっと、やっぱり凄く嬉しい気持ちが多かったです。」
「やはり嬉しいですよね。ありがとうございます。」
淡々と質問が続く。いつかの校長のときとは違いメモを書く手は止まらない。凄く純粋な目をしている。心からサッカーが好きだと言わんばかりの目。取材をしている最中も時々グラウンドの方を気にかけて覗いているのがわかった。手短に済ませて監督の方に向かう。
「中田くんに取材してきました。すごく律儀で良い子ですね。」
「良い奴では有るんですけど、意外と練習サボったり、不真面目なところもありますよ。キャプテンになってからはマシになりましたが。」
苦笑いを浮かべながらそう告げる。サングラスをしていて見えなかったが、声色から優しさに溢れていた。その後数人の選手に取材をして、静川学園を後にする。大きな大会が近づいているらしく、ピリピリとした雰囲気が漂うところだった。帰り際には、選手が集まり挨拶をしてくれる。中田の声は力強いが何処か爽やかさもあり、心地よい挨拶だった。
帰り道、ずっと頭に残っていた何かを思い出したかのように、琴葉の母親に電話をかけようと思い立った。人が少ない通りに立ち止まる。あの時とは違い、もう慣れた番号に向けて電話をする。携帯電話が4回ほど震えた頃、その音が変わり母親の声が聞こえてきた。
「もしもし、村山さんですか?」
「はい、村山です。」
「どうかなさいましたか?」
「いえ、琴葉さんに関する記事が昨日投稿できたので、そのお礼をと思いまして。」
「そうでしたか。それなら良かったです。」
声が酷く震える様子はない。風に吹かれて思わず携帯を落としそうになる。
「多大な協力をして頂きましたから。木岡さんが親切にしてくださったお陰です。」
「村山さんの対応が誠実だったからですよ。」
「ありがとうございます。そういえば、蓮くんとも昨日話せましたよ。」
携帯越しでも、驚いたのが伝わるほど大きい声で「あら……」と一言。その後に不思議そうな様子の声が続いた。
「蓮くん、先週くらいから体調を崩して学校も欠席していたみたいなんですけど、会えたんですか?」




