味気ない魔法と味のある食事
家路につく頃には、日はすっかり傾いていた。
家に戻ると、クロードは寝台に寝転がったまま、ぼんやりと天井を眺めていた。マオが出かけている間、ずっとこの調子だったのだろう。
「戻ったぞ」
「……ああ」
気の抜けた返事だった。マオは持ち帰った包みを近くの台に置くと、クロードの様子にふと目を留めた。
「ちょっと待て。お主、朝に掃除をして汚れたまま寝ていたのか?」
外套はおろか、下に着たシャツの袖や裾にまで、朝の埃がそのままこびりついている。クロードは気だるげに自分の腕を見下ろし、面倒くさそうに言った。
「ああ……。お前が余計なことをするから……。いつもは動かないから、そんなに汚れなかったんだ」
「屁理屈を言うでない」
呆れたように言いつつも、マオはふと閃いたように指を鳴らした。
「よし、妾が魔法で綺麗にしてやろう」
止める間もなく、指先に灯った淡い光がクロードの体を包む。次いで、マオは自分自身にも同じ術をかけた。ドレスにこびりついていた土埃が、跡形もなく消えていく。汚れそのものは、確かにきれいさっぱり落ちていた。
「……えぇ……。魔法って……」
クロードは自分の袖をつまんで、微妙な顔をした。
「汚れは落ちてるんだろうけど……なんつーか、味気ないな。石鹸や日向の匂いがしないと綺麗になった気がしない……。ちゃんと洗濯したほうがいいと思うぞ」
「汚れたまま寝ていたお主が言うか?」
言い返され、クロードは反論の言葉を失った。
マオは、内心では着替えの一着もないことを気にしていた。だが、これまでの道中でも、洗濯などしたことがない。汚れれば魔法で落とす、それで十分だと思っていたし、実際、不便を感じたこともなかった。今さらそれを指摘されても、素直に頷く気にはなれない。
「……ふん。まあ、そのうち考えてやらんでもない」
そう言って、話を切り上げた。
腹の虫が鳴ったのは、その時だった。マオは思い出したように、台に置いた包みを手に取った。
「そうじゃ、忘れておった。土産じゃ」
「土産?」
「村の小僧が、お主にと持たせてきおった」
マオが卓の上で包みを解き、中の干し肉と蜂蜜の小瓶を取り出す。 クロードは寝台から身を起こし、しばらくそれを無言で見つめていた。
「……そうか。ティオが」
その一言に、ほんの一瞬、何かが翳るような気配があった。懐かしさとも、気まずさともつかない、曖昧な表情だった。マオはそれに気づいたが、詮索はしなかった。理由は分からずとも、踏み込んではいけない領域があることだけは、何となく察せられた。
クロードは、緩慢な動作で身を起こすと、竈の前へと向かった。朝使ったままの鍋が、そこに置かれている。水で軽くゆすいでから、改めて水を注ぎ、火打石で手早く火を熾して火にかける。 朝と同じ、危なげのない手つきだった。
その様子を、マオはしばらく黙って眺めていた。
「……妾でもできそうじゃな、それくらい」
「じゃあ、やってみるか」
意外にもあっさりと、クロードは場所を譲った。マオは少し面食らいながらも、負けじと鍋の前に立つ。
「見ておれば、これくらいはできる」
得意げな声とは裏腹に、パンを割り入れる力加減が強すぎて、鍋の外にまで欠片が飛び散った。おまけに力みすぎて鍋を揺らし、フチから水がこぼれる。それでも、どうにかそれらしい体裁には仕上がっていく。
クロードは鍋を任せたまま、包みから取り出した干し肉を手に取った。手早く細かく刻んでいく。長年の動作の名残か、その手つきに迷いはなかった。刻んだ干し肉を鍋に落とし込み、仕上げに蜂蜜を一垂らしすると、朝の味気ない粥とは違う、ほのかな甘みと塩気のある一皿が出来上がった。
匙を手に取り、まずクロードが一口すすった。
「……悪くないな」
意外そうな声だった。マオはそれを聞いて、ふん、と鼻を鳴らしたが、口元はわずかに緩んでいた。
「当然じゃ。妾にできぬことなど――」
「水、こぼれてるぞ」
「……む」
鍋の周りに散らばった水滴を見て、マオは慌てて誤魔化すように咳払いをした。
食事を終えると、マオは当然のように寝台に上がった。
クロードは小さくため息をついただけで、それ以上は何も言わなかった。もはや、この状況に文句を言うだけの気力すら残っていないようだった。




