因縁の再会
村の境界近くまで歩いてきた頃、マオはふと聞き覚えのある音を耳にとめた。弦を引き絞る、ぴんと張り詰めた音。
生垣の向こうに目をやると、若い女が一人、庭先で弓を構えていた。
弦を引く手つきに迷いがない。放たれた一矢は、庭の奥に立てられた的の中心を正確に射抜いた。ただの村人の稽古とは思えない、死線を潜り抜けた者特有の鋭さがある。マオは思わず足を止め、その所作に見入った。
女が次の矢をつがえようとした手を止めた。気配を察したのか、こちらへ視線を向ける。
――目が合った瞬間、女の表情がはっきりと強張った。
「……お前」
低い声だった。弓を持つ手に、無意識のうちに力が込められているのが見て取れる。
マオもまた、記憶の奥底で何かが引っかかるのを感じていた。この女の顔に覚えがある。あの頃――何度もクロードのパーティに絡んでは、返り討ちに遭っていた頃だ。弓を引くこの女に、何度か手痛くあしらわれた記憶があった。
「……お主、あの時の」
言いかけて、マオは名を思い出せないことに気づいた。何度も刃を交えた相手でも、名までいちいち覚える義理はないと思っていたからだ。だが、この女の方は違うらしい。
「フィリアだ」
女は短く名乗った。弓を握る手は、まだ緩んでいない。
「その顔……忘れるはずがない。魔王の娘、だったな」
静かな声だった。だが、その奥に剣呑な熱が滲んでいる。マオは逃げ道を確保するように、そっと半歩下がった。人間の姿に化けているとはいえ、この女には見抜かれている。誤魔化しは、もはや意味を成さないだろう。
「……なぜ、この村にいる」
フィリアの問いに、マオはとっさに答えを選んだ。下手な言い訳をしたところで通用する相手ではない。
「お主には関係なかろう」
「関係なくはない」
フィリアの声が、わずかに低くなった。矢をつがえた指先が、じりと動く。
「この村には、クロードがいる」
「……なるほど、あやつを守っているつもりか」
問いかけると、フィリアの表情に一瞬だけ複雑な色がよぎった。怒りとも、後悔とも取れる、判然としない揺れだった。
「……お前に説明する義理はない」
短く言い切ると、フィリアは静かに矢を筒へと戻した。値踏みするような視線が、マオの全身を這う。多少凄んだところでたじろぐ相手ではなさそうだった。
「それより、お前がなぜここにいる。……まさか、まだ何か企んでいるのか」
「企むとは人聞きが悪いのう」
マオは、努めて平然と言い返した。だが内心では焦っていた。ここで下手に事情を話せば、自分が魔族であることが村中に知れ渡りかねない。かといって、この女が簡単に引き下がるとも思えなかった。
しばしの沈黙が、二人の間に落ちた。
先に口を開いたのは、フィリアだった。
「……今は、何も聞かないでおく」
その意外な言葉に、マオは意表を突かれた。
「なんじゃと?」
「理由は言わない。だが、もしお前があいつに近づくつもりなら、何をする気なのか、それだけは見極めさせてもらう」
フィリアは一度言葉を切った。
「もし、あいつに危害を加えるなら――」
その先は言葉にされなかった。だがそれは脅しというよりも、確実な未来として淡々と告げる口調だった。
マオは息をのんだ。
「……ふん」
腕を組み、顔を背ける。動揺を悟られたくなかった。
「妾があの腑抜けをどうこうしようが、お主に指図される謂れはない」
「そうか」
フィリアはそれ以上何も言わなかった。ただ、鋭い視線だけがしばらくの間マオの背中に注がれていた。
◇
村の路地を歩きながら、マオは奇妙な胸のざわつきを覚えていた。
(あの女からは、何も聞き出せそうにない。これ以上食い下がれば、村の者にまで話を聞かれかねぬでな)
だが、あの腑抜けがなぜあれほど落ちぶれているのか、知っている者は他にもいるはずだ。それに材料の一つも持ち帰らねば、大口を叩いた手前、合わせる顔がない。
(まあよい。今は、それより先にすることがある)
そう自分に言い聞かせながらも、マオの足取りはどこか落ち着かなかった。




