村の顔ぶれ
村は、思っていたよりも小さかった。石造りの家々が寄り添うように並び、周囲を畑と牧草地が囲んでいる。朝の澄んだ空気の中、井戸端で談笑する女たちや、家畜を追う老人の姿があった。
(さて、どこから聞き込むか)
マオは腕を組み、村の中央広場に立った。魔王の娘として、他人に頭を下げて情報を聞き出すなど、本来なら屈辱的な行為だ。だが、今はクロードのことを知る必要がある。目的のためなら多少の我慢はしてやろう――そう自分に言い聞かせ、マオはひとまず井戸端の女たちへ近づいた。
「すまぬが、少し尋ねたいことがあるのじゃが」
声をかけると、女たちは一斉にこちらを向いた。人間に化けた姿とはいえ、見慣れぬ子供が妙に大人びた口調で話しかけてきたことに、幾分か戸惑った様子だ。
「あら、あなたどこの子? 見ない顔だけど」
「……ちと事情があってな。村外れに住んでいる男について、知りたいことがある」
その一言で、女たちの表情が、はっきりと和らいだ。
「ああ、勇者様のことね!」
「勇者様?」
「そうよ、魔王を倒したっていう、あの人。……といっても、あの人が来たとき、私たちが知ってたのは噂だけだったけどね」
女の一人が、懐かしむように語り出した。ある日ふらりと村に現れ、ぽつんと建つ空き家に住み着いた男がいたこと。最初は誰もその正体を知らなかったが、村の少年の一人がたまたま勇者の顔を見知っていたことで、村中に知れ渡ったこと。
「最初はびっくりしたわよ。あんな有名な人が、なんでこんな辺境に……ってね」
「今も何をしに来たのか、分からないままなんだけどね」
女たちは顔を見合わせ、困ったように笑った。悪意のある笑いではない。ただ純粋に、理由の分からない出来事に対する戸惑いだった。
「でもね」
別の女が、声をひそめるように続けた。
「あの人、ここに来た時すごく痩せてたのよ。顔色も悪くて、まるで幽霊みたいだった」
「だから、みんなで少しずつ食べ物を持っていくようにしてるの。恩人だもの、放っておけないわ」
マオは黙ってその話に耳を傾けていた。予想していた話とは、少し違っていた。てっきり、英雄として盛大に歓迎され、持ち上げられているものだと思っていたのだ。だが、実際には誰もクロードの事情を知らないまま、ただ気遣うことしかできずにいる。
「お礼を言われたことなんて、一度もないんだけどね」
女の一人が苦笑まじりに付け加えた。
「置いていった食べ物がいつの間にかなくなってるから、たぶん食べてはくれてるんだと思うけど……」
「たぶん、って」
「顔を合わせたことがほとんどないのよ。いつも家に閉じこもってて」
マオは内心で小さく眉をひそめた。村人たちの言葉に苛立ちや不満の色はない。ただ心配と、どこか歯がゆさが滲んでいるだけだった。
「変わった人だとは思うけど……悪い人には見えないのよねぇ」
「ええ。何か、辛いことでもあったんじゃないかしら」
その言葉に、マオは思わず口を挟みそうになった。辛いこと、どころの話ではない。だが、それを語る資格が自分にあるとは到底思えなかった。
礼を言って井戸端を離れると、マオはしばらく村の中を歩き回った。
畑を耕す男に声をかければ、「あの人か。挨拶しても会釈だけで済まされちまうな」と苦笑まじりに返された。だが、その口調に敵意はない。
雑貨屋の店主に声をかければ、「勇者様のことかい? 一度、うちの店先で行き倒れそうになってるのを見たことがあるよ。声をかけたら、逃げるみたいに去っていっちまったけどね」と、少し困ったように笑われた。
どこへ行っても似たような答えが返ってきた。誰もクロードの過去を知らない。誰も彼の事情に踏み込めていない。それなのに、誰もが判で押したように彼を気にかけていた。
(――こやつら、なぜそこまでする)
利害も恩義も超えたその好意が、マオには理解できなかった。
血の繋がりもなければ、ろくに言葉も交わしていない村人たちが、これほどまでにクロードを案じている。その事実が、なぜか胸の奥に小さな棘のように引っかかっていた。




