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埃まみれの再始動

 計画を立て直したはいいものの、マオには次の一手が見えていなかった。


「生き返らせる」と啖呵《たんか》を切ったはいいが、では具体的にどうやって人の心を生き返らせるのか。そんな方法、誰も教えてはくれなかった。


 部屋にこもった空気を吸い込んだ瞬間、マオは眉をひそめた。


「……カビ臭い」


 窓辺に歩み寄り、閉め切られたままの窓を勢いよく開け放つ。淀んだ空気が入れ替わるかと思いきや、代わりに舞い上がったのは、床に降り積もった埃だった。差し込む朝日の中で、無数の埃が白く輝きながら宙を漂っている。


「な、なんじゃこれは……!」


 咳き込みながら、マオは改めて部屋を見回した。埃が舞ったことで、かえって部屋の惨状がはっきりと見えるようになっていた。床には埃が積もり、隅には蜘蛛の巣が張っている。カーテンは色あせ、家具という家具に薄く白い膜がかかっている。


「掃除もせぬのか、お主は」


「……する理由がなかった」


 寝台の上で、クロードは他人事《ひとごと》のように答えた。死ぬつもりの人間が、住処の掃除に気を回すはずもない。


「理由なら、今できたであろうが」


 マオは腰に手を当て、部屋の隅に立てかけてあった箒を見つけた。埃を被ってはいるが、まだ使えそうだ。


「妾《わらわ》が、この空間で過ごすのじゃ。カビ臭い部屋になど我慢ならぬ!」


 そう宣言すると、マオは箒を手に取り、意気揚々と掃き始めた。


 ――が、五分も経たないうちに、その勢いは怪しくなっていった。


「な、なぜじゃ……」


 先ほど舞い上がった埃が、床に落ちきらないうちに箒で叩かれ、再び宙へと巻き上がる。箒の扱い方が根本的に間違っているのだ。力任せに床を叩くものだから、埃は沈むどころか舞い続ける。


 おまけに、背に負った翼が壁や家具にぶつかるたび、バランスを崩しかける。裾の広がったスカートは埃を巻き込んで灰色に汚れ、頭上の角には、いつの間にか蜘蛛の巣が引っかかっていた。優雅に着飾るための衣装は、掃除仕事にはことごとく不向きだった。


 咳き込みながら、マオは尚も箒を振り回した。角度を変え、力の入れ方を変え、何度も試すが状況は悪化する一方だ。窓辺の花瓶をなぎ払い、割れた破片に慌てて後ずさった拍子に椅子へ足をぶつけ、悲鳴を上げる。


 寝台の上からその一部始終を眺めていたクロードの、口の端がわずかに動いた。どこか呆れたような、けれどどこか懐かしいものでも見るような目をしている


「……お前、それ、逆効果だぞ」


「うるさいのう!」


 マオは涙目になりながら振り返った。頬に埃がついている。


「妾は、こういうことをする身分ではないのじゃ!」


「じゃあ、なんでやってるんだよ」


「お主が、あまりにも不甲斐ないからじゃろうが!」


 その理屈はどう考えてもおかしかったが、クロードは指摘する気力もなく、ただその光景を眺めていた。頭に角を生やした魔王の娘が、埃まみれになりながら箒と格闘している。滑稽としか言いようがない光景だった。


 しばらくの奮闘の末、部屋は掃除する前より酷い惨状と化した。舞い上がった埃が再び降り積み、花瓶の破片が転がり、マオ自身も埃まみれで肩で息をしている。


「……」


 クロードは寝台の上から半身を起こし、見渡した。


「掃除、したことないだろ」


「な、何を根拠に……!」


「見れば分かる」


 マオはぐっと言葉に詰まった。図星だった。城で暮らしていた頃は召使いの仕事であり、マオが箒を手に取ったことなど一度もなかったのだ。


「……しょうがないじゃろ! 姫じゃぞ、妾は!」


 開き直ったように、マオは箒を放り出した。


「妾はこんな下賤な仕事をする立場ではない! 誰ぞがやればよかったのじゃ!」


「その理屈で、なんで今やってたんだよ」


「うるさい!」


 顔を真っ赤にして、マオは箒を拾い直した。認めたくはないが、確かにこのまま続けても状況が悪化するだけだろう。


 クロードは緩慢な動作で寝台から起き上がった。しばらく忘れていた感覚に、体が妙に強張っている。それを気にする様子もなく、マオの手から無言で箒を取り上げる。


「……何をする」


「見て分からないか。貸せ」


 クロードは箒を持ち直すと、埃を巻き上げないよう、床に沿わせるように静かに掃き始めた。ゆっくりとした、だが確実な手つきで、埃が徐々に部屋の隅へと集められていく。


 その動きを、マオはぽかんと見つめていた。


「……お主、できるではないか」


「一人暮らし、長かったからな」


 その言葉に、マオはふと引っかかりを覚えた。一人暮らしが長かったという割には、この部屋には長らく掃除された形跡がない。


(――そうか。掃除する気力すら、なかったということか)


 できないのではない。やる理由がなかったのだ。


 今こうして箒を握っている姿を見て、マオはその事実に改めて気づかされた。


「……ふん。最初からそうすればよかったものを」


 憎まれ口を叩きながらも、マオはクロードの手元から目を離せなかった。何年も止まっていたはずの時間が、箒を操るその確かな手つきによって、ほんの少し動き出した気がした。

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