偽りの告発
村へと駆け戻るティオの足取りは、すでに自分の意志によるものではなかった。
頭の奥で、あの声が執拗に響いている。
『行け。証明してこい』
声に突き動かされるまま、ティオは広場へ飛び込んだ。
「聞いてくれ! みんな!」
ただならぬ剣幕に、居合わせた村人たちが何事かと集まってくる。
「マオは……マオは魔族だ! 角が生えてるのを見たんだ! それに村の外で怪しいことをしてた! 最近増えてる魔物も、あいつが呼び寄せてるに違いない!」
一気にまくし立てるティオの言葉に、村人たちの間に動揺が広がった。
「な、なんだって?」
「まさか、そんな……」
だが、湧き起こった反応はティオが期待していたものとは違っていた。
「あの子がそんなことをするとは思えないよ」
「勇者様が信じてる相手なんだろう?」
村人たちは動揺しながらも、頑なにマオを庇い続けた。長い時間をかけて積み重ねられた信頼は、そう簡単には崩れない。
広場の中心で訴え続けるティオの中で、焦りだけが肥大化していく。
(もっと証拠を……もっと、はっきりと!)
その隙に付け込むように、頭の中の声が再び囁いた。
『ならば見せてやれ。あの結界とやらを暴いてみせろ』
導かれるまま、ティオの足は村外れへと向かっていた。手にはいつの間にか、あのナイフが握られている。
土に埋められた小さな包み。ティオは迷いなくそれを掘り起こし、ナイフの刃を突き立てた。
包みが裂けた瞬間、村全体を覆っていた目に見えない何かが、ガラガラと砕け散るような感覚が走る。
直後――遠くの森から無数の唸り声が、村へと押し寄せてきた。
「な……」
我に返ったティオの目に映ったのは、牙を剥き出しにして迫り来る魔物の群れだった。
「逃げろ!」「魔物だ!」
村中が悲鳴と怒号に包まれる。
その混乱の中心に、マオがいた。彼女もまた、突然の異変に呆然と立ち尽くしている。
「マオ!」
ティオの口から悲鳴のような声が漏れた。
だが、身体はまだ意のままに動かない。頭の奥でくぐもった声が響き続け、指一本すら自由に動かせないもどかしさに苛まれる。
(オレは……何をやってるんだ)
迫る魔物の群れ。抗うこともせず立ち尽くすマオ。その光景が、朦朧とした意識の中でティオの胸を鋭く刺した。
(こんなこと……オレが望んでたことじゃない!)
証明したかったのは自らの強さだ。誰かを傷つけるための力ではない。
握りしめたナイフの柄が、痛いほど手のひらに食い込んでいた。かつてあの人から貰った大切な物――その感触だけが、霧がかった意識の中で唯一確かな輪郭を持っていた。
視界の端に、手首に巻きついた見覚えのない腕輪が映る。
(……これか!)
理屈はわからなかった。だが本能的に、それがすべての元凶だと悟った。
「――くそったれ!」
残った力を振り絞り、ティオはナイフの刃を腕輪の紐へ叩きつけた。
紐が断ち切れ、黒い石が地面へ転がり落ちる。同時に、頭に張り付いていた声が嘘のように消え去った。
一気に自由を取り戻す身体。
迷っている暇はなかった。ティオはナイフを握り直すと、マオを庇うように魔物の前に躍り出た。
「マオに手を出すな!」
震える声で、それでもティオは魔物と対峙した。一匹の魔物が鋭い爪を振り上げる。
避けきれない――そう覚悟した瞬間、横合いから影が割り込んだ。
一閃。
魔物の爪が宙で弾き返される。
「……間に合ったか」
低く、聞き慣れた声だった。
「勇者様!」
ティオの目に涙が滲む。
クロードは剣を構え直し、二人を背にかばうように立った。その瞳には、以前のような濁りはもうなかった。
「下がってろ、二人とも」
短く言い捨てるや、クロードは迫り来る魔物の群れへ真っ向から斬り込んでいった。
かつて魔王を討ち取ったその剣技は、衰えを見せつつも確かな切れ味を保っていた。次々と魔物を薙ぎ払う姿に、村人たちから驚嘆の声が上がる。
「勇者様だ……!」
「本物の勇者様だ!」
戦いはそれほど長くは続かなかった。統率を失った魔物たちは、クロードの前に次々と崩れ去っていく。
最後の一匹が地に伏したとき、村に束の間の静寂が戻った。
肩で息をするクロードの姿を、村人たちが畏敬の目で見つめている。
その傍らで、ティオは力なく膝をついていた。手にしたナイフを固く握りしめたまま、地面に転がる砕けた黒い石を見つめる。
「……ごめん」
消え入りそうな声で、ティオは呟いた。
「オレ……オレのせいで……」
その言葉を、マオが静かに遮った。
「……お主のせいではない」
マオの声には、これまでにない重い響きがあった。
「悪いのは、妾じゃ」
その場にいた誰もが言葉を失っていた。ティオも村人たちも、ただマオを見つめることしかできずにいた。




