気のせい
村に旅の商人が立ち寄ったのは、よく晴れた昼下がりだった。
ティオは、雑貨屋の前で品物を広げる商人を興味半分で覗き込んでいた。
「へえ、こりゃまた辺鄙な村だな」
商人は、荷を下ろしながら、雑貨屋の店主相手に世間話を始めた。
「実を言うと、こっちに来るのは少し迷ったんだ。最近、魔物の出没する地域が、妙な移動をしていてね。……気味が悪いのなんの」
「魔物が? どういうことだよ」
店主が、眉をひそめて尋ねる。
「はっきりとは言えねえが……まるで、何かに追い立てられるみたいに、あちこちの群れが同じ方向に動いてるんだ。魔王が討たれたってのに、こんな動きをするなんて、妙な話だろ」
商人は、肩をすくめた。
「こんな時こそ、あの勇者様にでも力を借りたいところなんだが……ここだけの話、その勇者様も、魔族と繋がりがあったとかで追放されたらしいじゃないか。頼りにできそうな者もいなくて、どうしたもんかと、こっちも困り果ててるんだよ」
その言葉に、ティオは思わず、体を強張らせた。
(……そんなわけ、あるかよ)
腹の底から、苛立ちが込み上げてくる。体の横に下ろした手が、無意識に拳を作っていた。今すぐにでも「そいつは違う」と言い返してやりたい衝動に駆られたが、すんでのところで飲み込んだ。
商人が別の客の相手を始めた隙に、村人たちは顔を寄せ合い、声を潜めて言葉を交わした。
「魔族と繋がってた? あの勇者様が?」
「馬鹿馬鹿しい。あんな人の好さそうな……いや、無愛想だけど悪いことする人には見えないよ」
「そうそう。行商人の噂話なんて、話半分に聞いておくもんだ」
村人たちは、口々にそう言い合った。ティオもまた、その輪の中で、腹立たしげに鼻を鳴らした。
「あんな噂、気にすんなよ。勇者様は勇者様だ」
誰にともなく、そう呟く。だが、その声には、自分自身に言い聞かせるような響きも、わずかに混じっていた。
◇
その日の夕方、ティオは村外れを歩いていた。稽古の帰り、少し遠回りをして帰る癖がついている。
ふと、林の際で人影を見つけた。
マオだ。しゃがみ込んで、地面に何かを埋めている。
(何してんだ、あいつ)
不思議に思い、ティオはそっと近づいた。
マオは真剣な表情で小さな包みを土に埋め、聞き取れない言葉を小さく呟いている。周囲の空気が、ほんのわずかに揺らいだ。
夕暮れの薄闇の中、一瞬――マオの頭に、見慣れない異質さが浮かび上がる。
角のような、二本の突起。
「……あれ?」
思わず目をこすり、瞬きをする。だが次の瞬間には、いつものマオの姿しか存在しなかった。
(……気のせいか)
夕日の加減で影がおかしく見えただけだろう。そう結論づけると、ティオはそれ以上気にせず声をかけた。
「おーい、マオ! こんなところで何してんだよ」
「……っ、ティオか」
驚いて振り返ったマオは、慌てて立ち上がった。
「な、なんでもない。ちょっと、村の安全を祈願しておっただけじゃ」
「祈願? へえ、意外と信心深いんだな」
特に気にした様子もなく、ティオは相槌を打った。
「まあいいけどさ。……そうだ、聞いたか? 今日村に来た商人が変な噂話をしてたんだぜ」
「噂話?」
「勇者様が魔族と繋がってたとかいう、馬鹿げた話だ」
ティオは腹立たしげに鼻を鳴らした。
「みんな信じてないけどな。……あの人がそんなことするわけないだろ」
その言葉に、マオの表情が微かに揺れた。だが、ティオは気づかずに言葉を重ねる。
「じゃあな、また明日!」
軽く手を振り、ティオは家路についた。
夕闇の中、マオの姿が少しずつ遠ざかっていく。その頭に異質な突起が見えたことなど、ティオはもうすっかり忘れていた。




