似た者同士
フィリアの後に続いて庭へ入ると、木剣を振っていたティオがこちらに気づいて手を止めた。
「あ、フィリア姉ちゃんお帰り! ……って、マオも一緒か」
ティオは木剣を肩に担ぐと、探るような目をマオに向けてニシシと笑った。
「そういえば……昨日、クロード様がすげえ顔でお前を探してたけどさ。……仲直り、できたのか?」
「……ふん。仲直りも何も、最初から喧嘩などしておらん」
そっぽを向くマオに、ティオは呆れたように肩をすくめた。
「へいへい。まあ元気そうでよかったよ。クロード様にあんな必死になられたら、こっちまでヒヤヒヤするからさ」
昨日、自分を追って高台まで必死に登ってきたクロードの姿が思い浮かび、マオは小さく胸を突かれた。
……それと同時に、先ほど花畑で見たクロードの寂しげな横顔と、不意に漏らした呟きが頭をよぎる。
(――リナ)
フィリアから聞いた冤罪の話には出てこなかった名前。マオは一歩踏み出し、二人を見据えて真面目な顔つきになった。
「……お主らに、少し聞きたいことがある」
「なんだよ、改まって」
「『リナ』という名を知っておるか」
その名を口にした瞬間、二人の表情から同時に軽やかさが消え去った。
フィリアは痛ましいものを見るように静かに目を伏せ、チラリと隣のティオへ視線を送る。ティオもまた、握っていた木剣の柄にぎゅっと力を込め、固く口を結んでいた。
「……フィリア姉ちゃん」
「ああ。……お前から話してやってくれ、ティオ。一番近くにいたのは、お前だ」
フィリアの静かな促しに、ティオは深く息を吐き出した。木剣を地面に突き立て、それに寄りかかるようにして視線を遠くへ向ける。
「……リナは、オレの友達だった。昔の話だ」
ぽつり、ぽつりと、途切れながらも、ティオは語り始めた。
「村が魔物に襲われて、オレとリナ、二人だけ生き残ってた。そこに、あの人が――クロード様が来て、オレを助けてくれた」
「……リナは」
「間に合わなかった」
短い答えだった。だが、その声には、覚悟を決めたような響きがあった。
「あの人のせいだとは、思ってない。あの状況で、二人とも助けるなんて、無理だったんだ。それは、オレも分かってる」
ティオは、木剣を握る手に力を込めた。
「あの人は、その時、オレにナイフをくれたんだ。『自分の身くらい、自分で守れるようになれ』って。……不器用な励まし方だったけどさ、オレは、それで前を向けた」
「……なるほど」
マオは、静かに頷いた。だが、ティオの話には、まだ続きがあるようだった。
「……でもな」
ティオの声が、少し翳った。
「オレは、もう、吹っ切れてる。悲しくなかったわけじゃないけど、リナのことも、ちゃんと過去のことにできてる。……なのに」
「なのに?」
「あの人は、違う気がするんだ」
ティオは、遠くを見つめる目で、そう呟いた。
「久しぶりに会った時、あの人の目は、まだあの時のままだった。まるで、時が止まってるみたいに。……多分、リナのことも、まだ、ちゃんと終わらせられてないんじゃないかって、オレは思ってる」
その言葉に、マオは胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
(あやつ……そんなにも、多くのものを、抱え込んでおったのか)
両親を失い、仲間を失い、恋人に裏切られ、そして、救えなかった少女のことまで。一つ一つの傷が積み重なって、あの生気のない目を作っていたのだと、今になって理解した。
「……オレの方は、もう大丈夫だから」
ティオは、ふと、いつもの調子を取り戻したように、笑ってみせた。
「だから、マオ。……あの人のこと、頼んだぜ」
フィリアもまた、静かに頷いてマオを見つめていた。その瞳には、言葉以上の託すような思いが込められていた。
「……言われずとも」
マオは、短くそう答えると、二人から背を向けて迷うことなく踵を返した。
(今夜こそ、聞いてやろう。あやつの、すべてを)
居ても立ってもいられず、マオは足早に家へと引き返した。
重い扉を遠慮もせず押し開けると、案の定、クロードは寝台に腰掛けて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。マオはまっすぐその前まで進み出ると、逃げ場を塞ぐように立ちはだかった。
「……クロード」
「なんだ」
「フィリアとティオから、話を聞いた」
その名を聞いた瞬間、クロードの肩がわずかに強張った。
「王都でお主に何があったか。……そして、リナのことも」
沈黙が落ちた。クロードは何も言わず、ただ視線を落としている。
マオは、構わず続けた。
「妾は、知りたい。お主の口から、直接」
長い沈黙の後、クロードは自嘲気味に小さく息を吐いた。
「……そうだな。『何ひとつ話さない』って、昨日もお前に怒られたもんな」
そう呟くと、クロードは視線を落としたまま、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「魔王を討ったのは、両親の敵討ちのためだった。あいつが――お前の父親が、俺の村を襲って両親を殺した」
マオは息を呑んだ。だが、口は挟まなかった。
「旅の途中、リナを助けられなかった。カイルは俺を庇って死んだ。……あいつの最期の言葉は、『生きろ』だった」
クロードの声がわずかに震え、膝の上の拳が固く握りしめられる。
「魔王を倒して王都に戻ったが、待っていたのは称賛じゃなかった。アイリスが、俺が魔族と繋がっていると証言した。……護衛騎士のヴィクトルが、それを庇うように後押しした。二人がいつからそういう関係だったのかは、今でも分からない」
「……」
「信じてた奴に、あっさり裏切られた。それで、何もかも、どうでもよくなった。生きる意味なんて、見出せなくなった」
クロードは、ここで一度、言葉を切った。
「それでも、死ねなかった。カイルの『生きろ』が、頭から離れなかったから。……死にたいのに、死ねない。そんな中途半端な状態で、この村に流れ着いた」
語り終えると、クロードは深く息を吐いた。何かを吐き出しきったような、疲れた表情だった。
マオは、しばらく何も言えずにいた。頭の中で、様々な事実が、一つの線に繋がっていくのを感じていた。
(父が、あやつの両親を殺した。……そして、あやつが、父を殺した)
自分がクロードを恨む理由と、クロードが自分の父を討った理由。それは、まったく同じ根から生えていた。
「……妾もお主も」
マオは、静かに口を開いた。
「似た者同士、ということじゃな」
クロードが、初めて顔を上げた。
「復讐に生きて、大切な者を失い、それでも生きることをやめられずにおる。……妾もお主も、同じじゃ」
その言葉にクロードは何か言おうとして、結局何も言わなかった。ただ、小さく頷いただけだった。
その夜、いつものように寝支度を終えると、クロードは寝台の脇に布を敷き始めた。
「……何をしておる」
「……今日から、床で寝る」
素っ気ない答えに、マオは眉をひそめて仁王立ちした。
「なんじゃ、妾とは寝られんとでも言うのか! 失敬な!」
「そういうわけじゃないが……お前が大人だって話を聞いた後だし、色々話した直後に同じ寝台は気まずいだろ」
「ぬかせ! 仮にもこの妾の添い寝を拒むとは良い度胸じゃ。床でいじけるなど許さん、さっさと上がってこい!」
自分の理屈を力押しで通そうとするマオに、クロードは「やれやれ」と肩をすくめた。呆れつつも、どこか毒気を抜かれたような顔をしている。
「……仕方ないな」
小さくそう呟くとクロードは布を畳み、いつも通り寝台へと戻った。
「……なんじゃ、結局来るのか」
「うるさい。二度は言わせるな」
背を向けたまま答えるクロードに、マオは口元をわずかに緩めた。
その夜、二人はいつものように、同じ寝台で眠りについた。
◇
隣で規則正しい寝息を立てるマオの気配を感じながら、クロードはまだ眠れずにいた。
すべてを吐き出した後、胸の奥を長く塞いでいた重石がわずかに軽くなった気がした。両親のことも、リナのことも、アイリスのことも――誰にも語らず一人で抱え込んできたはずだった。それをこうして話してしまっても、何も変わらなかった。いや、正確には一つだけ変わったことがある。
マオは自分の過去を聞いても、憐れみもせずただ当たり前のように隣で眠っている。それだけのことが、なぜかたまらなく安堵させた。
(……いつまでも、逃げ回っているわけにもいかないよな)
天井を見上げながら、クロードはそんなことを思った。




