星空の下の二人
バタンと乱暴にドアが閉まり、激しい音が狭い部屋に残響した。
クロードは、寝台に座ったまま固まっていた。膝の上には、干からびた野菜の包みが重く鎮座している。
全身の血が引いていくような感覚と、内側から焼けつくような熱さが同時に襲っていた。マオの投げつけた言葉が、頭の中で何度も跳ね返る。
(――妾がいないと何もできぬ、まるで世話の掛かるペットのようじゃな)
言い返せなかった。反論の余地など、どこにもなかったからだ。自分でも薄々気づいていた。だが、考えないように、向き合わないようにフタをしてきた惨めな現実を、容赦なく突きつけられた。
羞恥と自己嫌悪で、胃のあたりが固く縮こまる。
「……くそっ」
息を吐き出し、反射的に立ち上がった。一歩、扉へ向かって足を踏み出す。
しかし――ドアノブに手が届く前に、ピタリと足がすくんだ。
(……追いかけて、どうする?)
冷えた思考がブレーキをかける。客観的に考えれば、追いかける理由などないはずだ。あいつは命を狙いに来た敵であり、勝手に押しかけてきて勝手に腹を立てて出て行っただけだ。放っておけばいい。
……だが、動けない足元を見つめているうちに、一人冷静になった頭は、残酷な答えを導き出す。
こうして外に出ることすらためらっている今の自分は、まさにマオの言った通りだった。一人では何もできない。ただ腐っていくだけ。
(……変わりたいのか、俺は)
胸の奥で、小さくくすぶる感情があった。
このまま何もしない自分から抜け出したい。あいつに言われっぱなしのまま、何もできない男として見下されたくない。見返してやりたい――そんな見苦しいあがきのような感情が、すくんでいた足を、わずかに前へと押し動かした。
重いドアを押し開き、外へ出る。夕暮れの光が目に染みた。こうして日が出ているうちに外へ出るのは、いつ以来だろうか。
だが、村へ続く道へ足を踏み入れたものの、どこを探せばいいのか見当もつかなかった。この数週間、マオが日中どこで何をしているのか、詳しく聞いたことすら無かった自分に今さら気づく。
困惑しながら歩いていると、少し離れた路地裏で、少年が足を止めてこちらを見ているのに気づいた。
――ティオだった。
少年は目を見開き、信じられないものを見るような顔で体を硬くさせている。
気まずい沈黙が流れた。かつて自分を救い、励ましてくれた存在が、見る影もなくやつれて立っている――少年の佇まいからは、なんと声をかけてよいのか分からないような戸惑いが克明に窺えた。
クロードにとっても、その視線は耐えがたいものだった。だが、他の大人たちに探りを入れるよりは、以前から面識のあるティオのほうが、まだ話しかけやすかった。
「……ティオ」
しわがれた声で呼びかけると、ティオはビクッと肩を揺らした。
「……あ、勇者様。珍しいな、外にいるなんて」
「……マオを見かけなかったか? 探してるんだ」
その問いに、ティオは驚いたように目を丸くした。
「マオを? ……なんか、あったのか?」
「……まあ、少しな」
言葉を濁すクロードを見て、ティオは何か察したように気まずそうに目を逸らすと、顎に手を当てて考え込んだ。
「……もし、一人になりたいんだとしたら……村を見渡せる高台にいるかも。前に村を案内したとき、あそこを教えてやったんだ。静かだから、考え事をするならあそこじゃないかな」
「……そうか。ありがとう」
クロードが短く応えると、ティオはどこか遠慮がちに小さく頷いた。昔のような無邪気な距離感はない。それでも教えてくれた情報に感謝し、クロードは教えられた方角へ足を向けた。
◇
その頃、高台の丘の上では、マオが膝を抱えて座り込んでいた。
(……妾は、何をやっとるのじゃ)
勢いで家を飛び出したものの、一人冷静になってみると、己の愚かしさに呆れるばかりだった。
自分は復讐のためにここへ来たはずだった。父親を殺した勇者クロード。あのような死んだ目をした男を殺しても復讐にはならないからと、生き返らせてから改めて絶望へ叩き落としてやる――そのつもりだったはずだ。
父を殺した男が落ちぶれているのは、父の死そのものを軽んじられているようで許せなかった。……だが、いつの間にか、理由はそれだけではなくなっていた。
自分の心の中に渦巻く正体不明の感情から逃げるように飛び出したが、飛び出したところで、他に行く当てなどなかった。
父が死んでからというもの、マオは復讐のためだけに生きてきた。今のマオにとって、「あの家」以外に帰る場所も、行くべき場所もどこにも存在しないのだ。
(どこへも、行けぬのではないか、妾は……)
ポツリと広がる孤独感に身をすくませている間にも、西の空に残っていた僅かな朱色は群青色へと沈み、足元から急速に夜の闇が広がっていく。
やがて背後から、草を踏みしめる重い足音が近づいてきた。
息を切らし、足をもつれさせながら上がってくる足音。
「……」
振り返らなくても、誰だか分かった。
クロードはマオの少し隣に、荒い息を吐きながらどさりと腰を下ろした。日頃の衰弱のせいで、暗くなった坂道をここまで登るだけでも限界に近かったらしい。
見上げれば、頭上には、いつの間にか無数の星が瞬いていた。
しばらくの間、二人は何も言わず、虫の声だけが静かに響いていた。
「……悪かった」
先に沈黙を破ったのは、クロードだった。
マオが驚いて横目で見ると、クロードは膝に肘をつき、視線を落としたまま呟いていた。
「野菜のことも……服のことも。村の連中のこともだ。俺は……自分から目を逸らして、甘えていただけだった。お前の言った通りだ。一人じゃ、何ひとつまともにできない」
自嘲気味なその声には、かつての投げやりな諦念ではなく、自分の惨めさを受け止めた上での絞り出すような響きがあった。
マオは抱え込んだ膝に顔をうずめ、ぼそりと返した。
「……妾も、言い過ぎた」
「……え?」
「お主を叩き起こすための言葉のつもりじゃったが……怒りに任せて、ただ蔑んだだけになっておった」
マオは夜空を見上げた。その胸の奥には、自分でもうまく整理のつかない、持て余すような戸惑いが広がっていた。
「父親の仇が落ちぶれていくのが許せぬだけじゃと……そう思おうとしていた。じゃが、本当は……お主があのまま、腐った野菜と一緒に朽ち果てていくのが……ただ、嫌じゃったのやもしれぬ」
いつもの尊大さを装う余裕は、今のマオにはなかった。
クロードはそれに何と返せばいいか分からず、ただマオと同じように空を見上げていた。
「……綺麗だな、星」
「……ふん。今さら気づいたか」
小さな軽口に、クロードの口元がかすかに緩むのが見えた。
「昔は、よく見上げてたんだけどな。いつの間にか、忘れてた」
「思い出せばよかろう。星は逃げも隠れもせぬ」
その言葉を聞いたクロードの肩から、長年張り詰めていた頑なな力が、わずかに抜け落ちていくように見えた。
二人はそれ以上言葉を交わさず、ただ静かに、頭上に広がる満天の星空を見上げ続けていた。
思いつきでプロットを少し変えたので、「村の案内」を合わせて修正しました。
話が長くなってきたので無料のClaudeではすぐにメッセージを使い切ってしまうようになったが、それ以上に人間がボトルネックになっている。
これまで定期的に更新してきたが、次回からの更新は不定期になりそうだ。




