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恋が見える人と、都合のいい優しさ

その日は、曇っていた。


喫茶店の前の通りだけ、人の流れが少しゆっくりに見える。


ゆいはテーブルを拭いていた。


クロは窓際。


相馬はランチの準備をしている。


いつも通りの昼だった。


「ねえ」


ゆいが窓の外を見ながら言う。


「さっきから、同じ人、何回も通ってない?」


クロは目を閉じたまま答えた。


「気のせいだろ」


通りの向こう側。


同じ女性が、少し時間を空けながら何度も店の前を歩いている。


一度目は、ただ通り過ぎるだけ。


二度目は、店の中をちらっと見る。


三度目は、少しだけ歩く速度が遅くなった。


そして四度目。


「あ。こっち来た」


店の外では、道路際で榊が配達の受け渡しをしていた。


段ボールを受け取り、軽く笑いながら何か話している。


その動きは自然で、変に気取ったところがない。


女性は、喫茶店からその様子をじっと見ていた。


「……あの人」


ゆいが窓の外を見る。


「榊さん?」


女性は小さく息を吐いた。


榊は受け渡しを終えると、軽く手を振る。


ドライバーの女性が笑う。


それだけのやり取り。


でも、どこか目を引いた。


「たまに、この前を通るとき見てました」


女性は少し迷うように言う。


「なんか……感じのいい人だなって」


クロが即答する。


「知らん」


女性は少し笑った。


「話しかけてもいいのかなって思って」


その間にも、別の女性が榊に声をかけていた。


軽い雑談。


仕事の流れの一部。


特別な意味はない。


榊は笑いながら答える。


「いやいや、仕事中なんで」


やんわり距離を取る。


でも、拒絶はしない。


その曖昧な優しさだけが、外からはよく見えた。


店の中の女性は、少し安心したように笑う。


「やっぱり、いい人ですね」


ゆいは何か言いかけて、やめた。


そのとき。


クロが小さく言う。


「違うだろ」


カラン。


ドアベルが鳴る。


榊が店に入ってきた。


「いやあ、まいりましたね」


いつもの軽い調子。


女性は慌てて立ち上がる。


「あの……!」


榊は軽く手を振った。


「僕に何か御用でした?」


「……いえ」


女性は少し安心したように笑う。


「でも、ちゃんと断ってて安心しました」


榊はほんの少しだけ目を細めた。


「断ってるように見えました?」


女性はうなずく。


榊は小さく笑った。


「なら成功ですね」


肯定でも否定でもない返事だった。


女性は満足したように笑う。


「……帰ります」


そう言って、静かに店を出ていった。


ドアベルが小さく鳴る。


店の中に、また静けさが戻った。


クロが言う。


「わざとだろ」


榊はコーヒーを受け取りながら答える。


「何がです?」


クロは窓の外を見たまま続けた。


「さっきの全部」


「見せ方が綺麗すぎる」


榊は少し笑う。


「偶然ですよ」


「嘘つき」


即答だった。


榊はカップを持ったまま、小さく肩をすくめる。


「いい人に見えるのは便利なんです」


クロは静かに返す。


「お前、いい人じゃないだろ」


榊は一瞬だけ黙った。


それから、いつもの調子で笑う。


「それは困りましたねえ」


ゆいがぽつりと言う。


「あれってさ……恋だよね」


クロは短く答えた。


「知らん」


それから少し間を置いて続ける。


「でもひとつだけ確かだ」


「“いい人に見える榊”は、誰かが作ってる」


榊は小さく笑った。


「それは便利ですね」


何も否定しない。


ただ静かにコーヒーを飲む。


窓の外は、まだ曇っている。


曇ったガラスに映る榊の横顔だけが、少し違う誰かみたいに見えた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

今回は少しだけ、「人が誰かをどう見ているか」の話でした。

感想やアドバイスなどいただけると、とても励みになります。

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