晴れた日の歩き方と、日陰の猫
その日は、眩しいくらいの快晴だった。
雲ひとつない青空から太陽の光が降り注ぎ、喫茶店の窓際ではクロが気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。
「あつー……今日、急に夏みたいじゃない?」
ゆいが団扇でパタパタと風を送りながら呟いた、その時だった。
カラン。
ドアベルの音とともに、三十代半ばほどの男性が入ってきた。
スーツ姿だが上着を脱ぎ捨て、額には汗が浮かんでいる。どこか落ち着かない様子で、店内の日陰を探すように視線を泳がせた。
「あの……探偵さんですか」
ゆいが立ち上がる。
「はい!私は助手ですが…何かお困りごとですか?」
男は小さく息を吐き、喉を鳴らしながら言った。
「変な相談なんですが……『太陽』が怖くて、外を歩けないんです」
ゆいは首をかしげた。
「太陽……? 日焼けとか熱中症じゃなくてですか?」
「違います。晴れている日ほど、胸が押しつぶされそうになるんです。眩しければ眩しいほど、自分がものすごい過ちを犯しているような気がして……気づくと影ばかりを探して走ってしまう」
男の名前は、津田といった。
数年前、勤めていた会社の大きなプロジェクトで決定的な失敗をしたという。
責任を感じて会社を辞め、それ以来「お前が失敗した日に限って、嫌になるほどいい天気だったな」という上司の言葉が、頭から離れなくなったそうだ。
「それ以来、晴れた日を見るたびに『自分のような失敗作が、この眩しい光の下を歩いていいはずがない』と思ってしまうんです」
ゆいは真顔になって言った。
「そんなの上司の嫌味じゃないですか! 津田さんが気にすることないですよ!」
「分かっています……頭では。でも、眩しい日差しを浴びると、体が勝手にすくんでしまって……」
その時、日向ぼっこをしていたクロが、ゆっくりと目を開けた。
「行くぞ」
グレーの毛並みを日差しに輝かせながら、クロはひょいと立ち上がった。
「え…どこに…?」ゆいもあわてて立ち上がった。
外は、まぶしいほどの陽光に満ちていた。
津田は日陰から出られず、建物の影に身を潜めるようにして歩いている。
汗がだらだらと頬を伝っていた。
「これです……この光が、僕を責めてるみたいで……」
ゆいが心配そうに寄り添う中、クロは堂々と日差しの真ん中——アスファルトの真ん中を歩いていく。
そして、大きな公園の入り口、日差しを遮るものが何もない広場でぴたりと足を止めた。
「津田、こっちに来い」
「え……でも、そこは日光が直撃して……」
「来い!」
クロの声には拒絶を許さない力があった。
津田は恐る恐る日陰を抜け出し、ジリジリと照りつける太陽の下へ踏み出した。
途端に恐怖で呼吸が浅くなり、その場に屈み込みそうになる。
「やっぱり……ダメです、息が……っ」
その時、クロが津田の足元に回り込み、彼の「影」の上にちょこんと座った。
「うずくまるな。上を見ろ」
「え……?」
「お前は太陽が自分を責めてると思ってんのか?」
津田は青ざめた顔で頷く。
クロはフンと鼻を鳴らした。
「自惚れるな。太陽はお前のことなんか知らん」
「……え?」
「お前が成功しようが失敗しようが、晴れる日は晴れるし、照らすときは全部平等に照らす。お前を責めてんのは太陽じゃねえ。お前が勝手に背負い込んだ『他人の嫌味』だ」
クロは津田の顔をまっすぐ見つめた。
「嫌な奴の言葉を日光のせいにして逃げてんじゃねえよ。眩しいのが嫌なら、眩しがればいい。暑いなら汗かけばいいだろ。太陽はお前を罰するために昇ってんじゃねえ」
津田は息を呑んだ。
青空を見上げる。
どこまでも高く、透明な青。太陽はただそこにあって、何も言わずに世界を照らしている。
自分がずっと怖がっていたものは、太陽ではなく「過去の言葉に縛られ、自分を許していなかった自分自身」だったのだと、乾いた心にスッと理解が落ちていった。
「あ……」
胸の奥を重く塞いでいた「もやもや」が、太陽の熱でじわじわと蒸発していく感覚がした。
「あは……ハハ……」
津田の口から、乾いた笑いが漏れた。
それから、全身の力が抜けたように大きな深呼吸をした。
「なんだ……本当に、ただのいい天気じゃないか……!」
津田は太陽に向かって両手を広げた。
額から汗が吹き出すが、もう怖くなかった。胸を圧迫していた重圧は綺麗に消え去り、ただただ、温かい日差しが心地よかった。
「もう……ちゃんと、晴れた日を歩けます!」
津田は照れくさそうに、でもすっきりと晴れやかな笑顔で笑った。
喫茶店に戻る帰り道。
津田はもう影を探すこともなく、堂々と日差しの中を歩いていた。
「探偵さん、ありがとうございました! 久しぶりに、太陽って暖かいんだなって思えました!」
深く頭を下げて去っていく津田の背中は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
ゆいはその背中を見送り、満足そうに頷いた。
「よかったねえ、クロ! 完全にトラウマ克服だよ!」
クロはあくびをしながら、日陰を選んでトボトボと歩いている。
ゆいは首をかしげた。
「あれ? クロ、さっきはあんなに堂々と日向を歩いてたのに、なんで今は日陰歩いてるの?」
クロは素っ気なく答えた。
「暑いからに決まってんだろ」
「えっ! 決め台詞のために無理して我慢してたの!?」
「うるせえ。猫は暑さに弱いんだよ。あーもう無理。ゆい、俺を抱えて行け」
ゆいは大笑いした。
澄み渡る快晴の空の下、ふたりの楽しげな声がどこまでも響いていった。
読んでくださり、ありがとうございます。
今回は初めて依頼人に苗字をつけてみました。なんだか身近に感じるきがするのですが、
1回しか登場しないゲストに名前を付けるのは…どっちがいいんだろう。なやむところです。




