喫茶店と、探偵の看板
この日は、珍しく晴れていた。
雨の匂いもない。
喫茶店の窓から、午後の光が静かに入っている。
「平和だな」
ゆいはカウンターに突っ伏したまま言った。
「いいことです」
相馬はコーヒーカップを整えながら答える。
右手のけがは、かなり良くなっていた。
今はもう、防水包帯だけ。
動きも、ほとんど普段通りだった。
クロは窓際の椅子で丸くなっている。
最近、完全にそこが定位置だった。
「そういえば」
ゆいが顔を上げる。
「相馬さん、もう大丈夫なんですよね?」
「ええ。おかげさまで」
「じゃあ私たち、そろそろ事務所戻ります?」
クロの耳が少し動く。
相馬は少しだけ考えた。
「戻りたいですか?」
「え?」
ゆいはきょとんとする。
相馬は静かに笑った。
「私は、どちらでも構いませんよ」
「どっちでも?」
「ここを事務所代わりにしても」
ゆいは店内を見回した。
カウンター。
窓際。
いつもの席。
クロの椅子。
気づけば毎日ここにいる。
クロがぽつりと言う。
「客が嫌がるぞ」
「今さらでは?」
相馬は穏やかだった。
ゆいは思わず笑う。
「たしかに」
カラン。
ドアベルが鳴る。
「こんにちは」
榊だった。
いつもの軽い調子で入ってくる。
「最近ずっといますね、二人とも」
「手伝いだからね」
ゆいが言う。
榊は店内を見回した。
そして自然に言う。
「でも、もうこっちの方が落ち着いてる顔してますよ」
ゆいは少し止まる。
「……そうかな?」
「ええ」
榊は笑う。
「帰ってきてる感じがします」
クロが低く言う。
「適当言うな」
「猫って、居つく場所わかりやすいですから」
榊はさらりと返した。
そのあと。
相馬が静かに口を開く。
「正式に置きませんか?」
「何をですか?」
「探偵事務所の看板です」
ゆいが目を丸くする。
「えっ」
相馬は少しだけ笑った。
「喫茶店だけでは、少し静かすぎますから」
クロは目を閉じたまま言う。
「変な店になるぞ?」
「もう十分変ですよ」
榊が即答した。
沈黙のあと。
ゆいが吹き出した。
「じゃあ、ここ拠点にしちゃおうかな?」
クロはしばらく黙っていた。
それから、小さく言う。
「……好きにしろ」
それは、クロなりの了承だった。
夕方。
店の入口こう書かれていた
『喫茶 相馬
キジトラ探偵事務所』
「なんか変!」
「そのうち慣れます」
相馬は穏やかに言った。
榊はそれを見ながら笑う。
「いいですね」
「やっと落ち着いた感じがする」
外では、風が静かに吹いていた。
ゆいの前にはクリームソーダが置かれている。
クロはゆいの隣でコーヒーを飲む。
まるで、最初からここにいたみたいに。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ついに看板が並びました!「変な店になるぞ」と言いつつ、なんだかんだ居心地が良さそうなクロが愛おしいです。
次回、新たな依頼(?)が舞い込みます。また次回もよろしくお願いします。




