増える席
この日も事件の相談はこなかった。
ゆいはクロといつもの喫茶店にいた。
喫茶店の午後はやわらかく、カップの音だけが静かに重なっていく。
窓の外は曇り空。
雨は降りそうで、まだ降っていない。
「クリームソーダって、ほっとするんだね」
早瀬ゆいはグラスを揺らしながら言った。
クロは窓際の席で丸くなっている。
「油断する味だな」
「それ、褒めてる?」
「ただの事実だ」
相馬はカップを拭きながら、かすかに笑った。
「お二人、最近よく来ますね」
軽い言い方だった。
ただそう思ったことを口にしただけみたいに。
ゆいは少し笑う。
「なんか、ここ来るの普通になってきました」
「それはいいことですね」
相馬は穏やかに答えた。
クロがぼそっと言う。
「変なのに居心地はいい」
「褒めてる?」
「多分な」
そのときだった。
カラン。
ドアベルが鳴る。
「やってますね」
榊が入ってくる。
いつも通り軽い調子。
人混みの中でも浮きそうな雰囲気なのに、本人はまったく気にしていない。
「また来た」
クロが小さく言う。
「たまたまですよ。」
榊は笑いながらカウンターへ向かった。
「混ざっていいですか?」
「聞くな」
クロが即答する。
相馬は少しだけ笑った。
「どうぞ」
その一言で、席がひとつ増える。
榊は自然に腰を下ろした。
まるで最初からそこにいたみたいに。
「ここ、落ち着きますよね」
「今さら?」
ゆいが言うと、榊は肩をすくめる。
「事実ですよ」
クロはじっと榊を見る。
榊は気にしないまま、出されたコーヒーを一口飲んだ。
午後の光が少し傾く。
カウンターには、3つのカップとグラス1つが並んでいた。
窓の外では、曇り空が少しだけ明るくなっていた。
お読みくださりありがとうございました




