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雨の日の依頼人

「また変な依頼だといいな」


助手のゆいは、のんきに椅子に座ったままくるくる回っている。


「普通がいい」


クロは即答する。


窓の外の空は、終わったはずの雨をまだ引きずっている。


そのとき、パソコンのモニターが鳴った。


リモート依頼。


画面の中には、ひとりの女性が映っていた。


「すみません、今出られなくて」


ゆいは回っていたイスをを止める。


「詳しく教えてください」


クロが言うと、女性は小さくうなずいた。


「家にちゃんと置いたはずの傘が、翌日にはなくなるんです」


「毎回?」


「雨の日だけです」


ゆいが小声で言う。


「よく傘がなくなる町だね」


クロはそれを無視した。


その瞬間だった。


ピンポーン。


女性が画面の外に視線を向ける。


「あ、すみません。ちょっとだけ」


立ち上がる。


そのまま——


映像から、ふっと消えた。


沈黙。


「……切れた?」


ゆいが聞く。


クロは首を振る。


「回線は生きてる」


「じゃあ、これってかなり事件なんじゃ……」


クロは立ち上がった。


「現場だ」



住所は依頼メールに記されていた。


外は雨が強くなっている。


クロはつぶやく。


「最近…傘ばかり追ってないか?」


ゆいは肩をすくめた。


「仕事、仕事」


玄関のチャイムを押す。


返事はない。


ドアは開いていた。


「すみません、今出られなくて」


奥から声がする。


クロは中に入る。


部屋には誰もいない。


だがノートPCは起動したままだった。


画面には——さっきの女性が映っている。


動かないまま。


「録画?」


ゆいが言う。


クロは首を振る。


「違う」


「パソコンの時間がずれてる」


ピンポーン。


また、同じ音が鳴った。


ゆいが顔をしかめる。


「さっきと同じ……」


クロは傘立てを見る。


黒い傘が一本だけ立っている。


「ここが“基準”だ」


「基準?」


クロは短く言う。


「雨の日は、同じ時間を繰り返す」


画面の中の女性が、また立ち上がる。


「あ、すみません。ちょっとだけ」


ゆいは息をのむ。


「ループ……?」


クロはうなずく。


「現象だ」


「人の問題じゃない」


ゆいがつぶやく。


「じゃあ依頼人は?」


クロは傘から目を離さずに言った。


「まだ“帰れていない”」


「どこに?」


少し間を置いて、クロは言う。


「今の時間にだ」




帰り道。


雨は、気づかないうちに少し弱くなっていた。


ゆいは不満そうに言う。


「説明したようで、全然説明になってないんだけど」


クロは歩きながら答える。


「十分だ」


「どこが」


「依頼人が消えた理由は分かった」


ゆいは眉をひそめる。


「だから、どこが?」


クロは空を見上げる。


「雨の日に、“戻る場所”を作ってしまっただけだ」




その夜。


事務所のモニターを切った直後、画面が一瞬だけ点いた。


そこに、あの女性が映る。


そしていつも通り言う。


「すみません、今出られなくて」


次の瞬間、映像は途切れた。


ゆいはぽつりと言う。


「ねえ、クロ」


「なんだ」


「これ、解決してる?」


クロは即答する。


「してる」


「してないでしょ」


クロは少しだけ間を置く。


「依頼は終わってる」


窓の外では、雨が静かに続いていた。


「明日は晴れるらしいしな」

お読みいただきありがとうございました。


「まだどこかで続いているかもしれない」余韻を少しでも感じていただけたらうれしいです。

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