FINAL TAKE 次に繋がるカーテンコール
『少しでも良い方向に向かうようにした決意を、選択を、絶対に後悔しない。あの時、もしも……、なんて思いたくは無いから。』
最後の台詞をいい終わり、俺が頭を深く下げると、教室には割れんばかりの拍手が響き渡る。
文化祭二日目、最終公演。席は立ち見ができるほど教室に観客が集まり、これ以上ないほど大盛況だった。その背景にはこの公演、最前で見守ってくれていた俺と茜の友人、都生と瑞樹が大いに関わっていたりする。
「はー、とうとう最終公演、千穐楽ってやつだな!」
「ああ、そう、だな……。」
三回目の公演まであと30分。気合いがさらに増している茜とは真逆で、俺は少し浮かない顔をしていた。
理由がは単純。ついさっきの二回目の公演で、少しばかり台詞の言い回しを間違えてしまったのだ。すぐさま切り替えたほうがいいのはわかっているのだが、一回目の公演ではちゃんとできただけに、台本を手に持っていながらなんたる失態だろうか、とマイナスな思考が頭を離れない。
そんな様子の俺に、茜は「なあに、大丈夫だって!」と明るく告げる。
「オレ的には、失敗は悪いことだけじゃないと思うぞ?」
「何言ってんだ、やらかしたことはどうにもならないだろ。」
「そりゃあそうだけどさー、もう、ちゃんとリカバリーできてたっていうのに、琥珀は下を見過ぎだって!」
そういうと茜は俺の丸くなっていた背中をバシンと勢いよく叩く。
「……っ!、いってえな……、何すんだよ!」
茜はおそらく力加減とやらができないたちなのだろう、かなりの痛さに若干涙目になって顔を上げると、鼻の先につきそうなくらいビシッと人差し指をむけてくる。
今度はなんだと恐れ慄く俺に、茜は言った。
「オレとしては、琥珀の誠実さがしっかりと見えてよかったと思う!」
「はあ?なんでいきなりそんな話に……。」
「琥珀はミスしたことに気がついた瞬間に、いわゆるアドリブのような状態で、どうしたら気づかれずに元の筋に戻せるかを考え、実行した。オレみたいに勢いとかでうやむやにせず、流さず全うしたっていうのは、すごいと思ったぜ!」
「それは、散々即興演技でやったから、な。」
茜のせいで色々飛び飛びになる設定を、どうにかして一定に保とうとした即興演技のことは、忘れたことがない。
うんうん、と満足げに頷く茜は、さらに、と口を開く。
「実は二公演目って、どんな本番においても一番ミスが多くなりやすいんだとよ。」
「それは、なんで?」
「正確なことはオレもよくわかってない!けど、一回目がうまくいくと、初演がうまくできたという安心感で少なからず気が抜けるから、それ故に、ミスをしやすい心持ちになるんだよな。ま、オレもそうだけど一回目や千穐楽ほどの緊張は無いからな〜。」
「考えてみれば、確かにそうだな……。」
一度本番を経て、少し安心してしまったのかもしれない。ラスト一公演、悔いのないよう気合を入れて挑もうと心に決める。
そんな決意を固めた俺の横で、茜は気持ちよさそうに伸びをしながら言った。
「もし何か失敗をしてしまったとしても、さっきみたいに堂々としてればいいと思うぜ?あんまりよくないかもだけど、お客さんに間違ってしまっていることが伝わらなければそれでいいし、複数公演があるイベントっていうのはミスとかハプニングがそこでしか見れない展開になったりするから、案外そう言ったものをお客さんも楽しんでくれてたりするもんだ。」
「……その観客、随分と物好きだな。」
「もしかして、身近にいるかもしれないぞ〜?」
「んなわけないだろ。」
「あ、いたいた、琥珀!茜ー!」
俺がいつもの調子に戻りつつあると、廊下の向こうから歩いてきたのは都生、それから演劇部の公演終わりの瑞樹だった。
「なんとか千穐楽だけは見たくてね。無事間に合ってよかった。」
「見なきゃ絶対後悔するって散々瑞樹に言ったからねー。それよりもさっ、聞いて欲しいんだ!」
「……そんなに興奮してどうしたの、都生くん。まるでものすごくいい供給を受けたオタクみたいになってるけど。」
そう瑞樹が苦笑いでつっこんで察する。これはもしかして……、という顔で茜を見れば、ニヤリと満足げに笑っていた。
まずい、と思った時には時すでに遅し。都生は目を輝かせて語り出す。
「初演と二回目、どちらもすごくよかったんだけど、二回目はまた違った面白さがあって良かった!まず冒頭のマイとユウトの登下校中のシーンでーーーーー。」
「……都生、今は勘弁してくれ。」
「都生くん、琥珀くんもこう言ってることだし一旦止まろう?そもそも僕、まだ見れてないから。」
「そういえばそうだったね、じゃあこの公演の後にするよ……。」
そう言ってわかりやすく肩を落とす都生。
語りたいところ申し訳ないが、演じていた本人の前で熱く語られるのは普段から褒められることを苦手とする上に、俺の精神面が持たない気がする。第一、瑞樹がまだ一度も見ていないというなら、ネタバレはしないほうがいいだろう。
ところで、と俺たちが手に持っている紙に目を向ける瑞樹。
「それ、もしかしてパンフレットかい?」
「ああ!ラスト一公演だしこの時間を使って配りながら宣伝しまくろうかな〜って思ってさ。」
「なるほどね……、なら、僕たちにも手伝わせてくれないかな?」
「いいのか?公演終わりで疲れてるんじゃ……。」
「なあに、全然大丈夫だよ。」
今回は裏方を担当していたとはいえ、演劇部は放送部以上に規模が大きい。二日間でかなり大変だったはずだと心配していると瑞樹は心配ご無用、とばかりに人懐っこい笑顔になる。そして何やらいいことを思いついたようで目の奥の光がやけにギラついて見えた。
瑞樹は早く良さを語りたいと悶々とする都生の肩に手をぽんっと置く。そしてにこにこの笑顔でこう告げた。
「都生くんはこの作品の良さ、伝えたいよね?」
「そりゃあもちろん。できるだけたくさんの人に見てもらいたいし。」
「じゃあ、やるしかないよね。」
何をやるしかないのか、この会話から俺にはさっぱりわからなかったが手伝ってくれるのはありがたい。
俺から見てもオタクな側面以外はやることなすこと全てがイケメンの都生と、普段の柔和な態度と人懐っこい笑顔から一変して演技スイッチが入ると豹変する瑞樹。何はともあれ信頼できる二人なのでひとまず任せてみることにした。
それでどうなったかといえば。
「放送部ラジオドラマ公演会!大千穐楽と相成りました!少しでも気になる通りすがりのそこのあなた、よろしければ青春の1ページの目撃者になりませんか?」
明るい笑顔の上に芝居がかった呼びかけで人を惹きつける瑞樹。まるで街中で見る人を惹きつけて離さない大道芸人かのようだ。
にしてもあらすじしか知らないはずなのに、よくここまで宣伝できるなと思う。
「観晴ヶ丘総合高校放送部、通称MBCです!個性豊かで魅力的な素晴らしい演技をするキャストが勢揃いしてます!だがしかし、一番の推しポイントはなんと言ってもみんな声がいい!きっとあなたの推しが見つかります!」
そして一方の都生はというと、選挙運動かのように、とにかく自分の推しポイントを詰め込みまくっていた。これで暑苦しく見えないどころか、カッコよく見えるのが都生の謎である。
まあそんなこんなで、並べば絵になる最強の助っ人二人のおかげで千穐楽は大盛況だったのだ。その分自分としては緊張もあったけれど、最後の最後までしっかりやり遂げられたことに安心していた。
本音をいえば、少し寂しいところもある。それは冒頭のモノローグから感じていたことで、この台詞をユウトとして口にする機会はないんだな、と考えると今までより一言一言の重みがとても大事に思えた。
俺の日常を、考えを、色々と変えてくれた台本に、演者たち。名残惜しくもなる。
エンディングの明るめの曲が流れる中、俺たち演者、それから音響機材班の祐先輩が前に出ると、側で見守っていた有栖川先輩がマイクを一つとって、話し始める。
「放送部部長、2年の有栖川茅野です!この度はご来場誠にありがとうございました!皆様に見守られながら無事に全3公演、終えることができました。本当に本当に、ありがとうございます!」
そう言って改めて頭を深く下げる有栖川先輩。一番重たい責務を負っていた有栖川先輩にとって、無事に千穐楽まで駆け抜けられたことは、何よりも安心したことだろう。
再び教室が拍手で満たされる中、顔を上げると有栖川先輩は言葉を続ける。
「まだ少しお時間があるということで、ここまで一緒に走り抜けてきた放送部のみんなを紹介しつつ、一言ずつコメントを貰おうかなと思います!」
そう言い出した有栖川先輩に、段取りになかった事態なので戸惑いを隠せない俺と「なんか舞台のカーテンコールみたいでいいっすねー!」と目を輝かせる茜。
頭の片隅にある記憶では、確か兄貴の出ていた舞台を見にいった時も最後に役者が出てきて礼をしていたような気がする。あの形式とはまた少し違うとは思うけれど、こう言った最後の挨拶をカーテンコールというのか、と新たな学びを得た。
他を見れば、またやってるよと言わんばかりの黒木と白鷺の反応に、祐先輩をチラリと見れば頭を抱えていた。
おそらくは監督としての責務から解放されて本来の自由奔放な有栖川先輩に戻っていると見ていいだろう。
「誰から行こうかな〜。主役は一番最後にするとして、ここは先輩からってことでくわっちからかな!」
「……だと思った。」
「というわけでまずはこちら、音響機材班の同じく2年、桑原祐ですー!」
そう紹介されて有栖川先輩からマイクを手渡されると、渋々と言った表情で受け取る祐先輩。
「えー、ただいまご紹介に預かりました音響機材班の桑原祐です。」
そう話し出すと有栖川先輩から「結婚式の友人挨拶か!」と生きのいいツッコミが入る。会場内からも笑い声が聞こえてくる中、祐先輩は言葉を続ける。
「夏休みからここまでかなりいろんなことがあったけれど、なんとか駆け抜けることができて良かったです。たくさん練習をしてくれた部員と、まとめてくれた監督、そして協力してくれた方、それに見にきてくださった方に感謝の気持ちでいっぱいです。改めてご来場いただき誠にありがとうございました!」
さすがはしっかりものの副部長、祐先輩。もはやお手本のような締めの言葉で、ここで終わってもいいんじゃないかとも思ったが、まだ序盤。ここから演者たちへとマイクが渡されていく。
次にマイクが渡されたのは茜。こんな完成度の高い先輩の一言の後に続けるだろうか。
「ユウトの親友コウキを演じました、遠山茜でーすっ!いやー、すごくたくさん練習したし、大変だったけど、やってて一番思ったことは楽しかったな〜って感じです!とにかく楽しかったー!ありがとうございました!」
案の定、興奮冷めやらぬ中で若干いつもより語彙力不足を感じるいつもの茜らしさ全開の挨拶に、俺としては心の中で苦笑いするしかなかった。
続いてマイクが手渡されたのは白鷺だ。
「はーい!カノンちゃんを演じました白鷺くるみです〜。カノンちゃんの想いは届かずだし、周りから見てかな〜りひどい子だとは思うけど、そう感じとってもらえてるならうまくいったってことで。彼女は彼女なりに考えて生きていると思うので〜、暖かく見守ってあげてくださーい。ありがとうございました〜!」
演じている時の印象とは違い、白鷺らしいどこか掴めぬ独特な挨拶。続けて渡されたのは隣にいた黒木。
「ヒロインのマイを演じました黒木糸音です。この物語を通して、見てくださっていた皆様に、込められたメッセージが届いていればいいなと思います。無事に千穐楽を迎えられて良かったです、ありがとうございました!」
黒木らしい真面目な挨拶、さすがヒロインを演じただけある。
そしてとうとう俺の元にマイクが手渡された。
「ではでは最後!主役を演じてくれました、1年生の藤倉琥珀くんでーすっ!」
有栖川先輩の言葉に、俺はおずおずと一歩手前に出る。
「えーと……。」
茜たちがコメントを言っている間考えてはいたはずなのだが、自分の番になると考えていたことが一瞬にして吹き飛んだ。いわゆる、頭真っ白状態である。
ラジオドラマ公演会の紆余曲折を経ても、まだまだ俺は初心者。いざこのようなアドリブ状態で言葉を求められると詰まってしまう。
そんな様子の俺を見て、普段のノリからかそれとも俺が切り出しやすいようになのか、茜がツッコミを入れる。
「え、もしかして琥珀さん、こんだけ大変だったのに思うことひとつもないのー!?あんなに?大変だったのに!?」
「思うことは山ほどあるよ!どれから話せばいいか悩んでんだよ!」
「全部話せばいいのに……、まずは自己紹介からだぞ〜。」
「……わかってるって。」
後から聞いた話だと、都生や瑞樹、見にきてくれていたお客さん、それから後ろで待機していた氷室、またまたこっそり見にきた兄貴も含めてこのやり取りをそれはもう微笑ましく見守っていたらしい。
けど茜のおかげで本来の自分と大差なく喋れたのは事実。またひとつ感謝だ。
「いつも通りでいけよ〜。」と言う茜の茶々は一旦スルーし、気を取り直して俺はマイクを持ち直して口を開く。
「ユウトを演じました1年藤倉琥珀です。本日はご来場いただき、誠にありがとうございました!」
一度言い切り深々と頭を下げると、再び拍手が起こる。落ち着いたのを見計らって話を切り出した。
「ここに辿り着くまで、大変でした。俺は演技自体もそんなに経験がない中で、いろんなことを部員のみんなに教えてもらいながらなんとかここまでこれました。部員以外にも、宣伝を手伝ってくれたり、素敵なイラストを描いてくれた友人や、相談に乗ってくれた兄貴、たくさんの人に支えてもらいました。本当に本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。」
見渡せば都生と瑞樹、兄貴と、それから氷室と視線が合う。こうやって視線を交わすことにもう恐怖はない。みんなの目が、俺がやってきたことは間違いではないと証明してくれた。
そこで俺は一人紹介していないことに気がつく。まだ一人、大事な仲間を紹介していない。
俺は教室の後ろに控えていた氷室を手で示した。
「最後に、今回俺たちを一番近くで見守ってくれて、俺に変わるきっかけをくれた部員、氷室瑠璃を紹介させて欲しいです。今回出演してはいなかったけど、彼女の声も演技もとても素敵なので、もし次回以降、機会があれば是非とも聴きにきてください!」
俺がこんなことを言い出すと思わなかったのか、視線が急に自分に集まり、目を見開く氷室。
拍手が起こり、戸惑いながらも氷室は深々と頭を下げた。
あの時氷室に招待状をもらわなければ、今の俺はいない。風邪で喉を痛めながらも、俺だけではなく演者全員を支えてくれた。そう考えると、この公演会の一番の立役者は氷室かもしれない。本当に、もしも今後機会があれば、だけど。ちゃんと氷室の演技を見てみたいと思った。
俺のコメントの時間が長すぎるのも良くない。そろそろなんとか締めなくては。
「いつも通りから変わることが怖い自分がどこかにいたけれど、今回演じたユウトのように、一歩踏み出してみれば案外自分次第でなんとかなるものだなって思いました。挑戦してみて本当に良かったと思います。ありがとうございました!」
なんか頭を下げてばかりいる気がするけど、これはこれでいいだろう。何せ、この無事に終わって良かったと言う安堵感と、見守ってくれた人たちへの感謝を伝えるのに、今俺ができることはこれが精一杯だった。
程よく締められたところで、マイクが再び有栖川先輩の手に渡る。
「じゃあみんなからのコメントももらえたってことで、最後に声をそろえて挨拶しましょうか!あ、是非とも大賞のアンケート、放送部に投票よろしくお願いしますー!」
ちゃっかり部の宣伝もする有栖川先輩の言葉に、改めて背筋を伸ばす。今日というこの日を、最後まで楽しんでもらえるように。このカーテンコールが次の機会へ繋がるように。心を込めて、最後の一言を届ける。
「それでは、放送部一同、礼!」
「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」
こうして観晴ヶ丘総合高校放送部によるラジオドラマ公演会は無事に幕を閉じたのであった。
〜Switching:氷室瑠璃〜
「いや〜、それにしてもよかったね、るりるり〜?」
「ん、何が?」
放送部女子3人、教室のある程度の片付けが終わり閉会式の会場である体育館へと向かう最中、くるみが話しかけてくる。
「こはくん、最初は大丈夫かなぁ、って心配だったけど、最後までものすご〜く一生懸命にやってくれてたもんね?」
「最後まで、心配だったけれどね。もしあのまま来なかったと思ったら……、今でも寒気がするわ。」
「結果的にきたからいいの〜、もう、いとちゃんは心配性なんだから〜。」
内心最後までひやひやしていたらしい糸音。普段からそこまで感情を表には出さないタイプだけれど、どうやら隠すのが上手いらしい。少なくとも僕には全然そうは見えなかった。
「……やっぱり茜くんのいうとおりだったね。」
僕がそう呟けば、二人は一瞬何が?という顔を浮かべたが、すぐに納得したような表情に変わる。
「まあ、そうね……、今回は藤倉くんの、頼まれると放って置けない性格を利用した形になってしまったけれど。」
「あかねるが頼み込んできた時はどうなるかと思ったけどね〜。」
そう、実はくるみの言うように今回の琥珀くんのピンチヒッターのようなキャスティングには、裏話がある。
僕が喉をやってしまったと言うのは本当の話。けれど実際は2、3日経てば治るようなただの流行の風邪だったのだ。
ただ声が出せない間、みんなの練習を止めてしまうわけにはいかない。そこでその期間だけ、琥珀くんに代役を頼もうと思ったんだけれど。
『氷室瑠璃様、折り入ってお願いがございます!』
『……何?』
声をあまり出したくなくて僕は小声で聞き返す。茜くんがいつにも増して真面目な顔つきだったのでこの時ばかりは真剣に聞くことにした。
『オレ、一回でいいから琥珀にラジオドラマに出て欲しくて!』
『……うん、それで?』
『だから、その……、不躾なお願いではありますが今回の主役の座を譲っていただけないでしょうか!』
『はあ……。』
何卒!と頭を勢いよく下げる茜くん。僕は要求されたことに対して多少混乱していた。
まだ出て欲しいから今から役を増やせ、ということならわかる。けど、主役を譲って欲しいというのはどういうことだろうか。
琥珀くんは普段から演者側にはからっきしで、僕たちが発声練習をしていてもただ見守っているだけ。部活の時間を大抵は読書をして過ごしている。別にその過ごし方に異議を唱えるつもりはないのだけれど、いきなり未経験の人間に演者を、ましてや主演をはれなどとかなり厳しい要求なのでは。
それにこれは一応部内のオーディションで僕が勝ち取った役。はい、どうぞ、とそう簡単に譲り渡すことなどできない。
『……どうしてそこまで?』
僕が問うと、茜くんはほんの少し言いづらそうに口を開く。
『琥珀は、その、そのままにしておくにはもったいないポテンシャルを持ってると思うんだ。』
『それは僕もそう思うよ。』
そのことには素直に同意だ。琥珀くん自身は読書が趣味とだけあって読解力はかなりある。理解力は高い方だろう。
それに個人的な話にはなるが僕は琥珀くんの声が好きなのだ。まっすぐだけどそれだけじゃない、それなりの過ごし方からどこか葛藤と苦悩を秘めた声。なので、琥珀くんが担当しているお昼の放送は特別な用事がない限り聞いている。
僕としてもその素敵な声を生かして、いつか琥珀くんが演技しているところを見たいとは思っていたけれど。
茜くんはぶんぶんとこれまた勢いよく頷いた。
『だろ!?オレは出会ってからそれはもうずーっともったいないと思ってたんだよ!でもオレがいくら話を振っても誘っても、見向きもしてくれない、いや、興味を持たないようにしている気がするんだ。』
『茜くん、人にはそれぞれ事情があるよ。無理やり巻き込むのはどうなの。』
『あいつはなんだかんだ言って面倒見が良くて、困ってると放って置けない性格なんだ。だからそれを利用する。主役がピンチ、代役を務められるのは自分しかいない、と無理やり表舞台に引き摺り出してやろうっていうのがオレの考えた作戦ってわけよ!』
『……つまり、茜くんは僕に共犯者になって欲しいわけだね。』
『そういうことだ!』
『……はあ。』
呆れたため息をつくと、ふふん、と得意げに鼻を鳴らす茜くん。強引すぎる手段だし、できれば遠慮したいところではある。
でもなんだかんだ言って今回も演者ではないけれど自分にできることを、と言って台本を作ってくれたり機材班の桑原先輩の手伝いをしていたりする。何かしら“きっかけ”があれば、今後も演者をやろうという気になってくれるかもしれない。
『オレはあいつが最後までやり遂げるって信じてる。だから氷室、良ければ共犯者?になってくれないか!』
改めてそうお願いされて、しばらく黙り込んでしまったけれど僕は決断を下す。
『いいよ。喜んでなろう、共犯者。』
『いいのか!?ありがとうございます氷室様ー!』
僕だってせっかく選んでもらえた役を演者志望ではない人にやすやすと譲りたくないとは思う。けれど現状、琥珀くんに主役、ユウトを任せてみたいと思ったし何より琥珀くんが演技をしているところをみたいという欲が勝ってしまった。
ただ茜くんが考えたこの作戦は、失敗する可能性もある。琥珀くんがこの誘いを断固拒否したり、変化を恐れて途中で逃げ出したりすれば計画は頓挫する。
だからこれは一種の賭けだ。最後までやり遂げるという琥珀くんの責任感と、変化するということは怖くないということを僕たちがいかに教えられるか。
茜くんは僕の色良い返事を受けて、すでにやる気満々のようだった。
『そうとなれば、早速作戦会議だな!絶対に引き受けさせるぞ〜!』
『僕だってやりたかったってこと、忘れないでね。万が一僕が納得いかないような事態になれば、ユウトの役、返してもらうから。』
『なあに、琥珀なら絶対にそんなことにはならねえよ!』
そうして“琥珀くんを表舞台に引き摺り出そう計画”は始まったのだった。
「でも、その割には藤倉くんに代役をやって欲しいって伝えるのが遅かった気がするわね。」
糸音が当初を思い出したのか苦々しい顔をする。
茜くん自ら提案したくせにいざ都合が悪くなると途端に態度に出る性格のため、言い淀んだ瞬間、危険を察知した琥珀くんに警戒されてしまってなかなか切り出せなかった、とのこと。
「本当あの二人ってでこぼこしてるようで仲良いよね〜、名コンビ!」
「まあ、そうね。いいコンビだと私も思うわ。」
糸音とくるみが前を歩いている中、僕は日中もらった言葉について考えていた。
『今回出演してはいなかったけど、彼女の声も演技もとても素敵なので、もし次回以降、機会があれば是非とも聴きにきてください!』
あの時紹介されるとも思っていなかったし、尚且つ素敵な声、素敵な演技と言われると、どこかむず痒く感じる。
僕の声は普段から聴いているからわかっているとして、僕が琥珀くんの前でした演技なんて、琥珀くんを褒めようと思って真似したときぐらいだった。
もしかしたら僕が気がついていないだけで思っていたよりみられていたのかもしれないけれど、そんな片鱗だけでもいいと言ってくれたのはとても嬉しかった。けどそれと同時に、僕はこんなものじゃないと教えたい気持ちもあるし、今回は叶わなかった共演を、いつか叶えたいという思いも湧き上がる。
「次は演者のオーディション、受けに来てくれるかな。」
そうポツリとこぼすと、糸音とくるみが勢いよくくるりと振り返った。
「受けに来てもらわなきゃ困るわよ。せっかくここまで教えたんだもの。」
「全部終わったとき楽しそうな顔してたもんね〜、絶対受けに来るよ!」
僕はその言葉を聞いて、満足そうに告げる。
「……だよね、絶対来てくれるよね。」
茜くんと共演を叶えた。なら次は僕との共演も叶えてもらおう。
〜Switching:藤倉琥珀〜
「いやー、後夜祭ってすげえー!」
「そりゃあ、普段はいられない時間にお祭り騒ぎしてるわけだからなー!」
体育館で後夜祭バンドのステージを見ている最中、隣にいる茜の大声の問いかけに俺も聞こえるぐらいの声量で返す。
今ステージ上では都生と瑞樹が参加しているバンド、“カサゴの花言葉5号棟”が演奏をしていた。
演奏しているのは今流行りのバンドの曲のカバーが主なのだが、みんな知ってる曲であるが故に、体育館内のボルテージは最高潮だ。都生はドラム、瑞樹はギター&ボーカルとそれぞれプロ顔負けの技術の高さが窺える。
とにかく冗談でも誇張でもなく、二人がすごすぎる。生き生きとドラムを叩く都生は見ていて楽しそうだし、瑞樹の歌に関してはうますぎるのだ。一体日常生活を共に過ごしている中でどこにそんなポテンシャルを秘めていたのか、不思議でならない。
「ヒュー!最高だぜ〜!」
「都生ー!瑞樹ー!かっこいいぞー!」
最前列とまではいかないが、前方のエリアを確保できた。茜は届けと言わんばかりに、曲終わりに声援を飛ばす。
まあ緊張する舞台も終わったこともあり、今回ぐらいはいいかと俺も声を出してみたりした。案の定気がついたみたいで都生はドラムスティックを持ったまま手をぶんぶんと振り、瑞樹はにこやかな笑顔で目線をくれた。
MCタイムに入り、こんな大勢いる中で特大ファンサをもらっていいのだろうか。と内心思っていると、茜が言葉をこぼす。
「やっぱり、琥珀の声って届くんだなあ。」
「はあ?」
急に振られた話題に俺が素っ頓狂な声で返事をすると、茜はなぜか、どこか得意げにこちらをみて言う。
「二人とも今琥珀が声を出したらすぐ気づいたんだよ。この短期間でいろんなことを乗り越えた琥珀の声は、ちゃんと相手に届くようになったな、ってさ!」
「そんなの、俺たちがただ友達だから気づいた、ぐらいじゃねえの?」
「いーや、そんなことはない!是非今後ともその身につけたもんってのは、生かしてもらいたいところだな!」
そう言って茜は勢いよく俺の肩を叩く。力加減が出来ないのは相変わらずのようで、ものすごい音がしたけれど、この場限りは目を瞑ってやることにする。
ステージ上で“カサ花”が次の曲の準備を整えて、後半戦に入ろうとしていた。
「なあ、琥珀。」
「……何?」
2週間前のいつかの会話のように、茜が切り出してきた。
「お昼の放送以外にも、放送部って面白いことあっただろ?」
「まあ、そうだな。」
食わず嫌いだったことは、認めざるを得ない。色々悩んで苦しんで大変だったけど、一つずつ着実にできることも増えて演じることも最終的には楽しいかもしれない、と思い始めている自分がいた。
失敗した過去の記憶が消えることはこれからもないだろう。けれど俺の行動次第で塗り替えることも可能だと改めて知れた。放送部とは、お昼の放送だけが全てではないことも。
「ありがとうな、茜。」
「え、え、急にどうした琥珀!?熱でもあるのか!?」
「真面目に礼を言ったらこの反応かよ……。」
「うそうそ!冗談だって〜。」
きっかけをくれたお礼を言うべきだと思って改めて言えば、心外な言葉が返ってきた。まあ、茜が真面目に返してきたらそれはそれでびっくりなのだが。
茜は咳払いを一つすると俺の前に拳を突き出した。これもまた、何度かみたことある光景だ。そして満面の笑顔で告げる。
「また一緒にやろうぜ!」
「……ああ!」
俺は素直に返事をすると、拳を出して突き合わせた。
これは一通の招待状から始まった、俺の新たな放送部ライフの幕開けーーーー。




