TAKE 17 もしも変わってしまっても
「本日は、観晴ヶ丘総合高校放送部ラジオドラマ公演会にご来場いただきまして、誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、皆様にいくつかご案内申し上げますーーーーー。」
リハも無事終わり、黒木が教室内で開演5分前のアナウンスを始める。さすがアナウンサー志望、クリアにわかりやすく、注意事項を伝えていく。すでに開場しており、客席は7割ほど埋まっている。
そんな中、俺たちは教室の外、一旦放送室がある棟とを繋ぐ渡り廊下にて待機していた。
「実際にお客さんがいるところ見ると、さすがにどきどきしてきたぜ〜。」
「……だな。」
俺もそう冷静に返したつもりだけど、内心、一発目の台詞を吐くまでは心配で仕方がない。おそらくひとつ台詞を発すれば、練習のようにいつも通りの力を発揮できる、はず、と思っているけど実際どうだろうか。
「放送部ラジオドラマ公演会、間も無くスタートで〜す!」
白鷺手作りの看板を掲げる氷室の横で、その作った本人は声を張り上げて呼び込みをしていた。周りがそういった騒音で迷惑をかけないタイプの出し物だったからよかったものの、廊下中にその声が響いていた。どうやらギリギリまで宣伝するつもりらしい。
普通なら俺のように緊張して身動きが取れないこともあるのだろうに、一体どんなメンタルをしているんだ。
「お、いっぱいお客さん入ってるじゃーん。」
「あ、兄貴……。」
「お兄さん!先ほどはありがとうございましたっ!」
ふらっと現れた兄貴に勢いよく頭を下げる茜の横で、俺は怪訝な目で兄貴を見る。
確かに先ほどいろいろ助けられたのは事実だが、不審者みたいな格好が格好なだけに、周りから少々好奇な、いや怪しい目で見られている。そのことに本人は気づいているのだろうか。
兄貴は俺の様子を見て、どこか安堵した表情で続ける。
「その様子だと、大丈夫そうだな。」
「緊張は、相変わらず解けないけどな。」
「なにいってんの。程よい緊張こそ、何かを成功させるのに必要なものだから。友達がそばにいると思って、思いっきり楽しんで来いよ!」
「ああ、ありがとう兄貴。」
さっすがお兄さん!とキラキラした茜の視線を苦笑いで受け取ると、兄貴は手をひらひらと振って教室内へと向かっていった。入り口にいた氷室が案内がてら一言、二言交わしていたようだけれど、話しかけられてからその様子が何やらおかしい。
兄貴が教室内へ入ると、持っていた看板を置いて逆方向にいる俺へ早足で詰め寄ってきた。
「あの人って、琥珀くんのお兄さん?」
「あ、あぁ、そうだけど……。」
「……なるほどね。」
表情はいつもと変わらずとも、ものすごい剣幕で詰め寄ってきたため、俺は若干押され気味に答える。
ふーん、と何か逡巡したのち、氷室は今度は茜に目線を向けた。
「茜くんは、あの人について何か知ってるの?」
「い、いや!?ナーンモ!?」
本当に?とさらに覗き込まれ、たじたじになる茜。俺の家に来たことがある以上、兄貴と知り合いなことぐらい別におかしくないと思うのだが、一体氷室は何をそんなに気になることがあるんだろうか。
氷室はしばらく茜を訝しげな様子で見ていたが、やがてため息をつく。
「ま、そのうち茜くんならうっかり口を滑らしそうだもんね。」
「オレ、そんなに信用ないの!?」
「本番前にごめんね、今の話は一旦忘れてほしい。」
「あぁ、わかった……?」
よくわからないがすでに本番間近。台本を持って、俺らはリハーサル通り、入場動線の立ち位置につく。
監督である有栖川先輩の前説が終わり、祐先輩が機材卓につき、M0(開演直前のタイミングで流す合図の曲)を流し始める。教室に入る直前、茜がこちらを振り返った。そしていつぞやのように、拳をこちらに突き出す。
「初舞台、楽しんで行こうぜ!」
「……ああ!」
俺ももちろん拳を突き合わせて答える。
中に入ると客席はほとんど埋まっており、たくさんの視線がこちらに向けられていた。見渡せば兄貴や父さんと母さん、都生の姿もある。以前までは恐ろしいと思って避け続けていたそんな緊張しか生まない視線が、仲間がいるという助けもあって、程よく楽しむための力になってくれている気がした。
俺は立ち位置に着くと、台本を開く。一度目を閉じて呼吸をすれば今までやってきたことが頭の中を走馬灯のように駆け巡る。目を開ければそこは台本の世界であり、隣にはずっと一緒に進み続けてきたユウトの姿があって、ふと、背中を押された気がした。
BGMが完全に消えたところで、俺は第一声を口に出す。
『当たり前だと思っていることは、当たり前じゃない。ふとした瞬間、失ってしまうこともある。』
ユウトの一人語りから、この物語は始まる。
こうして俺ら放送部のラジオドラマ【もしも変わってしまっても】は幕を開けた。
ーーーとある都立高校。そこに通う男子高校生ユウトとその幼馴染のマイ。たまたま同じ高校に進学したことが理由で、入学当初から時間が合う日は毎日一緒に登下校している。
いつも通りの登校風景を示すイラストがスライドが映し出され、俺は黒木に話しかける。
『あ、そういえば、昨日テレビでマイの推し、歌ってたぞ?』
『あー!それ録画してあってまだ見れてないから!ネタバレ禁止!』
『ネタバレ禁止も何も、そんなに詳しく知らないんだけど……。』
『これだけ毎日語ってるのにそれはないよ!それに今これだけバズってるのに、ユウトってば流行りに乗り遅れてるんじゃない?』
落ち込んでいればすぐわかるし、嬉しいことがあれば1番に報告したり。気兼ねなくどんなことでも腹を割って話せる、親友と言っても過言ではない関係性だった。
『なぁ、お前とマイってどんな関係なの?』
『どんな関係って……、ただの幼馴染だけど。』
『本当にぃ?いつも一緒に帰ってるから結構噂になってるぞ?』
『え、そう、なのか……?』
こんなふうにクラスメイトである茜に揶揄われることもしばしば。その度にそんなわけないと否定を繰り返すことも日常茶飯事。
こんなふうにいつもと変わらない毎日が続く、そう思っていた。
そんな中、文化祭も近づいてきていたある日の帰り道。どこか浮かない顔をしていつものマイらしくないことを呟く。
『ねぇ、ユウト。』
『何?』
『こうやって大好きな人たちと楽しく過ごせる時間って、あとどれくらい続くのかな。』
『何を言い出すかと思えば、どうした急に。』
『最近思うんだ。当たり前って、当たり前じゃなかったんだなって。』
夕陽に照らされながら、憂いを帯びた表情のマイとその隣に不安げな様子で並ぶユウトのイラストがスライドに映し出される。
このイラストのシーンのように、いつも通りの日常がどこか変わってしまうかも知れないと心のどこかで恐れを抱いてしまったユウトは、いたっていつも通りに振る舞い、気づかないふりをしてしまう。
『なあ、最近何か悩みでもあるのか?』
『いや、別に?なんでそんなこと聞くの?』
『なんでって、お前らしくないからだよ。』
『……私は、いつも通りだけど。』
『……なら、いいんだ。』
その日からマイの様子はいつも通りに見えてもどこか違うように見えて、気になりながらも聞いたら聞いたで曖昧に誤魔化されてしまい、二人の間にはどこか心の距離が空いてしまう。絶対に聞いておいた方がいい、そう思いながらもユウトは深く聞くこともできないまま日々が過ぎていく。
数日後に文化祭が迫る、そんな最中、ユウトはクラスメイトである白鷺から文化祭を一緒に回らないか、と誘いを受ける。
当然親友であるコウキや、一応、今は話しかけづらくなってしまっているマイにも声をかけるつもりだったが、現時点で詳しいことはまだ何も決まっていない。どうして自分なのか尋ねてみれば。
『なんでって、私がユウトくんと一緒に過ごしたいからだけど……、ダメかな?』
『いや全然、ダメとかじゃない。俺でよければ付き合うよ。』
『やったぁ、じゃあ当日楽しみにしてるね!』
別に自由な時間全てを同じ人と回らなければいけないわけではない。そう考えてユウトは断る理由もないと了承してしまう。
だがしかし、そんな会話を二人からは見えない位置でマイは聞いていた。
『……本当は、言わなきゃいけないのに。』
マイの苦しそうに絞り出した声と同時に、楽しげに話す二人を遠目に切なげに目を伏せるマイのイラストが表示される。
そしてマイが走り去る足音が廊下に響く。ユウトは振り返るもそこには誰もいない。そんな一瞬の間で、カノンは何やら納得のいかない表情だった。
そしてとうとう文化祭前日。ユウトはマイが転校するという事実を、コウキから聞かされ、ようやく知ることになる。
『それにしても気の毒だよなー、マイもこんな時期に転校だなんて。』
『マイが、転校?』
『お前まさか、マイから聞いてないのか?親の都合で引っ越すって聞いたけど。』
『そう、なのか?俺は何も……。』
『まじかよ。』
『……もしかして、あいつがずっと暗い顔をしてたのは、それが原因なのか。』
『お前、マイとは幼馴染なんだろ?それぐらいサクッと聞けばよかったのに。』
『色々と、難しいんだよ。』
実はカノンと一緒に文化祭を回るというあの約束をして以来、さらにマイとの距離は遠くなっていた。
『なあ、マイ。文化祭、時間があれば一緒に回らないか?』
『……えーっと、ごめん。友達と約束しちゃってて。』
『どこか1日目でも2日目でも、時間の空いてる時に一箇所見るとかもダメなのか?』
『……それも無理、かな。私は一緒には回れないよ。』
『……そっか。無理に誘ってごめん。』
『いいよ、全然気にしなくて。カノンと一緒に楽しんできて。』
そう続けられて、言葉が出なくなるユウト。あの時走り去った足音の正体はマイで、もしかしたらマイはあの会話を聞いてしまっていたのかと察する。
でもなぜ、ただのクラスメイトと一緒に回る約束をしただけでマイはここまで距離を置こうとするのだろう。そしてなぜ、マイと一緒に回ることができないだけで、俺はこんなにモヤモヤとしているのだろうか。
気持ちの正体を掴めぬまま、放課後。
もっと早く聞いていればよかったと後悔するユウト。その帰り道、マイの後ろ姿を見つけたユウトはマイに問い詰める。
『なあ、マイ。転校するって本当なのか。』
『……うん。』
『どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよ!?』
『ごめん。だって、ユウトなら絶対に悲しむって思ってたから……!』
『……!』
『そうやって、大事な人に悲しい顔をさせたくなかったから!いろいろ私なりに頑張ったけど、もうどうしようもなくて!』
『マイ……、俺は。』
『黙ってたことは、本当に、ごめん、ごめんね。』
『あ、待てって!!』
ユウトの静止を振り切り、一人走り去ってしまうマイ。苦しげに顔を歪ませる悲痛な表情のユウト。そんなイラストがスライドに映し出される。
本当はこんなに責めるように聞くつもりはなかった。けれど、マイがいなくなる、当たり前にいてくれた人がいなくなるというショックは大きいもので、つい強い口調になってしまった。
明日はついに文化祭。話に聞けば、マイは文化祭が終わった後の秋休みにすぐ、ここから遠く離れたところへ引っ越してしまうらしい。
『俺は……、マイとこんな形で離れ離れになるのは嫌だ。けど、なんて言ったらいいんだ。』
この感情が、幼馴染としての好き、ではなくなり始めていることにユウトは気づき始める。
幼馴染が苦しむ姿を見るのがここまで嫌だなんて。これまでみたいに気兼ねなく話せて、楽しい時は一緒に笑って、互いに辛い時は励まし合って、いろんな瞬間を分かち合ってきて。
当たり前に過ごしていた日々は当たり前ではない。ずっと隣で過ごしてきた日々は、今思えば宝物ようなものだ。
『……よくわからない。けど、今考えていること、この気持ちを伝えないと。』
たとえそれが、今までと変わってしまっても、どんなに最悪な方向に向かっても。何もしないで日々が過ぎるのを待つよりかは、何倍もましだった。
ここでマイ視点の話が入り、実はマイはとっくのとうにユウトに想いを寄せていた事実が明らかになる。
転校する話もうまく伝えられずにいる中、とある放課後、クラスメイトであるカノンに、ユウトと一緒に文化祭を回りたい、と打ち明けられる。
『私ね、実はユウトくんのこと気になってるんだー。』
『そう、なの?』
『うんっ!だっていつも優しくて、かっこいいじゃん?』
『そうかな。私に対しては、結構そっけない感じだけど……。』
『だってそれは幼馴染だから、でしょ?』
『…………!』
『マイちゃんとユウトくんは“ただの幼馴染”なんだよね?いつも一緒にいるんだから、文化祭の日ぐらいは私も好きな人と過ごしたっていいでしょ?』
ただの幼馴染。気持ちを隠して隣にいるのに便利な言葉のようで、聞くたびに切なくなる言葉。
互いに複雑な思いを抱えたまま、当日を迎える。
『ユウトくん、次、お化け屋敷行こうよ!』
『あ、うん……。』
楽しそうに笑顔を浮かべるカノンに対してユウトは笑みを浮かべてはいるものの、朝からマイのことがずっと気がかりでどこか楽しめない様子だった。
マイとは今日の朝から会えていない。文化祭のクラスの出し物の当番もあいにくかぶっておらず、マイもユウトもお互いがいそうな場所や時間を避けてしまい、話そうとしても話せる機会がない状況だった。
そんな様子のユウトを見かねたコウキは、なんとかできないかとクラスメイトに頼み込み、ユウトとマイが同じ時間に当番になるよう仕向ける。
『あ、俺そろそろ行かなきゃいけないんだった〜。』
『行くってどこに?何かこの後あったっけ?』
『ま、つまりはそういうことだからー!』
『何がそういうことなのか全くわからなーーーー。』
『……なんでユウトがここに?』
『……!、マイ……。』
この場面のコウキの誤魔化し方に関しては演じるたびに、やらかした時の茜を彷彿とさせる演技で、どこか安心するところがある。実際映し出されているコウキのイラストの表情も、どこか茜が焦っている表情に似せてみた、というのを瑞樹から聞いたので尚更だ。
出し物の当番で二人で受付を担当することになったユウトとマイ。もちろん二人の間には気まずい空気が流れる。お客さんが来れば対応するぐらいで、特段会話はない。
もうすぐ当番の時間も終わってしまうという時。ユウトは意を決して口を開く。
『……あのさ、マイ。』
『何?』
『ちゃんと、今思ってることを話したいんだ。だから明日、時間をもらえないか?』
『……わかった。』
明日の文化祭が終わった頃、後夜祭が始まる前に話すことを決めた二人。
だがしかし、そううまくことは運ばない。
『ユウトくんはこの後時間ある?よければ後夜祭も一緒に見ない?』
文化祭も終わりに近づいた時、カノンにそう誘われたユウト。
『ごめん、この後は用事があって……。』
『マイちゃんと何か約束でもあるの?』
『ああ……、って、なんでマイの名前が?』
『だってその用事ってマイちゃんに関係することなんでしょ?』
もちろん断る姿勢を見せるもの、なぜかマイと会うことを先回りして知られていることに驚くユウト。さらにカノンから続けられる言葉に、ユウトは黙ってしまう。
『ただの幼馴染なのに、ちょっとすれ違ったぐらいで互いに気にしすぎだよ〜。』
『ただの、幼馴染……。』
『そうそう。だいたいマイちゃんはもうすぐ転校しちゃうんだよ?離れたら正直言ってもう気にすることもないと思うし。』
『けど、俺はそれでも……!』
『それに、私の気持ちを無視し続けるなんて、ユウトくんってばひどいよ。』
『え……?』
いくらそう言った色恋の話に疎いユウトでも、流石に勘づく。
そしてユウトはカノンから告白を受ける。
『私、ずっとユウトくんのこと気になってたんだ。今回文化祭一緒に回ろうって言ってたのもそういう理由だよ。』
『……。』
『ユウトくんのことが好き。だから私とーーーーー。』
『……ごめん。その気持ちには応えられない。』
カノンが自身にむけてくれる気持ちは嬉しいが、受け取れないとはっきり断るユウト。
それに対してカノンは納得いかない表情をしているが、ユウトは申し訳なさそうにしながらもその場を後にする。目指すはマイと待ち合わせ場所に指定した屋上だ。
取り残されたカノンは、1人呟く。
『……まあ、勝ち目なさそうなのはわかってたけどね。』
沈む夕日を眺めながら、言葉尻にかけてほんの少し声を震わせるカノンの様子がスライドに映し出される。
白鷺が普段おっとりしてる分、こう言ったハキハキとした役をしていると意外に感じる。個人的には、この涙交じりの演技、見事だと思っている。
それはさておき、ユウトとマイ。ユウトが息を切らしながら屋上に辿り着くと、マイはすでに待っていた。
『待たせてごめん。』
『全然。それで、話って……?』
躊躇いながら、ユウトは自分の考えたこと、思いの丈をマイに伝える。
俺としてもここからが最大の山場。ユウトが見ている景色を、俺は一緒に見て、そしてマイに伝えなければならない。マイに対する思いから出た台詞だけれど、この台詞には俺自身、別の意味で共感できる理由が最近わかった。それは今まで俺が避けてきたことに対する俺の気持ちだ。
俺は深く息を吸って、ユウトと共に台詞を吐き出す。
『まずは、あの時話も聞かないで強く言ってごめん。』
『……いいよ。こんなぎりぎりまで言い出せなかった私も悪いから。』
もっと早く伝えられていれば、もっと早く知っていれば、残された時間も楽しく過ごせたのに。互いが互いに思うことが一緒なことは、長年幼馴染として過ごしてきた経験からよくわかっていた。
『あのさ。』『聞いて。』
『あ、えっと……。』
『……マイからでいいよ。』
お互いに言いたいことがあるのも一緒。切り出すタイミングが被り、先手をマイに譲る。
マイは深呼吸をすると、しっかりこちらを見て告げた。
『私ね、ずっと前からユウトのことが好きだったの。けど幼馴染としてしかユウトは見てないだろうなって思って、もし告白して関係が変わるぐらいなら、そばにいられる方がいいなって思って言わなかったんだ。ごめんね。』
これから連絡は取れても、毎日会えるわけではない。なら最後ぐらいは想いを伝えたっていいだろう。そんなマイの決心から来た言葉を、ユウトは黙って聞く。
しばらくの沈黙のあと、マイは今にも泣きそうな目をしながらも無理やり笑顔を浮かべていう。
『返事とかいらないよ。ただ伝えたかっただけだから。』
『……俺の話も聞くだけでいいから、聞いてくれないか?』
立ち去ろうとしたマイの手を掴んで引き留める。そしてユウトは今までで一番丁寧に言葉を紡ぐ。それはもちろん、伝えなきゃいけないことを全力で伝えるために。
俺は目の前にいるマイの目をしっかり見た。そして、感情や思考の全てを台詞に乗せる。
『俺も、マイと同じで何か、いつも通りのことが変わってしまうことが怖かったんだ。』
そう、今まで穏やかに過ごせていたいつも通りの放送部ライフを、無理やり変えられたあの日。本当はどこか怖かったのだ。変化した先が今までの環境よりもっと辛くて、苦しくて。変化も何もない代わりに、穏やかに過ごせる日々がよかったと後悔して逃げ出してしまうんじゃないかと。
それでもなんとかして、変わってしまったなら変わってしまったなりに、その先の未来をなんとか自分の納得いく形にしようと俺なりに必死に足掻いた。
その結果ここにいる。この発表の場に立つことに、今は懸念や後悔のかけらもない。自分が思ったこと、この瞬間に至るまで何を思って過ごしてきたか、自分が掴んだ正答を提示するだけだ。
変わらないままがいい、そう願っていたユウト。けど話が進むにつれて揺れ動いたユウトの心情、変わってしまってもいいからこのまま終わるのは嫌だ、という気持ちが、俺には痛いほどわかる。
だからこそ俺がユウトの気持ちを代弁する。いや、ユウトとして伝えなければならない。マイに、今の思いを。
『俺も、マイと一緒に過ごす時間がなくなるのは嫌だ。』
そういうと、目の前でマイが目を見開いたのがわかる。
伝えたいことはちゃんと目を見て、まっすぐに。どんな色か、どんな動きか。それを受けた上で、ユウトとして言葉を返す。
『ただの幼馴染には、もう戻りたくないし、戻れないと思う。俺は、幼馴染としてではない、違う意味でマイのことが好きなんだって、……気付いてしまったから。』
『……ユウト。』
『きっかけは意図しないものだったかもしれない、けど、おかげでちゃんと大事なことに気づけた。どこか遠くにいてもいい。それでもこの気持ちは変わらないと思うから、伝えなきゃいけない。俺はマイのことが好きなんだ!』
その台詞を受けて、目の前にいたマイが涙を堪えている様子が見える。
全てはあの日、一通の招待状を受け取ったことから始まった。きっかけなんて、どこに落ちているかわからない。けれどその些細な一つのきっかけが、この先の未来を大きく変えた。
大きく変わる未来をどう受け入れるかは、本人次第。
『……ありがとう。』
『それは俺の台詞だよ。ところで、その、これから俺たちって……。』
『え、ちょっと、それを私から言わせるつもりなの!?』
『だ、だって、改めて意識すると急に恥ずかしくなってきたんだよ……!』
たった今変わった関係性に互いに照れて、肝心の言葉を言い出せない様子の2人。
視線がぶつかって、数秒後。真面目な顔で見つめ合って、まるで睨めっこに耐えきれなくなったかのように、どちらからともなく笑い出す。
『ははははっ!悩んでるなんて、俺たちらしくねえよな。』
『だよね。遠距離?になるのかな?けど改めて……。』
『あぁ、これからも、よろしくお願いします。』
『こちらこそ、よろしくお願いします。』
日が沈む中、2人は新しいいつも通りに向かって歩き出した。例え会えなくても、距離が離れても、心だけは今まで通りそばに寄り添えるように。
マイが遠く離れた地に引っ越して行った、数ヶ月後。いつぞやのように、教室でコウキに揶揄われるユウトがそこにいた。
『なあなあ、最近マイとはどうなんだ?』
『……どうって、別にどうもしないけど。』
『またまたー、ちょっとぐらい教えてくれたってよくない?』
『そうだよ〜、元好きだった人の幸せな惚気話、聞きたいなー。』
『部外者には関係のない話だろ!』
教室で親友のコウキと、あれから和解?に至ったカノンと他愛無い会話を交わす。そんな新しいいつも通りが作られていく中、ぽん、と通知音がして、ユウトのスマホにメッセージアプリからの通知が映し出されるイラストに変わる。
ユウトがその通知を確認すると、差出人はマイからだった。
『次会えるの、楽しみにしてるからね!』
『くれぐれも変なところで転んで怪我したりしないでよ!』
続けて送られてきたメッセージに、ユウトは呆れながらも笑みを浮かべてそんなおっちょこちょいな真似、マイじゃ無いからしねえよ、と返信してから、肝心な内容をうつ。
『俺もまた、会えるの楽しみにしてるから。』
そして最後。再びユウトの一人語りでこの物語は終幕を迎える。
『ほんの少しのきっかけで、当たり前だったいつも通りは、こうして新しいいつも通りに生まれ変わった。もちろんこんな風にうまくいくこともあれば、うまくいかないこともあるだろう。けど……。』
そこで俺は台本を閉じる。
俺はユウトとして、そして自分自身にも言い聞かせるように最後の台詞を口にする。
『少しでも良い方向に向かうようにした決意を、選択を、絶対に後悔しない。あの時、もしも……、なんて思いたくは無いから。』
全て言い切り、俺は客席に向かって深く頭を下げる。
これは、この物語の主人公であるユウトと一緒に、さまざまな場面で課題と自分の感情と向き合いながら、必死に可能性を追いかけ続けた俺自身の本心だった。




