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TAKE 16 自分を信じて


〜Switching:遠山茜〜



「……琥珀、遅いなあ。」



 ロッカーに取りに戻ったにしては、時間がかかり過ぎている気がする。時計の針が示すのはすでにリハ30分前、12時30分。取りに戻ってから15分が経過していたことにオレは驚いた。


 

「これはまずいんじゃないか……!?」



 ここまで琥珀が戻ってこないということは、何かあったと考えるのが妥当だろう。お化け屋敷に無理に入ったせいでこんなになってしまった自分も悪いと思うが、それにしても察しが悪すぎる。取りに戻ると聞いた時点で無理やりついて行くべきだったのだ。


 もともと考えるのにはあまり向いてないオレでも少し考えればわかる。本番当日というのは魔物が潜んでいるもの。オレも中学時代、陸上部でその魔物の脅威を散々目にしてきたはずだ。怪我をしたり、病気になったり。それは文化部である放送部もそうだろう。今日初舞台の人間が、当日のみに現れるその魔物に怖気付かないわけがない。


 もちろん別のなんらかのアクシデントに巻き込まれて帰ってこられない、という線もあるだろう。けれど、よくよく思い返してみれば、オレの声を遮ってまで一人でいいと言い張った時からどうにも様子はおかしかったはずだ。


 焦ってもどうにもならない。ひとまずインフォメーションラジオ終わりで放送室にいるであろう氷室に個別でチャットを入れた。



『そっちに琥珀ってもうきてる?』


『いや、いないよ。』



 すぐに既読がつき、氷室は端的に返してきた。


 一瞬オレのせいだ、と謝る文章を打ちかけたがそんなものは後回しだ。今一番伝えなくてはいけない情報を絞って打ち込んでいく。



『琥珀が台本を取りに行ったきり戻ってこない。15分は経ってる。』



 既読はもちろん送った瞬間につき、いつもならのんびり返してくる氷室も、流石に光の速さで返信が来た。



『探そう。茜くんも動けたら探して欲しい。』



 その後に糸音から事情は聞いてるよ、と続いて送られてくる。こんな状態になって何をやってるんだと怒られるかと思ったが、流石に後回しらしい。

 

 了解!と返信をしてスマホをポケットに入れ、立ちあがろうとすると、今度はチャットが来た時のバイブとは違う種類のバイブがなる。取り出してみると、そこに表示されていたのは見知らぬ番号。


 この大変な時に迷惑電話かよ!と、思ってでないでいると切れた。が、間髪入れずにもう一度かかってきたため渋々出る。



「…………もしもし?」


『もしもし〜。遠山茜くんかい?』


「そうですけど……、って、えっ!?」



 意を決して出ると、ものすごく聞き覚えのある声がした。ここが廊下で人通りが多いことも忘れ、思わず大きい声で叫んでしまう。


 慌てて口を押さえるもオレ一人しかいない今では無意味だということにすぐ気がつく。電話越しの声の主も、相変わらずリアクションが大きいよー。と呆れ気味に耳からスマホを離しているのが想像できた。


 けど、それぐらい驚いてもいい相手だ。何せ相手は、オレのことも知っていて、琥珀のこともよく知る人物。



「な、なんでお兄さんがオレの番号を知ってるんすか!」


『知ってるんすか、って、君が脅してきて強制的に連絡先交換させた気が……、忘れたの?』


「あはは、そういえば、そうでした……。」



 そう、一度聴いたら忘れることなどない声。琥珀の兄、藤倉空だった。


 緊急時以外連絡などないと思っていたので、まさか電話越しに声を聞けるとは!と浮かれていると「そうじゃないでしょ……」と電話越しに呆れられる。今直面している緊急事態を危うく忘れるところだった。



「そ、それどころじゃなくて、聞いてくださいお兄さん!」


『なに、琥珀がどこか行っちゃったって?』


「そうなんです、そうなんです……、って、えぇっ!?」



 本日二度目の大声。どうした、と言わんばかりの顔で振り返る通りすがりの人に、流石に申し訳なくなってペコペコと頭を下げる。



「なん、な、なんで、お兄さんは知ってるんですか!?」



 琥珀がいなくなったのはほんの15分前のはずだ。それに観晴ヶ丘祭自体にはお兄さんはこないと琥珀から聞いていたため、いるはずがない。気が動転して言葉を詰まらせながらもなんとか問うと、電話先の声は事情を説明してくれる。



『実は仕事が早く終わったから見にきたんだ。そしたら案の定、校舎内の人気のないところへ行こうとする琥珀に遭遇しちゃってね。おおかた、逃げ出したってところだろう?』


「琥珀が、逃げ出そうと……。」


『まあ、仕方がないよ。色々事情があったにせよ、今反省している場合じゃない。』



 一度言葉を切ると、お兄さんの声は一気に真剣になる。



『琥珀の頑張りを無駄にしたくはないだろう?なら、場所を伝えるからそこへ一人できてほしい。』


「わかりました!けど、なんで一人?」


『大人数に説得されてもこのまま動かない可能性の方が高い。一番近くで琥珀を応援してきた君が、言葉をかけてあげるのが最適だと、俺は思うんだけど。』



 そう言われ、居ても立っても居られなかった。場所を聞いたのち、すぐ向かいますと短く返事をして電話を切る。氷室たちも今頃探し回っていることだろう。心配させないように、氷室の個別チャットを開き、手短に打つ。



『琥珀は絶対に来るから、信じて待って欲しい。』



 返事が来た気がするけど気にせずスマホをしまい、琥珀のいる場所へダッシュで向かう。


 琥珀は今までやったこともないのに一つ一つ、一生懸命向き合って、自分の力で乗り越えてきた。そうやって頑張ってきたのを、オレはずっと近くで見てきた。だからこそ、このまま無かったものにはできない。


 色々考えることはあれど、お兄さんが言っていた通り、今するべきことじゃない。


 なんとかして琥珀の抱えているものを解消しなくては。






〜switching:藤倉琥珀〜



 結局俺は、自分の考えを整理するため人気のない場所を求めてフラフラと校舎内を彷徨い、5階から屋上へと続く階段にたどりついたのだが。



「茜くん、きてくれるってさ。」



 本来なら目の前にはいるはずない兄貴がそこにいた。電話を切ったのち「ふー、やっぱり暑いねー。」と言いながらマスクを外す。


 服装自体はいつも見かけるような服装だけど、それに加えてキャスケットを深めに被り、いつも家でかけているメガネはそのままに、あまり見かけないマスク姿。


 この場所にたどり着いて座ろうしていきなり肩をトントンと叩かれ、後ろを振り返った瞬間、この不審者みたいな兄貴がいたため俺もその時ばかりは叫ばざるを得なかった。




『う、うわああああぁっ!?』


『誰、って俺だよ、わからないの?』


『そ、そんな見た目でわかるわけないだろうが!』




 半ギレになるのも少しは理解していただきたい。声が特徴的だから兄貴だとすぐわかったものの、そうでなければ名乗られるまで誰かわからなかった。危うく階段を転げ落ちるところだったのである。


 兄貴は黙って俺の隣に腰を下ろす。しばしの沈黙の後、俺は口を開いた。



「……なんで。」


「ん?」


「今日、来られないんじゃ無かったのかよ。」


「いやー、たまたま仕事が巻きで終わったんだよね〜。時間があるとなれば、来ないわけにいかないじゃん?」


「そうだとしても、なんだよその格好。まるで不審者じゃねえか。」


「ふ、不審者……、やっぱりそう見える、よね〜……。」



 琥珀にまで言われた、と項垂れる兄貴の横でため息をつく俺。そんなに言われて傷つくのならそんな格好してこなければいいじゃないかと思うのだが。


 兄貴は俺の何か言いたげな視線を一度受け止めた上で、目線を壁に流して続ける。



「この格好についての詳細は省くよ。今はそれよりも大事な問題があるからね。」


「……まあ、そうだよな。」



 兄貴の格好についても気になるところだが、今は優先すべき問題がある。



「……何が、不安なんだろうな。」



 ポツポツと、自分の中のよくわからない思いを言葉にしていく。それを兄貴は促すこともなく、ただ黙って隣で聞いてくれていた。



「朝もそんなに緊張はなかった。むしろやってきたことをやるだけだ、って頑張ってきたことを見せる気満々でいたのに、本番が近づくにつれて、よくわからなくなってきたんだ。」


「よくわからないって言うのは、何に対して?」


「自分のやってきたこと、みんなが教えてくれたことは間違いじゃないはずだ。昨日だって全部通して納得いく形まで仕上げたはずなんだ。けど、まだ何か足りないんじゃないか、修正すべきことがあるんじゃないかって……、急に、思い、始めて。」



 言葉にすることで初めて気づく、俺の中での焦り。いつか氷室が“身につくまでにそれ相応の時間がかかるものは始めてすぐに追いつけるわけがないから、できなくて当たり前、焦る必要はない”と、言ってくれたおかげで、気にせずここまできたけれど、実際消えていなかったのだ。


 いくつか本番を経て今回挑んでいる他の放送部メンバーと違い、俺は初舞台。一つ一つ、時間がない中、緊急性の高いものから丁寧に向き合ってきたつもりだ。けれど、周りからの評価は恐ろしいものだと、絶対だと、どこかで考えている俺がいる。もしかしたら俺が今出せる最高のものを出せたとしても、側から見れば及第点に見られていればいい方で、それ以下に見えている可能性の方が高い。


 やってきたことをやるだけ、そんなのはわかっている。この2週間で俺なりに努力して、先輩にも仲間にも成長を認めてもらえた。けど、どこか拭えない不安と焦りに恐怖を感じる。まだできることがあるんじゃないか、こんな未熟な中途半端な状態で出ていいのか、それに第一、何か失敗をしてしまったら……。


 隣で黙っている兄貴に俺は訴えるように言う。



「俺は、逃げたかったんじゃないんだよ……!せっかくここまで頑張ってきたものを見せたいけど、もし何か失敗するかもと考えたら、ここも、あれもって不安になってきて……、怖いんだ、なんなんだ、これ。」



 セリフを口に出したり、どれだけ台本を読み返しても消えない、初めての緊張感。そろそろリハの時間も差し迫っており、行かなければいけないが、踏ん切りがつかない。



「きっと俺がいなくても、氷室とかがうまくやってくれるんだ。だから……。」



 俺が膝を抱えて俯いていると、兄貴は口を開く。思いの外、優しいトーンが屋上へと続く階段の広場に広がった。



「まあ、琥珀のそれは経験したことのないが故の怖さだろうな。何回経験しても、失敗するかもしれない、と言う心配はあるし、緊張もする。こう言うのは一つとして同じ回はないからな。」


「……兄貴も、緊張するのか?」


「あのね琥珀、当たり前だけどお兄ちゃんにも不安とか緊張とか、恐怖心を感じることはあるよ……?」



 俺だって歴とした人間だよ!?と心外だったようでショックを受けた顔をする兄貴。


 正直意外だった。てっきり兄貴の他を気にしない性格からその辺はあまりないように感じていたから、本人から聞くことになるとは尚更驚きである。本人があえてその面を表に出さないようにしているだけかもしれないけれど。


 兄貴は話を切り替えるように咳払いを一つすると、話を続ける。



「琥珀は俺が前に言ったこと、覚えてるか?」



 そう言って兄貴が切り出したのは、演技において、成功=お客さんにウケる、失敗=お客さんにウケないで全てを判断しないでほしいと言う話。氷室にも同じく正誤の先を見据えて欲しいという話をされた記憶がある。


 正誤で判断してしまっていると、よくない固定概念を生み出してしまい、さまざまな可能性を消し去ってしまうことがある。と言うことから、壁にぶつかることがあっても失敗をするのを恐れず、いろんな方法を探るのが大切だと学んだ。ただ、生きてきた上で身についてしまったものなので、すぐに治るわけもない。けれどいつか治ると信じて意識することだけは忘れないようにしている。



「あの話は、あくまで理想論的な話だ。誰かにとっての正解は、誰かにとっての間違いであることもある。いわゆる“解釈違い”と言うものは必ず引き起こされる。実際に役者がパターンをたくさん用意してきたところで、当たればいい方、外れるのがほとんどだ。だから、どれだけ頑張っても最終的にはこの場ではこの演技が正解だった、これは間違ってしまった、など判断してしまうことが多いんだけどね。」


「それじゃあ、毎回、どうせ失敗するだろうけど、と思ってやった方がいいってことか?」


「いや、そうじゃない。その逆だ。失敗するかもしれない、これでいいのかわからない、自分の信じてきた表現ややってきたことに不安になったらーーーーー。」



 兄貴は立ち上がり、数歩階段を下がって足を止めると、ビシッと俺を指差して言う。



「自分なりに考えた正解を突きつけてやればいい、ただそれだけのことだ。」


「……自分なりの、正解?」



 俺がキョトンと首を傾げていると、兄貴はうんうんと頷きながら話を続ける。



「これも俺なりの極端な発想なんだけどね。当たって砕けるのって、実際怖いじゃん。砕けたら違う形にするのには時間がかかるし、元に戻らないことだってある。」


「それは、そうだけど……。」


「あっているかどうかわからない、失敗するかも、と保険をかけてやればもし失敗した時に自分に来るダメージは軽減されるかもしれない。けれどそんな状態でやったものが、本当に人の心を動かすことができると思う?」



 そんなの、演者自身の不安と焦りが客席に伝わり、役の思いも伝わらなければ、周りの役者の演技すら悪い方向に変えてしまうきっかけになるだけで、何も得することがない。それは俺にもわかる。人間生きていれば周りの人の影響を受ける、それと同じようなものだ。


 けれど、自分なりに考えた正解を自信満々に突き出して、どうなると言うのだろう。それこそ当たればいいが、失敗すれば、次に出すものにそのマイナスな感情がより負荷になって、良くない方向に向かってしまうのではないか。


 そう考えていると、兄貴は俺の両頬をむぎゅっと摘んで引っ張った。



「ひはっ、はひふんだほ!?」


「いやー、だいぶ難しく考えてるなぁと思って。」


「は、はあ……?」



 結構な力でつままれて、まだほんの少し痛みが残る頬をさする俺に、兄貴は満足そうに笑顔になる。



「演技は試す、ことが重要なんだよ。舞台の初日と千穐楽では演者の演技が大きく変わっていたりする。それは本番をやりながら成長し続けているからこそだ。自分にとって、これが今一番できる正解だ、と信じたものが当たればそれをさらに深めるし、もし失敗すれば何が原因なのか突き詰めて次の自分にとっての正解を見せる。こう言ってしまってはなんだけど、どこか賭けみたいなところがあるね。ある程度の刺さる正解を出して安牌を取る人もいれば、まだ深められると信じてほんの少しの可能性を追い求める人もいる。」



 その度合いは役者によって変わるから面白いよね、と続ける兄貴。


 確かに言われて見れば、こう言った発表の場というのはいろんなリスクがつきものだ。当日までのコンディション、および当日のコンディションなんて最も重要で体調面や精神面、状況なんていくらでも変化する。今だってそうなのかもしれない。



「今回は監督とか指導してくれた人がいたんでしょ?その人たちがオッケーを出したのなら、ある程度の基盤はできているはず。その人たちが頑張って琥珀の正解を引き出す手伝いをしてくれたのに、琥珀は、間違ってるかも、まだ足りないかも、なんて考えるのはあまりにも無碍だとは思わない?」



 後半少しだけ語気の強くなった兄貴にどきっとする。兄貴は俺をまっすぐ見て言った。



「今までやってきたことが間違いなんてことはない。もし足りなかったりしたら、また考えて足せばいい。まずは今日までやってきた、みんなが作り上げてくれた琥珀にとっての正解を見せるべきだと俺は思う。」


「……あぁ、そうだな。」


「要するに、ここで悩んでるよりまずは全力でぶつかってみろって話だけどね〜。」



 そうあっけらかんと言う兄貴にやや納得いかないところもあるが、俺ができることはそれしかないからこそ、今日まで身につけてきたことを信じてやるしかない。


 俺がそう考えていると、兄貴は、そういえば、と思い出したように言う。



「一つ一つ、完璧な作品を見せたいって言う琥珀のその向上心はいいことだと思うよ。けど、まずはちゃんと自分にとっての正解を見せるために、持ってなきゃいけないものがあるね。」


「まだあるのかよ……、今度はなんだ?」


「言うだけなら簡単、“自信”だよ。」


「は、自信……?」


「ああ!いたっ!こーはーくー!!」



 俺が兄貴の発言に対してぽかんとしながら返したところで、階下から茜が息を切らして駆け上がってきた。


 そういえば、兄貴は先ほど茜だけに連絡していた。おそらく放送部メンバー総出で探しているところだろうに、なぜ茜だけ呼んだのだろう。


 疑問に思っているも、茜がだっと俺の近くまで寄ってくる。そして俺の肩を掴みブンブンと揺らした。



「よかった、見つかったーっ!」


「息切れしながらその声量、どっからきてんだよ。てか離せ、痛い。」


「いやー、これでも中学時代陸上部だったんで!」


「褒めてねえよ。全く。」



 俺を見つけて嬉しそうにクネクネする茜が気持ち悪くて思わず悪態をついてしまったが、ここまできてくれたこと、心配してくれたことに少し安堵している自分がいた。



「……心配かけて、悪かった。」



 そう謝ると「琥珀が素直に謝ってくれた!?」と、一度茜が信じられないと言うような顔をしたので取り消そうかと思ったが、茜からもなぜか勢いよく謝られる。



「オレも全然気回ってなかった。申し訳ない!」


「まあ、それはあるかもな。」



 無理してお化け屋敷行くから、と話を掘り返すと「もうその話はやめてくれ〜。」と茜は泣きついてくる。


 茜をペシペシと追い払いながらも俺は兄貴の言葉の続きが気になっていた。自信をつける、とはいったいどう言うことだろう。


 茜の様子が落ち着いたところで、兄貴は口を開く。



「茜くんは、琥珀のことを信じてるかい?」


「そりゃあもちろんですよ!」



 なんだその質問は、と俺が口を挟む前に、茜は語り出す。



「琥珀は、普段はドライな態度してるくせに、なんだかんだ困ってる人がいたら助けずにはいられないやつです。こう見えて裏では負けず嫌いだし、努力家だし、頼まれたことは責任を持って最後まで突き通す。責任感がありすぎて自分を責めちゃうところは、まあ、こうやって玉に瑕ですけど、高校に入って琥珀と出会えて良かったと思います!」


「は、茜?お前何言ってんの?」


「こうして急遽氷室の代打を任せてみれば、初めてやることでも少しでもみんなとの差を埋めようと頑張ってもがいて、悔しそうにして、それでも放り出すことはなくて……。あ、あとお兄さんと同様、声が唯一無二です!」


「茜くん、褒めてくれるのはありがたいけど、ちょ〜っと勢い良すぎじゃないかい?」



 急に茜による俺の他己紹介が始まり、恥ずかしさで言葉が詰まる。しかもそれを聞かせる相手が兄貴なのが尚更気に入らない。あの兄貴でさえも茜の勢いにひいている。


 俺は反論しようと口を開きかける、けれど。



「そんなまっすぐで一生懸命な琥珀だからこそ!オレは琥珀と一緒に作品に出たいんです!」



 その次に茜が放った一言に、俺は目を見張る。


 確かに、茜には散々演者をやらないかと誘われてきた。それは単に、放送部一年生で男子が俺と茜しかいないからで、仲間が欲しいだけかとと思っていたけど違った。


 茜は本心から俺に演者をやって欲しいと思っていたのだ。俺のさまざまな可能性を見ながら必ず成長してくれると信じて、そして常に近くで見守ってくれていた。


 何も言葉を発せないでいる俺と、言い切ってぜーはーしている茜を横目に兄貴は満足そうに笑みを漏らす。



「自信を持ってやる、と言うのが自分なりの正解を見せるのには必須だ。けど、その自信というのは、一人で生み出せるものじゃない。自分を信じる力と、自分を信じてくれる人がいなければ、真の自信にはつながらない。信じてくれる人がいるからこそ、生まれるものだ。応援してもらえている、と言うのはありがたいことだね。」



 兄貴は俺たちの座り込んでいる位置から階段の一番下まで勢いよくぴょんっと降りると、俺たち二人を振り返って告げる。


「失敗を恐れている場合じゃない、緊張で固まっている場合でもない。」


「それはもう十分わかったって。」



 いいかい、弟よ。と無駄にカッコつけながら兄貴はいう。



「やってきたことが間違いではないことを、自分のためにも、信じてくれる周りの人のためにも、必ず証明して見せるんだ。」


「……ああ、臨むところだ!」


「もちろんお兄ちゃんも、琥珀のこと、信じてるからね!」



 そう言って兄貴は下手くそなウインクを飛ばす。なぜか茜はぱあっと顔を輝かせていたが、今日ばかりは指摘せず多めに見てやろう。


 迷いはもう吹っ切るしかない。最初の通り、やれることをやる、それだけだ。


 そばに置いていた台本をつかみ、ところで、と階段下にいる兄貴に対していう。



「5段ぐらい飛び降りてたけど、足、大丈夫か?」


「うーん、流石に飛びすぎた、かも。」


「だろうな。」



 あんなかっこいいことを言っておきながら、その裏でジンジンとする足の痛みに悶えていたとは、やっぱりこの兄貴はどこか変だ。


 

「え、そうだったんすか!?オレおぶりましょうか!?」


「はは、遠慮しておくよ……。」


「いーや、無理なさらず!力には自信があるんで!」


「……なかなか茜くんって暑苦しいね〜。どうにかして、琥珀。」


「茜はこういうやつだ、残念だったな。」



 茜と兄貴が信じてくれている。それがわかっただけでも、俺としては心強い。






 兄貴は後から来るらしく、俺と茜は早歩きで教室へと向かう。


 会場である2年3組にたどり着いた時には時刻はすでに13時。開演まで30分、開場は10分前だからリハの時間は約20分ほどしかない。


 

「あ、きたきた!藤倉くんに遠山くん待ってたよー!」



 扉をガラガラと開けると有栖川先輩はこっちこっちと手をブンブン振る。教室にはすでに俺ら以外の全員が揃っていた。


 機材卓で最終調整をしていたらしい祐先輩先輩が、顔を上げてこちらを安堵の表情で見る。



「なんとか間に合ったみたいで何よりだよ。」


「……遅れて、すみません。」


「いいんだ。無事にここまできてくれただけで十分だよ。」



 そう優しく言葉をかけてくれる祐先輩とは裏腹に女子メンバー、主に黒木からの視線が怖い。案の定黒木は目が合うと俺の方につかつかと迫ってきた。


 眼前まで迫る勢いで来られて俺はたまらず後ずさる。



「みんな心配してたのよ。」


「それは、本当にごめん。けど……。」


「藤倉くん、あなた、どれだけ迷惑かけたかわかってーーーーー。」


「糸音、黙って。」


「……っ。」


「わあ〜、るりるり怖いよ〜。」



 さらなる追撃を覚悟したところで、氷室から静止の声がかかる。いつも澄んだ瞳でどこを見ているかわからない氷室だけれど、今は激昂する黒木を黙らせられるぐらいに真剣な眼差しをしていた。


 言いたいことがあるんだよね、と言いたげな目線を俺に向ける氷室。俺は頷くと意を決して今考えていること、思っていることを口にする。



「……逃げ出すような真似をして本当にごめん。初めてなりに頑張って、本番までの不安を全て無くしたつもりだったんだけど、直前になって、焦りが出てきて。氷室も順調に回復してきてたみたいだし、焦りと不安と恐怖しかない俺はいない方がいいんじゃないかって思ってしまった。」



 「何を言っているの!」と言いかけた黒木を白鷺が「いとちゃん、どうどう〜。」と嗜める。

 

 氷室は何をいうこともなく俺をじっと見つめていて、有栖川先輩も、祐先輩も心配そうな目をしている。けれど茜だけは、俺の背中を押すように、信頼のこもる目で大きく頷いてくれた。



「けど、それじゃ絶対だめだと思ったんだ。みんなが教えてくれたことを自分のせいで無駄にしてしまうし、初心者なりに足掻いて掴んだものを、俺自身が頑張ったことを否定したくはなかった。何より思ったのは……。」



 俺は息をしっかり吸う。ここぞとばかりにしっかり腹式呼吸を意識して、全員の目を見て、伝えなきゃいけないことが、しっかり伝わるように。



「俺を信じてくれてる人がいる。思いを託してくれた人がいる。俺は俺が今できる全力で、どんなにできてなくてもみんなが信じてくれている俺のままで、全力を示すべきだと思ったんだ。」



 そして俺は頭を下げた。ありったけの声量と思いを込めて、誓いと願いを口にする。



「俺は、もう逃げません。だからどうか、力を貸してください!!」



 しばしの沈黙。誰も言葉を発してくれないので不安になっていると、歩み寄る足音が聞こえる。



「琥珀くん、顔を上げて。」



 俺の頭上から降ってきたのは、聞き馴染みのある少年ボイス。その声に顔を上げると、澄んだ瞳の色の奥に、どこか別の、穏やかだけど喜びの輝きを湛えた氷室が立っていた。


 顔自体はいつも突き合わせているはずなのに、見たことない氷室の表情に、俺は目を離せない。そんな様子の俺に、氷室は「うん。ちゃんと、人の目を見れるようになったね。」と満足げに頷いた。


 

「僕は最初からずっと、琥珀くんのことを信じているよ。」



 短いけれどいろんなものを経てきた俺の心に十分に沁みる一言。胸がいっぱいで何も言葉を発せずにいると、茜がガッと俺の肩に勢いよく腕を回す。



「よく言ったじゃねえか琥珀ー!!」


「相変わらず勢いがすごいなお前は……。」



 おいおいと感動する茜の反応に呆れていると、白鷺と黒木も口を開く。



「こはくん見直したよ〜!かっこいい〜♪」


「……何を言い出すかと思ったけど、よかったわ。」


「……う、うるせえ。いいだろ、ちゃんと考えて出した結論なんだから!」



 今更ではあるが、本番もまだ経験していないのにだいぶ大それたことを言ってしまった気がする。率直に言えば、恥ずかしい。


 「いいんじゃない、そういうので。」と氷室まで賛同しており、顔を覆いたくなっていると、有栖川先輩がパンパンと手を鳴らして注目を集めた。



「さて、再び一致団結したところで!リハーサルを始めるよ〜。」


「とりあえずマイクチェックから始めて……、あとは要所の確認だな。」


「はい、よろしくお願いします!」



 台本をめくりながらチェックしなければいけないシーンをピックアップし始める祐先輩を横目に、有栖川先輩は俺に向かって本番前最後のディレクションを入れる。



「私たちも藤倉くんの頑張りはしっかり見てきたんだよー?監督である私と音響担当のくわっちが、自信を持ってお届けできるように練習をたくさん積み重ねてきたんだから、しっかり自分のこと、信じてあげてね!」


「ありがとうございます!」


「こう見えて有栖川も結構緊張してるみたいだぞー。ま、力入れすぎず、頑張れ。」


「あー!くわっちそれは内緒のお約束でしょ〜!?」


 

 祐先輩の思わぬカミングアウトに、しぃーっ!と慌てる有栖川先輩。本番前でもいつも通りの穏やかな態度と変わらなかったため、有栖川先輩が緊張していると聞いて驚いていた。


 俺たち演者が緊張するのはわかるが、なぜ監督である有栖川先輩が緊張するのだろう。そう不思議に思っていると、祐先輩が、実は、と苦笑いで切り出す。



「俺も音とか絵を出すタイミングとか、いまだに緊張してるからね。」


「祐先輩も、ですか?」


「ああ。俺は機材班としての緊張だけど、脚本は演者の演技以前に作品の質の大部分を担っているし、監督は自分のディレクションをお客さんの反応を見ることで初めて評価を知ることになる。舞台が千穐楽を終えるその時まで、常に緊張と責任が付きまとう。今回その二つを進んでやって、やり遂げようとしてる有栖川は、本当に化け物だよ。」


「ちょっとくわっちー?化け物って言い方はなくない?」



 有栖川先輩が咎めるも、祐先輩は「事実だろ……。」と顔色ひとつ変えないでいう。


 確かにそんな重圧がのしかかる役割をやっていて緊張しないわけがない。今まで俺は自分のことしか考えられていなかったのを痛感する。

 

 当たり前だけど、機材班や監督、脚本といった普段裏方と呼ばれる仕事であっても、作品を作るのになくてはならない存在。俺たちと一緒で最後まで気を抜かずに緊張と戦ってくれる、心強い仲間だということを改めて実感した。


 そしてなおさら強く思う。先輩たちのやってきたことは間違いではないと証明したい、掲げた理想をきちんと形にして人の心に残したいと。



「……俺、ここまで十分にいろんなことを知ったつもりでいましたけど、まだ勉強不足ですね。」


「まあ、世の中には経験してみないとわからないこともあるからね〜。私も本番を迎えるまでどうなるかわからない、というところに不安はあるけれど、知らないことを知れるかもしれないっていう楽しみもあるの。」



 だから、と一度言葉を切ると、有栖川先輩はにっこりと笑って告げる。



「初めてを楽しもう!緊張と良きお友達になっちゃうぐらいに!」



 有栖川らしいな、と言葉では呆れながらも信頼の眼差しを向ける祐先輩。


 俺もその言葉に、力強く頷き返した。


 

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