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TAKE 15 開幕と葛藤




 なんだか思ったより眠れなかった気がする。


 とうとう観晴ヶ丘祭当日の朝。至っていつも通り、いや、少し早めに起きた俺は、朝の身支度を済ませていい匂いが漂ってくる一階へと向かう。



「おはよう、琥珀。」


「父さん、おはよう。」



 リビングの扉を開けて入ると、コーヒーを片手に声をかけてきたのは父、藤倉紅介(ふじくらこうすけ)だ。仕事はいたって普通の会社員だが、母さん曰くエリート会社員、らしい。出張も多く家を空けることも多いけど、家族思いでこの歳になっても母さんのことが大好きな、良き父だ。


 実は藤倉家では朝から何かご飯を作っている匂いがするのは珍しい。



「母さんもおはよう。この時間にいるの珍しいな。」


「おはよう。まあ、今日は特別だからねー。」



 そう母、藤倉陽彩(ふじくらひいろ)はにこにことした笑顔で返してくれる。母は調理師専門学校を卒業した元パティシエで今は家の近くで自身の喫茶店を営んでいる。仕込み等もあり、朝も早いため俺たちが起きてくる頃にはすでにいないことが多く、こうして顔を合わせるのは珍しいのだ。


 普段は温厚で優しく、俺ら兄弟を見守ってくれている良き父母だが、両者共に怒らせるととても怖い。ちなみに母さんの方が怒らせると怖いため、藤倉家の男三人衆は母さんには頭が上がらないのだ。


 ちなみに元パティシエと言えるだけあって母さんの作るお菓子、ひいては料理はとても美味しい。父が一目惚れならぬ一味惚れ?をしたというのも頷ける。


 テーブルのいつもの俺の定位置に着くと、母さんが出来上がったばかりのお手製のホットサンドを運んできてくれる。両手をきちんと合わせてから齧り付くと、パンの香ばしいサクサク感と、ふわふわの卵の甘さが絶妙で美味しい。


 そんな俺の様子を横目に、お茶を持ってきつつ母さんは話しかけてきた。



「今日から文化祭でしょう?琥珀の活躍を見たいなあと思って、今日はお店をお休みにさせてもらったの。」


「わざわざ休みにしなくても……、てか見にこなくてもいいし。」


「父さんも母さんも忙しいからな、たまにはいいだろう?」


「それに、空から動画撮ってきて、って言われてるし!」


「はあ……!?俺に黙って何頼んでんだよ……。」


「なんかたまたま仕事が入っちゃったらしいわよー。残念ねー。」



 食事中なことも幸いに、言葉の勢いのまま立ち上がりそうになるのをなんとか堪えるも、やはり解せない。というか、両親には俺のことを伝えておいて、自分は仕事で観にこられないと言い訳するなど、俺がこうやって怒ることを想定していたに違いない。



(……でも、そっか。来ないのか。)



 兄貴と顔を合わせることが少ないが故に、多少忙しいのもわかっている。けど、なぜだろうか。観にきてもらえないことが、どこか寂しいような気もする。


 そんな考えを振り払うように、むしゃむしゃとホットサンドを頬張る俺だった。







 普段とさほど変わらない登校時間。違う点といえば、土日に学校に行くことはあまりなかったから俺としては暦上の休日に、この橋の上を歩くことが少しばかり新鮮に感じる。


 学校にたどり着くためには、すぐそばを流れている運河にかかる橋の上を通らなければならない。当たり前だが日差しを遮るものは何もないため、夏場は駅から学校までの道のりの中でちょっとした試練でもある。


 よく茜が運河に飛び込みたいと口にしているが、運河自体はあまり水も綺麗じゃない上に夏にはクラゲがぷかぷか浮いているため、飛び込むのは非推奨だ。たまにエイなんかも泳いでいるらしい。


 そんなこんな考え事をしながら歩いていると、後ろから肩をトントンと叩かれた。振り向くとそこには都生と瑞樹が並んでいた。



「おっはよー。」


「おはよう、琥珀くん。」


「都生と瑞樹か、おはよう。」



 少し眠たげながら整っている顔の都生と、にこやかで人懐っこい笑顔の瑞樹。昨日から思っていたがこの2人が並ぶと、なんだか眩しい気がする。ずるい。



「にしても都生はなんでそんなに眠そうなんだ?」



 茜は昨日の時点からワクワクしていたので馬鹿正直に「楽しみすぎて眠れなかった!」と答えそうだが、都生に限ってそんなことはなさそうな気がする。



「昨日もちょっとそわそわして寝つきは悪かったけどさ。いやー、観晴ヶ丘祭はすごく楽しみなんだよ?」



 俺が都生でもそんなことがあるのか、と少し意外に思っている中、都生はあくびを噛み殺しながら続ける。



「けどさ、普段はお休みなわけじゃん。ただでさえ平日も朝早く起きて頑張ってるのに、土日に学校あるって考えるといつもと違うから尚更眠いな、と思って。」



 そう思うのは俺だけかな、と再びあくびをしながら問う都生に俺は「そうだな。」と短く相槌を打つ。瑞樹もわかると言いたげに頷いた。



「用事があるとか、部活とかバイトとかしてない限り、土日って基本ずっと寝てられる日だもんね。」


「ほんとそれ。秋休みなかったら後期の初っ端からヘトヘトだったかも。」


「とか言って、連休明けに登校するのだるいって言ってたりしてな。」


「それはおそらく、休み明けの学生はみんな思ってるだろうね。テストもあるみたいだし。」


「なんで二学期制なのに中間考査があるんだろうね……、ほんと謎だよ。」



 相変わらずそんなふうに語る都生は、眠たげな様子なのに相変わらず様になっている。これでもしオタクじゃなければ今頃学年全体でもてはやされてるに違いない。いや、オタクだらけのこの学校においてそれはプラス要素でしかないステータスか。


 ところで高校生活の中で“秋休み”というのは聞きなれない言葉だと思う。


 観晴ヶ丘総合高校は都内の高校では珍しい前期と後期の二学期制だ。それ故に観晴ヶ丘祭が終わると前期と後期の間の休み、秋休みが設定されている。

 

 ただし秋休みが終われば10月下旬には年度の中間テストが控えている。秋休みは俺たちにとって束の間の休息となるわけだ。


 秋休みといえば、と俺は思い出したことを口にする。



「そういえば、秋休み中に都生と茜とボーリング行こうって話になってるんだけど、よければ瑞樹も一緒に行かないか?」



 そう瑞樹に尋ねると、昨日の今日でそんな誘いを受けるとは思わなかったのか、一瞬キョトンとした顔をする。



「え、僕も一緒にいいのかい?」


「そりゃあもちろん。な、都生?」


「俺も大賛成だよ。こんな機会滅多にないから、瑞樹さえよければぜひ。」


「ありがとう!それなら遠慮なく混ぜてもらおうかな。」



 そう顔を輝かせる瑞樹。陽の光のせいか笑顔がより輝かしく見える。一方の都生は満足げに頷きながら「じゃあ、あとでチャットのグループ作っとくねー。」と早速行動を開始していた。


 まあ、せっかく向こうから声をかけてくれたのだ。一見すると一癖も二癖もあるけど、話してみると案外そうでもない(かもしれない)ので、親睦を深めるいい機会だ。誘ってよかったなと思う。



「昨日はあんまり実感わかなかったけど、こうしてみると観晴ヶ丘祭って感じするね。」


「だな。」



 【第23回 観晴ヶ丘祭 REISE”18”】と正面玄関に施された装飾を見えてくると、瑞樹が感嘆のため息を漏らす。



「ここまできちゃったら、あとは全力で楽しむしかないよね。」



 先ほどまであくび続きだった都生も、だんだんとその気になってきたようだ。



「琥珀くんたち1年2組の出し物にも顔を出すからさ、もし時間があれば僕たち7組の出し物もぜひ観にきて欲しいな。クラスのみんなで一丸となって作った最高の作品なんだよ!」


「もちろん茜も誘って行くよ。けどたしか、7組の出し物ってーーーー。」



 都生がそこまで言いかけたところで、後ろから何やらバタバタと走る音が聞こえてきた。


 その足音はものすごく聞き覚えがあり、なんとなくだけど、振り向いてはいけない気がする。


 どうやら都生と瑞樹も察したようで、俺にどうする?と言いたげな視線を向けてきた。俺はため息を吐く。



「ここまでわかりやすいの、あいつしかいないだろ。」



 俺はそうぼやきつつも、振り向くことはしない。振り向いたところで誰が走ってきているかなんて丸わかりだからだ。というか注目を集めているに違いないので、無関係だと示すためには何事もなく普通に歩いているのが一番。



「だーっ!やーっと追いついたぜ〜!」


「おはよう、茜くん。」


「おっはよー!瑞樹!」



 そう思っていたが、俺の願いはあっという間に打ち砕かれた。



「琥珀と都生もおっはよーう!」


「おはよ、相変わらず元気だね……。」


「もちろん!当日だからより気合い十分ってやつだな!」


「……頼むから、もうちょっとまともに登校できないの?」


「うっ、琥珀がいつもの3倍ぐらい冷たい気がする……!」



 あはは、と苦笑いしつつも挨拶を返す都生。対して俺は、いつもテンション高めでかまってほしい感満載の茜がいつにも増して面倒くさくなりそうな予感がしてげんなりしていた。


 俺の態度が冷たい気がする、と言い放ちながらもすぐにいつもの顔に戻り「けど、今日はこんなのへでもないぜ!」と、思いっきり俺の肩に腕を回す。勢いが強くて俺の口からは「ぐへぇっ」というような声にならない声が出た。



「なんたって観晴ヶ丘祭当日!盛り上がっていくぞー!」


「ばか、声がでけえんだよ!」



 そう言いながらなんとか茜の腕を振り払う。そういう琥珀も、そこそこ声大きいからね?と都生からすかさず指摘が入った。


 絡まれている俺を観て瑞樹はくすくすと笑みをこぼす。



「あはは、茜くんは本当にぎやかでいいね。」


「だろ?瑞樹もテンション高くいこうぜ〜!」


「……褒めてるつもりはなかったんだけどなー。」



 これには流石の瑞樹もお手上げみたいだ。


 何はともあれ、こうして学校にたどり着いたからには、ついに始まってしまうのだ。


 

(……大丈夫だ。やってきたことをやるだけだ。)



 一年に一度しかないお祭りだ。ただ緊張に落ち込んでいるだけでは楽しくないだろう。どこか頭をよぎる不安を振り払い、茜、都生、瑞樹とともに登校口である2階へと向かった。







 開会式も終わり、まもなく生徒と保護者のみ見られる1日目特別公開時間が幕を開ける。


 俺と茜は10時から11時までの間、クラスの出し物の担当になっているため、その準備で追われていた。


 茜は第二の部屋を案内する案内人役、俺は参加者受付の担当だ。



「にしても驚いたぜ〜、瑞樹がナイヤガラの発表であんなにぶちかましてくるとはな。」



 準備をしながら茜が先ほどの開会式の様子を思い出して、うーんと唸っている。


 開会式ではお堅い開会宣言もそこそこに、オープニングアクトであるダンス部のパフォーマンスで盛り上がった勢いもそのまま、ナイヤガラの発表へと移った。


 ちなみにナイヤガラというのは、各団体の出し物をPRするための縦長の横断幕のこと。体育館とエントランスにそれぞれ一枚ずつ展示されるものだ。閉会式では来場者アンケートをもとに表彰式が行われるのだが、その中にナイヤガラ部門もあるため各団体気合が入っている。なお、クラス単位での出し物はナイヤガラ作成は必須、部活や有志団体は任意だ。


 今回放送部は作品のクオリティを上げようということで、そちらに時間は割かなかった。先輩曰く、部活で書く方が珍しい、らしい。


 体育館の2階部分の通路から、丸められたナイヤガラを披露すると同時に行われる各団体のアピール。そこでびっくりしたのが1年7組だ。1年7組の出し物は劇で、ジャンルで言えばホラー。しかもナイヤガラもホラーなテイストで描かれていたため、しっかり怖がらせにくるのかと思っていたのだが。



『ねえねえ、ドッペルゲンガー、って知ってるー?』



 知っている声がするからよく目を凝らしてみれば、朝も合わせた顔があった。もう1人とテンポ良く言葉を交わし、あらすじを紹介しつつ寸劇を披露していた生徒の2人のうち片方が瑞樹だったのだ。


 茜からなんでもできる、とは聞いていたが裏方だけでなく演者としてもここまで変わるとは思っていなかったため、普段の瑞樹とは違う、発声に表情、雰囲気に俺は驚いてしまった。


 人間の意外性というのは計り知れない。また1人すごいやつと友人になってしまった気がする。


 その時の様子を思い出したのか、茜は「よしっ!」と気合を入れ直す。



「オレたちも負けてらんないな!琥珀!」


「そうだな。ところで……。」



 俺は一旦作業を止めて茜の方に向き直ると、念の為確認する。



「お前、ホラー苦手なの?」


「さ、さあ!?そうだったかなあー!?」


「瑞樹のクラスの発表のとき震えてたような気がするんだけど。」


「え!エー、キノセイジャナイカナアー!」



 実は開会式の1年7組の出し物の紹介のとき、素人目から見てもかなりホラー要素満載でクオリティの高さが窺えたのだが、その恐怖心を煽るアピールでそこまでホラーが苦手ではない俺も怖いな、と思いちらっと隣の様子を見てみたら、隣で地味に震えている茜がいたのでもしや、と思ったのだ。


 予想通りのカタコトで見事な焦りっぷりを見せる茜に、俺は苦笑いをしながらため息をつく。



「2年生の出し物のお化け屋敷も行こうって話してたけどさ、苦手なら無理して行かなくてもいいぞ。」


「いや、それは無理してでも行きます!」


「なんでだよ。」


「怖いのは苦手だけどさあ、楽しそうなことには変わりないし?」


「……なら、いいけど。」



 途中でやっぱり怖いとかなしだぞ、と念の為付け加えると「もちろんわかってるって!」とぶんぶん手を振りながら答える茜。


 まあ、無理してほしくはないが、こういった祭り事は気の知れた友人と回れた方が何倍も楽しいだろう。それに茜が怖がってたらそれはそれで面白そうなので、未来永劫語ってやろうと思う。

 


『実行委員会より、生徒の皆さんへお知らせいたします。10時になりましたので、これより観晴ヶ丘祭1日目を開始いたします。』



 準備も整った頃合いで、観晴ヶ丘祭実行委員会から放送が入る。


 話もほどほどに、俺たちは定位置につきお客さんを迎える準備を整えた。


 校内が少し騒がしく感じる。さあ、観晴ヶ丘祭の始まりだ。







〜Switching:黒木糸音with白鷺くるみ〜



「「観晴ヶ丘祭インフォメーションラジオ!!」」



 軽快なイントロを流し始めてから約15秒、くるみが第一声を校内のスピーカーに繋がるマイクに声を吹き込む。



「皆さんご機嫌いかが〜?第一回観晴ヶ丘祭インフォメーションラジオのお時間です!パーソナリティは放送部1年白鷺くるみと〜?」


「同じく放送部1年、黒木糸音、そして。」


「氷室瑠璃でお送りします。」


「記念すべき第一回のインフォメーションは放送部女子メンバーでお送りしまーす!よろしくお願いしまーす!」



 ちなみに瑠璃も同席しているが、喋れるとは言えまだ完治していないため口数は少なめだ。なのでいるということだけ簡潔に伝える。



「さて、とうとう始まりました観晴ヶ丘祭!12時を迎えたということで、一般公開がスタートしましたね!」


「各団体気合十分ですね。この放送では時間の許す限り、本日の観晴ヶ丘祭の見どころを紹介していきます。まずは12時台にスタートする団体からご紹介していきましょうーーーー。」



 各部活に授業の成果発表会、有志の企画など、それぞれジャンルごとに分けて紹介していく。



「以上になります!2人は個人的に推してる出し物ありますか〜?」



 くるみがマイクを通して私たちに問いかける。



「そうですね……、やっぱり食品部門は欠かせないと思います、クッキング部とか、2年4組の焼きそばとか。」


「糸音ちゃん食い意地張ってるねー?るりるりは?」


「僕はやっぱり、評判に聞くお化け屋敷かな。2年6組の先輩方のお化け屋敷がすごく本格的なんだって。」


「私も人伝に聞いたわ。どうやらうちの部員がだいぶこてんぱんにされたらしいわよ。」


「だいぶすごいお化け屋敷なんだねー!くるみもあとで行ってみようと思います!」



 食い意地が張ってると言われ少し眉を顰めたが問題ない。おっとりしていながらもたまに鋭く刺してくるのがくるみの性格だ。


 ちなみにお化け屋敷の話は藤倉くんと遠山くんから聞いたものだ。会ったのが行った直後だったのか、遠山くんの顔が青白かった気がする。もはや幽霊なのはそっちではと思ったほどだ。



「さて、放送の時間も残り時間わずかとなってきました!お二人は何か言い残したことありませんか〜?」


「言い残したことって、遺言じゃないんだから。」


「僕はある。」



 あと2、3分で締めなければならないという時。そういうと瑠璃はマイクを自分の方に向けた。



「このあと13時半から放送部のラジオドラマ公演会があります。本日はこの回のみなので、もしお時間がある方はぜひ見に来てください。」


「さっきも一応紹介したのにもう一回!?るりるり抜かりないね〜!」


「宣伝して減るものじゃないからね。」



 それに、と言葉を一度切ると、瑠璃は声しか校内には通らないというのにどこか真っ直ぐな瞳で訴えるように言った。



「放送部のみんな、全員声が魅力的なんだ。みんな唯一無二の声を持ってる。一度聞いてもらえればその魅力が伝わるはずだから。」



 だから、ぜひ見に来てください、と瑠璃は締めくくる。最後の方は喉に限界が来たのかどこか早口だった。


 それを見て満足そうにうんうんと頷くくるみ。私は締めの一言に入る。



「それではそろそろお時間です!第一回観晴ヶ丘祭インフォメーションラジオ、お相手は放送部1年、黒木糸音と。」


「同じく放送部1年、白鷺くるみ、氷室瑠璃でお送りしました!この後も引き続き、楽しんでいってくださいね〜!」



 そうしてマイクのフェーダーを下げる。しっかりと校内のスピーカーへと繋がるスイッチも切り、私たちはようやく一息ついた。



「は〜。一仕事終了したね〜。」


「まだまだこれからよ。本番が控えてるんだから、油断は大敵。」


「もー、わかってるよ〜。」



 くるみは「ね、るりるり〜?」と隣にいる神妙な面持ちでスマホを眺める瑠璃に、同意を求めた。瑠璃はこくんと一回頷く。


 昼放送とそんなに変わらないメンバーでやっているはずなのに妙に緊張したのは、観晴ヶ丘祭だからだろうか。


 普段から口数は少ないけど、主張するべき時ははっきりと主張をする瑠璃。きっとそれほど、私たちが時間がない中頑張って仕上げたラジオドラマを見てほしいということなのだろう。


 それは私も同じだ。これまで色々と大変な思いをしながら仕上げたのだ。この後は少し時間をおいて本番が控えている。初回を迎えるまで、どんなことが起こるかわからないのだから、備えておかなければ。


 けれど私はこの時気づいていなかった。瑠璃の表情が、ほんの少し曇っていたのを。






〜Switching:藤倉琥珀〜



「おい、茜。大丈夫か?」


「だから無理しないでって言ったのに……。」


「あ、あぁ……、モンダイ、ナイヨウー。」




 心配する俺と都生の前には、青白い顔をした茜が踊り場の椅子に座り込んでいた。


 どう見ても問題あるように見えるけどね、と茜にミネラルウォーターを差し出して時はため息をつく。


 何があったかというと、クオリティが高く怖いと評判の2年6組のお化け屋敷に行ってきた帰り。

 

 最初は「こーんなの全然大丈夫だ!」と意気揚々と先陣を切って入っていった茜。ちなみにこの時点で足の震えを頑張って抑えていたようで、若干小刻みに震えていたためものすごく心配だったのだが、入ると案の定。



『ひいいぎゃあああああぁ!』


『あ、おい、待て茜!』


『無理無理無理、やっぱり無理いいいいっ!』


『暗いから走らないでって、言われたよね!?』



 黒いビニールで太陽光を遮蔽しているため、教室内は真っ暗。おまけに渡される懐中電灯は1組につき1つ。それを茜が猛スピードで走って持っていってしまったものだから俺たちは途方に暮れていた。ちなみにこの段階ではお化けすら出てきていない。


 なるべく急ぎ足で茜を追いかけた俺と都生だったけど、進む先々で茜の断末魔のような叫びが聞こえ、最初は笑えていたものの、ずっと叫び散らかしているため笑いを通り越して、心配が勝るようになった。


 最初の威勢の良さはどこへやら、今やこの状況である。


 なかなか血の気が戻らない茜が心配な中、都生はスマホで時間を確認して申し訳なさそうに告げる。



「心配なのは山々なんだけど、俺この後弓道部の方行かなきゃなんだ。」


「わかった、ひとまず茜のことは任せておけ。」


「確か初演って13時半だよね?それまでには回復してるといいけど……。」



 俺も時計をチラリと確認する。現在時刻は11時50分になろうとしていた。13時半、そう聞いてもうそんなに時間が差し迫っていると実感して急に、自分の中でどこか心の底で渦巻くように不安と焦りが募り始める。一度その不安を振り払い、茜の体調へと心配の矛先を向けた。



「まあ、きっと大丈夫だ。なんとかなる。」


「だといいけどね……、じゃあまた時間になったら放送部の教室行くからー!」



 そう言って弓道場のある体育棟へと駆けていく都生。去り際も様になっているのがまた流石だ。


 さて問題はこいつである。


 確かに想像以上に本格的だった。予算内、学生でこれだけのクオリティのものを作り出せるのはすごいと思うし、体験部門でぶっちぎり一位をとってもおかしくない。お化けの役の人の演技が意外とうまくて、俺も都生も多少驚きはしたが、流石に茜のように魂が抜けそうなほど、ということはなかった。

 

 どちらかといえば、茜は暗闇が苦手なのでは。



「はあ、どうすっかな。」


「心配かけてすみません……、どうか見捨てないでえー。」



 ちょっとは回復したのか、通常通りに喋れるようになってきた茜を見て少しばかり安心する。



「うわ、何その顔色……、いったい何があったの?」



 そこへこれから放送室へ向かうところだったのであろう黒木が通りかかる。確か黒木は12時のインフォメーションラジオの担当。ラジオの台本とペンケース、それからそのまま練習するつもりなのか披露するラジオドラマの台本も持っていた。


 黒木は眉を顰めてそういうが、言葉の端々から心配の色が見え隠れしているのがわかる。意外と白鷺よりも黒木の方が感情は分かりやすいというのはつい最近知ったことだ。


 俺がかくかくしかじか、事情を説明すると黒木のため息はより深くなった。



「なんでそんな無茶をするの。無理なら無理って言いなさいよ。」


「だってぇ、オレ一人のためにお化け屋敷行かないとか、琥珀と都生が可哀想じゃーん……。」



 そういう黒木だって、氷室と白鷺が行きたいって言ったら無理して行くくせにー!と茜が付け加えると、黒木の茜を見る目が一段と鋭くなった。当然「ひいっ」と小さな悲鳴をあげて縮こまる茜。


 俺はもしかして、という目で黒木を見ると、なぜか俺を見る目まで鋭くなっていた。



「勘違いしないで。私は超常現象的なものは信じてないだけで、ああ言った作り物は怖くないから。」


「そう、なのか?」


「またまた〜、そう強がっちゃってー。」



 茜のいつもの調子が戻ってきたようだ。だがしかし、そのいつもの調子だからこそ、引き起こされるよくない展開というのもお察しで。


 遠山くん、と告げる黒木の声が氷のように冷たい。



「弱ってた方が余計な口は叩けないかしら。もういっぺんお化け屋敷行ってきたら?」


「ち、ちょっとからかった、だけだって〜。」


「あら、そう。」


「…………すいません、でした。」



 譲らない黒木の圧に、しっかりと負けてしおらしくなる茜。男子に対して女子の比率が明らかに多いこの学校にとっては女子は敵に回さない方が絶対にいい。というのは先人たちからの教えだ。


 だいたいいつも茜はやりすぎるのだ、程よいところで止めておけばいいものを。


 この調子ならば大丈夫だろう、そう判断した黒木は再び放送室に向かって歩き出す。



「しっかりこの後のラジオでネタにしてあげるから、光栄に思うことね。」



 ちゃんとリハの時間には間に合うように来てね、と言い残し黒木は去っていった。


 なんとかいつもの調子を取り戻した茜が伸びをしながら俺にいう。



「ほんと、心配かけてごめん。」


「気にすんな、配慮できなかった俺たちも悪い。それより本当に大丈夫か?」


「おかげさまでだいぶ良くなったぜ。リハまでにはなんとか持ち直せそうだ。」



 そう言って茜はぐびぐびと都生からもらったミネラルウォーターを飲み出す。本番を前にして、一切緊張の色が見えない茜に対して、俺は先ほどからどこかおかしかった。



「あー、ごめん茜。俺ロッカーに台本置いてきちゃったから、とってくる。」


「ん?そうか。ならオレも一緒にーーーー。」


「いや、まだ本調子じゃないだろ。ここで休んどけ。」



 あ、まて、琥珀!と引き留める茜を見向きもせず、そう早口で言い残して俺は目の前の階段を下る。


 台本を取りにかなければいけないのは本当だ。けど、それだけじゃない。


 13時半という開演時間、本番用のラジオドラマの台本、リハーサルは13時。公演の情報を聞くたびに、どこかから襲ってくる緊迫感。腹の底で静かに渦巻く不安と恐怖。


 朝や、お化け屋敷に行っている間は少なくともこんな感覚はなかったはずだ。それに俺にあった不安はいろんな人の助けを借りながら、今日まで自分と向き合ってきてしっかりと解消できたはず。


 ここにくるまで、いろんな人の声も聞いた。ポスターを見て、楽しみだと言ってくれる人もいた。


 なのに、なぜだろう。足取りは重く、教室へと足を向ける気にならない。


 

「……これって、なんだろうな。」



 3階にある1年2組のロッカーに辿り着き、自分のところの扉を開けて台本を取り出す。


 このまま、素直に茜のところに戻れれば何も問題はなかったのに。


 俺はあろうことか、台本を抱えたまま、どうやったら本番から離れられるか必死に考え、そして。



「……一度、落ち着こう。」



 一人きりになれる場所を探し求めて、逃げ出した。


 




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