TAKE 14 決戦間近《後編》
わちゃわちゃと過ごしたお昼休憩も終わり、弓道部の準備へ行く都生、演劇部の準備に行く瑞樹と別れ、俺と茜は放送室を目指す。
「いよいよ明日が初日だな。」
「あぁ。」
放送室までの廊下もしっかり観晴ヶ丘祭仕様になっている。スペースを有効活用するため、それぞれの授業での成果をまとめた大きめの模造紙が隙間なくびっしり貼られていた。
その中には、3年次に必ずやらなければならない課題研究、通称”課研“の中間発表の模造紙もあった。チラリと見ただけでも細かく丁寧に研究されているのがわかる。
「俺らもこんなこと、2年後にやってんのかな。」
「……オレ、デキルキガシナイゼ。」
「やらないと卒業できないぞ……。」
壁一面に敷き詰められた模造紙を見て茜が久しぶりのカタコトを発動していた。ちなみに言っておくと、この課研で何かやらかしをして完遂できない、なんてことがあれば一大事だ。
観晴ヶ丘総合高校は、高校とはいえど一般的な高校とは違って単位制。しかも2年次からは”系列“と呼ばれるいわゆる文理芸術などなど、それぞれの分野を選択し、自分で時間割を作ることができるまるで大学のような高校。それ故に卒業条件もしっかりと定められており、必修科目、必要単位数の取得に加えて特別重要なのが課題研究なのだ。
名目としては自分が決めたテーマを1年かけて研究するというものだけど、2年次からすでにその下準備である”プレ課研“なるものが始まるらしく、観晴ヶ丘祭の準備が始まる前辺りから祐先輩と有栖川先輩がすでに頭を悩ませている。いくら自分の決めた好きなテーマで研究できるとはいえ、これにかなりの労力と時間を取られるため、想像以上に負担になっているんだそうだ。
そして課研が終わらなければもちろん卒業はできない……、らしいのだ。実際はどうかわからないが。
ひとまず1年次の俺たちがやることとしては、系列を決めるところから始めなければならない。
「オレらもそろそろ、系列定めないとなー。」
「そうだな、けど……。」
「けど今は、一旦明日と明後日の本番に向けて気合い入れていかないとな!」
茜が歩きながら伸びをして言う。放送室に着くとすでに鍵は空いており、ブースには持っていくコード類をまとめている氷室と黒木がいた。氷室がこちらに気がつき声をかけてくる。
「2人ともお疲れさま。ちょうど良かった、これから機材を運び出そうと思ってたんだ。」
「おう、任せてくれ!って白鷺は?」
「くるみは広報の仕事らしいわ。こんな時まで大変ね。」
「委員会か〜、相変わらず忙しそうだなぁ。」
広報委員会といえば学校説明会や校舎見学があるたびに駆り出されている、だいぶ忙しめの委員会の一つ。普段から白鷺は柔和な雰囲気でおっとりふわふわしているが、だからと言って中身までふわふわしているわけではないことを改めて思い知らされる。
まあ、特訓で散々思い知らされたしな、と約2週間前の出来事を思い出す。
氷室曰く、「先輩たちが先に教室に行って教室内の内装を整えてくれている」とのことなので、機材を落としたり壊さないように一つ一つ慎重に運ぶ。
会場である2年3組の教室に着くと、椅子が壁際、真ん中、廊下側の3ブロックに分かれて並べられており、黒板側には絵を映し出すためのスクリーン、機材を置くための机がすでに設置されていた。確か事前に共有を受けた設置図では、真ん中のスクリーンの絵が見せられるようにマイクスタンドは上手側と下手側で分かれて置く手筈になっている。
持ってきたスピーカーを定位置に置く。すでに色々と準備を済ませてくれていた祐先輩は窓際の客席に座り、念入りに何かをチェックしていた。
「祐先輩、お疲れさまです。」
「お疲れ藤倉くん。機材運び終わったら、音のチェックして早速通しに移ろうと思うんだ、けど……。」
「どうかしたんですか?」
「有栖川が教室の設営終わった後教室飛び出して行っちゃってさ……、どこ行ったかわかんないんだよ。」
「……えーと、一大事では?」
有栖川先輩もかなりの自由人である。何か考えがあって飛び出して行ったんだろうけど、さすがに本番1日前、心配にはなる。
「ま、そのうち戻ってくるから、気にせず準備を進めておこうか。」
「そうですね。」
俺らが続々と機材を運び、機材の設営を祐先輩を中心に取り行っていく。パソコンやミキサー、スピーカーの配線の確認に始まり、機材の動作確認、マイクの音量のチェックまで済んだところで廊下をバタバタと駆けてくる足音が聞こえてきた。
「お待たせ〜!差し入れ持ってきたよー!」
予想通り足音の正体は有栖川先輩、手には四角い箱が入っているビニール袋を下げている。少しして、途中で合流したのか白鷺が後ろから追いついた。
祐先輩の顔を見るとやれやれ、と言いたげに呆れた顔をしている。
「持ってきたよ〜、じゃないから。出てくにしても何か一言あっていいだろう。」
「ごめんって〜。設営する前に取りに行く予定だったんだけど、みんな揃ってなかったから。」
「かやのん先輩、差し入れ、早くしないと溶けちゃいますよ〜?」
「そうだったそうだった、じゃーん!見てみてー!」
白鷺の言葉に有栖川先輩は袋の中をゴソゴソすると、取り出したのは箱に入ったいろんなフレーバーのカップアイス。しかも値段もきちんとする某アイス屋さんのもの。
「え、先輩、ミハルガオカスクエアまでわざわざ行ってきたんですか!?あざーっす!」
ミハルガオカスクエアといえば、学校から徒歩10分ほどの場所にある大きめのショッピングモールだ。そこにあるアイス屋さんへわざわざ取りに行ってくれたらしかった。
キラキラと目を輝かせる茜に対し、そこそこ高かったのでは……、と俺が思っていると案の定祐先輩も苦虫を潰したような顔をしていた。
チラリと黒木と氷室を見ると、意外と2人は喜ばしそうな表情だった。普段から高校生離れした大人びた雰囲気のコンビだけど、こう言うところを見ると、年頃っぽいなと思う。(俺自身も高校生のはずなのだが。)
「みんな練習頑張ってくれたからね!監督からの差し入れだよ〜。」
「そうは言ってますが有栖川さん。お金を出したのは私ですからね。提案は有栖川さんですが、実質私からでもありますよ。」
そう言ってさらに教室に顔を出したのは灰寺将人先生だ。外国語科の英語担当の教師で我らが観晴ヶ丘放送部の頼れる主任顧問でもある。
先生から、と聞いて少し安心する俺。もしこれで本当に有栖川先輩の自腹だったら絶対お金を返しているところだった。先生の訂正に有栖川先輩が舌をぺろっと出す。
「てへっ、バレちゃった。」
「じゃあハイジ先生、あざーっす!」
「一応言っておくけどハイジじゃなくて、“はいでら”だからね、遠山くん。」
茜が最初ナチュラルに“灰寺”の読み方を“ハイジ”と間違えたところから、放送部全体でハイジ先生という呼び名が定着してしまった。それに先生も慣れてしまったのか、当初は訂正させたかったようだったけれど、もうあまり口うるさく言う気はないようだった。
みんなでそれぞれ相談して希望のフレーバーを取り、ぐるっと向き合うような形で椅子に腰掛けありがたくアイスを食べる。もう9月後半に差し掛かるとはいえ、まだまだ残暑。冷たい差し入れはありがたかった。
「あー……、体に染みるぜ〜。」
そう先生からの差し入れのありがたみに浸る茜を横目に、俺も大好きなチョコミント味のアイスを食べながらそのおいしさを噛み締めていた。こう言うのも、高校生ならではのものなのだろうなと物思いに耽る。
その様子を見つつ、ハイジ先生は申し訳なさそうに口を開く。
「あまり部活の様子を観にこられなくて申し訳ないですね。この時期は後期に向けて教師もそこそこ忙しくて。」
「気にしないでください。帰りの挨拶に顔を出してくれるだけでも十分ですから。」
「ありがとう桑原くん。ところで、準備は順調ですか?」
「はい!この後は通しの予定なんですけど、お時間あれば見ていきませんか?」
「まだ会議までは時間があるので、そう言ってくれるなら少し見学させてもらいましょう。」
「よっしゃー!気合い入れていくぜー!」
「遠山くん、椅子の上に足をかけない。それから危ないからスプーンを咥えながら動かない。」
テンションが上がっている茜をすかさず注意するハイジ先生。それをやれやれと言った様子で見守る先輩方と、我関せずアイスを頬張る氷室たち。
各々性格や趣味嗜好は違えど、この2週間それぞれ公演会を成功させるため努力してきた大切なメンバーだ。本番までに残された時間はあとわずか、休憩もそこそこに、通しが始まる。
「よし、確認しなきゃいけない場所は一通り返したと思うけど、何か不安だよ〜ってところがある人ー?」
「私は特にこれと言うことはないです。」
「くるみも今のところは大丈夫です〜。」
あれから2時間ほどが経ち、時刻は現在午後5時を回ったところ。あれから一度ハイジ先生の前で通しを行った。
『みんながそれぞれ頑張ってきたのが伝わってきますね。一時期は危ういと聞いていましたが、この調子なら大丈夫でしょう。』
そう満足げな様子だったハイジ先生は、会議の時間になったため一旦教室を後にした。
「茜くんと琥珀くんは心配なところはない?」
まだ本調子ではないが、徐々に普段通りの声に戻っていっている氷室にそう聞かれ、台本を見返す。
もらった時に真っ白だった台本は、今や各所に書き込みがありカラフルになっていた。茜なんかは気になったことを全て書き込むのでもはや元の文を読めないまである。
もちろん本番用の台本はいつぞや俺が作っていたものがしっかり用意されている。きちんと台紙がついたその台本にも重要な部分の書き込みや、自分のセリフを見逃さないように蛍光ペンで線が引かれていて、準備は万全。もはや明日を迎えるだけとなっていた。
「俺も、今のところ大丈夫です。」
「オレもですー!」
俺たちの返事に有栖川先輩、祐先輩も一安心といったような顔だった。
明日に備え今日は早めに下校しようと言うことになり、機材に埃が被らないように布を被せたり、各々が帰り支度をする中、氷室が俺に話しかけてきた。
「良かったよ、琥珀くん。」
小さい声であるが故に顔をずいっと俺の方に近づけて言うので、思わず後ろにのけぞる。
怪訝な顔の俺に対して、氷室はいつもと変わらず少年のような澄んだ目でこちらを見て続ける。
「な、何が?」
「最後の告白のところ、今までだと少し恥ずかしそうに『俺は、マイのことが好きなんだ……!』言ってる姿が印象的で可愛いって感じだったんだけど、今日改めて見てみると“ちゃんと伝えなきゃ”って気持ちも含まれててとっても良かったと思うよ。」
「そ、それは、何よりだけど、言い方を再現するのはやめてくれ……!」
そう言って俺は視線を逸らす。氷室はどうってことない、と相変わらずの涼しげな表情だ。
ユウトの台詞の一部分をわざとらしく真似され、褒められているはずが恥ずかしい気持ちが勝ち、少々そっけない言い方になってしまう。何より少年ボイスな氷室にその台詞を言わせると綺麗なぐらいハマっていて太刀打ちできない。
「最初と比べたら、お前は間違いなく成長してるぜ!」
「おわあぁっ!」
そこへ俺たちの会話を聞いていた茜が帰り支度を済ませて駆け寄ってきた。ぜ!のところで後ろから勢いよくガシッと肩に手を回され体勢が若干崩れかけるもなんとか耐える。
「……ったく、急になんだよ、驚かせるんじゃねえよ。」
「ごめんって。けど、だいぶ琥珀らしい感じになってきたじゃんか。」
「なんだよ俺らしいって。」
そう言う茜はニコニコと満更でもない笑みを浮かべているが、俺はいまいち理解できない。“俺らしい”とはなんだろう。
「状況によっては、普段の自分とはかけ離れた、現実味のない表現がその場に必要な時もあるかもね。」
氷室のその言葉に、俺はますます頭を悩ませる。
自分らしさ、なんてあったらそれは、俺であってユウトではなくなってしまう気がする。せっかくユウトをつかめてきた気がするのに、その“らしさ”と言うのは俺が演じるユウトの邪魔になってしまうのではないかと考えていると、氷室が口を開く。
「けど自分らしさ、というものは大切にするべきだと思うよ。琥珀くんが何を基準に、どういう存在がユウトだと思っているのかはわからないけれど、それが助けになることはあっても決して自分の邪魔をすることはない。」
さっきも言った通り、自分とかけ離れたものをやらなきゃいけない時は少し苦労するかもしれないけど、と氷室は付け加えると、さらに質問を投げかけてくる。
「ある台詞をただかっこよく言える人がその台詞を言えば、それなりにかっこいいと思ってしまうかもしれない。けどその時のその言葉は、本当に相手に響いていると思う?」
「かっこいいと思えているなら、それは相手の感情が動いているから、少なからず影響を与えているんじゃないのか?」
「どうだろうね。少なくとも僕は思わないよ。」
「……氷室?」
そうキッパリと断言する氷室。9月後半に差し掛かって日が傾きだす時間が早まり、夕陽が強く差し込んでいる窓の方を見ながら、どこか遠い目をして続ける。
いつもと様子の違う氷室に、俺は目が離せなかった。
「僕はね、過去にそれで悔しい思いをしているんだ。」
いつもあまり感情が表に出てこない、冷静沈着な氷室だけど、悔しいと語るその表情はいつもと違った。忘れたことはないと言わんばかりに、氷室は手をぎゅっと握りしめる。
様子の違う氷室に、茜も固唾を飲んで黙っていた。
「例えどんなに上手く言えたと思っても、その場かぎりの感動では意味がない。もっとその後、もう一度聞きたい、と言われるような、人の心により深く刺さり、残り続けるためには絶対になくてはならないものがある。それが今琥珀くんが口にした“自分らしさ”、いわゆる“個性”ってことなんだよ。」
「個性……、俺はそんなこと、今まで意識したことはなかったな。」
「それでいいと思う。普通意識して見出せるものではないからね。積み重ねていくうちにいつの間にか出来上がってる。それが今、琥珀くんが演じているユウトだよ。」
そこで氷室は俺の方に向き直る。
いつもなら何を考えているか読みにくい、澄んだ瞳をしているが、今に限ってはいろんな葛藤がごちゃ混ぜになり、さまざまな色が見え隠れしていた。
「その場にいる100人に同じ台詞を言わせて、同じなわけがないんだ。必ずしも違いがある。ある、はずなのにね。僕はずっと悩み続けているんだよ、果たして今の僕に、個性……、オリジナリティはあるのかなって。」
「で、でもユウトを氷室が演じてた時もしっかり氷室なりの良さがあってかっこよくて良かったけど……!」
「……そう思ってもらえてるのは嬉しいよ。ありがとうね、茜くん。」
茜がらしくなく真剣にいうと、氷室は困ったような顔をして少し目を細めた。
「この物語は、先輩が僕たち1年生用に書き下ろしてくれたもの。僕としては、どこかにあるようでない、そんな青春の1ページを見せるべきだと思ったんだ。さっき茜くんがああはいってくれたけど、その僕の良さ、は、その場限りでしか感じ取れなくて、どこか個性とは違うと思うんだ。僕がやると、いい意味でどうも現実味がない。合わないと思ったんだ。けど選んでもらえたからにはどうにかしなきゃって、どうしたらいいかわからないまま練習を続けていたら、この有様だよ。」
そう肩をすくめる氷室。俺はそんなことはない、と言いたいところだけど飲み込んでしまった。そんなことはない、と言ったところで、その先を上手く続けられない気がしたからだ。
暗い話になってしまったね、と氷室はいうと一度息を吐いたのち続ける。
「僕からしたら、琥珀くんのユウトはとっても魅力的に思えるんだ。まっすぐで、純粋で、優しくて、誰かのためを思って行動できる。時折素直じゃないけれど、そう言ったところや声や演技を含めて琥珀くん自身の魅力も、ユウトの魅力も最大限に引き出せているんだ。琥珀くんにユウトを演じてもらえて良かった。悔しいけれど、ユウトは、琥珀くんじゃなきゃダメだよ。」
「氷室、そこまで……。」
そう言われ、俺もなんだか胸に熱い思いが込み上げる。なんとなくだけど、氷室はこの練習期間の俺を見ていて、色々心の中で渦巻いていたものがあったんじゃないだろうか。それを俺が一様に表すのは難しいし、したくない。氷室もきっと、話すかどうか悩んだ上で、決めたことだろうから。
「等身大の自分を大事に、諦めることなくここまでたくさん頑張ってくれてありがとう。きっと今の琥珀くんなら大丈夫。自分を信じて。」
「……あぁ、もちろんだ。」
「ふふふ、琥珀くんも、前よりは人の目を見れるようになったね。」
嬉しいよ、というと氷室はいつもの表情、いつもの澄んだ瞳に戻る。そう言われてなんだかちょっとむず痒いような、照れくさいような、もどかしい気持ちになる。
そんなところですでに帰り支度を終えた祐先輩から声がかかった。
「じゃあみんな帰るぞー。最後ハイジ先生と挨拶するからいつもの踊り場集合で。」
「明日からはいよいよ本番!今までやってきたことをすべて出し切って、最高の公演会にしようね!」
監督である有栖川先輩の言葉に、俺と茜、氷室、それから離れた位置にいた黒木、白鷺とも目をしっかり合わせて頷く。
「「「「「はい!」」」」」
こうして俺たちは、いよいよ観晴ヶ丘祭当日を迎えた。




