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TAKE 13 決戦間近《前編》


 早速その翌日から、昨日兄貴に言われたことを意識しつつ、練習に取り組んでいた。


 兄貴の特訓を経て感じたことは、俺はその状況下で役たちがどう動いているか、行動の部分しか見ていなかったと言うことだ。状況や行動を理解することも大事だけれど、それ以前にその役がどんな感情でいるのか、把握しきれていない部分が多々あった。


 行動からこう思っているのかも、と考察することはできる。けれどその時の感情を理解していなければ相手の目を見ても何も感情が伝わってこない。それらは演技をするにあたって必要なことだ。まず俺自身の考察が足りていなければ、目を見ても何もわからないのは当然である。


 そして当たり前だけど、彼らはその物語の中では1人の人間として生きている。考察し続けるのは大前提として、演技上自然に見せるためにはこの感情だからこう行動していると言うのを見せてはいけないのだ。


 やるべき課題は山積みだ。一つ一つ向き合っていくしかない。



『なあ、マイ。転校するって本当なのか。』


『……うん。』


『どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよ!?』


『ごめん。だって、ユウトなら絶対に悲しむって思ってたから……!』


『……!』


『そうやって、大事な人に悲しい顔をさせたくなかったから!いろいろ私なりに頑張ったけど、もうどうしようもなくて!』


『マイ……、俺は。』


『黙ってたことは、本当に、ごめん、ごめんね。』


『あ、待てって!!』



「はい、一旦そこで切るよ〜。え〜っとまずは藤倉くん……」



 ある程度通しが終わったところで有栖川先輩の声がかかる。


 今は実際にやってみないと感覚が掴みにくいところを中心に、動きを再現してきちんと情報を掴んでから声だけの演技に移っている。


 コウキの感情はもちろん黒木や白鷺の協力のもと、マイやカノンの表情もわかるようになってきた。相手はこれほど強い感情で訴えてきているのにそれを受け止めずにスルーしていたとは……、引き続き反省ものだ。


 ひとまず今演じている場面と向き合おう。





〜Switching:氷室瑠璃〜



「……あいつ、少し変わったな。」



 ブースで練習に取り組む琥珀くんを見て、茜くんは満足げに頷いていた。僕もそんな茜くんに同意する。



「ね、しっかりと目の前の課題にぶつかれるようになってる。」


「だろお?さっすが琥珀!」


「何か、変わるきっかけがあったの?」



 そう問うと、茜くんは「〜〜〜♪♪」とわざとらしく明後日の方向を向いて口笛を吹く。


 数日前に1人だけ走って帰った日があったけれど、どうやら茜くんは今回の琥珀くんの変化に一枚噛んでいるらしかった。


 まあ、それがどんなきっかけであれ、琥珀くんに新たな変化をもたらしたのは事実。これ以上問い詰めることはせず、ブースを隔てているガラス越しに糸音と琥珀くんを見守る。


 心なしか、少しずつ噛み合うようになった会話に、演技中の糸音の表情も明るくなった気がした。



「茜くーん。次はコウキとの掛け合いの部分合わせるからきてー!」


「今行きますー!」



 ブースにはブース外の共有部に対してブース内の声を届けることができる機械がある。それのスイッチを押して茅野先輩が茜くんへ呼び出しをかけていた。


 茜くんは鞄から急いで台本を取り出し、ブースへとかけていく。


 

「今のところ順調だね〜!」


「そうだね。このまま、うまくいくといいけれど。」



 ニコニコと微笑ましくその様子を見守るくるみ。


 残り1週間でどうなるかと思っていたけれど、何とか形になりそうで緊張の糸が少し緩む。


 課題にぶつかって自分の力だけでなく他の人の助けを得る思考もできるようになった。あとは琥珀くんが本番にきちんと向き合えるかどうかにかかっている。


 僕は信じているよ。君なら逃げ出さずに最後までやり遂げてくれることを。






〜Switching:藤倉琥珀〜



 とうとう観晴ヶ丘祭前日。

 

 だだっ広い校舎がどこもかしこも文化祭ムードに溢れていて、文化祭だと言うことをこれでもかと実感させられていた。


 前日ということで、本日は文化祭準備のため朝のホームルームを除き、授業がない。午前中はクラスの出し物に時間を割いて、午後からは各々部活や同好会の出し物の準備に励む予定だ。


 こう言った雰囲気だったのはのは確か去年見学に来て知っていたけれど、いざ自分たちが出し物に携わっていると考えると何だかそわそわしてくる。緊張とは違うし、わくわくしている、も違う。とにかく形容し難い。


 体育祭はともかく、中学生までは生徒が自由にいろいろとアイデアを出し合って作るお祭りなんてなかったから、もしかしたら高校生ならではの青春というやつを感じて感慨深くなっているのでは、とも思ったけれど。



「いやー、文化祭こそ高校生活の醍醐味!青春だよなー!!琥珀もそう思わない!?」


「……恥ずかしいから大声で騒ぐのをやめろ。」



 そうやってエントランスで大声ではしゃぐ茜を見て、その考えを引っ込めた。


 まさか茜と同じ考えだったとは口が裂けても言えない。現に今、エントランス内でそこそこ注目を集めてしまっている。


 都生はそんな茜を横目に苦笑いしながらお目当てのジュースがある自販機にお金を入れた。



「まあまあ、そうやってテンションあがっちゃうのはわかるけどね、まだ前日だから。」


「でも都生もそう思うだろ!?準備期間も含めて、なんかこれぞ青春って感じだったよな!」


「そりゃあそうだけど、いろいろ大変なこともあったからね……?」



 準備期間のうちにあったことを思い出して呆れることしかできない俺と、やれやれと言いたげな表情の都生。


 俺たち一年二組の出し物は創作脱出ゲーム。教室を四つに区切り、それぞれの部屋に残されたアイテムやメッセージから各部屋に設けられた制限時間内に答えを導き出せればクリアとなり、景品であるお菓子がもらえるというもの。


 出し物の担当はシフト制で、あらかじめ割り振られた時間帯の受付や各部屋での案内人をするぐらい。俺個人としてはミステリーが好きなので、やる気の出るありがたい出し物でもある。


 みんなで謎を考えたり、それに必要なアイテムを工作したり、ハプニングが起きたり……、決して楽な道ではなかったが、何とか形にすることができてよかった。


 ハプニングを起こしていたのは主に茜だったのだが、一番のやらかしを思い出す。



「あれは忘れらんねえな。茜がペンキを床にぶちまけた時。」



 そう俺が切り出すと茜が「や、やめてくれ〜!」と目の前で手をブンブン振り出す。あの時の様子を思い出したのか、隣で都生が笑いを堪えきれずに息を漏らした。



「傑作だったよ〜。教室の床が一面赤色になっちゃってさ。」


「悪気はなかったんだよ!たまたま持ち手に足が引っかかっちゃって!」


「そのまま前のめりに倒れたもんだから、まさに殺人現場みたいになっちゃったんだよな。しかも起きたタイミングが先生が様子見に来た時だったからもう最悪で……、あー、やばい、涙出てきた。」



 そう言って俺はわざとらしく涙を拭うふりをする。


 この茜のやらかしの面白いところはここから。


 会話に出てきた先生というのは、1年2組の担任である土岐田碧衣(ときだあおい)先生。社会科で主に世界史を担当していて、たまたま時間が空いたから差し入れも含め見にきてくれたところそんな事件(?)に遭遇してしまった。


 土岐田先生は真面目で生徒にも親身になってくれる先生なので本当に事件が起きたと勘違いされ、救急車を呼ばれかけた。もちろんその場にいたクラスメイトがことの経緯を詳しく説明しそれに関してはことなきを得たのだが、あろうことかやらかした本人は、いつまで経っても起き上がらないけど、と心配してくれた先生のことを真っ赤なペンキに塗れたまま脅かしたのである。


 その時の先生の悲鳴と言ったら、またお手本のような素晴らしい悲鳴で。おそらくうちのクラスでは永遠と語り継がれることだろう。



「本当、たまたま体操着でよかったね、茜。」


「洗い流して一段落かと思いきや、しっかり後で絞られたよ……。ううう。」


「そもそも脅かしたお前が悪くね?」


「それはそうだね。俺たちだって、掃除の手伝いさせられたし。」


「ひっどーい!琥珀と都生だって笑ってたくせに!」



 そう言ってむくれる茜。けれどあそこまで体を張れるこいつはあまりにもエンターテイナーだと思う。


 それはそうと、ちょうど今はクラスの出し物の設置が終わったところ。昼休憩を挟んで、各々部活での出し物の準備に取り掛かる頃合いだ。



「弓道部は何か出し物やるのか?」


「毎年恒例、弓道体験教室だよ。やってることは普段の部活とあんまり変わらないから、やることと言えば飾りつけぐらいかな。」


 

 都生の手の中には相変わらず紙パックのジュース。空いていたスペースの段差に腰掛け、昼食をとりつつお互いの部活の話になる。



「琥珀と茜は?これから機材の準備とか?」


「まずは機材を発表の場である教室まで持っていくところからだな!設置出来次第、改めて明日明後日に向けて調整をするって感じで。」


「2年3組の教室ってあの広いところだよな?」


「ああ!オレとしては放送室から近くて助かったぜ〜。」


「氷室は本当は大きいステージでやりたかったみたいだけどな。」


「まあまあ、ここで一発話題になれれば来年は叶うかもしれないんだから。期待してますよ〜、お二人さん!」

 


 てっきりステージと聞いていたから俺はどこか大きな舞台、例えば講堂や体育館などを想定していた。


 けれどああいうところは一回ごとに機材の設置に時間がかかるのと、吹奏楽部やダンス部など規模の大きい部活優先になるらしく、そこまで放送部の規模が大きくないこともあり今回は諦めたそうなのだ。


 1日目が13時半〜の1公演、2日目が11時半〜と13時半〜の2公演で2日間で計3公演。それ以外にも放送部としては観晴ヶ丘祭全体のインフォメーションをお届けするいつもの昼放送のようなラジオ形式の定期校内放送を任されている。


 一応放送部が借りられたスペースの2年3組は他の教室と比べて1.5倍ほどの広さ。体育館や講堂の規模には劣るが、集客が見込めれば決して小さい規模とは言えないのも事実だ。やるべき仕事と、自分たちの公演。両立するにはちょうどいいぐらいの規模だと思うのだが……。

 

 これだけタイムスケジュールが明確になり、とうとう最終調整に入るはずなのに、俺としてはまだ明日が本番だという実感が湧かなかった。


 高校一年生の文化祭なんて初めてやることだらけ。自分たちで管理しなくてはいけないことが多過ぎていまだに頭が追いついていないだけかもしれない。


 ひとまず頭を切り替えようと午後の動きを思い出しかけたところで。



「あ、そう言えば俺有志バンドでステージ出るから。」


「……は?」


「ええぇぇぇ!?」



 都生から突然のカミングアウトを受けた俺と茜。茜の絶叫に近い声がエントランス中に響き渡り、警備室にいた警備員さんが怪訝な様子でこちらを見ていた。



「ばか、声が大きいって!」



 俺は慌てて茜の口を手で塞ぎ、都生は警備員さんに向かって申し訳なさそうに頭を下げた。それでもふごふごと何か言いたげに口を動かす茜。


 でもこうして茜が騒ぐのも無理はない。

 

 うちの学校は軽音楽部がないため文化祭では生徒それぞれが組んだ“有志バンド”という形でステージに立つことができる。けれどその有志バンドというのがオーディション制で、限られたバンドしか実際に演奏はできない狭き門なのだ。

 

 なので一年生の時点で有志バンドの審査に通っていることが限りなくすごいのである。俺だって驚かざるを得なかった。


 一旦茜を落ち着かせて話に戻る。



「何で前日に言うんだよ〜!おめでとうだしもっと早く言ってくれよ〜!」



 そう茜が問い詰めると、都生は困ったような顔をする。



「だって琥珀と茜、忙しそうだったから言うタイミングなかなか無くて。」


「忙しいのはお互い様だろ、気にせず言ってくれてよかったのに。」


「ごめんごめん。」



 いくらそれぞれの持ち場があるとは言え、知り合いの関わっている出し物は見たいのが事実。前日に知れたからよかったものの、このままでは都生の見せ場を見れないで終わってしまうところだった。


 と言うか、改めて考えると一番忙しいのはクラスの出し物、部活の出し物、それに加えて有志バンドの練習もあった都生である。



「まあサプライズにしておくのもありかなって思ってた節もあったんだけど、後夜祭ステージの出演だから、下手すると2人は早めに帰っちゃいそうだなって今思って。」


「後夜祭か、特に何も考えてなかったな……。」


「オレも〜、けど、都生が出るってんなら絶対に観にいくからな!」


「ありがとね。張り切って演奏させていただきます!」



 改めて「出演おめでとう」と言うと、都生は少し照れくさそうに笑顔を返してくれた。


 普段の行動からイケメンすぎて眩しいのに、楽器まで演奏できてしまうとは。中身がオタクであることを除けばあまりにもでき過ぎていて正直言って羨ましい。


 決して俺はそう言った気持ちを表には出さなかったが、茜は気にすることなくキラキラした視線を都生に向けていた。



「ちなみに都生は何の楽器なんだ?」


「あぁ、俺はドラム担当だよ。ちなみに同じバンドでギターとボーカルを担当してるのが瑞樹なんだよねー。」


「瑞樹がギターとボーカルなの!?何そのバンド、才能の塊じゃん!」


「……あまり褒められると調子狂うんだけど。」


「そうだよ茜くん。流石に僕たちのこと褒めすぎだよ。」


 

 茜の話が止まらない中、そんな話に出ていたギター&ボーカルのご本人の登場だ。



「お、噂をすれば〜、瑞樹も有志バンド出るんだってな。おめでとう〜!」


「ありがとう、茜くん。」


「忙しい中オレら放送部の出し物のイラストも担当してもらって、悪いな。」


「別に僕が力になりたかっただけだから、そんなに気にしないで。」



 そんなやりとりを聞きながら、俺は改めて、茜が才能の塊と讃えるその人物を見上げる。


 文化祭のラジオドラマ公演会をするにあたって、プロジェクターを使ってスチルを出しながらできないだろうかと悩んでいたところ、茜と都生に推薦されてきたのがこの水森瑞樹(みなもりみずき)だ。


 体育の授業は選択制なのだが、茜と都生と水森は同じダンスの授業で知り合ったらしい。俺が知り合っていないのは俺だけ剣道を選択したからである。


 そんな水森は演劇部所属で、人見知りの俺とは正反対のいわゆる陽キャというやつだ。演劇部の中では主に裏方、舞台美術や演出等を担当しているが、茜曰く何でもこなせる面白い男、らしい。


 イラストが描けるということで茜がダメ元でお願いしてみたところ快く引き受けてくれた、とのことだった。俺も完成した絵を見せてもらったが、高校生が描いたにしてはあまりにも出来が良かったため、先輩や氷室たちと驚いたのが記憶に新しい。


 俺としては水森のことは話には聞いていたものの、実際にこうして面と向かって会うのは初めてだ。立ち居振る舞いや会話を聞くに、また一癖も二癖もありそうな人物だと思う。多分関わったら面倒くさい。


 身の回りにいる有志バンドをやる人間が、あまりにでき過ぎていて恐怖すら感じる。


 俺はあまり知らない人間に話しかけるのは苦手な方なので、自ら話しかけにいくことは基本しないのだが。



「確か、藤倉琥珀くん、だっけ。」



 会話を邪魔しないよう静かにしていると、一旦落ち着いたのか水森の方から話しかけてきた。


 座っていた俺に視線を合わせるためにしゃがんでくれる。



「あ、あぁ、そうだけど。」


「茜くんと都生くんからよく話を聞いていたんだ。もし嫌じゃなければぜひ僕ともお話しして欲しいなと思うんだけど、どうだろう?」


「俺としては全然いいけど……、クラスも違うし接点もあまりないのに、いいのか?」



 端的にいうと友人になってくれないか、というような誘いに俺が前向きな反応を示すと、水森はぱあっと顔を輝かせた。


 端正な顔立ちなのにどこか人懐っこく見える表情。茜と同じで関わったらめんどくさくなりそうな予感がしたが、時すでに遅し。ガシッと俺の両手を掴むとぶんぶん振りながら口を開く。



「もちろんだよ!改めて、僕は水森瑞樹。これからよろしくね、琥珀くん。」


「あ、あぁ……、よろしく、水森。」


「堅苦しいのは好きじゃないな、瑞樹でいいよ。」


「じゃあ、瑞樹、で。」



 そう名前を呼ぶと、水森、もとい瑞樹はうんうんと満足げに頷いた。

 

 なぜか茜が「琥珀がオレたち以外と交流してるよ〜。」と感動のあまり嬉し泣きしていた。普段から引きこもり生活をしているような言い回しをされたような気がするが、この際一旦置いておこう。交友関係が広がるのはいいことだ。



「その、都生と瑞樹、は後夜祭の何番目に出てくるバンドなんだ?」



 そういえば順番を聞くのを忘れていたなと思い、都生と、たった今、いわゆる知り合いから友達になった瑞樹に聞くと、都生がパンフレットを出しながら答えてくれる。



「俺らのバンドは二番目だよ。」


「そうそう、これ。」



 後夜祭に出演する二番目のバンド、そこには“カサゴの花言葉5号棟”と書いてあった。



「…………。」


「おぉー!!インパクトのあるいい名前だな!」



 関心した態度の茜に対して思わず黙る俺。バンドの音楽はよく聞く方だが、近年稀に見るタイプの訳のわからないバンド名で何とコメントしたらいいかがわからない。



「だよねー。僕としては気に入ってるんだけど、決めた時都生くんはあんまり乗り気じゃなくてさ。」


「いや、何度見ても慣れないから。なに”カサゴの花言葉5号棟“って。」


「通称は“カサ花”、よくない?琥珀くん。」


「あ、あぁ、いいと、思うよ……、それで納得してるなら。」


「愛称まであるのか!すっげーな!」



 茜はそうやって一段と目を輝かせる。何だか癖の強そうな新たな縁に、俺は恐々としながらも、本人たちが楽しいならそれでいいかと、見守ることにした。




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