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TAKE 12 その瞳に宿るもの



「演技にはどうしてもリアリティが必要だ。おそらく親友の茜くんともこんな風に恋バナをすることなんてそうそうないだろう?」


「ま、まあそうだけど……、兄貴に言われるとものすごく腹が立つな。」


「なら実際に、この場面を再現してみようじゃないか!」



 まずはこの台本の状況を体に落とし込んでみようという兄貴。体でできないことは声でできるわけがないというのは、どっかの誰かさんが似たようなことを言っていたような気がするので、おとなしく従う。



「今は正しくいうことが目的じゃないから、セリフはこの台本の通り言おうとしなくていいからな。」



 そう兄貴の忠告を挟み、本格的な稽古が始まった。


 ダイニングテーブルを教室の机に見立て、兄貴は学生、まるで台本の中に出てくるユウトの親友コウキがそういう行動を取るように、あえて背もたれを前にしてそれに寄りかかった状態で俺に話しかけてくる。



「そうそう。付き合ってるんじゃないのか〜って。」


「は、はぁ?んなわけないだろーーーー。」



 大学で学んでいたこともあり、兄貴の演技はさすがだった。


 声での演技もさながら、実際に演技も実にうますぎる。揶揄うような表情も、声のトーンも身振り手振りも、当たり前だがいつもの俺に接する態度と明らかに違う。

 

 今はいつもの弟としての俺を揶揄うのではなく、しっかり目の前にいる親友のユウトを揶揄うコウキになっていた。ユウトとして俺も必死で喰らいつく。さすがは兄貴、まるで訓練された人間の所業だった。


 一通りやり取りを終えると、兄貴は「うーん」と悩み出した。


 今の演技に何か引っ掛かる部分でもあったのか。そう俺が不安になっていると、兄貴の口からは予想外の言葉が出てきた。



「琥珀って、もしかしてあんまり恋愛してこなかったの?」


「は?いきなり何言い出すんだよこのクソ兄貴。」


「いや、その、揶揄われた時の反応の仕方があまりにも初心っぽそうだったもんでつい、ね?」



 人の恋愛事情に他人が無闇やたらに口を挟むものでもないだろう。俺がどう今まで過ごしてきたかなんて、身内である兄貴に全て晒す筋合いなどない。


 あまりにも無神経すぎる兄貴の一言に兄貴に向かって拳を振りかざす準備をすると、兄貴は慌てて言葉を続ける。



「え、違うよ?別に琥珀のこと揶揄ってるわけじゃないからね!?」


「じゃあなんで今そんなこと聞くんだよ。」


「ある意味リアルで良かったよって言いたくてさ。多分琥珀は深くは考えてなかっただろうけど、友人から初めて幼馴染という関係から想像もしたことがないことを言われたわけだから、慣れてない初心な反応が見えてないと困るわけ。」


「……誰だってあの手の話題で勝手に決めつけられたらいい気はしないだろ。」



 ここで認めたら恋愛してきてなさそうという言葉の通りだと言っているような気がした。なんだか反応に困る褒められ方をしたせいで変な返ししかできずに終わる。



「まあまあ、ひとまず通せたということで、次は動きなし、本番のようにやってみようじゃないか!」



 そんな空気を理解したのかしてないのか、兄貴は次のステップへと進むべく、俺に声をかける。



「まずは台本を持ったまま向かい合って演じよう。手振りぐらいならいいけど、ちゃんとマイクが前にある感覚を忘れずに動きすぎないようにな。」


「あぁ、わかった。」



 そうして俺と兄貴、もといユウトとコウキの掛け合いは始まる。けれど、俺の最初の一言を終えた時点で兄貴が早速待ったをかけた。


 まだ一行しか読んでいないのに何か気にかかるところでもあったのだろうか。不安げに兄貴を見上げると「琥珀、俺が言ったことを思い出せ。」と真剣な目で諭される。



「えっと、恋愛したことないだろ、みたいなやつ?」


「じゃなくて!それよりももっと前。俺が言った目を気にする、というやつだ。」


「もう何回も言われてるからわかってるよ。」


「いや、まだわかってるようでわかってないな。動かなくて良くなった今、お前の意識は台本の文字を読むことに集中してしまっている。何のために今俺と向き合って掛け合いをする必要があるのか考えてみてほしい。目の前に相手がいるなら、相手を見て会話するべきだろう?」


「……。」


「それに台本の通りに言おうとしなくていいって言ったはずだ。」



 そう言われてぐうの音も出ない俺。

 

 兄貴から最初はできなくても仕方ないし、一度癖づいているものはなかなか変えることはできないかもしれないと聞かされていたが、意識が無意識に勝るのにはかなりの時間を要しそうだ。



「結構練習してるようだし、琥珀のことだからほとんど流れは頭の中に入ってると思う。もし台詞を忘れてしまったなら、一度台本を見て、その台詞を頭の中に入れてから俺の方を見ていうんだ。」



 とにかく俺の目を見て台詞を言ってほしいという兄貴のアドバイスを受け、ここがどう言う場所でどう言う状況なのかしっかりと意識した上で、台詞を言う時は兄貴の目をひたすら見た。


 そこで少し気づいたことがある。


 目は口ほどに物を言う、ということわざがある通り、兄貴の目からは台詞によって様々な感情が読み取れるのだ。


 例えば最初のコウキの一言目「なぁ、お前とマイってどんな関係なの?」では単純な疑問のフリをしながら揶揄うような笑みを湛えていた。


 続く二言目、ユウトの言葉を受けて、その揶揄ってやろうとする笑みはさらに深まる。その笑みの向こうには真相を突き止めてやろうという好奇心も垣間見えた。


 芝居から受け取れる、溢れんばかりの情報。俺は、これを受け取らずにどうやって今までを過ごしたきたのだろう。



「〜〜〜っ、分かってるよ。今行くー!」



 この一連の流れの最後の台詞は、前半はコウキ、後半はマイに向けたものだ。揶揄うような視線のコウキに対する返しと、いつも通り声をかけてくるマイにに対しての返し、“一緒に帰ること”に対して少し意識が変わったユウトは前のやり取りから気持ちも変わっているだろうし、何よりユウトがその2人に向ける視線も違うはずだ。



(相手の目には感情が写り込んでいる。ただ台詞を聞いて、その流れを汲み取って乗るだけではダメだったんだ。)



 決めつけは良くないと言われた故に、過去の自分の手法は間違っていない前提で考える。どんな感情で台詞を言っているのか、その先にある、その人物がどんな目の色をしているのか、その目でどんなことを訴えようとしているのかまで見てあげないとその中で生きている(ひと)に顔向けできない。



(ずっと俺は、目を背け続けていたんだ。)



 もしかしたらそれは、現実で人と相対する時もそうなのかもしれない。


 関わりすぎないように、踏み込みすぎないように。そうやって自分を守るために、無意識に自分が選んでいたのだとしたら、きっと直すのにはそれだけの時間がかかる。


 でももう諦めたくはない。今まで自分を守ってくれたものに感謝をしながら、前に進まなければ。



「さて、じゃあ今度は本番通りにやってみようか!」



 一連のやり取りが終わるとそう促され、キッチンに向けて俺と兄貴は並んで立つ。



『なぁ、お前とマイってどんな関係なの?』



 本番のように台本を左手に持ち、ちらりと台詞を確認する程度にとどめて前を見る。コウキの一言目を受けて返そうとした瞬間、台詞とは関係ない声が出そうになった。


 見上げた先に、コウキの(感情)が見えたからだ。



『どんな関係って……、ただの幼馴染だけど。』



 おかしい。兄貴は目の前にいないのに、俺の前にはコウキがいて、俺の目を見て返してくれる。状況は学校の帰り支度をしながらで、常にユウトの前にいるけどこちらをずっと見ているわけではないから表情が見えない時もあるはずだ。


 けど、どういうわけかしっかりとわかる。その目を見て(ユウト)は率直に感じたことをスラスラと返していた。



『本当にぃ?いつも一緒に帰ってるから結構噂になってるぞ?』


『え、そう、なのか……?』


『そうそう。付き合ってるんじゃないのか〜って。』


『は、はぁ?んなわけないだろーーーー。』



 今、しっかりと対面して会話をしている。俺と兄貴ではなく、ユウトとコウキが、だ。



『〜〜〜っ、分かってるよ。今行くー!』



 自分でわかるほんのちょっとの変化と、言い表すのが難しい不思議な感覚。


 自分の言葉ではあるが自分の言葉ではなくて役の言葉になっていた。それは自分が役に憑依して話していたわけではなくて、言うなれば隣に寄り添って、一緒に戦ってくれている、そんな感覚だ。


 最後の台詞を言い終わり、思わず兄貴の方を見ると、兄貴は満足げな顔をしていた。



「ちょっとだけでも変わった気がするだろ?」


「……何というか、不思議な感覚を味わった気がする。」


「その調子だな、よし、他のシーンもやってみるぞ!」


「あぁ!」



 マイ、カノンとの対話のシーンも先ほどと同じように、実際に体に動きを落とし込んでから、向き合った状態で読み、本番のように前を向いて読んでみる。


 けれど、なぜだろう。コウキとの会話の時はうまく行っていたのが、いざ別のシーンになると先ほどのような不思議な感覚がない。



「あれ、おかしいな……。さっきはうまく行ったと思ったのに。」


「んー、さっきのは親友の茜くんやお兄ちゃんである俺相手のやりとりに慣れているからこそ引き出されたものでもあるだろうなぁ。実際に明日あたり本人相手にやってみるのが一番手っ取り早いと思う。」


「兄貴相手に何回も練習すればいいってわけでもないのか。」


「俺が思うに、おそらくこれ以上俺相手でやってても琥珀は成長できないよ。」



 そう優しげな目で告げる兄貴に対して、俺は一瞬心がヒヤリとする感覚を覚えた。


 何というか表情は優しいのに放たれた言葉はどこか俺を突き放すような冷たさを感じる。


 それは成長を促すためにあえて俺自身に様々なことを考えさせるためであると理解すると同時に、経験や知識量など、それらを踏まえた努力の差、すなわち俺が兄貴を見上げても見えないほどの実力差があると兄貴が自覚しており、それ故に練習にはならないと言われているようだった。


 俺が固まっていると兄貴はいつも通りの雰囲気にいつの間にか戻り、話を続ける。



「それにこういうのはいろんなパターンを経験することに意味があったりもする。この通り、まだまだ道は長いけれど、おそらく感情の受け取り方や読み取る力は前までとは格段に違くなっているはずだから、諦めずにコツコツやってくことだね。」


「あ、あぁ。ありがとう、兄貴。」


「どういたしまして〜!」



 そうお礼を言うと兄貴は俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。



「お、おい、本当にやめろって、子供じゃねえんだから!」



 そうやめるように毒付いても撫でるのをやめる気配のない兄貴。


 何とかしてやめさせようと兄貴と格闘しているとガチャッと玄関のドアが開く音が聞こえた。仕事終わりでお疲れなのか、母さんの間延びした「ただいま〜。」と言う声が聞こえてくる。


 その声を聞いて兄貴は焦ってキッチンへと向かう。



「やっばい、母さんにお米炊いといてって言われてたの忘れてた!」


「あー、やったな兄貴。どんまい。」



 うちの両親は共働きで、家にいる人ができることをする主義の我が家。そして我が家の最高権力は父ではなくて母なのだ。その母に言われていたことをできていないとすれば……、兄貴の辿る未来が目に見える。


 俺がこれから起こるであろう出来事に怪訝な顔をしている中、兄貴は急いで支度をしつつも、訓練をしてくれていた教官のような顔ではなくいつもの兄貴の満面の笑顔でこういった。



「お兄ちゃんは楽しみにしてるぞ〜、琥珀が堂々と主役張ってるところ!」



 その言葉に、恥ずかしい気持ちと、応援してもらえて嬉しいような気持ちがごちゃ混ぜになる。



「……見にくる気でいるんじゃねえよ。」



 そう俺は呟きつつも、教えてくれた兄貴に恥じないようにますます明日から頑張ろうと誓った。


 もちろんこの後、兄貴は母さんからの雷をくらいましたとさ。



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