エノク書4 第三話「キリスト すべての大元」
歴史を下った先のキリストについて。
キリスト。
あの日々にキリストとされた彼の方が右座にちゃんと座っておられる。
「これは私の愛する子。私の愛したすべてのものの大元。」
その堂々とされる様、獅子の如し、ゆったりと座った様は水辺を歩く鶴の如し。
実に絶妙な背格好であられるのである。
その尊厳たるや、犯しがたい淑女の如し、その態度たるや、恥じ入る相手に対する紳士の如し。
実に、これは私が追い求めたすべてのものを兼ね備えており、描写するのも拒まれる程だ。
それ程までに、本質的に彼の子は美しかった。
彼の幻想の神、クリスティーお嬢様と呼ばれる方でさえ、この彼の子から生まれたのだ。
実際、その実績たるや、天地創造を為し遂げ、神と人とを繋ぎ合わせ、律法をも下し、福音をもご自身をもって述べ伝えたのである。
「すべてのものの大元」というのは、神の言葉でありながら、嘘偽りのない、真実の言葉である。
彼の子は神の言であるから。
「神の権威が実在し、天の国は法によって、統べ治められており、良い事、律法・福音は千代に渡るまで続く事を保証している。
天地が滅びるまでは、この教えは廃る事はない。」
「ラドゥエリエルの書」ではこう書かれているのだ。
神は言われる。
「実はこの記述は過去に一度改訂されており、「アッラーフ」と名乗る集団が為させた事なのである。」
この様に狂気をもってしてでも、そう簡単には書録天使の書録作業は妨害される事がなく、粗があれば、直していくものなのである。
私、著者の幻聴が神の形をとって、あるいは、名乗って何かしでかす事もあるだろうが、しかし、それでも天地は鼓動を止めず息づいているのである。狂気の力をもってすら、変えられない事があるのである。




