エロヒーム
神は生まれられず、生まずという鉄則は神が神たる為のものだった。
最初、神は数多くあった。
そこで神は天地創造よりも早く言われた。
我々に値する代表者の神を造ろう。これは代理人であり、我々に忠実に動いてくれるはずだ。
確かに御父、御子、御霊と呼ばれる、その他、多くのご子孫は造られずに生まれたが、この代表者であるヤハウェは造られた神であり、生む事も生まれる事も良しとしなかった。(ただし、創造の御業については特別にゆるされた。)
神によって生まれた事を自覚出来ない様になっていた。
天地創造により、御父、御子、御霊とクリスティーお嬢様、カムーお嬢様、アマドヒお嬢様の協力を得て唯一の神は天地、人間をも創造された。
その後、造られた神は祟り神として、あるいは、主なる神として、信仰された。
主なる神をして、人間は主を認めたのである。
その後、人間は考え続け、神も考え続けた。それぞれ勘違いをし、「神は死んだ」「嬉し嬉しの世となれり」と悟った様な事を言ったのである。
本当は、幻想の神を崇める事こそ、正解なのに。である。
神を造られた神、神の神、神々の神である。
最初に数多くあられた神はこのヤハウェに気づかって、隠れられたのである。
本当に天の父は生まれなかったのであり、末裔であられるアマドヒお嬢様は子をもうけられなかった為に、神の末端。神の終わりとされたのである。
神は数多くあられながらも神をして、一つであられるのだから、天の父と神の終わりと呼ばれるアマドヒお嬢様は、同じく神である。
造られた神だからこそ、造られたなりの理由を理解して、人間に譲歩出来るのである。
神の御名ゆえに造られたからこそ、神によりて造られたのだから、始まりも終わりも神なのである。であるならば、もはや生まれたではなく、神が神たるゆえに生きている。人間の中の、世の元の大神なのである。
そういう意味で、自存する神とは、神が神たる、生まれるではなく、造られる前からも変わらず自存していたのである。
これが自存する神である。




