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  34  グランドマスター

――コンコン


「はい」

「失礼シます」


 応接室のソファーで寛いでいると、ドアがノックされた。

 その後に入ってきたのは、魔人族の女性使用人であった。


「紅茶とお茶請けをお持ちシまシた」

「有難う。頂くわ」

「いただきます」

「ワフ」


 給仕し終わって部屋を出ていくかと思いきや、シルバをジーっと見つめている。

 やがてソファーに近づくと手を少し上げた。


「あの、お願いがあるのでスれども……」

「はい?」

「ソの従魔の子、触らセてもらえないかな、と思いまシて」


 キーナは、何だそんなことか、と思いつつ許可を出す。


「どうぞ、攻撃さえしなければいい子ですから。ね、シルバ」

「ワフ」


「で、ではお言葉に甘えまシて」


 彼女は、シルバにそっと触れると、優しく撫で始めた。


「あー、もふもふですねー……」

「ワフ」

「でしょう? シルバの毛並みは最高なんですよね」

「ワッフ」


「……そんなにいいのかしら?」

「デビアスさんもどうです?」

「じゃあ、少しだけ…………なるほどなるほど」


 一瞬躊躇するも、人の目もないしいいかなと、もふり仲間に加わっていくのであった。




◇



――ガチャ


「ごめんなさい、お待たせしたかし…………ら?」


 急いだ様子で応接室に入ってきた魔人族の女性、コアトロイ(グランドマスター)は目を疑った。

 そこには、緩みきった表情で従魔の毛並みに顔を寄せて撫でまくっている姿があったのだ。


「……ワフワフ」


「はっ!? ……これはね、違うのよ?」

「何がどう違うのかは知らないけれど。とりあえず席についてもらえる?」


「んんっ。そうね、座りましょうか」

「はい」

「では、わたシはお茶を用意してきまス!」


 デビアスはキリリとした顔に戻り、キーナは静かにソファーに戻り、使用人の彼女は紅茶を入れに戻っていった。



 暫くして、改めて紅茶が給仕され、使用人はすぐに退室した。


「さて、キーナさん」

「はい」


 部屋の空気が落ち着くと、コアトロイが頭を下げる。


「グランドマスターのコアトロイよ。招待を受けてくれて有難う」

「いえ、こちらこそ貴重な経験を有難うございます」


 キーナも深々と頭を下げた。


「招待状にも書いたけれど、貴女のことはよく聞かされているわ。特にオンセンだったかしら? デビアスもすっかり肌ツヤ良くなって……羨ましい限り」

「そうね、疲れも取れる感じがあるし、一家に一人って感じよね。あと1年もしない内に居なくなるだなんて、もういっそ身内に取り込みたいくらいだわ」

「ええっ!?」


 キーナは自身の身体を抱いて距離を取る。


「こらこら、前途ある若者で遊ばないの」

「ふふ、半分冗談よ?」

「……半分なんだ」


 諌めるコアトロイに、コロコロと笑うデビアス。

 キーナは、その空気にたじろいでいた。


「それでまあ、後でオンセンを試させてもらうとして。今回の研究会では、そのオンセンを魔道具化できないか、というのが主題になるわ」

「魔道具化、ですか?」

「ええ、体内の魔素(マナ)を魔力に変換して、そこから世界に働きかける時の思考の流れを、とある方法で写しとったものが魔道具なのよ」


 加熱、浄化、加圧等、生活に根ざした魔道具が多く生産されており、高度な魔法になればなるほど、その価格は上がっていく。


「それで、そのオンセンの魔法を写し取りたくて、招待したというわけ」

「なるほど、そういう事だったんですね」


 いつでも温泉風のお風呂に入れるのであれば、多少高価になっても欲しがる人は多いのでないかとキーナは思った。





「さて」


 暫く雑談をした後、コアトロイが立ち上がる。


「浴室へ行きましょう。オンセンを確かめたいわ」

「はい、任せて下さい」

「ふふ、オンセンは凄いわよ」

「楽しみだわ」

「ワフ?」

「シルバくんもご一緒にどうかしら?」

「ワフ!」

「どうする?」

「ワフン」

「じゃあ、行きましょう」


 一行は浴室へと向かっていった。




◇




「わっ、広いですね!」

「宿舎時代の名残なのよ」


 浴場は、楽に二十人は入れそうな石造りの浴槽が設置されており、洗い場もゆとりの空間であった。


「では、いきます。乳白色の濁り湯で――<美人湯(びじんのゆ)>」


――ドドドドドドド


 キーナの手からは、湯気をもうもうと上げながら、白濁した湯が流れだす。


「……これは凄いわね。それに独特の匂いがしてるけど、大丈夫なの?」

「この匂いが、肌に効くのよ? ま、一回だけではそこまで実感出来ないかもだけれど」

「へぇ……?」


「よし! このぐらいでいいかな」

「あっと言う間に溜まったわね」

「もう熟練の域ですもの。ねぇ?」

「そうですね、ほぼ毎日お湯出してますし」

「ふむ」


「それより、早く入りましょう!」

「ええ」


 参人は脱衣所に戻り、裸になるとかけ湯をして入浴する。



「あ゛~~~~~~…………。あらやだ」

「ふふ、わたしも最初はそうでしたよ?」


 コアトロイは温泉独特の感覚に、思わず声を漏らしていた。



「ふんふ~ん♪」

「……ワフ」


 キーナは、丁度いいやとシルバを洗っていた。

 左手でゆっくりと湯を出し、右手の指を立てて揉むように流していた。


「毎日オンセンに入れれば、あんな肌ツヤに成れるのかしら?」

「さすがにあの柔肌までは厳しいと思うわよ?」


 コアトロイとデビアスは、プルプルと揺れるキーナの柔肌をじーっと眺めていた。


「……視線を感じる」


 シルバを洗い終わると、湯船の方を見る。


「若さって良いわねぇ」

「若さには勝てんな」

「お二人の肌もお綺麗ですよ?」


『天然モノには負けるわ』


 綺麗に重なるのだった。


「ちょっと触らせなさいな」

「えっ?」


 コアトロイはキーナの腕を取ると、浴槽に引っ張り入れ、全身をくまなく触っていく。


「きゃっ……ちょっ……くすぐったいです……っ」

「素晴らしい弾力……柔らかさに滑らかさ……」

「デビアスさん、見てないで止めてください~!」

「これを止めるんてとんでもない」

「ええ~!?」


 その後もバタバタと身動ぎするも、ガッチリと掴まれて脱げ出せないキーナ。


――バッシャーン!


「わぷっ!?」

「ケホッ……!?」


「ワフーン!」


 暫く様子を窺っていたシルバが、勢い良く飛び込み飛沫を巻き上げた。

 その勢いにまぎれて逃げ出したキーナはシルバの裏側に回る。


「はぁ……はぁ……。ありがとうシルバ」

「ワフ!」


「あら逃げられちゃった」

「やり過ぎたかしらね?」



「ふう、ではお先に上がりますね!」


 キーナはシルバを連れて、そそくさと脱衣場へ去って行った。




◇


 それから長湯した二人は、ややけだるい感じで脱衣所を後にする。


「ふう、いい湯でした」

「これがオンセンよ。研究会が楽しみね?」


「これはもう、魔道具ギルドの腕を信じるしか無いわね」

「ふふ、期待してるわ」


 肌のことはともかく、これは商売になると考えていた。

 二人は、互いに怪しく微笑むのであった。


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