15 そのイメージは
キーナ達が走ること二分、ようやくシルバが停止した。
そこにはマント姿の冒険者が立ち止まっており、その視線はシルバ、キーナ達へと移動した。
「ハッハッハッハッ……ガウッ!」
「はぁ……はぁ……どうしたのシルバ?」
「あのおじちゃん達どうかしたのかな」
「すごいびっくりしてるみたいなのよ」
子供達はまだ知らないが、冒険者の常識によれば山岳狼は”山の護り手”とも呼ばれ、特殊な依頼でも受けなければ、誰も近寄ろうとはしない存在だ。
何故かと言えば、普段は穏やかな性格なのだが、対象を敵と認めたならば凶暴化し、排除が完了するまで決して引くことが無いからである。
君子危うきに近寄らず、というのが冒険者たちの常識だ。
「……やあこんばんは、お散歩かい?」
「もうこんな時間だ、早くお家に戻らないといけないよ?」
大柄の男が取り繕った笑顔で訪ね、小柄な男がここから離れるように促す。
「おじちゃんたちこんばんは! あのね? シルバがおじちゃんたちのことが気になるみたいなの!」
「Grrrr……」
シルバは大柄の男の荷物に近寄ると唸りを上げた。
「シルバさんが背中の箱を見ているみたいなのよ」
「……っ。これは大事な荷物だからね、早くお届けしないといけないんだ。おい行くぞ!」
「へい。じゃあね、お嬢ちゃん達」
大柄な男は一瞬固まったが、急ぐからと言い、小柄な男とその場を去ろうとした。
――KYUUUUUU!
その時、木箱から大きめの鳴き声がした。
それは、助けを求め、力を振り絞っての一鳴きであった。
「荷物から鳴き声がするよ!」
「誰かいるのよ」
エミリオ達がそう指摘すると、大柄の男は慌てて横をすり抜け、
「チッ! おい逃げるぞ!」
「承知!」
と、小柄な男に叫ぶと本校舎の方へ走り去ろうとした。
この時、大柄の男は冷静さを失っていた。
逃げなければ通常の仕事として誤魔化せたかも知れなかったのだ。
「ガァッ!」
その様子を見たシルバは荷物に跳びかかり、大柄の男が背中から倒され木箱の一部が破損した。
「ぐぁっ!? 痛ってぇ!」
「兄貴!」
木箱の中には、傷ついた”翼を持つ魔獣”が横たわって居た。
――KYUOO
「とりさんがいる!」
「たぶん、とりさんじゃ無いないと思うのよ」
「この子、お空にいるのとそっくりだよ!」
「きっとあれのこどもなのよ」
「……っ」
メルティが指摘すると、小柄な男が硬直する。
「えっと……、おじちゃんたちがつれてきちゃったの?」
壊れた箱の隙間から、”翼を持つ魔獣”が親を探す姿が見えていた。
「ああそうだよ! これも仕事なんでな!」
大柄の男は立ち上がりながら怒鳴る。
「かわいそうだよ!」
「だめなおとななの」
「おじちゃん、逃してあげようよ」
「grrr……」
「知るかよそんな事」
「……どうします兄貴?」
「どうするもあるか! そいつ連れて逃げるぞ!」
「おう!」
子供たちは説得するが効果は無く、冒険者達は再び逃走を指示した。
大柄な男は箱を捨て、小柄な男が子飛竜を脇に抱えると再び走りだした。
「だめー! シルバ! あの子を助けてあげて!」
「ガウッ!」
「ガハッ!?」
――KUOOO
シルバは一瞬で小柄な男に飛びかかると腹ばいにさせ、全身で組み伏せた。
子飛竜は反動でその場に転がった。
「な、くそっ! ぐっ、おいお前!」
「えっ!?」
大柄の男はその様子を見ると、呆然と見ていたエミリオの背後に一瞬で駆け寄るり、左腕で首に手を回し、右手でベルトの鞘からナイフを取り出して頬の前で揺らした。
「その山岳狼を下がらせろ。下手なことをするとどうなるかわからないぞ?」
「あわわわ……」
エミリオは恐怖で震えている。
「エミリオくん!」
「……ひどいことするのよ」
「Grrrr……」
シルバが大柄の男に唸り、今にも飛びかかろうとしている。
「シルバ、だめだよ。……ゆっくり戻ってきて」
「……クゥン」
シルバはゆっくりと足を外し、警戒したまま小柄な男から後退した。
「よしいいぞ。おい、お前はそいつを持って先に……あの時計の方へ行け」
「いててて。わかりやした兄貴!」
小柄な男はマントを外すと、子飛竜を包み、本校舎方向へと走りだした。
「キーナちゃんどうしよう……なの」
「エミリオくんを離してよ!」
「へっ、そういう訳には行かねぇな」
「あわわわ……」
大柄の男は逃げる算段を計算していた。
あの従魔さえいなければ、とシルバに注目している。
(なんとかしないと……)
キーナは、この状況を好転させるにはどうしたらいいのかと考える。
(そうだ、魔法でびっくりさせればなんとかなるかも)
キーナは”習ったばかりの魔法で何かできないか”と頭を捻る。
(<癒しの湯>じゃ駄目だよね、それなら大きな水玉を作ってやればいいかな? あのナイフさえ離れれば、シルバが何とかしてくれるはず!)
そこまで考えたキーナは、一瞬シルバに視線を合わせて意思を伝える。
シルバはその場に伏せると、脱力しているような姿勢を取った。
「……」
それをみた男の緊張が一瞬緩む。
(今ならいけそう!)
その様子に気づいたキーナは、”男の頭上に大きな水の玉を作り、勢い良く落とす魔法”のイメージを完成させた。
(いっけー!)
そのイメージに対し、願いを込めて自らの魔素を注ぎこむと――
《――ポーン。属性魔法の発現を確認しました。<落水塊>が開放されました》
《<落水塊>は『湯神の加護』により<滝湯>に改変されました》
――という”天使様の声”と共に、男の頭上から大量の熱湯が降り注ぎ始めた。
――ドボボボボ……ザァーッ
「ぐぼあっ!? ばんばっぼばぁ! あつ熱っ! うげぇ……」
全身に熱湯を浴びた男は悲鳴をあげ、ナイフを投げ捨て、その場から数歩下がると、自身にまとわり付く濡れたマントを外し始めた。
「熱っ……くっ……このっ! 取れねぇ!」
男は濡れた結び目が外れず、隙を晒している。
「シルバ!」
「ガウッ!」
「ガッ!? ……ふぁ」
――ドサッ
キーナの声に反応したシルバは、すかさず男に体当たりをして気絶させた。
「……ワフッ!」
「シルバえらい!」
「エミリオくん大丈夫?」
「た、助かったぁ~」
エミリオは腰砕けになり、メルティに抱きとめられる。
「うまくいってよかった……。そうだ! あの子を追いかけないと!」
「そうなのよ」
「でもどうする?」
「えっと……わらちがシルバと追いかけてくるから、二人は――」
キーナが二人に何かを言おうとした時、ふと、とある映像が浮かんできた。
(なんだろこれ……でもこれで……)
「――ええっと。その人の目を隠すのと。手と足を後ろに回して、親指同士を紐でつないでおいて!」
深く考えるのは後回しにして、浮かんだ映像のとおりにするように指示した。
「わ、わかった!」
「……まかせておくのよ」
メルティの目が怪しく光った気がした。
「シルバおねがい!」
「バウッ!」
キーナはシルバに跨ると、本校舎側へと追いかけていった。




