第二章:再開される論議
“影の騎士” の凶行で最も浮き足立っているのは、市井の者たちよりもむしろ、王国の騎士、技師、魔術師たちと彼等の詰める宮中の官吏たちの方であろうか……
王城フォースフォートの各所で、人々が彼の騎士についての噂を時に密やかに囁き合い、時に明からさまに激論を交わし合っていた。
そんな中、王城の深奥――即ち、国王の謁見室においても、この議題を挙げざるを得なくなっていた。
若き国王トラムは、殺害された領主に対する公式調査の報告を耳にしていた。
「……以上の事から、今回のホドロイル卿殺害の件は “影の騎士” の仕業と考えられる――との結論が調査隊のもので御座います。」
「それは、確かなことか?」
報告を終えた使者に向かい、若き王は念を押すように言葉をかけた。その言葉に恐縮するように、使者は畏まって返答を述べる。
「……確実とは言い切れませんが、恐らくは――」
「…………」
使者の報告に、王は顔を顰める。その報告に我意を得たりと声を上げる騎士があった。
「お聞きになりましたか、陛下。やはり、あやつは血に飢えた幽鬼に過ぎなかったということなのですっ!」
「待てクルレム。この調査の報告では確証が乏しくはないか? それに先の事件においては、明らかに暗殺者による暗殺との断がありながら、 “影の騎士” による呪殺の噂ばかりが先行したことがあったしな。」
「ドレイル様の言う通りです。確かにホドロイル卿は、謎の黒き騎士に殺害されたようですが、この黒騎士と、先の戦役での “影の騎士” とでは目撃証言に微妙に差異があるように見受けられます。」
鉄騎騎団々長の意見に対し、親衛騎士団々長や魔導技術師団々長が反対意見を述べる。その意見に反論する為に騎士は声を荒げる。
「しかし、騎士たちの殺戮に “影の騎士” が無関係だとも言い切れん訳でしょう? 奴の討伐を念の為にも行うべきですっ!」
その声に、静かに言葉を述べる者が出る。
「私もクルレムの意見に賛成です。現実に騎士たちが殺害されています。疑わしい者は捕縛なり、討伐なりを検討すべきです。」
「クルレム……フォルタスまで――」
騎士団の長の賛同と、彼の強弁に一理あるが故に、誰も反論する言葉を失った。確かに “影の騎士” の正体については、誰も把握しきっていないのだから……
結局、“影の騎士” の探索・討伐は行われることに決定した。そして、チュザーラ卿の警護も騎士団より騎士を派遣することが決まった。
そこは王城の一室、親衛騎士団々長の私室である。そこでは、部屋の主とその一族の者たちが “影の騎士” について話し合っていた。
「ショーネル……お前には “影の騎士” について調べさせていたが、どう思うか?」
「はい、今までの調査で判った彼の行動と、今回の手口は明らかに異なります。それに、アルサーム卿の館で遭った騎士は、“影の騎士” とは異なるように見受けられました。」
その場にいる若き親衛騎士が口を開いた。
「……そうか」
「ドレイル様、私もそう思います。私の配下が殺害された時、立ち会った検死での太刀筋と、“影の騎士” のそれとを比較すると、今回の騎士は剣捌きが雑に見えます。まるでドールのような――」
ジョーナルはそこで言い澱む。自分が口にした言葉に考え込んでしまったのだった。
「……それは、件の騎士が幽鬼等ではなく、ドールであると言うことか? もしそうならば、それを操作している者が近くにいた可能性があるということだぞ。」
若き魔術師の懸念を指摘した老将の言葉に、ショーネルはハッとして呟きが漏れる。
「……では、あの時彼女が見ていたのは――」
その言葉を耳聡く聞き取ったジョーナルが尋ねた。
「ショーネル、彼女と言うのは?」
ジョーナルの尋ねる言葉に、老将の脳裏に閃くものを感じた。
「ん.……!? もしやそれは、お前の報告にあった “影の騎士” に関係すると思われるという女戦士のことか?」
伯父たる老将の問いに、ショーネルは畏まった様子で答えた。
「えっ!? あっ、はい、その通りです。最初の黒騎士襲撃の時、シェアナさん――あっ、彼女のことですが……彼女が最初に黒騎士と相対していたのですが、その後、別の何かに気を取られていたように思える挙動をしていましたから……」
「では、その女性は我等が今話していることを、早くに見抜いていたのやもしれんな……ならば一度逢ってみたいものだな――」
「えぇ……そうですね……」
ショーネルは、伯父の言葉に静かに頷きを返していたが、彼女自身はそれを望んでいないように思えたのであった……彼女の正体が、彼の些細な予感通りなら――
そこは同じ王城の一室、ある上級騎士の私室――
「……順調にいっているようだな。」
彼は傍に控える女密偵の報告を、彼女に酌された杯を干しながら、満足気な笑みを浮かべた。
「はい。閣下のお望みの通り、邪魔者を彼の者の名を騙り排除する策はうまく進んでおります……が、よろしいので? あまり騎士や技術師が失われれば、国力の低下を導きはしませんか?」
女密偵の問いに、彼はかすかに渋い顔を見せた後、杯を再び飲み干し、言い切った。
「な~に、騎士や技術師の十人や二十人いなくなったところで、あの大遺跡がある限り、我が国の力は磐石というものだ…………フフフッハハハハハハ……」
彼の狂笑が、その部屋を埋め尽くすが如く響き渡る。
その言葉に女密偵は微かに口元を歪めた……それを知る者は、王城には誰もいない。




