第一章:影に怯える街にて
“影の騎士” による上級騎士の殺戮は、このひと月余りに渡って王都の周辺都市を次々と襲っていた。親衛騎士団、鉄騎騎団、魔法技術師団等の高位の騎士、魔術師、技師等数人が次々と犠牲になっている。
その多くは指名された人物の屋敷に、黒い甲冑姿の何者かが押し入り、標的となった人物を両断するまで剣を振るい続けるというものだ。それ故に、彼等の護衛を行っていた下級騎士や傭兵の死傷者数もかなりの数になる。また、ある時は指名された人物が謎の死を遂げるというものもあった。これには “影の騎士” の名を隠れ蓑にした暗殺である――との見方もあったのだが……
これらの事件が続く中、辺境においての人気は高い “影の騎士” も、王都周辺での風評は地に墜ちつつあった。
その街は、“影の騎士” の影に怯える街の一つ……その街の酒場の一つに、彼女――シェアナはいた。そこで彼女が見ているのは、正体の知れぬ幽鬼に怯える人々の姿だった。
市民たちは領主を喪った時の生活への不安と、“影の騎士” の凶行が領主から自分たちへと移っていくかもしれないということに、密かに怯えている。通りを歩く人々の脚は重く、酒場の賑やかさにも何か虚しさややけっぱちな雰囲気が濃い。
(……私がこのような汚名を着るとはな――)
彼女は訪れた酒場の様子を窺いつつ舌打ちし、酒を呷った。その時、彼女の憤る様子と裏腹な程の明るい声が呼び掛けてきた。
「こんにちは。……えーと、シェアナ=ロフト様ですか?」
その言葉にシェアナは、我知らず相手を睨み付ける。そこには、蜂の様な翅を持つフェアリー族の吟遊詩人が立っていた。その眼の色の変わりように、彼はしれっと芝居がかった仕草で頭を下げる。
「……あっ、失礼……“ただの” シェアナさんでしたね……ご本人でしょ?」
彼女が訝しげにも頷くと、その詩人は笑みを浮かべ、彼女の向かいの席に座った。そして、自己紹介を始めた。
「僕はクリックって言います。ブライトウィンド男爵の使いを務めている、平民種の者です。」
「……ブライトウィンド男爵?」
「ポール=ポーラ様ですよ。ポルお嬢様の伯父御様って言えば解りますか?」
それで彼女も彼を見る目が変わる。
しかし、疑問も生じていた。確かに彼の背より生えた翅は、透明な蜂のような翅である。平民種である証しだ。……だが、森に住む貴族種と各地を放浪する平民種の関係は、基本的に貴族種は古代種でもあり、平民種の敬意を受けるものの、両者の関わりは無きに等しく、主従関係等はありはしない筈である。それなのに、平民種の彼が貴族種のポール卿の使者を務めているとは……?
彼女の疑問に気付いたのか、クリックは笑みを浮かべて答える。
「あぁ、何故貴族種に仕えているかって思ってます? 実は、森の外のことを知らせるのを条件に、毎年行われる公国の妖精祭でブライトウィンド男爵に秘伝の果実酒とかを奢って貰う約束なんですよ……おっと、いけない……ところで――」
そう言うと、彼は身を乗り出し、囁くようにして彼女に本題を切り出す。
「今度のあの “騎士” の予告状が、さる領主に届いたそうですよ。」
「えっ!?」
この予告状は、本人の元に人知れず届く為、“騎士” の標的が誰なのかは本人等が語らぬ限り判らないのだ。
「ここからすぐの所にある、チュザーラ卿の館だそうですよ。」
「何故、そんな事を?」
彼女の顔に再び怪訝なのものが浮かぶ。
「まぁ、それは……実は、あの “騎士” の噂を知って、僕が男爵に知らせたんですよ。そしたら、男爵は貴女がそんな事をするとは思えない――って言ってね、調べていたんですよ、この事件。……そうしたら、違うらしいことが判ってきましたからね。それで、貴女のお手伝いをするように言われたんですよ、男爵にね――」
そう言って、クリックはシェアナにウィンクをして見せた。
その時、彼女の背後から聞き慣れた男の声が聞こえてきた。
「そこにいるのはシェアナさんじゃないですか! ……おや? クリックか?」
その声を聞いた途端、彼女が振り返るのを待たずして、慌てて妖精の詩人が立ち上がる。
「あっ、そっ、――それじゃ、僕はこれで失礼しますね。」
そして彼は、まさに風の如くその場を去っていった。そんなクリックの去ったあとを暫し眺め、リュッセルは彼が座していた席に座り、彼女に語り掛けた。
「また逢えましたね、シェアナさん。私達は運命の糸で結ばれているよう――」
「……それ以上言うな」
「ふぅ、やれやれ……何時もながら、つれないなぁ。私と貴女の仲ではありませんか。」
「どういう仲だ……」
リュッセルのふざけたもの言いに、シェアナは彼を睨み付ける。しかし、彼はおどけた様子のままで、笑みを湛えた顔で言葉を続ける。
「ははは……まぁまぁ、ところで今いたのはクリックって言う詩人ですよね?」
それまでの何時もの軽い感じと一変、リュッセルは彼女に問い詰めるように訊ねる。
「……そうだが、それが?」
彼の変わりように怪訝になりながらも、彼女が答えた。
「知ってるかどうかは知りませんが、彼奴はあの妖精公国の密偵なんです。詩人や遊民仲間では有名な話ですよ……何を話してたんです? ……と言うか、彼とはどう言う関係なんですか?」
「……そ、それは――」
問い詰められ、思わず目線を反らすシェアナ――その様子に、彼は肩の力を抜き、溜息を付く。
「まぁ、言いたくなければいいです。でも……何故、妖精公国と繋がりがあるのか……やはり、貴女は謎な方だなぁ……」
そう言って肩を竦めると、彼は酒場の女給に自分の注文を告げた。




