第三章:彼は出会い、彼女は語る
そこはチュザーラ卿の統治せる都市――。
チュザーラ卿は親衛騎士団の一員であり、先の大戦の際、右翼を率いる将として勇戦したと褒章を賜っている。だが、喜んでいた矢先の振って沸いた災難に、屋敷の一同は思いの他沈み気味でいるように、ショーネルには見受けられた。
チュザーラ卿の護衛には、彼に付いた下級騎士の他、親衛騎士団から数名の上級騎士が配下を連れて救援に赴いている。ショーネルもまた、その一人であった。
連日に渡って、チュザーラ邸の各所の間取りを綿密に検討し、各騎士たちの配置を検討し、警備を続けていたショーネル=ヴァルターに、一人の人物が尋ねてきたとの知らせがあった。
彼が用意された部屋に通された時、そこには一人の詩人が待っていた。
「お久しぶりです。ショーネル=ヴァルター卿」
その詩人は優雅……というより芝居がかった素振りで深々と一礼を行った。その立居振舞で、彼にはこの人物が誰だったか思い出した。
「確か、リュッセル……だったね。」
「覚えていて頂き、光栄至極に御座います……なんてね。お元気そうで何よりですよ。」
リュッセルは少しばかり皮肉を込めつつ親しげな笑みを返した。そして、ショーネルに一つの問いを述べる。それはむしろ確認とも取れるものであろう……
「ところで、ここにシェアナさんは来てますよね? 何処にいるか知ってますか?」
「えっ、彼女がここに!? 彼女は来ていない筈だが――」
「え……? そんな筈はないと思ったんだけどなぁ……」
詩人はショーネルの返事に頭を掻く様子を見せた。先程見せた彼の確信に満ちたもの言いに、ショーネルは疑問を持つ。
「リュッセル、何故そう思ったんだ? 何か確信が持てることでもあったのか?」
その問いに、詩人は少し逡巡して答える。
「実は数日前、“影の騎士” がここに来る――っていう情報を、彼女がクリックから教えてもらっていたのを小耳にはさんだので……てっきり、ここに訪れると思っていたんですけどね。」
「……クリック?」
怪訝な顔を見せたショーネルに、リュッセルは言葉が足りなかったことに気が付く。
「あっ……失礼、クリックと言うのはフェアリー族の吟遊詩人でしてね」
「……? フェアリーの吟遊詩人というのは別に珍しいものでもないと思うが――」
「えぇ、まぁ……そうですけどね。彼は妖精公国の密偵として働いていると詩人仲間でもっぱらの噂でして。……それで、何かあるかな――と」
「そうか……それは――」
ショーネルは考え込む…… “影の騎士” と、それに協力する魔法の使い手……シェアナと、妖精公国の間者……それらに、彼の思考の渦は混沌としつつあった。
ちょうどその頃、噂になっていたシェアナはというと……この街に訪れ、うらぶれた宿を拠点に、屋敷や周囲の状況を窺っていた。
彼女としては、屋敷に直接乗り込んで行きたいところなのだが、それは彼女のかつての姿を知る者たちに遭う確率が増すと同時に、“影色の魔鎧” やシャーフィールの力を振るうことも難しくなる。故に昼は彼女が、夜はポルが主となって屋敷を見張り、襲撃の時が来るのを待っていた。
その日、屋敷を窺っている彼女に声をかける者がいた。
「こんにちは、シェアナさん。」
振り返った彼女の視界に止まったのは、蜂の様な透き通った翅――
「クリックさん……?」
「気持ちは分かりますけど、屋敷にはあのリュッセルや、貴女の旧友のショーネルさんがいるんです。あまり無茶に踏み込むのも問題だと思うんですけど……」
心配そうに語りかけるクリックの言葉に、シェアナは憮然としつつ言い淀む。
「それは――」
「今日のところは、この僕に任せてくださいよ。」
シェアナに向かってそう言うと、彼はウィンクをして見せた。
結局、シェアナはクリックの勧めもあり、一旦宿へと戻ることにした。その途中、彼女を呼び止める微かな声が聞こえた。辺りを見渡すように振り返ると、そこには薄汚れた衣を身に纏った暗灰色の竜人がいた。……あの占者だ。
「おや……お久しぶり、お嬢さん。」
「貴方は――」
「ホホホ……妾の事は、“黒鱗の婆” とでも呼んでくだされば、よろしゅう御座いますよ。」
話している内に彼女は再び、この老婆の前に座っていた。シェアナは何か不思議な感覚をおぼえ、その耳に老婆の言葉が届いた。
「お嬢さん……動くなら、あと二日以内になりましょうな。もうそろそろ準備なさるとよろしいよ。」
その言葉に彼女は立ち上がった。彼女の瞳に畏怖が宿る。
「恐れる事はありませんよ……我が母の母、闇神竜様は全てお見通しですから――」
黒鱗の婆と名乗る竜人の老婆は、そう言って微笑んだ。
紆余曲折があったものの、シェアナは宿に帰った。
「ただいま、ポル……」
その途端、少女が飛びついてくるのを予想していたシェアナは、静かに彼女を迎える少女にいささか拍子抜けする。
-シェアナ、どうして戻って来たの?-
「あ、それはクリックさんが見張りに付いてくれるって言うから――」
そう答えたシェアナに、ポルは首を傾げて石版を示した。
-本当に戻って来て良かったの?-
「……え?」
-だって、ショーネルっていう人に、逢いたがってたみたいだし。-
その文字を読んだシェアナは、慌てて言葉を返した。
「そ、そんな! そんな事はないよ、ポル……」
-そう? 顔が赤いよ。-
ポルの指摘の通りに、自分の顔が紅潮しているのを自覚していた。
暫しの間、ポルにからかわれ……そして彼女は気を取り直し、ポルに語りかけた。
「ポル……もうすぐ、奴が動くかもしれない。準備を進めておこう。」
-うん、分かった。-
有翼の少女は大きく頷き、そう返事した。
この街にも、いつしか闇神竜の齎す闇が空を染める時を迎えようとしている……




