↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/20

第二話 便利屋の朝

 翌日。


 扉を叩く音で、キリオンは手にしていた水差しを落としかけた。


「……朝から誰だ?」


 寝起きの頭でぼやきながら、机の上に水差しを置く。


 窓から差し込む朝日は、すでに十分明るい。


 つまり、世間一般ではとっくに朝なのだろう。


 だがキリオンにとっては違う。


 起きたのは、つい三分ほど前だ。


 顔も洗っていない。


 髪も整えていない。


 寝間着から着替えてすらいない。


 唯一やったことといえば、枕元に置いていた眼鏡を掛け、水を一杯飲もうとしただけだった。


 そんな状態で、再び扉が叩かれる。


「先生」


「…………」


 声を聞いた瞬間、キリオンは動きを止めた。


 聞き覚えがある。


 というより。


 昨日、散々聞いた。


「先生。起きていらっしゃいますか?」


「……寝てる」


「では、起きるまでお待ちします」


「寝てる相手に返事させるなよ」


「起きているではありませんか」


 扉越しでも分かるくらい、声が弾んでいる。


 キリオンは大きく息を吐いた。


 昨日。


 確かに言っていた。


 明日も迎えに来る、と。


 まさか本当に朝から来るとは思わなかった。


「先生?」


「今開ける」


 諦めて扉へ向かう。


 鍵を外し、扉を開けた。


「おはようございます、先生」


「…………」


 セレスは完璧だった。


 淡い金髪は綺麗に整えられ、濃紺の服にも皺一つない。


 朝日を背にして立つ姿は、昨日と変わらず都会の人間らしい隙のなさを感じさせる。


 対するキリオンは寝間着姿。


 髪は跳ねている。


 眼鏡も若干ずれている。


 片手には飲みかけの水。


 あまりにも対照的だった。


 セレスが瞬きをする。


「……先生」


「なんだ」


「今、起きました?」


「三分くらい前だな」


「三分」


「たぶん」


「私、昨日、朝に伺うと――」


「言ってない」


「……そうでしたっけ?」


「明日また来るとは言った。朝とは聞いてない」


「なるほど」


 セレスは少しだけ考えた。


「では、明日からは時間もお伝えします」


「明日も来る前提なのか?」


「もちろんです」


「そこは考え直せ」


「先生こそ、昨日のお返事を考え直してください」


「嫌だね」


「では平行線ですね」


「朝っぱらから平行線を作りに来るな」


 キリオンは欠伸を噛み殺した。


「とりあえず入るか?」


「よろしいのですか?」


「その格好でずっと玄関前に立たれる方が困る」


 昨日に続いて、町の人間から妙な勘繰りをされかねない。


「ありがとうございます」


 セレスが一礼して中へ入る。


 途端に、足が止まった。


「…………」


「なんだ」


「いえ」


 視線が部屋を巡る。


 本。

 紙。

 瓶。

 乾燥させた植物。

 使いかけの道具。

 そして、積み上げられた手紙。


 昨日話題に上がった机は、残念ながら今日も変わらず散らかっている。


「……先生」


「なんだよ」


「お片付けしましょうか?」


「やめろ」


「ですが」


「俺にはどこに何があるか分かってる」


「この机の上にある未開封の手紙は?」


「…………」


 キリオンは目を逸らした。


「分かってる」


「では、どなたからですか?」


「……あとで見る」


「分かっていないではありませんか!」


「朝から元気だな、お前」


 結局、セレスが机を片付け始める前に、キリオンは彼女を外へ追い出すことにした。


 もちろん本当に追い返したわけではない。


「少し待ってろ。着替えるから」


「はい」


「勝手に物を触るなよ」


「はい」


「手紙も開けるな」


「……はい」


「今、間があったな?」


「気のせいです」


 信用ならない。


 急いで着替え、顔を洗い、髪を手で適当に整える。


 再び部屋へ戻った時、セレスは椅子に座り、実に行儀よく待っていた。


 机にも触っていない。


 ただし視線だけは、積まれた手紙に向いている。


「見るな」


「見ているだけです」


「それをやめろって言ってるんだよ」


 キリオンは棚から布袋を取った。


「先生、どちらへ?」


「ちょっと出る」


「王都ですか?」


「なんでそうなる」


 昨日断って、今朝になって気が変わるほど軽い話ではない。


「散歩だよ。ついでに何軒か顔を出す」


「でしたら、ご一緒します」


「いや、お前は――」


「ご一緒します」


「…………」


 キリオンはセレスを見る。


 にこりと笑っている。


 断ってもついてくる顔だった。


「好きにしろ」


「はい!」


 昔もこんなだった気がする。


 分からないことがあると、とにかく後ろをついてきた。


 十年以上経って、立派な大人になっても、その部分だけは大して変わらないらしい。


 二人は家を出た。


 朝の町はすでに動き始めている。


 店先を掃く者。

 荷車を押す者。

 畑へ向かう者。


 キリオンが歩けば、あちこちから声を掛けられた。


「先生、おはよう」


「おう」


「昨日はうちの坊主がまた世話になったって?」


「転んだだけだよ。元気だったぞ」


「まったく、誰に似たんだか」


「お前じゃないか?」


「違いねえ!」


 笑い声が上がる。


 そのやり取りを、セレスが黙って見ていた。


「……何だ?」


「いえ」


「さっきからそればっかりだな」


「先生は、昔から変わらないなと思いまして」


「そうか?」


「はい」


 セレスは微笑んだ。


「どこへ行っても、いつの間にか皆さんに頼られていました」


「旅してた頃の話なら、お互い様だよ。俺も随分助けてもらった」


「先生の場合、助けられた数より助けた数の方が多かったです」


「そんなもの数えてたのか?」


「数えられないくらい、という意味です」


 妙な褒め方をする。


 キリオンは軽く肩をすくめ、そのまま町の外れへ向かった。


 家並みが少なくなり、代わりに広い畑が増えてくる。


 畝には青々とした葉が並んでいた。


 その一角で、一人の男が腰を曲げている。


「おーい」


 キリオンが声を掛けると、男が顔を上げた。


 日に焼けた顔。


 太い腕。


 五十を過ぎた頃だろう。


 町で長年畑をやっている農家だ。


「おお、先生!」


「朝から元気だな」


「こっちは朝が仕事だからな。先生と違って昼まで寝てられん」


「昼まで寝たことなんてないぞ」


「昔はな」


「今もだ」


 農家の男が笑う。


 そこでようやく、キリオンの隣にいるセレスに気づいた。


「ん?」


「昨日来た客だよ」


「ああ! あのすげえ馬車の!」


 セレスが一礼する。


「セレス・レインベルと申します。先生には以前、大変お世話になりました」


「先生の教え子かい?」


「はい」


「へえ!」


 男はまじまじとセレスを見る。


「先生、こんな綺麗な嬢ちゃん教えてたのか」


「昔はもっと小さかったよ」


「当然です!」


 セレスが即座に言い返す。


「今より小さいって意味だ」


「分かっています」


「じゃあ怒るな」


 農家の男が豪快に笑った。


「それで先生、ちょうど良かった。見てもらいたいもんがあってよ」


「どこ?」


「あっちだ」


 男に案内され、畑の奥へ向かう。


 そこには、他より少し元気のない一画があった。


 葉の色。


 土の状態。


 生え方。


 キリオンはしゃがみ込み、何箇所か眺める。


 葉を一枚取り、裏側まで確認した。


「虫じゃないな」


「やっぱりか?」


「たぶん土の方だ。去年、ここだけ何植えた?」


「えーと……」


 農家の男が顎を撫でる。


 キリオンはいくつか質問を続けた。


 前年の作物。


 収穫量。


 使った肥料。


 雨の多かった時期。


 それを聞きながら、土を指先で軽く崩していく。


「なるほど」


「分かるか?」


「大体は」


 キリオンは立ち上がった。


「前に変えたやり方、こっちの畑でもそのまま使ってるだろ?」


「ああ」


「ここは少し条件が違う。次からは同じやり方じゃなくて、二区画に分けて試した方がいい」


「どう変える?」


 キリオンは畑を指差しながら、簡単に説明する。


 男は真剣な顔で何度も頷いた。


「じゃあ、今年はそれでやってみる」


「ああ。あと、今のところは急に全部変えるなよ。余計悪くなるかもしれない」


「分かった」


「一週間くらい様子見て、また見せて」


「悪いな、先生」


「こっちもいつも野菜もらってるからな」


「それくらい安いもんだ」


 男はそう言うと、畑の端に置かれていた籠を持ってきた。


 中には葉物野菜や根菜がぎっしり詰まっている。


「ほれ」


「多いって」


「持ってけ」


「一人暮らしだぞ、俺」


「なら嬢ちゃんにも食わせりゃいい」


「私ですか?」


「若いもんは食わなきゃ駄目だ」


 セレスが困ったようにキリオンを見る。


「もらっとけ。断っても増えるぞ」


「どういうことですか?」


「去年断ったら翌日倍持ってきた」


「当然だろ。世話になってるんだから」


「俺は別に大したことしてないって」


 農家の男が鼻を鳴らした。


「先生が戻ってくる前は、畑が駄目になったら運が悪かったで済ませてたんだぞ」


「昔の話だろ」


「昔も今も関係ない」


 男は畑を見渡す。


「やり方を変えてから、随分楽になった。収穫も安定したしな」


 キリオンは少し気まずそうに頬を掻いた。


「俺が言ったことだけで変わったわけじゃない。実際に畑やって調整したのはあんたらだろ」


「その最初を教えたのが先生じゃねえか」


「はいはい」


 これ以上続けても平行線だ。


 キリオンは野菜の籠を受け取った。


「じゃあ、また来るよ」


「おう。何かあったら呼ぶ」


「俺を便利屋扱いするなよ」


「今更だろ?」


 何も言い返せなかった。


 畑を離れ、再び町へ戻る。


 しばらく歩いたところで、セレスが口を開いた。


「先生」


「ん?」


「農業もお詳しかったのですね」


「詳しいってほどじゃない」


「先ほど、土を見ただけで問題の候補を絞っていました」


「見ただけじゃないよ。あの畑は何年も見てるからな」


「だから分かる、と?」


「土地ってのは場所で違うんだよ。全部同じやり方で上手くいく方がおかしい」


「…………」


 まただ。


 セレスが黙ってこちらを見ている。


「だから何だよ」


「いえ」


「その顔やめろ」


「どの顔です?」


「何か採点してるみたいな顔」


「そのような失礼なことはしていません」


「本当か?」


「確認しているだけです」


「何を」


「先生は先生だな、と」


「意味が分からん」


 セレスはそれ以上答えなかった。


 代わりに、少しだけ楽しそうに笑う。


 町へ戻り、鍛冶屋の前を通りかかったところだった。


「先生!」


 今度は店の奥から大声が飛んできた。


 キリオンは足を止める。


「今度は何だ?」


「ちょうどいい、来てくれ!」


「俺は散歩中なんだけどな」


「いいから!」


 店の奥から、がっしりした男が出てくる。


 腕は太く、顔には無精髭。


 長年鍛冶場に立ってきたことが一目で分かる体つきだった。


「おやっさん、何かあったのか?」


「あった」


 鍛冶屋の主人は手招きをする。


「こいつを見てくれ」


「朝から人気者ですね」


「他人事だと思って楽しんでるだろ」


「少しだけ」


「正直だな」


 二人で鍛冶場へ入る。


 中は朝から熱い。


 炉の火が燃え、金属を叩く音が奥から響いている。


 作業台の上には、小さな金属片がいくつか並べられていた。


「これだ」


「何?」


「新しく仕入れた鉄なんだが、どうにも癖が強え」


 キリオンは一片を手に取った。


 表を見る。


 断面を見る。


 指先で表面を擦る。


「叩いた?」


「一通りな。弟子どもにも触らせたが、いつもの加減だと脆くなる」


「熱は?」


「変えてみた。だが安定しねえ」


「ふうん」


 キリオンは金属片を光に透かすように見る。


 もちろん透けるわけではない。


 だが色味や表面の具合は、光の方が見やすい。


「これ、いつもの鉄と違うものが結構混じってるな」


「やっぱりか」


「たぶん二つ……いや、三つくらい」


 鍛冶屋の主人が身を乗り出す。


「分かるか?」


「ちゃんと調べないと割合までは無理だよ」


「大体でいい」


「大体で刃物作るのか?」


「大体を聞いて、そこから俺が詰めるんだよ」


「それなら――」


 キリオンは金属片を置く。


 紙と炭筆を借り、簡単にいくつか書き込んだ。


「まず熱の入れ方を変えた方がいい。今までと同じ温度まで一気に上げると、多分こいつが悪さしてる」


「ここか?」


「ああ。あと、冷ます時も少し変えた方がいい」


「こっちは?」


「これは逆に使えると思う。硬さを出すなら悪くない」


「なるほどな……」


 鍛冶屋の主人は紙を睨みつける。


「先生なら、どう使う?」


「俺は鍛冶屋じゃないぞ」


「知ってる」


「じゃあ聞くな」


「先生の道具、俺が作ってんだろうが」


「だから?」


「使う奴の意見も聞いてんだ」


「無茶苦茶だな」


 キリオンは少し考える。


「俺なら、小さい刃物から試すかな」


「理由は?」


「この材料、硬さは出そうだけど、大物にした時どうなるか読めない。いきなり剣一本潰すより、まず短い刃物で確かめる」


「俺もそう思う」


「なら聞くなよ」


「確認だ」


「最近、みんな俺にそれ言うな」


 横を見る。


 セレスがいた。


 じっとキリオンを見ている。


「お前も何か言え」


「確認です」


「ほら!」


 鍛冶屋の主人が笑った。


「嬢ちゃん、先生の知り合いか?」


「弟子です」


「ほう!」


「昔の話だ」


「現在も弟子のつもりですが」


「卒業しろよ」


「嫌です」


「なんでだ」


 鍛冶屋がまた笑う。


「先生も大変だな」


「お前らに言われたくないよ」


 主人は紙を大事そうに作業台の脇へ置いた。


「助かった。こいつが物になれば、結構面白えぞ」


「無理するなよ。最初は少量で試せ」


「分かってる」


「本当に?」


「先生、俺が何年鉄叩いてると思ってんだ」


「そうだったな」


 キリオンは笑った。


 長年の付き合いだ。


 技術そのものなら、キリオンが口を挟むまでもない。


 だからキリオンが話すのは、あくまで材料のことだけ。


 そこからどういう品を作るかは鍛冶屋の仕事だ。


「そういや、今度の細い鋏は?」


「できてるぞ」


「本当か?」


「後で持ってけ。前のより軽くした」


「助かる」


「代わりに、また変な金属持ち込んだ時は見てくれ」


「結局交換条件じゃないか」


「世の中持ちつ持たれつだ」


 農家と似たようなことを言う。


 キリオンは苦笑しながら鍛冶屋を後にした。


 外へ出ると、朝の空気が妙に涼しく感じる。


「暑かったな」


「そうですね」


「セレス、平気か?」


「問題ありません」


「その服で鍛冶場は暑いだろ」


「先生よりは慣れていませんが」


「なら無理するなよ」


「はい」


 返事をしながらも、セレスはどこか考え込んでいた。


 しばらく黙って歩いた後。


「先生」


「今度は何だ?」


「先ほどの金属についてですが」


「ああ」


「見ただけで、含まれている成分の見当をつけられたのですか?」


「大体な」


「大体」


「何度も似たものを見たことあるから」


「…………」


「だからその顔やめろって」


「何も言っていません」


「言ってなくても分かる」


 セレスは一度口を閉じる。


 それから、小さく息を吐いた。


「先生は」


「ん?」


「昔から、そうでしたね」


「何が?」


「ご自分にとって当たり前にできることを、皆も少し頑張ればできることのように仰るところです」


「そんなこと言ってないだろ」


「言っています」


「いつ」


「今です」


「言ってない」


「『何度も似たものを見たことがあるから』と」


「それは事実だ」


「そういうところです」


 キリオンには何が不満なのか分からない。


「大体、俺は別に鍛冶までできるわけじゃないぞ。材料について少し分かるだけだ」


「少し」


「少し」


「農地についても?」


「ちょっとだよ」


「薬についても?」


「それは仕事だから」


「子供たちへの教育も?」


「読み書きくらいなら誰でも教えられる」


「先生」


「なんだ」


「昨日より、王都へお連れしたくなりました」


「なんでだよ!」


 話がまったく違う方向へ進んでいる。


「むしろ見ただろ。俺はここでやることが多いんだよ」


「ええ」


 意外にも、セレスは素直に頷いた。


「それはよく分かりました」


「だろ?」


「想像していた以上に」


「なら――」


「ですから、少し考えなければなりませんね」


「何を?」


 セレスは答えなかった。


 代わりに、町の方を見る。


 畑。


 鍛冶屋。


 通りを歩く人々。


 その視線がゆっくりと巡る。


「……セレス?」


「先生が王都へ行っても、こちらの皆さんがお困りにならない方法です」


「いや、まず俺が行かないんだよ」


「それは昨日聞きました」


「今日も言ってる」


「では今日の分として聞いておきます」


「聞くだけじゃなくて理解しろ」


「理解はしています」


「絶対してない」


 キリオンは頭を抱えた。


 どうやらセレスの中では、自分が王都へ行くか行かないかという議論は、もう終わっているらしい。


 残っている問題は。


 どうやって連れていくか。


 そして、自分が留守の間に町をどうするか。


 そこだけなのだろう。


「なあ、セレス」


「はい」


「お前、昔こんなに人の話聞かなかったか?」


「先生の言いつけは、昔からよく聞いていました」


「じゃあ今も聞け」


「先生がお食事を取るように、ですとか」


「都合のいいところだけじゃないか」


「研究中に眠るように、ですとか」


「それは昔の俺の話だろ」


「危険な場所へ一人で行かないように、ですとか」


「……そんなこと言ったか?」


「言いました」


「覚えてないな」


「私は覚えています」


 何故か少し誇らしげだ。


 キリオンは諦めてため息をついた。


「まあいい。帰るぞ」


「もうですか?」


「野菜置きたいし、朝飯まだなんだよ」


 籠を軽く持ち上げる。


「そうでした。先生、起床から三分でしたね」


「変なところ覚えてるな」


「朝食は何を?」


「パンと、この野菜でも適当に」


「作りましょうか?」


「お前、料理できるのか?」


「…………」


「今黙ったな」


「調理と錬金術には共通点があります」


「それ言う奴で料理上手い奴を見たことないぞ」


「失礼ですね」


「図星か?」


「…………」


「俺が作る」


 二人で歩き出す。


 自宅で朝食を摂った後、再び散歩に出る。今度は町の中央に向かって。


 キリオンは何人かと立ち話をし、そのたびにセレスは少し離れた場所から黙って見ていた。


 薬の相談。


 道具の相談。


 子供の話。


 畑の話。


 どれも、キリオンにとってはいつものことだ。


 大したことではない。


 この町で十年暮らしてきた結果、自然とそうなっただけ。


 だから。


 隣を歩く教え子が、何をそんなに真剣な目で見ているのか。


 キリオンには、やはりよく分からなかった。


「先生」


「ん?」


「ちなみにですが、午後のご予定は?」


「昼から?」


「はい」


 キリオンは空を見上げた。


 天気は良い。


 昨日治療した子供たちも、今日はまた元気に走り回っていることだろう。


「じゃあ昼からは、いつものように治療院だな」


「はい」


「それが終わったら、夕方から勉強会」


「……勉強会」


「ああ。昨日子供たちにも言ったからな」


 キリオンは何でもないことのように言う。


「今日は計算でもやらせるかな」


「私も見学してよろしいですか?」


「王都に帰らないのか?」


「まだ先生を連れて帰っていませんので」


「だから行かないって」


「では、午後もよろしくお願いします」


「おい」


 セレスは満足そうに微笑む。


 その様子を見て。


 キリオンは何度目か分からないため息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。