第十八話 先生の錬金術
試合開始を告げる音が、人気のなくなった体育館に響いた。
その余韻が消えきるより早く、レオナが動く。
腰の錬成具には触れない。
まずは右足を踏み込み、床へ魔力を流した。
石造りの演習場、その表面が一瞬だけ波打つ。次の瞬間、足元から剥がれた石材が拳大まで圧縮され、そのまま一直線にキリオンへ射出された。
「っ!」
速い。
キリオンがそう思った時には、すでに弾丸そのものを目で追うことはできなかった。
だから見るのをやめた。
正確には、最初から弾を見て防ぐつもりなどなかった。
レオナがこちらへ攻撃を始めた。
それだけ分かればいい。
キリオンは右手を床へ向け、ほとんど反射的に魔力を流した。
「とりあえず、壁!」
目の前の石床がせり上がる。
厚い壁が形成された直後、その中央に激しい衝撃が走った。
轟音とともに表面が砕け、亀裂が蜘蛛の巣状に広がる。圧縮された石弾は壁の半ばほどまで食い込んで、ようやく停止していた。
「……怖っ」
壁の裏からキリオンが呟く。
それに対して、レオナは少し目を見開いていた。
「防いだ?」
「まあ、一応」
キリオンが壁の横から顔を出す。
「今の、見えてた?」
「いや」
「じゃあ、どうやって?」
「見えなかったから壁作った」
「……どこを狙ったかも分かってないのに?」
「分からないから、正面全部塞いだんだよ」
レオナが数秒黙る。
そして、口元が楽しそうに持ち上がった。
「やっぱり先生だ」
「何が?」
「そういうところ!」
「よく分からん」
「じゃあ次!」
「ちょっと待て!」
待つわけがない。
レオナは今度は左手を床へ向け、別の場所から素材を引き上げた。
一つ目は先ほどと同じ圧縮石弾。
二つ目は、床の奥に使われている補強材を含んだ細長い礫。
速度が違う。
角度も違う。
二方向からほぼ同時に飛来する。
「二つかよ!」
キリオンは先ほど作った壁をそのまま横方向へ伸ばした。
一発目が命中する。
重い衝撃。
少し遅れて、別方向から二発目。
今度は壁の端が大きく欠け、細かな石片が周囲へ飛び散った。
「痛っ」
その一つが頬へ当たる。
「先生、避けてもいいんだよ!」
「避けられるなら避けてる!」
「昔はもっと動けたじゃん!」
「昔の俺と比べるな!」
叫び返しながらも、キリオンの目は忙しく動いていた。
見るのは飛んでくる弾そのものではない。
レオナの足、肩、腕、視線。
どこへ魔力が流れたか。
そして、床のどこが僅かに動いたか。
……レオナの右肩が少し沈む。
「今度は右だな」
キリオンが呟き、床へ魔力を送る。
斜めに石壁が生えた。
直後、飛来した石弾がその表面へ衝突し、正面から受け止めるのではなく、傾斜に沿って上へ弾かれていく。
「お」
キリオン自身が少し驚く。
「上手くいった」
「先生!」
「何!」
「今の狙ってやった!?」
「多分!」
「多分って何!?」
「その方が割れにくそうだったから!」
レオナが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、もっと行くよ!」
「もう十分じゃない?」
「全然!」
今度は三発。
レオナが床を蹴るように魔力を送り込み、異なる位置から石材を引き抜く。
直線。
斜め。
時間差。
単純な射撃なのに、それだけで対応が難しい。
キリオンは一枚目の壁を崩し、その素材を流して二枚目の壁を作る。最初の二発は防げた。
だが、三発目だけが壁の端を抜けた。
「まずい」
その瞬間、キリオンの足元に落ちていた石片が浮かぶ。
先ほど壁が砕けた時の破片だった。
それを手のひらほどの大きさへまとめ、圧縮する。
射出。
空中で二つの石弾がぶつかった。
高い衝突音とともに、両方が粉々になる。
「……当たった」
キリオンが驚く。
「先生からも来た!」
レオナが目を輝かせる。
「今のは防御だろ!」
「撃ったじゃん!」
「迎撃!」
「同じ!」
「違う!」
「じゃあアタシに撃ってみて!」
「何でそうなる!」
だがキリオンも、少しだけ乗ってきていた。
床を踏む。
今度は自分から石材を引き抜き、細長い弾へまとめる。
「じゃあ一発だけ」
「来い!」
射出。
レオナへ向かって飛ぶ。
だが。
「遅い!」
レオナは笑いながら右手を振った。
床から小さな石片を一つ跳ね上げ、キリオンの弾へ撃ち込む。
空中で命中。
軌道が逸れ、床へ落ちて砕けた。
「……若いっていいな」
「何その感想!」
「反射神経が違う」
「先生も昔はもっと速かった!」
「だから昔の話するなって!」
そこから、撃ち合いがしばらく続いた。
レオナは速い。キリオンより明らかに。
錬成の開始も。
射出も。
身体の動きも。
全てが今のキリオンより上だった。
だが当たらない。
キリオンは弾を追っていない。
レオナを見る。
どこに魔力が流れたか。
どの方向へ身体が向いたか。
何を使おうとしているのか。
それを先に読む。
「……右」
壁で防ぐ。
「次、下から?」
床を別の層で固める。
直後、足元から伸びかけた石杭が途中で止まった。
「先生!」
「何!」
「それも分かるの!?」
「床の魔力の流れが変わったから!」
「見えるの!?」
「なんとなく!」
「なんとなくで止めないでよ!」
「俺に怒るな!」
レオナが視線を上へ向ける。
キリオンもつられて天井を見る。
「上?」
レオナが笑った。
「引っかかった!」
「え?」
正面から石弾が飛んでくる。
「うわっ!」
キリオンは慌てて壁を立てる。
……ぎりぎり衝撃が壁を揺らすほどに留められた。
「汚いぞ!」
「戦いで引っかかる方が悪い!」
「それ俺が昔言った気がする!」
「言った!」
確かに何とか防いでいる。
だが、攻撃ではレオナにほとんど届かない。
キリオンが放つ石弾は見てから撃ち落とされる。
床から杭を伸ばしても避けられる。
壁を崩して散弾のように飛ばしても、レオナは一歩下がりながら自分の壁を作って防ぐ。
「……なるほどな」
キリオンが小さく呟く。
「何?」
「今の俺じゃ、普通に撃ったらレオナに当たらない」
「そりゃね」
「嬉しそうだな」
「そりゃ嬉しいよ!」
レオナは笑っていた。
だが同時に、別のことも分かっていた。
自分は、先生に攻撃を当てられない。
速さ。
反射神経。
錬成速度。
そういう基礎力は、全てが自分の方が上だ。
実力差は正確に、確実に理解できている。それ故に冒険者の第一線に居続けられている。
それでも。
キリオンは常に一手早く、撃つ前から防御を始めている。
「やっぱり、素のままじゃ駄目か」
「何が?」
「環境の使い方とか、相手の見方」
レオナは一度攻撃を止める。
「こればっかりはどうしても、先生の方が上」
「いやいや」
キリオンが壊れかけた壁から顔を出す。
「俺、ずっと防いでるだけだぞ」
「それが変なんだって」
「何が?」
「アタシの方が速い」
「そうだな」
「アタシの方が身体も動く」
「若いからな」
「射撃もアタシの方が上」
「それも認める」
「なのに、当たらない」
レオナはそこで、腰に手を伸ばした。
「だから」
表情が変わる。
「ここからは、今のアタシで行く」
「……それ」
キリオンの目が細くなる。
レオナが掴んだもの。
昨日講習でも見た、自ら精錬した錬成素材だ。
「先生」
「何」
「これがアタシの武装錬金」
「やっぱやるの?」
「当然!」
「帰って飯にしない?」
「勝負の途中!」
「だよなあ」
諦めたように息を吐く。
レオナは小さな金属杭を床へ突き立てた。
次の瞬間。
床全体に、薄い魔力の光が走った。
◇
武装錬金。
それは単純に、戦闘中に錬金術を使う技術ではない。
レオナ・ヴァルグレイブが「武装錬金の祖」と呼ばれる最大の理由。その一つが、自ら精錬した特殊な錬金素材を、周囲に存在する自然素材へ“つなぎ”として混ぜ込む技術だった。
自然の石、土、金属、木材。それらはそのままでも錬金素材として利用できるが、素材ごとに魔力の通りやすさも反応速度も違う。
そのため、その場にあるものを利用するという発想自体は昔から存在していても、安定性や速度、大規模化には限界があった。
そこでレオナは、自ら精錬した素材を間に挟んだ。
自然物と魔力の間を繋ぐ。性質の異なる素材同士を繋ぐ。
さらに錬成反応そのものを繋ぐことで、即席の素材でありながら、高速・大規模・高強度の三つを同時に成立させる。
強く、鋭く、固い剣は、言い換えれば重く、扱いづらく、脆い。
だがレオナの武装錬金なら……ただの砂が名剣に。土が剛槍に。石が重鎧に変わる。
そうやって自然物を圧縮成形することで、ほぼ手ぶらの軽装から近接戦闘に耐えうる装備を生み出すことが、本来の武装錬金。
でもそれは、今この場では使えない。
極端な圧縮は必要ない。ただ広く、早く、それでいて自然物よりは確実に強く。
武装錬金の中心にある技術が、レオナを中心に渦巻く。
「行くよ!」
「ちょっと待て!」
床が動く。
それまでとは明らかに違った。速く、広い。
キリオンが立っていた場所の床が一瞬で盛り上がり、横へ飛び退いた直後には、人の身長を超える石柱が突き上がった。
「危なっ!」
「まだ!」
レオナが手を振ると、石柱がその場で砕けた。飛び散った破片の一つ一つに錬成素材が混ざり込み、ただの石片だったものが高密度の弾丸へと変わる。
「マジかよ!」
数が多い。
しかも速い。
キリオンは床へ両手を向け、一枚、二枚、三枚と連続で石壁を立ち上げた。最初の壁は砕け、二枚目には大きな亀裂が走り、三枚目でようやく弾丸の勢いが止まる。
「……洒落になってないだろ、これ」
息を吐いたキリオンの額には、うっすらと汗が浮かんでいた。
「防ぐんだ」
レオナが嬉しそうに笑う。
「やっぱ先生だ!」
「こっちは必死だよ!」
そこから、戦いの流れは完全に変わった。
自然物だけを使っていた間なら、キリオンは環境の読みで何とか追いつけていた。
だが武装錬金へ切り替わった途端、速度、規模、強度、その全てが一段上がる。
レオナが床を使えば、錬成される範囲が広い。キリオンが壁を作れば、その壁ごと砕かれる。
次には柱の内部から金属補強材を引き抜き、それを槍状に再錬成して射出してきた。
「っ!」
キリオンは壁を斜めに立て、正面から受け止めるのではなく受け流す。
それでも表面は大きく削れた。
「硬っ」
キリオンの顔から、少しずつ余裕が消えていく。
次を防ぎ、その次も防ぐ。
その間にも視線は止まらない。
レオナ。
錬成素材。
床。
錬金術での反応。
「……そういうことか」
少しずつ分かってくる。
レオナが錬成素材を撒き、それが自然素材へ混ざった瞬間、魔力の流れが変わる。
反応が均一になり、速くなり、素材全体の強度まで安定していた。
「なるほど」
キリオンが小さく笑う。
レオナには聞こえていない。
聞く余裕もないまま、さらに次の攻撃へ移っていた。
◇
「……おい」
体育館の端で設備の整備をしていた用務員の一人が、いつの間にか完全に手を止めていた。
「何だ、あれ」
本来なら、講習後の床や壁の損傷を確認するだけの仕事だった。
模擬戦をする、と聞いた時も特に気にはしていなかった。片方はレオナ・ヴァルグレイブ。武装錬金の祖であり、超一流の冒険者でもある。
相手が誰であれ、すぐ終わる。
そう思っていた。
「相手は誰だ?」
「知らん」
「学院の教授か?」
「……見たことないな」
「冒険者?」
「あの格好で?」
三人の用務員は、少し離れた場所から演習場を見ていた。
どう見ても、レオナが圧倒している。
攻撃しているのはほとんどレオナで、男――キリオンは防御と回避に回っている。壁を作り、床を変え、柱を使いながら、ひたすら攻撃を凌いでいた。
「もう終わるだろ」
一人がそう言った。
だが、終わらない。
一分。
さらにその先まで続く。
「……当たらないな」
「いや」
別の一人が首を振った。
「違う」
「何が?」
「あの人が、攻撃を当てさせてない」
いつもぎりぎりだった。
壁が壊れれば次を作る。
避ければ、次の位置にもう防御がある。
どれも紙一重に見えるのに、決定打だけは許さない。
「先に動いてないか?」
「……そう見える」
「でも、レオナ・ヴァルグレイブの方が明らかに速いぞ」
「だから何者なんだろうな、あの人」
三人の視線がキリオンへ集まる。
◇
そんな視線を向けられていることなど、キリオン自身は知る由もない。
「これ以上は無理だな」
呼吸は少し荒くなり、足も重くなってきていた。
まだ防げている。
だが、このまま続けば負ける。
長年実践から離れていても、それくらいは分かる。
「普通に撃ち合ったら勝てない」
レオナの方が速い。
強い。
武装錬金によって素材そのものの質まで変わっている以上、こちらが自然素材をそのまま利用するだけでは防御を破れない。
なら、どうする。
「先生!」
「今忙しい!」
「まだ行ける!?」
「行きたくない!」
「行くよ!」
「聞けよ!」
レオナが両手を床へ向ける。
広い範囲の床材が浮かび上がり、石と補強金属、それに錬成素材が一つの塊へ集められていく。
大きい。
人間一人くらいなら、簡単に押し潰せそうな質量だ。
「それ模擬戦で使う大きさか!?」
「防護膜がある!」
「そういう問題じゃない!」
レオナは笑っているが、その錬成そのものは本気だった。
巨大な塊が圧縮され、さらに密度を増していく。
そして射出された。
キリオンは見た瞬間に判断する。
壁では無理。
受け流すには大きすぎる。
今の自分の足では、完全に避けるのも難しい。
「……なら」
撃ち落とすしかない。
だが、自分の石弾ではあれを砕けない。
「武装錬金が強い理由は……」
キリオンの視線が、迫る質量弾の表面を追う。
魔力。
自然素材。
そして、その中に均一に混ざっている別のもの。
「きっとあの”つなぎ”」
昨日見た。
今日も見た。
そして今、何度も見せられた。
レオナの武装錬金が強い理由は、自然素材そのものではない。
精錬素材を内部へ均一に混ぜ、魔力を逃がさず、反応のばらつきをなくしている。
「……それだけじゃない」
そこでキリオンは考えを切り替えた。
均一だから、全体が強い。
なら、自分が同じものを作る必要はない。
レオナのような巨大な弾を作る必要もない。
自分の目的は、あれを上回ることではない。
貫けばいい。
「素材を、一点に」
キリオンの手が床へ伸びる。
そこには、先ほどからレオナが撒き、砕け、そのまま残っていた錬成素材がある。
「借りるぞレオナ!」
「え?」
レオナが初めて目を見開いた。
キリオンは床材、金属片、そして少量の錬成素材を混ぜる。
同じものは作れない。
レオナほど均一にはできないし、速度も規模も敵わない。
だから、それらを捨てる。
規模はいらない。
大きさもいらない。
必要なのは、一点だけ崩れない弾だ。
「小さく」
石と金属、それにつなぎとなる素材を圧縮する。
「もっと」
拳大から親指ほどへ。
さらに小さく。
最後には、指先ほどの弾丸になった。
その内部へ、レオナの錬成素材を均一には混ぜず、中心と先端へ集中させる。
「先生!?」
レオナが声を上げた。
「それ!」
「合ってるか分からん!」
「アタシの武装錬金――」
「完全にはできない!」
キリオンが叫ぶ。
「だから必要なところだけ真似する!」
「……っ!」
レオナの顔が変わる。
巨大な質量弾が迫る。
それに対して、キリオンが構えたのは小さな一発だけ。
「勝てるのは」
自分そのものではない。
今、この一発だけ。
相手の技術を見て、必要な部分だけを分析し、そこだけ上回る。
「ここしかない!」
射出。
小さな弾丸が巨大な質量弾へ正面からぶつかった。
一瞬、音が消えたように感じた。
次の瞬間。
巨大弾の中心に穴が開く。
「っ!?」
レオナが目を見開く。
キリオンの弾丸は止まらない。
巨大な質量弾を貫通し、そのままレオナへ向かって飛んでくる。
「やばっ!」
レオナが両手を前へ出す。
一枚目の防壁。
金属を高強度に錬成した壁が形成される。
着弾。
貫通。
「嘘!」
二枚目。
床を利用し、武装錬金で強化する。
弾丸が深く食い込み、大きな亀裂が走る。
「まだ!」
三枚目。
今レオナが使える、最大強度の防御。
錬成素材を集中させ、壁そのものの密度を引き上げる。
キリオンの弾丸が当たる。
今度こそ止まった。
「……止めた!」
レオナが笑う。
その瞬間。
キリオンの指が僅かに動いた。
「悪い」
「え?」
キリオンが、弾丸内部に残していた魔力に干渉する。
先端だけをさらに細くし、内部の圧力を一点へ集中させた。
レオナの目が大きく開く。
「ちょ――」
防壁を抜ける。
そのまま模擬戦用の防護膜を貫通し、レオナの身体に命中した。
「っ!」
衝撃でレオナの身体が一歩、二歩と後ろへ下がる。
そこでようやく止まった。
体育館が静かになった。
床へ細かな石片が落ちる音だけが聞こえる。
キリオンはしばらく動けなかった。
「……当たった?」
一番驚いているのは本人だった。
「おい、レオナ」
息を整えながら顔を上げる。
「大丈夫か?」
返事がない。
「レオナ?」
キリオンが一歩近づく。
「おい」
「先生」
「うん?」
レオナが顔を上げる。
笑っていた。
ただ、目からは涙が流れている。
「……え」
「先生、今の、何?」
声が少し震えていた。
「アタシの武装錬金を見て」
「うん」
「戦いながら仕組みを考えて」
「何となく」
「その場で使った?」
キリオンは困ったように頭を掻く。
「使ったって言うほどじゃないよ。レオナみたいに全部はできない」
レオナは黙って聞いている。
「速度も、規模も、全体の強度も、レオナの方が上だ」
「……うん」
「だから必要なところだけ借りた」
キリオンは床を見る。
「レオナの錬金より強いものを作ろうとしても、今の俺じゃ無理だから」
「だから小さくした?」
「そう」
「一点だけ強く?」
「そう」
「アタシの防御も?」
「同じ」
広く全部を破る必要はない。
一点だけ抜けばいい。
「……先生」
レオナの涙がまた一つ落ちる。
それでも、彼女は笑っていた。
「でも、先生が勝った」
「いや」
キリオンはすぐに首を振る。
「紙一重だぞ」
「それでも」
「近接戦闘はしてないし、俺はレオナの素材も借りた。それに次に同じことしたら、もう対策されるだろ」
「するよ」
「じゃあ」
「でも!」
レオナが強く言う。
「今日のアタシは本気だった!」
「……うん」
「先生相手だから、武装錬金も全部使った!」
「うん」
「それでも!」
泣きながら笑う。
「先生が、ほんの少しだけ上だった!」
キリオンは少し黙った。
勝ったと言われても、自分にはあまり実感がない。
ただ必死だった。
当たれば痛い。
怪我もする。
だから防いだ。
逃げた。
考えた。
昔、旅をしていた頃もそうだった。
生き残るために、頭を回す。それだけだった。
「……レオナ」
キリオンが近づく。
昔の、小さかった少女を思い出す。
失敗して泣いて、それでも次にはまた挑戦していた。
今も、そこだけは変わっていない。
レオナの頭へ手を乗せる。
「本当に、泣き虫だなあ。まったく」




