19. 覚醒式部門の仕事(中)
「じゃあ、次は証花の種の説明をする。身分証の錬成部屋は、そろそろ……」
草履を脱いで工房内に戻り、孝芳と話しながら階段に向かって歩いていると、廊下に並んだ部屋の戸の一つが開いた。
「あら、皓理ちゃん?」
「梅花さん」
錬成部屋から出て来た梅花は、嬉しそうにこちらに歩いてくる。
「一階に来てどうしたの? もしかして、お昼ご飯を誘いに来てくれたのかしら」
そう言う梅花の手には、お弁当が下げてある。
確かに、そろそろ無の刻、お昼時だ。
昨日までは、梅花と一緒にお弁当を食べていたのだから、この時間帯に一階にいれば、昼食の誘いだと考えるのは妥当だろう。
しかし、今日はおそらく、ゆっくりお昼ご飯を食べる時間は取れない。
「すみません、梅花さん。私も一緒に食べたいのですが、今日は食事の時間が取れそうになくて」
「……食事の時間が取れないって、どういうことなの?」
やや低い声で梅花が問い掛けるのは、私ではなく、横にいた孝芳だ。
孝芳の方も、時間が無いのに呼び止められたからか、イライラし始めているのが分かる。
「どうもこうも、そのままの意味ですよ。この人に今日中に全部の仕事を教えなくちゃいけないんで、時間が無いんです。そちらは暇そうで、羨ましい限りですね」
「ええ? 食事の時間も取れないなんて、そちらの仕事の効率が悪過ぎるんじゃなぁい? そもそも、今日中に全部の仕事を教えるとか、いくら皓理ちゃんが優秀でも無茶振りが過ぎるでしょ。無理矢理引き抜いた癖に、何を考えているのかしら?」
「は? 事情も知らないのに、好き勝手言わないでもらえます?」
「ふふっ、知るわけ無いじゃない。厚顔無恥女の下僕の事情なんか」
……一瞬で、一触即発の空気になった。
特に、梅花の言葉選びに容赦がなさ過ぎる。
「あの、梅花さん。孝芳さんは、どちらかと言えば、被害者の立場です。それに、私が明日以降、必要以上に覚醒式部門長に叱責されないように尽力してくださっているので、攻撃的な物言いは控えて下さると嬉しいです」
「………………そう。皓理ちゃんがそう言うなら、これ以上とやかく言うのは止めておくわ。でも、昼食時間の休憩は、工房の従業員全員に許された権利よ。それを取り上げる権限なんて部門長にも無いんだから、今回のことも、絶対に所長に報告させてもらうわ。これ以上問題を大きくしたくないなら、そちらの部門長に、その旨、きちんと伝えておいて下さいね」
……うん。本当に容赦が無い。
正論で詰められた孝芳が、悔しそうに顔を歪めている。
覚醒式部門長と接した印象と、今まで聞いた話を総合すれば、孝芳が忠告をしても、素直に聞くどころか、罵声が返るだろうことは想像に難くない。
……自分に非が無い状況で責められるのは、結構辛いものだ。
それに、これ以上、一般部門と覚醒式部門の従業員同士が険悪になるのは、良くないだろう。
「梅花さん、心配してくださって、ありがとうございます。覚醒式部門長の無思慮な采配で、私達二人に、必要以上の負担が掛かった事は、私自身から所長に報告しますので、大丈夫ですよ」
にこり、と梅花に笑いかけると、意味が通じたのだろう、梅花も面白そうに目を細めて笑う。
「そうね、貴女が直接所長に報告するのなら、私もこれ以上口出ししたりしないわ。でも、明日からは、また一緒にお弁当を食べましょうね」
「はい、是非」
快諾すると、梅花は「じゃあ、仕事頑張って」とあっさり手を振って書類部屋へと去っていく。
私達も、そのまま廊下を進んで階段を上る。
「…………所長に報告とか、本気でする気?」
ずっと黙っていた孝芳が、階段の踊り場で、ぼそりと小さな声で話し掛けてきた。
「はい。一般部門長の道竹さんも、絶対報告すると息巻いておられましたし、私自身からも報告するのが筋かと。工房内の事とは言え、所長が知らなかったで済ますには、問題のある案件でしょうし。……こう言うと何ですが、後見人の方の手前、所長も私の報告を無視は出来ないでしょう」
「………………ハァ、分かった。所長の叱責程度で、部門長が大人しくなるとは思えないけど、僕も一応、所長に報告が行く心構えでいるよ。……だから、まあ。何かあったら、君の味方になってあげる」
眉を八の字、口をへの字の形にした、複雑な顔付きの孝芳が、私に向き直って小声で宣言する。
……それは、場合によっては覚醒式部門長に逆らう気でいるという意味だろうか?
「……いいのですか?」
「いーよ。僕だって、好きで部門長の無茶振りに付き合ってるワケじゃないしね。もちろん、余計な諍いをする気はないから、無闇に部門長に逆らったりはしないけど…………僕だって、あの人の下僕とか言われるの、嫌だし」
孝芳が、視線を下げて、不貞腐れた声をこぼす。
どうやら、梅花の言葉が、想像以上に心に突き刺さってしまったようだ。
「私も揉め事を起こす気は無いので、所長が帰還するまでの一月は、極力、覚醒式部門長に従うつもりですよ」
「……そう」
「はい」
孝芳に向かって頷いて見せると、少し肩の力が抜けたようで、再び階段を上りだす。
「この後は、僕が実際に証花の種の錬成をするから、視て覚えて。言葉で説明するのは理解り難いと思うから」
「はい」
「それが終わったら、身分証の錬成部屋で、素材と下処理を口頭で説明する。運が良ければ、誰かが材料を錬成してるのが視れるかもしれないけど、最低限の物と流れを確認するのを優先するから」
「分かりました」
「その後最後に、沈魂香の錬成部屋に移動して、素材と錬成方法を教える。時間が足りないから、詳細は明日以降にまわすけど、扱いを間違えると毒になる素材があるから、それの処理だけは今日中に完璧に覚えて」
「はい。必ず」
説明を受けながら、二階の一番奥の部屋へ向かう。
「ここが証花の種と、その外側の卵型容器の仕上げの錬成をする部屋。一番奥に種に関する素材の棚があって、その手前が作業台。入り口に近い方に、容器関係の物が置いてある。…………孝芳です、入ります」
ひと言かけて、戸を開く。
中には一人、男性従業員が作業をしていたが、孝芳は軽く声を掛けるだけでそのまま奥の空間へ移動する。私も軽く挨拶だけして、遅れないように孝芳に付いていった。
「さっきも軽く説明したけど、証花の種は、三種類の霊草の種を組み合わせて、開菱から作った糊で固め直して錬成する」
そう言って孝芳が作業台の上に並べたのは、それぞれ形も大きさも違う三つの種と、小さな壺に入った接着剤だ。
「右端から、圻綱・葦牙・虹化粧の種。全部、含有霊力は低いけど、全属性の霊草だよ」
圻綱は、霊力を良く通す霊草。
葦牙は、成長が異様に早い霊草。
虹化粧は、確か周囲の環境によって花色の変わる、鑑賞用の霊草だったはずだ。
「それぞれ、殻の開き方も使う場所も違うから、良く視てて」
そう言ったきり、孝芳は無言で作業を進める。
まず、圻綱の種の端にごく小さな小刀を当て、慎重かつ手早くぐるりと一周、殻に切れ目を入れていく。
小刀を置き、そっと爪を立てて片側の殻を持ち上げると、楕円状の中身が見える。三分の一ほどが緑がかった灰色、残り三分の二が青みがかった白だ。根や芽になる部分と、栄養になる部分だ。
続いて、葦牙の種の外皮を手で剥き、虹化粧の種は、硬い外皮を小刀の柄尻で叩き割る。
次に、三つの種の錬成陣をそれぞれ展開し、薬匙に似た器具で、圻綱の種の青白い部分の半分を取り除く。その部分に葦牙の種の中身全てと、虹化粧の中身の青緑色の部分を入れ込み、形を整えてから、錬成陣を展開した接着剤を流し込む。
四つの錬成陣を手早く操作して一つの陣に融合させ、接着剤が乾く前に最初に取り除いた殻を被せ直す。
最後に、錬成陣に術式を描き込んでいく。これは……≪霊力反映≫≪開花≫といったところだろうか。
「はあぁ…………よし、錬成終わり」
孝芳が、大きく息を吐く。確かに、錬成陣の操作自体は比較的簡易だが、手元の作業が非常に細かい。これは、苦手な人は苦手だろう。
孝芳は、両手を軽く開閉してほぐした後、出来上がった種型錬成具を品質調査用らしき錬成具に乗せる。
「品質も問題ない。それで、視てて理解った?」
「はい、概ね。細かい確認は、明日にした方がいいですか?」
「いや、昼休憩中は、身分証の錬成部屋は施錠されるから、少し時間がある。質問なら、今聞くよ」
「では、種同士の錬成陣を結び付ける時に、敢えて同じ構成を三つ分残したのは何故ですか?」
「……ちょっと待って。どこ?」
「ええと、」
錬成陣の構成式は、口頭では説明し辛い。
一言ことわってから、先程完成した証花の種の錬成陣を展開する。
「この部分です。一つでも、全体の陣は成立するのに、敢えて三つ残してあるから、どういう意図があるのかと」
「…………確か、温度や湿度で接着剤の融合速度に変化があっても、錬成の成功率を下げないため、だよ」
解答を思い出すかのような返答に、そういえば覚醒式部門の従業員は、錬成陣を丸暗記する人が多いと、道竹が愚痴っていたのを思い出す。
孝芳は、理論も理解してはいるようだが、あまり興味がないことが返答の仕方から察せられた。
(……やっぱり、細かい確認は時間がある時にした方がいいかな)
時間が足りない時に、興味の薄い分野の話を振るのは、余計な負荷になりかねない。
「分かりました。ありがとうございます」
「いや、いいよ。それにしても、本当に、一回視ただけで完全に理解してるんだ……正直、君をみくびってた。ごめん」
軽くとはいえ、孝芳に頭を下げられて、目を瞬く。
「いえ、謝られるようなことは、何も」
「いいや。例え口に出してなくても、身分頼りで苦労知らずの莫迦な見習いだって、思い込みで侮ってた、から、」
そこまで言って、孝芳は気不味げに口を閉じた。
うん。微妙に、謝罪が謝罪じゃなくて悪口になりかけてたからね。真面目さが、完全に裏目に出てる。
まあ、今更その程度の悪口を気にするような、繊細な感性は持ち合わせていない。
それに、孝芳は、今のところ、覚醒式部門における唯一の味方である。
「本当に、謝らなくていいですよ。心は、誰かに縛られることのないものですから、悪意なんて、表に出さないならそれでいいんです。少なくとも、私は孝芳さんが味方をしてくれると言ってくれて、嬉しかったですよ」
「そう、か……君は寛大だね」
「そうでもないですよ」
本当に。
今だって、嘘を吐いたわけではないが、本心全てを告げたわけでも無い。何故なら、悪意とは無意識で言動に滲み出るものだからだ。
表に出さなければいいと言ったが、それは稀な例外だと思っている。
「ひとまず、身分証の錬成部屋の開錠までに少し時間があるなら、お昼を食べませんか? お握りを持ってきているので、良ければ半分食べてください」
「うん、ありがとう」
工房の従業員の大半は、昼は蕎麦やうどんなどの外食だ。孝芳もおそらくそうだろう。
私への悪意の巻き添えを喰らって、昼休憩を返上したのだから、お握りの一つくらいはお裾分けしたい。
(……私の荷物が無事だったらの話だけど)
梅花さんと孝芳が喧嘩し出したので、前後編におさまらなかったです……




