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曙光を見出す  作者: 椿榎楸柊
三章 大きなのっぽの錬成工房

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20. 覚醒式部門の仕事(後)

 荷物は無事だった。


 各階の書類部屋には、従業員が私物を置く簡易棚があるのだが、当然、鍵どころか扉も無い。

 私の荷物は、風呂敷で特殊な結び方をしているので触られたかどうかはすぐに判るが、この状況で無防備に置いておくのは気が進まない。


 ……明日からは、梅花か道竹に預かってもらった方がいいだろう。


 孝芳とお握りを分け合って食べ、身分証の錬成部屋の開錠と同時に入室し、各素材の説明をしてもらう。


「霧欅(きりけやき)と昏倒楠(こんとうくす)の板は、切り分けまで終わった状態で仕入れ先から運ばれてくるから、僕らがやるのは表面の研磨だけだね。錬成も何も無い、専用の鑢(やすり)で磨くだけの単純作業。でも手前がかかるから、手が空いた人は、この作業をするのが暗黙の了解」

「はい」

「こっちの蒔漆(まきうるし)の液は、完全に加工されて運ばれてくるから、週に一回の攪拌以外特に気をつけることは無いよ。開菱(かいびし)は、殻から出すと劣化が早いから、ここで証花に使う分もまとめて加工する。あっちの作業台に置いてある、やっとこに似た器具で殻を割って、中身を蒸した後に擦り鉢で潰して、水と混ぜて再度加熱。滑らかになったら完成。錬成陣を使うのは蒸す時。使用期限は約一週間。これも手間がかかるけど、作り過ぎたら腐るから、錬成前に在庫を確認すること」

「……はい」


 木材の研磨は分かるが、接着剤の在庫管理がそんなに杜撰でいいのだろうか。使用量はだいたい決まっているのだから、定期的に錬成する担当を決めればいいと思うのだが。


「あと、凝固剤と朱墨の素材は知ってるんだっけ?」

「いえ、兎酸球(とさんだま)と峰犀牛(みねさいぎゅう)の膠(にかわ)、血殻蟲(ちがらむし)の粉は初めて見ます。注意事項があれば、教えて下さい」


 実際は<解析>しているので、完全に無知なわけではないが、実際に扱ったことは無い以上、思わぬ勘違いがあったら困る。

 孝芳は頷いて、棚の中の素材を指差しながら一つずつ注意事項を上げていく。


「兎酸球の酸は、青・黒属性の素材で、名前から分かるだろうけど、危険な液体。原液を迂闊に触ると、焼けるっていうか、溶けるから。必ず金属か硝子製の器具で扱うこと。凝固剤の錬成では、蒸留水で薄めて使う。あ、でも絶対、酸の方に水を入れたら駄目だから。水の方に、少しずつ酸を加えること」

「はい」


 兎酸球の酸の保存筒……壺?も、蓋まで金属の特別製だ。


「次はこっち。血殻蟲の粉末。赤属性の素材。これも粉の状態で仕入れるけど、使用前には必ず篩(ふるい)にかけてダマが残らないように気をつけて。強い毒性は無いけど、粉末を吸い込むと喉を痛めることがあるから、使う時は口布を忘れないように」

「気を付けます」


 私はあまり身体が強いとは言えないので、そう言った情報はありがたい。


「最後はこれか。峰犀牛の膠、黄属性。保存中は固形だけど、使う時は水でふやかした後、湯煎にかける。特に危険は無いけど、温度管理を間違うと使えなくなるから。季節によって、微妙に濃度を変化させる必要があるけど、まあ、錬成陣を正確に覚えてたら大丈夫かな。ちょうど、三郎さんが錬成してるけど、見に行く?」

「いえ。集中を乱すのは本意ではありませんし、完成品の錬成陣を確認させていただけるなら、それで充分です」

「そ。じゃあこっち」


 言って、孝芳はまた少し離れた棚の方へ移動する。

 どうやら、素材そのままの物が入り口側、完成品に近いほど奥の棚に仕舞ってあるようだ。


「これが、溶かした後の膠。これに血殻蟲の粉末を混ぜて練って朱墨にしていく……そっちもあるかな……ん、あった。こっちが練った後の団子状の墨。普通の墨とは違って、固めたりせずに、この団子を溶かして適宜使うらしいよ。使用期限は十日程度かな」

「錬成陣を展開しますね」

「ああ」


 錬成陣を展開しつつ、同時に<解析>も行う。

 なるほど、最終的に付与するのは≪改造禁止≫か。あと、もう一つは何の術式だろう……書く・違う・防ぐ……≪誤字防止≫かな? これは、どこまで効果があるのだろう?

 疑問には思うが、孝芳はこの朱墨を使用したことが無さそうだし、錬成陣の構成や術式に興味がある風でもなかった。

 ……ふむ。


「これ、少し使用してみたりは……」

「駄目」

「ですよね」


(……仕方ない。明日以降、時間がある時に部門長……道竹さんに聞いてみよう)


 道竹なら、同じ工房の人間だし、確か十位下の職能技官だ。術式の内容を話しても大丈夫だろう。

 きっと嬉々として解説してくれる。


 ……今、思考が逸れたな。


 今日は覚える事が多過ぎて、集中力が切れてきているらしい。

 深呼吸をして、肺いっぱいに酸素を取り込み、気合いを入れ直して錬成陣を脳裏に刻み込む。

 まだこの後に、沈魂香の錬成も覚えなくてはならないのだ。気を抜いている暇は無い。


「……覚え、ました」

「えっ、もう?」

「はい。実際に錬成していないので確実とは言えませんが、大きな失敗はしません」

「…………そ。なら、沈魂香の説明に移ろうか」


 朱墨を元通りに棚に納め、作業中の人達の邪魔にならないよう、大回りで戸へと向かう。


「失礼しました」


 孝芳を真似て、軽く一礼して退室。

 二階で最後の部屋へと向かう。


「あ、待って。僕は慣れてるから平気だけど、君は口布を当てた方がいい。何か持ってきてる? 無いなら僕のを貸すけど」

「いえ、大丈夫です」


 胴乱(こものいれ)から目の詰まった青い布を取り出して、顔に巻く。染色と刺繍で≪浄化≫を付与した布だ。

 工房に勤めるようになってからも、緊急事態に備えて、各種霊薬や太腿に付けた匕首などの最低限の装備は常に所持している。この布も、毒に備えた物だ。


「お待たせしました」

「うん、じゃあ入るよ」


 戸を開けて入った部屋は無人で、どことなく甘い香りが染み付いている。


「沈魂香の錬成は、皆んな嫌がるから、八割がた僕が錬成してる。手伝いに呼ばれない限り、僕はここにいることが多い」


 ……それは、嫌な仕事を押し付けられているのではないだろうか。

 私ほど問題のある対応はされなかったという話だが、孝芳の待遇もあまり良くない気がする。


「使う素材は、麝麋(じゃび)の香腺・常葉木の油・殖林杏の蒸留酒・密葉樹の葉・茂草・酔醒葉(すいせいよう)。知らない素材はある?」


 孝芳が説明しながら、作業台に一つずつ素材を乗せていく。

 興味深くその様子を見ていたが、最後に出された乾燥葉を見た時、すっ、と血の気が引いたのが分かった。


 ……酔醒葉は、曲輪の毒草園で育てていた霊草の一つだ。

 一時的に肉体を強化し、高揚と興奮を齎(もたら)すが、副作用と依存性が強いので、毒草に分類される。所持や栽培は違法なはずだ。


「えっ……と、麝麋の香腺、と、酔醒葉は知りません」

「ま、どっちも一般には出回らない素材か」


 軽く頷く孝芳は、特に構えることも無く説明を続けている。


「麝麋の香腺は、無属性の妖魔から採れる。油に漬けて保存するんだけど、使うのは香りの成分が溶け込んだ油の方。霊力関係無く、精神を安定させて、心身を弛緩させる効果がある」

「はい」

「で、こっちの酔醒葉。これが、先に言ってた扱いを間違えると毒になる霊草。緑と赤属性。一時的に肉体を強化する効果がある」

「……何故、肉体強化の効果が必要なのですか?」

「そりゃ、覚醒式の時は、極弱いとはいえ、首に付けた錬成具から雷撃が放たれるだろ? ほとんどの人は、雷撃を受けた直後に覚醒するから、すぐに肉体強化の霊薬を吸い込むことで、深刻な損傷を避けて、回復効果を効きやすくするんだよ」


 当たり前のように話されて、少し力が抜ける。とりあえず、酔醒葉は、正当な理由があって配合されているらしい。

 私達は雷撃も省略したので、すぐに思い当たらなかった。


(……いや、私が忘れているだけで、本当に覚醒した時……曲輪で頭領の実験に使われた時は、たぶん雷撃を喰らったんだろうけど)


 この領地で、形式だけの覚醒式を受けた時、私以外の三人の様子が変だった理由の一つはこれなのだろう。

 あと、いくら微弱とはいえ、子供に雷撃を放てば、それは死ぬだろう。どちらも未覚醒であっても、七、八歳と、十五歳では、体格が倍くらい違う。

 生き残った私達は、本当に運が良かったのだろう。


「ただ、この酔醒葉は、そのまま使用すると副作用で嘔吐したり、気分が悪くなったりするから、殖林杏の蒸留酒で成分を抽出するんだ。この成分抽出が、一番難しい。少なくても多くても駄目だから、同じ量で同じ時間漬けてても、最終的に絶対錬成陣で調整しないといけない。効かないのは問題外だし、成分が多過ぎると毒になる」

「……はい」

「大元の葉もそうだけど、抽出酒も素手では触らないように気を付けて。竹箸を使うか、≪防水≫された皮の手袋をするかを徹底すること。あと、持ち出しも駄目。副作用も危ないけど、これ、依存性もあるらしくて、僕が就職してすぐ、従業員の一人が素材を勝手に使った上に、中毒症状を起こして馘首(クビ)になる騒動があったから」

「はい……あの、孝芳さんは、口布をしなくていいんですか?」


 私に厳重に注意するのだから、危険性は分かっているはずなのに、危機感が足りない気がする。


「ああ……慣れてるっていうのもあるけど、この部屋は≪換気≫と、酔醒葉専用の≪毒性中和≫の錬成具が付いてるから、呼吸ひとつでどうこうなることはないよ。錬成する時は、当然口布するし」


 そういえば、酔醒葉特有の、薄荷や柑橘類に似た鼻に抜ける香りがしない。するのは、麝麋のものらしき甘い香りだけだ。


「この部屋以外で酔醒葉を扱ったら、大変なことになるから、絶対持ち出したら駄目。本当は、鍵を付けて管理したいくらいだけど、許可が下りないし……」

「何故ですか? 危険ですよね?」

「まあね。そもそも、免状が無いと、所持するのも禁じられてる霊草だし。でも、さっき言った馘首(クビ)になった元従業員のせいで、下手に専任者を置いたり、個人に鍵の管理をさせるのも危ないって言われてさ」

「それは……部門長が鍵を管理すればいいのでは?」

「マトモに管理すると思う? あの人が」


 その言い草に、何とも言えず、黙り込む。

 ……いや、今日配属の私はまだしも、部下に仕事をしないと思われている上司って何なのだろうか。


「ま、それは置いておいて、今は酔醒葉の処理方法を覚えて」


 そう言って、孝芳は陶器の器に入った酔醒葉を示す。

 本来の酔醒葉は、幅一寸、長さ三尺ほどの細長い葉を沢山付ける霊草だが、器に入っているのは細かく切られた状態の物だ。


「この霊草は、夏の時期しか手に入らない。乾燥させて束になった状態で運ばれてくるから、月に一度、その月使う分を細かくしてる。小さくした方が成分の抽出効率はいいんだけど、下手に薬研なんかを使ったら粉末が舞う可能性があるから、鋏で五分(1.5センチ)に切る程度でいい。葉の根本の茎部分は捨てるんだが、他のゴミと同じように燃やすのは危険だから、そこの箱に溜めておいて、半年に一度、高温で処理する」


 他の素材の説明とは打って変わって詳細な説明に、無言で頷く。


「酔醒葉を漬ける蒸留酒も、火が着くぐらい酒精が強い物だから、匂いを嗅がないように注意して。蒸留酒一升に対して、一合の酔醒葉が目安。約一月漬け込んで成分を抽出する」

「重さでは計らないのですか?」

「重さで計っても、どの道、抽出量の微調整が必要だったから、今は安全を優先して枡で計ってる。天秤を使うと、それなりの時間を、間近で接することになるし」

「分かりました。私も作業する時はそうします」

「うん。で、抽出量の微調整だけど、ここに抽出済みの薬酒があるから錬成陣で確認して」

「はい」


 指示通り、薬酒の錬成陣を展開する。


「錬成陣のこの部分が、酔醒葉の成分の構成式。肉体強化の特性を示す部分が上で、毒性部分が下。赤属性の割合が、全体の三割一分から三割三分までの範囲なら大丈夫」

「調整を行う時に注意することはありますか?」

「抽出量を増やす時に、圧力は加えても温度は上げないようにして。酒精が気化して危険な上に、一気に高濃度になるから」

「はい」


 孝芳の説明を聞きながら、錬成陣をしっかりと覚える。


「うん。これで、ひと通り酔醒葉関係の説明は終わり。他に質問は?」

「有りません」

「よし。錬成陣を消して。一旦酔醒葉関係は片付けるから」

「はい」


 錬成陣を消し、乾燥葉の入った容器や抽出酒を元の位置に片付ける。


「時間は……まだ少し平気か。なら、全体の錬成の流れも説明する」

「はい」


 確かに、ここまできたらひと通り全部聞いておく方がすっきりする。


「酔醒葉の抽出酒はさっきの通りで、麝麋の浸出油も、ほぼ使える状態で運ばれてくる。後は密葉と茂草だけど、こっちも蒸留酒に漬けて成分を抽出する。あ、酔醒葉を漬けてるのとは別の容器でね。で、それぞれの成分抽出が済んだ物を、混ぜていくんだけど、全部揮発性の素材だから、錬成陣を最大限に活用して手早く錬成した方がいい。描き込む術式は≪肉体強化≫≪治癒≫≪即効≫。あと、麝麋の精神安定と心身緩和の特性が消えてないか確認すること」


 孝芳は、やや早口に全体の錬成の流れを説明する。

 たぶん、疲れてきているのだろう、多少説明が雑で、実物や錬成陣を出したりもしない。

 それでも、彼のおかげで、おおよその仕事が把握出来たのだから、最大限感謝すべきだろう。


 そう思った所で、ちょうど外から鐘の音が聞こえる。

 黄の刻半。

 退勤時間だ。


最近、少し閲覧してくださる方が増えて嬉しいです。

今後もよろしくお願いします。


土・日は更新が出来ない時がありますので、ご了承下さい。

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