18. 覚醒式部門の仕事(前)
「覚醒式部門の仕事は、基本的に年間通してあんまり変わらない。ここや、近隣の領地の覚醒式で使う錬成具の七割近くはウチが錬成してるから、とにかく数が多いんだ。期日までに納品数を揃えるのが最優先」
指導係の孝芳が、納品に関する書類を見せながら説明してくれる。
「僕らが錬成するのは、覚醒式の時に一人一人に必要になる、まあ、消耗品。覚醒部屋に据え置きの錬成具とか、使い回す小雷の錬成具とかは、所長や部門長とかが錬成するから考えなくていいよ」
…………そうなのか。残念だ。
覚醒式を受けた部屋にあった錬成具は、初めて見る効果の錬成具ばかりだったので、教えてもらうのを楽しみにしていたのだが。
「それで、これが最終的に納品する錬成具の一覧。量は多少前後するけど、だいたい月に、各種二百五十。大変だけど、これを毎回過不足無く納品してるから、ウチの工房は領地の優良工房の認定が貰えてるんだ。一般部門に仕事の注文があるのも、僕らの仕事で工房全体が評価されてるおかげってこと」
「ああ、はい」
なるほど、一般部門とはだいぶ認識が違う。
これは、どちらが正しいとかではなく、どちらの仕事も大切なのに、対抗心が無駄に増大しているせいなのだろう。
孝芳の態度からも、仕事に誇りを持っているのは見受けられる。
手渡された書類には、四つの錬成具の名前が載っている。身分証・証花の凝固剤・証花の種入り卵型陶器・沈魂香だ。
「僕がよく受け持つのは、この、沈魂香の錬成。これは、区分的には霊薬で、魂が覚醒しやすいように、心身を安定、弛緩させる効果がある。配分を間違えると毒になるから、無闇に効果を高めるんじゃなくて、基本に忠実に錬成するのが何より大事」
「はい」
頷きながらも、これは私達の覚醒式では使用を省略した霊薬なので、詳細は分からない。後で実物を<解析>させてもらおう。
「身分証は、下準備も含めて、さっき僕達がいた部屋で錬成してる。偽造を防ぐために、身分証の最後の錬成は、国と契約した職能技官の資格を持つ人が担当することになってるし、下処理した素材を含めて部屋からの持ち出しは禁止されてる。君が関わる可能性があるのは、部屋内部での素材の下処理だけ」
「はい」
「下処理でよくやるのは、素材の粉砕や研磨、二種類の接着剤の錬成。たまに手が足りない時は、朱墨の錬成もやる。あと、凝固剤は別枠の納品になるけど、これも素材を同じ部屋で管理してるから、あそこで錬成することが多いね。君がさっき部門長に要求されてたのは、素材からして朱墨と凝固剤、この二つの錬成だと思うよ」
「ああ……なるほど、二つ分の素材が混ざっていたんですね」
道理で、上げられた素材に統一感がないと思った。
「では、糸仲の樹脂・果豆の油・兎酸球の酸が凝固剤の素材で、峰犀牛の膠と血殻蟲の粉末が朱墨の素材ですか?」
「へぇ、理解るんだ?」
「初めて見る素材がいくつかありますので、すぐに錬成するのは難しいでしょうが、類似の物は錬成したことがあります」
凝固剤は、曲輪で揃う素材で錬成していた護塗膜に似ているし、朱墨は霊墨の一種だろう。
「ふーん? 見習いって言ってもこの工房に就職するだけはあるんだね。それなら、今日中に大まかな仕事は教えられるかな」
「よろしくお願いします」
私としても、ややこしい人間に絡まれるよりも、新しい錬成具の知識を得る方が何万倍も有意義だ。
「あとは、証花の種と、それを入れる卵型の容器か。証花の種は、三種類の霊草の種と、それらを癒着させる特殊な糊が素材。卵型容器の錬成は、ほぼ陶芸だね。こっちも焼成は専任の先輩がいるから、僕らがやるのは素材の下処理。素材は、泥と二種類の灰、あと接着用の蒔漆」
「灰は、釉薬用ですか?」
「そう。専任の先輩がうるさくて、下処理まで全部工房でやりたがるから、作業を手伝う日は泥まみれになる覚悟をしておいた方がいいよ。一応作業着の貸し出しはあるけど、洗濯は自分でしなきゃいけないし、君は大きさが合わないんじゃない?」
「……そうでしょうね」
この工房で見かける女性は、梅花と覚醒式部門長の他にも二名ほどいるが、全員私より二寸近くは背が高い。男性陣は言うまでも無いだろう。
「作業用の上着を持ってきますね」
「そう……いや、あー……何か私物を持って来た時は、さっき言った陶芸専任の先輩に預かってもらうといいんじゃない? あの人には、部門長も強く言えないみたいだし、先にそっちに行こう」
「……はい、ありがとうございます」
そう言って、すぐに書類部屋から出る。
どうやら反応からして、覚醒式部門長の印章無断使用を知っているようだ。まあ、両部門長が、あれだけ騒いでいたのだから当然か。
そして、覚醒式部門の従業員から見ても、私の私物は覚醒式部門長に汚損されそうに見えるらしい。
「……新人に対する覚醒式部門長の対応は、これが標準なのでしょうか?」
多少態度が威圧的だったり、説明が杜撰だったりはともかく、印章の無断使用や私物の汚損は問題だろう。
犯罪組織でもあるまいし、もしこれが標準なのだとしたら、工房全体の良識を疑う必要がある。
「いや、流石にそれは無い。君の前に覚醒式部門に入ったのは僕だけど、多少の難癖以外は、むしろ放置されてたぐらい。だから、君の方に、よほどの問題があるのかと思ってたんだけど…………」
そう言って、横を歩く私を、観察するようにじっと見つめてくる。
何だろうか。
「まあ、たぶん、部門長の嫉妬なんじゃない?」
「嫉妬?」
「そう。自分より若い、自分より綺麗、自分より優秀。そういう人に、理不尽に厳しい人だから。要は、足を引っ張って、自分より下だって思いたいんだろ。それにしたって、君への対応は度が過ぎてると思うけど」
嫉妬。
そう言われても、ピンとこない。
私が覚醒式部門長を知らないように、彼女の方も私を知らないはずなのに、何を羨ましがるというのだろうか。
むしろ、彼女自身の現状に、何か不満でもあるのかもしれないが…………
まあ、私が考えることでもない。
「……とりあえず、覚醒式部門長には、ひたすら謝罪をしていたら、問題ありませんか?」
「まあ、反論するよりかはね。正しいかどうかよりも、気に入るかどうかで判断する人だから、駄目な時は何言っても駄目。僕も散々やって諦めたから」
「諦めた」という言葉に、何とも言えない徒労感が滲んでいる。態度や口調は割とそっけないが、根が真面目な分、意外と苦労しているようだ。
(……明黎も、結構そんな感じなんだよね。根が真面目で優しいのに、言動が辛辣で、感謝されるのが苦手で。……まあ、明黎は私が威圧されてる時に、放置なんかしないけど)
ほんの僅かでも、明黎に似ていると思えば、それだけで好感度が上がる。
「すみません、大己さん、今いいですか?」
一階の裏口から、工房共有の草履をつっかけて外に出る。
工房裏手の窯が並んだ場所から少し離れた所にある、屋根の付いた作業場で声を掛けると、大柄な男性がのっそりと姿を現した。
「……孝芳か。どうした? 今日は手伝いの日じゃないだろ」
「ええ。今日は新人の指導と紹介です。彼女は皓理。今日付けで、覚醒式部門の所属になりました」
「ああ、どうも。…………? あんた、最近何度か、窯を使いにこなかったか?」
「はい。昨日までは、一般部門の所属でしたので」
「ん?」
大柄な男性、大己は、どういう事だとばかりに首を捻っている。
彼は、あまり室内での作業をしない上に、周囲の事に興味が無い人なのだろう。
私が初めに窯を使いに来た時の挨拶も「どうも」のひと言で済ませて終わったし。
孝芳が、おおよその経緯を説明するのにも、興味薄げに頷いている。
「はあ、なるほどなぁ。部門長も困ったもんだ。俺は、出勤中はだいたいここにいるから、作業着くらいなら預かってやれるが、見ての通り吹きっさらしだからな。貴重品は無理だぞ」
「はい。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「ん。あと、俺んトコの作業は、適宜必要な時に教えっから、今日は他を優先しな。時間足らんだろ」
「ありがとうございます。ではまた後日」
「おお」
相槌ひとつで、あっさり背を向けた大己に倣って、こちらも早々に室内へと戻った。




