17. 配属変更初日
黄朽葉月八日。
今日から、私は覚醒式部門に配属になる。
といっても、同じ工房内だし、出勤退勤時間も変わらない。そう違いは無いだろう。
……と、思っていたのだが。
「なんでそんなことも出来ないの?!」
ガシャン、ゴトゴト……
癇癪を起こした覚醒式部門長が、近くにあった素材箱を倒し、中の木片が床にこぼれ落ちる。
彼女はこちらを睨みつけて威圧している……つもりなのだろうが、正直全く脅威を感じない。
(というか、今、倒す物を選んでたしな……)
倒れた箱の側には、液体や粉の入った壺などもあったが、彼女はそれらを避けて棚から木片の箱だけを叩き落とした。たぶん、半ば無意識に現状復旧が容易な物を選んだのだろう。
(育ちがいいというか、計算高いというか……)
言葉を飾らずに言うのであれば、小物だ。
彼女の威嚇も、迫力に欠け過ぎていて、見ていると謎の気不味さすら感じる。
「ちょっと! 聞いてるの?!」
「はい。聞いています」
「だったら、なんでなにも言わないのよ!」
経験的に、こういう時の私の返答は、相手をより怒らせることが多いので黙っていたのだが…………まあ、いいか。
「何故、と言われましても。ご存知のように、私は今日この部門に配属になったばかりで、覚醒式部門の仕事内容を全く知りません。また、自分の覚醒式の時以外に、覚醒式で使用する錬成具を視たこともありません。素材も術式も知らない状態では、何の錬成も出来ないのは当然かと。せめて、具体的な指示を下さい」
私が返答すると、覚醒式部門長は目を見開いて、口を開閉する。
……怒らせずに済んだのだろうか。
「えっ、なっ、なによ。私が悪いって言いたいわけ?!」
「いいえ。貴女が悪いと言いたいのではなく、具体的に指示を出してくださいと言いました」
「…………っ!!」
今度は、顔を真っ赤にして震えている。
……やっぱり怒らせたらしい。
「……ぶっはっ!」
覚醒式部門長の後方で、同じ部屋にいた数人の従業員のうち、一人が吹き出した。笑い声に反応した彼女が振り返った時には、既にしれっとした顔で作業に戻っていたが、微妙に肩が震えたままだ。
ただ彼女には、誰が笑ったのか判らなかったようで、その場にいた従業員全員を憎々し気に睨みつける。
「ちょっと、だれ?! 今笑ったの!」
従業員達は一斉に首を振るが、笑った当の本人が、意味あり気にチラリと一番若い男性に視線をやる。
「……孝芳、あんた?」
「えっ! いえ、違います!」
視線に釣られた覚醒式部門長が、若い従業員を名指しする。
彼は突然の濡れ衣に慌てて否定をしているが、その慌てぶりが逆に疑惑を深めたようだ。
「ふぅん? まあ、いいわ。あんたがこの女の指導役よ。明日までに、この女が使えるように仕事を教えておきなさい。いいわね?」
「は? 明日って……そんな無茶な」
「うるさいわね。あんたまで私に逆らう気? 部門長である、この私に?」
「いえ……すみません」
「ふんっ」
足音も荒く、覚醒式部門長は部屋を出ていった。
……この部屋には、仕事をしに来たのではないのだろうか。
「……ハァ、最悪。君のせいで、僕まで厄介事に巻き込まれたんだけど?」
私の指導役に指名された孝芳という人の方を向くと、目が合って早々に文句をつけられた。
「私のせい、と言われましても」
「ハァ。上司が怒ってる時は、反論するんじゃなくて、とりあえず謝っとけばいいんだよ。どうせ、何言っても聞きやしないんだし」
…………そういうものだろうか?
疑問には思うが、彼女との接し方についてはこの部門の人達の方に一日の長がある。忠告は素直に聞くべきだろう。
「分かりました。以降、気をつけます」
「そうして」
孝芳は、嫌々ながらも、指導役になった以上、世話をしてくれる気はあるようだ。根が真面目なのだろう。覚醒式部門長の散らかした木片を箱に戻すのを手伝ってくれた。
「よっ、と。この棚は、身分証の錬成に必要な物が置いてあるんだ。ついでだから、説明を……」
「いや、キミたち災難だったねえ」
箱を元通りに棚に戻したところで、後ろから別の従業員に声を掛けられた。
孝芳が振り返って少々不服気に返答する。
「いや、なに人ごとみたいに言ってるんですか。そもそも、吹き出したの三郎さんでしょ。やめて下さいよ。おかげで僕がとばっちり食らったんですけど」
「すまんすまん。面白すぎて我慢できなくてさ。でも、孝芳だって笑ってたろ。肩震えてたぞ」
「まあ、そりゃ、少しは……」
気の良い顔で笑っているのは、先程、自然に孝芳に罪をなすり付けた男だ。
孝芳は、その事に気づいていないのか、ため息を吐いているだけだが、この男、どう考えても性格が善ろしくない。
「そこのお嬢ちゃんも、怒った部門長に真っ向から言い返すなんて、なかなかやるねえ。やっぱり、貴族家の血筋ってのは本当なのかい?」
「いえ。私は貴族家の出身ではありません」
やっぱりって何だ、とは思いつつ、血縁についてははっきりと否定する。
「え。でも、キミをこの工房に入れるために、高位貴族がゴリ押ししたって聞いてるけど」
「貴族の方に後見はしていただいておりますが、それ以外のことは事実無根です」
……聞いた、とは誰にだろうか。
私が初めて工房を訪れ、所長と面会した時には、沙扶が付き添ってくれていた。彼女は次期公爵夫人の筆頭侍女で、本人も貴族位を持つ。だから、貴族と縁があるのは、工房の従業員なら知っていてもおかしくはない。特に隠す気もないので、貴族の後見人がいることは一般部門の人達も知っている。
だが、高位貴族の血筋とかいう誤解は、どこから出た話なのだろう? 誤解を招くようなことは言っていないはずだが。
……そのあたり、一般部門長の道竹に確認してみるべきかもしれない。
「そうなんだ、残念」
「残念って……三郎さん、高位貴族の家なら、娘を工房に入れるんじゃなくて、師匠を雇いますよ。当然じゃないですか」
呆れたように孝芳が言う。
錬成術師の資格を取得するには、一年間の実務経験と試験合格が必要だが、実務経験については指導役が十一位下以上の職能技官であれば、師弟関係での教育でも認められるらしい。実際、私が城勤めを選んでいたら、城勤めの錬成術師が指導役になっただろうと、何かの折に聞いたことがある。
「でもさ、貴族家って言っても色々でしょ。貴族家に生まれても、本人に能力が無ければ位階はもらえないから、没落するのは一瞬だし」
「いや、そういうのは下位の方の家ですよ。高位貴族の本家筋は、大抵後継者教育もしっかりしてるから、そう簡単に没落したりしません」
「へぇ、詳しいね。貴族家出身だっけ?」
「違います。身内に役人が多いだけですよ。知っているでしょ」
「そうだった、そうだった。で、お嬢ちゃんは本当に貴族家出身じゃないの?」
「違います」
どうして何度も確認されるか分からないが、違うものは違う。
「うーん、じゃあ、部門長に正面から対抗するのはオススメしないかなぁ。部門長、さっき話に出た、没落貴族家の出身で、すっごく血筋に拘るんだよねー。叔父さんと旦那のお兄さん?か誰かがギリギリ貴族位を持ってるとかで、気位が高い高い。本人は、十一位上の位しか持って無いのにねぇ」
三郎の物言いは、こちらを気遣っているようにも聞こえるが、やはり、どことなく嫌味を感じる。あまり長々と話していたい相手ではない。
「そうですか、上手くやっていけるように気を付けます。つきましては、孝芳さん。覚醒式部門の仕事内容について詳しくお伺いしたいのですが。明日までにとの指示でしたし」
「分かった。そうだな、時間も無いし、順序立てて説明した方が手っ取り早いか。一旦、書類部屋に移動しよう」
「はい。では、失礼します」
まだ話をしたい素振りの三郎に会釈をして、部屋を出る。
(……何か、面倒臭い人が多いな……)
廊下の先にある階段を見て、早くも一階にいる一般部門の面々が懐かしくなった。




