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曙光を見出す  作者: 椿榎楸柊
三章 大きなのっぽの錬成工房

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17. 道竹

ギリッギリで月曜9時に間に合いました。

一般部門長視点です

「はあ…………」


 納品のための書類に、部門長の印章を捺したところで、大きなため息がもれた。

 今は、この印章を見るだけでも憂鬱だ。早々に視界から消すべく、鍵付きの棚に仕舞い込む。


(なんで常日頃から、こうやってこまめに仕舞っておかなかったんだろう…………)


「はあ…………」


 再びため息を吐く。


「ちょっと、部門長。辛気臭いからため息吐くの、止めてくださいよ」

「あ、ごめん、梅花さん……」

「皓理ちゃんが上の連中に盗られちゃって、落ち込むのは分かりますけど」

「うん………………はあ」


 うっかり、またため息を吐いてしまったが、梅花さんは呆れた顔をしながらも見逃してくれるようだ。皓理さんと一番仲が良かったのは梅花さんなのに、申し訳ない。


 でも、正直に言えば、落ち込んでため息くらい吐いても、仕方がないと思う。

 それぐらい、昨日まで一般部門(うち)に所属していた皓理さんは貴重な人材だったのだから。


 そもそも、皓理さんは、予定されていない急な採用だった。しかも、正式な資格を持たない見習いだと聞いて、相当怪しい話だと思った。


 うちの工房は、領地で一番の規模を誇る。この領地で一番だと言うことは、国中で数えても五指に入るということだ。所属している従業員だって、皆それぞれに優秀で、他の工房から引き抜かれてくるような人ばかりだ。貴族お抱えの錬成術師を含めたって、一流と称していい者達だろう。

 そんな中に見習いを、それも一年の期間限定で雇うと聞いて、流石にどういうことかと所長を問い詰めた。けれど所長は、断れない筋からの口利きだと言うだけで、詳細を教えてはくれなかった。

 所長は優秀な錬成術師だが、同時に貴族的な行動もする人だ。おそらくは高位貴族からの圧力なのだろうと、渋々自分を納得させた。


 無理矢理納得はしたものの、彼女の就職が近付くにつれて、憂鬱な気分は増していった。


 僕は、人間関係、特に女性相手の交流が苦手だ。あの女性特有の高い声で感情的に喚(わめ)かれると、嫌悪と恐怖でどうしていいのか分からなくなる。原因は、まあ、自分の母親だ。

 四十代も半ばを過ぎて、いまだに親の影響から完全に抜け出せないことを、自分でも情け無いとは思うのだが、自分ではどうすることも出来ない。

 

 それなのに、新しく自分の部下になるのは、所長に圧力をかけるような、高位貴族の、若い女性。

 挨拶の時には礼儀正しく穏やかそうに見えたが、いつこの態度が豹変するのかと思えば、冷や汗が止まらなかった。


(……なるべく刺激しないように、丁重にもてなそう……)


 そう思っていたのに、彼女は初日から掃除や雑用を引き受けようとする。

 正直、気が休まらないので止めて欲しいけど、拒否するのも、それはそれで恐ろしい。

 何とか朝の時間を乗り切って、教育係の二人に彼女を引き渡した時には、既に全身が脱力するほどに疲れ果てていた。


 それでも何とか一日の仕事をこなし、遠くから観察する分には問題が無さそうだと安心したところで、梅花さんが新人の彼女を連れてやってきた。

 全力で平静を装いながらも、何があったのかと戦々恐々としていたら、意外にも錬成術に関する話だった。

 それも、新しい術式だと聞けば、俄然(がぜん)興味がわく。


 僕は、時に錬成陣狂いと称される程度には、錬成術が好きだ。

 精緻な錬成陣を視ると美しいと思うし、出来ればずっとその美しい世界に浸っていたいと思う。

 普遍的でありながら無駄も矛盾も無く、ひたすら正しくそこにある。錬成陣の中にある世界には嘘も誤魔化しも通じない。

 語り尽くせないほどの美しさ、面白さ、素晴らしさがあるのに、何故かほとんどの人に話が通じない。錬成陣が視えない人は仕方なくとも、同じ錬成術師ですら興味を持たない人が大半だ。

 流石にこの年になれば、そういうものだと諦めもつくが、若い頃はわかってもらえないことが辛かったものだ。

 そのせいで、ますます人付き合いが苦手になり、錬成術にのめり込んだのだが。


 とにかく、新しい術式とやらを見せてもらうと、今まで知らなかった概遍文字の単語もあって、非常に興味深いものだった。

 しかも、目の前には術式の改良に成功した逸材がいる。ついつい調子に乗って早口に喋ってしまっても、引かれるでも呆れるでもなく、話に乗ってきてくれる上に、意見も合う。

 この時点で、彼女の印象はかなり変わっていた。貴族女性の暇潰しとかではなく、本当に錬成術に興味関心のある人らしい。


 その後、我慢出来ずに、新しい術式を実際に使って錬成したところ、あっさりと成功。十年前に、僕自身が改良した時から進展の無かった術式が、久しぶりに更新された。

 早速実用を考えていたところ、ふと視線を上げて固まった。何故か、目の前に新人の彼女がいる。

 よくよく思い返してみれば、錬成中もあれこれと補助をされていた記憶が微かにあって、更に顔が引き攣る。

 何とか謝罪だけは口にしたものの、言葉が続かない。いつ怒鳴り声が降り注ぐかと、逃げ場を探して視線が彷徨う。

 しかし予想に反して、彼女は淡々と説明をした後、こちらに質問までしてきた。

 その対応に、ふっと肩の力が抜ける。

 落ち着いて、改めて見れば、そこにいるのは、ひとりの優秀な錬成術師だった。


 手早く片付けを終えて帰宅する皓理さんを見送って、束の間、思案する。


 出勤初日、まだ見習いのはずの、成人直後の若い女性。

 それなのに、彼女は、知識も技術も、既に一流の域にいる。

 …………彼女には、おそらく、既に数年の実務経験がある。

 知識量に関してもそうだが、何より術式の改良など、いくら才能があっても一朝一夕で出来ることではない。錬成陣は、<錬成術>の刻印持ちにしか視れないのだ。その一部である概遍文字も、刻印が無いなら理解出来ない。どれだけの天才児でも、未覚醒の者には不可能だ。

 年齢を誤魔化しているようには見えないし、おそらく何か事情があって、非正規の手段で覚醒したのだろう。


(……高位の貴族が介入してるのも、そのへんの事情関連なのかな。生まれも隠したいみたいだし……)


 朝、彼女は普通の平民を自称していたが、どう考えても普通とは程遠い。


(……でも、すごくいい子みたいなんだよな……)


 挙動不審だっただろう僕にも、自身の高い声を嫌がって最低限しか口を開かない草二にも、ごく普通に接してくれたし、意外と厳しい梅花にも気に入られたようだ。

 他の従業員にも礼儀正しく、掃除や雑用を積極的に請け負ってくれる。知らないことや分からないことは、素直に周囲に聞く謙虚さもある。


 優秀で、勤勉で、親切で、謙虚で。

 複雑な事情持ちなのが気にならないわけではないが、理想的な人材過ぎる。

 ……あと、彼女、錬成術の詳しい話をしても嫌がらなかったし。


「……一年は、一般部門(うち)にいるんだし、馴染めるように、僕も協力しないといけないよね」


 女性は苦手だけど、優秀な錬成術師は好きだ。

 それに、頼りになる人員が増えるなら、その分、皆の負担が減って、それぞれが研究に使える時間も増える。

 覚醒式部門長に、新人の教育を押し付けられた時は憂鬱で仕方なかったけれど、蓋を開けてみれば、得難い人材を確保することが出来て、実に幸運だったと言える。

 一年限定の予定とはいえ、皓理さんがいる間は充実した時間が過ごせそうだ。


(…………そう、思ってたのに。僕なりに精一杯、皓理さんが過ごしやすいように配慮して、部門内の人間関係も良好だったのに……あの自己顕示欲肥大化癇癪女。ついにここまでやるようになったのか)


 人を蹴落とすことを、能力を示すことだと勘違いしている節のある、覚醒式部門長から、今までも仕事を押し付けられたり、横やりを入れられたことはあった。

 だが、流石に書類偽造と印章の無駄使用は冗談では済まされない。


(所長が留守で、事なかれ主義の副所長が報告を上げないことを計算して、やらかしたんだろうけど)


 僕だって、普段は極力覚醒式部門長とは対立しないように振る舞っている。


 覚醒式部門長は、僕の苦手な感情的な女性そのものだ。更に言うなら、自己中心的で、強い者に媚び、弱い者に当たるという最悪な性格をしている。

 記憶力と錬成の腕こそ悪く無いが、錬成陣を丸暗記して基礎研究を疎かにする三流錬成術師なのに、いかに自分が優秀かを声高に主張する。

 最近は、あの部門長につられて、覚醒式部門の従業員達が一般部門を見下す始末だ。


 関わる時間を極力少なくしたくて、唯々諾々と要求に従っていた僕にも非があるのは分かっているが、だからといって犯罪まがいの行為まで許すと思われているのは心外だ。


(……それに、覚醒式部門長が皓理さんを見る目は、何かおかしい)


 元々、同じ女性への対処の方が、何故かキツい人だが、自分が無理矢理引き抜いたくせに、皓理さんにはいっそ敵意めいた視線を向けていた。


(いざとなったら、副所長と対立してでも皓理さんを守らないと……)


 僕は配属変更に同意なんてしてないんだから、皓理さんは、まだ僕の部下だ。僕が守らないと。

 ぎゅと手を握りしめて、改めて決意する、が、


「…………はあ」


 決意はしているし、それを違える気も無い。けど、それを出来る能力があるかどうかは別物だ。

 所長が帰還した時の、覚醒式部門長との対立を考えると、どうしてもため息は出る。


「……梅花さん、上司に媚びるって、どうやればいいのかな……?」

「え? 私に媚びて欲しいんですか?」

「あ、いや、違くて。僕の話を所長や副所長に聞いてもらうにはどうするべきかなって……」


 梅花さんに呆れた視線を向けられるが、実際彼らが、覚醒式部門長より僕の意見を優先したことなど無い。


「……媚びるとか、慣れないことしても碌なことになりませんよ。事実をそのまま言った方がマシだと思いますよ」

「うん……そうだよね…………」


 そもそもいい年したオジサンが媚びるとか、無理があるのは分かっている。単なる現実逃避だ。


「…………はあ。皓理さん、大丈夫かな…………」


 今日から上の階にいる、彼女の境遇を考えて、またため息を吐いた。


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