14. いつも通りではない工房
「おはようございます」
「おはよう。今日も早いね」
買い物を堪能した翌日からは、またしばらく仕事の日が続く。
午前中は予定通り、窯を使って浄化炭の錬成を行った。この窯は、曲輪にあった旧式の物と違って、一日で炭が完成する優れ物だ。
昼になり、作業を一旦切り上げてお弁当を食べるために書類部屋へ行くと、今日初めて顔を合わせる梅花が朗らかに話し掛けてくれる。
「あらぁ、髪型を変えたの?」
「はい。髪紐を新調したので……」
今までは錬成の邪魔にならないように、横髪を簡単に編んでひとつ結んでいたのだが、折角明黎が髪紐を贈ってくれたので、少し髪型も変えたのだ。
と言っても、作業の邪魔になるのは論外なので、大きく変えたわけではない。少し編み込みの位置を変えて、少し高い位置で結んだだけだ。実際、部門長の道竹をはじめとする男性従業員は気付いていないようだったし。
「いいわね、よく似合ってるわ。その髪紐も結構いい物じゃない? 貴女の髪によく映えてるわ」
「ありがとうございます」
髪紐を褒められるのは素直に嬉しい。
「あら……もしかして、誰かからの贈り物?」
「はい。先日お話しした幼馴染の一人が買ってくれまして」
「あら素敵! 昨日二人で買いに行ったの?」
「いえ、三人で」
笑顔で聞かれたので、笑顔で答えたら、何故か瞬きの後で首を傾げられた。
「……三人?」
「はい。一人は仕事の都合が付かなかったので。次は四人で行く予定です」
「……そう」
何故か妙に沈んだ声で相槌を打たれる。
……何か変な事を言っただろうか。
「あの、梅花さん?」
「あ、何でもないの。ちょっと昨日から、二階のババァ……失礼。覚醒部門の部門長が騒がしくって、明るい話題を聞きたかっただけなの」
再び笑って話してはいるが、今、ババアって言わなかっただろうか。
覚醒部門の部門長は、確か梅花より歳上の女性だったはずだ。顔立ちも性格もややキツく、よく道竹がやり込められて、ため息を吐いている。私の教育も、そうやって道竹に押し付けていた。
実は、私が初めてこの工房を訪れた時に案内をしてくれた人なのだが、あの時と次に会った時では驚くほど態度が違った。どうも、相手の地位によってあからさまに態度を変える人種らしい。
そして、彼女は一般部門の従業員を軒並み見下しているらしく、態度が悪い。そのせいで、こちらの従業員からも相応に嫌われている。
しかし、いくら嫌いな相手でも、普段の梅花なら、上役をババアなんて言ったりしない。
「……昨日、何かあったんですか?」
「ちょっとね。ほら、ここのところ、皓理ちゃんから聞いた術式を部門長が報告に上げたりしていたでしょう? それが連続で所長に採用されたから、難癖つけてきてるのよ。午前中も一回来ていたみたいよ。暇なのかしら」
おっとりした声で険のある言葉を吐く梅花の雰囲気は、少々刺々しい。覚醒部門の部門長は、一体何をやらかしたのだろうか。
「あの人、っていうか覚醒部門の人間はほとんどだけど、無意味に偉そうなのよね。いつも命令口調で、こちらが従うのを当然だと思っているし。別に作ってるものが違うだけで、錬成術師としての腕がいいわけでも無いのに」
私はあまり、覚醒部門の従業員と会ったことがないが、どうやら一般部門とは軋轢があるようだ。
「はぁ……嫌な人達の話なんて、食事時にするものじゃないわね。はぁ、早く食べてしまいましょ」
「はい」
気を取り直して、お弁当を食べ進める。食べながら話すのは、旬の食材やおかずの作り方についてだ。梅花は料理も好きなようで、時々、魚介類の料理のコツを教えてもらったりもする。
「これから寒くなってきたら、鍋料理が増えるでしょ? でもいつも同じ出汁だと飽きちゃうから……」
「ちょっと待って下さい!」
当然、階段の方から道竹の大きな声が降ってくる。普段の気弱な声とは違う、怒りを含んだ声音だ。
「うるさいわね。所長の許可は取ったんだから、文句無いでしょ」
「僕は同意していません。勝手に申請を出すのは越権行為ですよ!」
「はあ? 言い掛かりはやめてくれない? アンタが愚図だから、私が代わりに書類を出してあげただけでしょ」
「だから、僕は承諾してないって言ってるんです。書類なんて書くわけないでしょう!」
何やら、女性と言い争っている声が聞こえる。たぶん、先程話題に出た覚醒部門の部門長だろう。
争いの内容は知らないけれど、随分と興奮している。
「とにかく! 僕は皓理さんの配属変更なんて認めませんから!」
…………え、私?




