11. 染料の購入
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
店の出口まで見送ってくれた店員に会釈をして歩き出す。取り置きしてもらった商品を受け取りに、また来月にはこの店には来ることになる。……取り置きは固定客を獲得するにはよく出来た仕組みらしい。商品に自信あってこそだろうが。
次に立ち寄った糸問屋では、刺繍用の糸を特に問題無く購入した。次は素材屋だ。
「いらっしゃい」
「お邪魔します、お爺さん」
「ああ、あんた達か。買う物が決まったら声かけてくれ」
店員としては非常にそっけないし、ある意味無礼な態度なのだが、この店は既に顔馴染みなので特に構える必要もない。
最初に来た時は、まだ真面に対応してくれていたのだが、私が<解析術>持ちだと察してからは無言の信頼を元に放っておかれるようになった。
無愛想な店主だが、彼自身も<解析術>の刻印持ちな事もあって、商品の品質と値付けは確かだ。
今日の目的は、先程購入した試作品の布を染める染料の購入だ。
布に使われている雲喰蚕の繭糸も蓑蜘蛛の糸も、どちらも高品質素材だ。どちらの糸もしなやかで強靭。元々の特性として、強化、保護、防水、通気、弾性、衝撃吸収、擬態などの性質を持っている。≪効果≫は付いていないが、これだけの特性と霊力の含有量があれば、かなりの効果を付与出来るだろう。
「≪強化≫≪硬化≫は当然として、長く使うなら≪浄化≫≪修復≫も欲しいな」
その四つの効果を付与するのは確定だとしても、後はどういう効果を付けるか、正直決めかねている。≪修復≫が欲しいから、緑属性を持つ植物由来の素材なのは確定として、組み合わせる予定の布との相性も無視出来ない。
別布と同じく鉄蓼で染めれば、≪消音≫≪消臭≫≪幻影≫を組み合わせて≪気配遮断≫をつけられる。
渋豆で染め、≪強化≫≪硬化≫の効果を高めて純粋に防具としての性能を上げるのもいい。
黒涙木で染めたら、≪幻影≫≪影≫≪隠蔽≫あたり……もしかすると≪分身≫を付与出来るかもしれない。
多色染めという選択肢も無くはないが、下手に属性が分散すると互いの効果を阻害する可能性が出てくる。そして、反物を丸ごと染色する以上、選べるのは一つか二つだ。
「んー……」
店に置いてある素材に質の違いがあれば、それが判断材料になるかとも思ったのだけれど、流石<解析術>持ちの店と言うべきか、三つとも質の良い素材が揃っている。
「どうした?」
三種類の素材を前に動かない私を不審に思ったらしい明黎に問いかけられる。
「うん、羽織に付ける効果を≪気配遮断≫か≪強化≫の増強か≪分身≫にするか悩んでる」
「……その≪分身≫ってのはなんだ?」
明黎に訝しげに問われる。
私も地下書庫で読んだだけで、今まで実際に付与したことの無い効果なので、明黎も当然詳細を知らない。
「幻影の一種だけど、自分の輪郭を曖昧にする……姿がぶれて二重映しに見えるようになる効果。視界の撹乱というか、幻影の囮というか」
幻影の詳細な設定の必要もなく、自分の姿を追うように幻影が展開するので≪分身≫という名前が付いている。
「ふん? つまり、意識を割かずに自分の姿を誤魔化せるのか」
「うん。幻影を独立して動かしたりは出来ないけど、用途を絞る分霊力負担は少なくて済むはずだよ」
「なるほどな。撹乱というよりは、戦闘向きの特殊な隠蔽か」
通常の≪隠蔽≫は、陰影の操作で姿を見え難くする、という効果で、どちらかといえば隠密向きだ。
しかし、≪分身≫は確かに戦闘行動、特に回避や太刀筋の隠蔽に特化した効果と言える。
でも、そうか。
≪分身≫の効果を、回避率の向上だと考えれば結論は出た。
「うん。隠密か、防御か、回避か選ぶなら、私達の戦闘方式なら回避が一番だね」
「そうだな」
明黎も異論は無いようだ。
「それに、この効果を付けてたら、明黎の刻印も誤魔化せる、よね?」
明黎の刻印の一つは<幻影術>だ。
名前通り、あらゆる幻影を作り出して操ることが出来る。
この刻印は、妖魔との戦闘にも使えなくはないが、最も効果を発揮するのは、対人間、それも隠密や暗殺関係だ。
頭領が、明黎の得たこの刻印を知った時の、唇を吊り上げた醜悪な顔を覚えている。
あの人の当初の目的を考えれば、明黎は正に理想の駒だったのだろう。
当時の、十歳にも満たない少年だった明黎は、大人達から寄ってたかって暗殺術を仕込まれた。
人の急所、暗器の使い方、毒の使い方、首の絞め方、即席の鈍器を作る方法、正確な投擲、気配の消し方から素手での戦闘方法に至るまで。明黎の並外れた戦闘能力の根幹はここにある。
本人の意志に関わらず、明黎が最も得意とするのは人間の暗殺なのだ。
そして、明黎が所持している刻印も、暗殺に適したものが複数ある。特に<幻影術>と<隠密技>は、あまり余人に知られたくない。そのため、明黎は人前では極力幻影を使わないようにしている。
しかしそれは、手札を一つ捨てるに等しい。
どうにかならないかと思っていたが、限定的とはいえ、幻影を作る錬成具を日常使いにしていれば、明黎が刻印を使ってもある程度誤魔化しが効くはずだ。
「念の為、隠し畑で使ってた<幻影≫の錬成具を小型化して持っておけば、よほどのことがない限り大丈夫じゃないかな」
「…………まあ、そうだろうな」
刻印で作った幻影か、錬成具で作った幻影かの区別など、普通の人は判らない。
明黎の取れる手段が増えるという意味でも、羽織に≪分身≫を付与するのはいい選択だと思う。
「うん、よし。お爺さん、この黒涙木の結晶を一籠ください」
「あ? ああ、それか。それなら一籠三百文でいいぞ」
「え、安くないですか? この品質ならもう少し高いと思ったのですが」
「そうそう悪くなるモンでもないから置いといたが、この店に染色の素材なんぞ買いにくるのは、あんただけだ。あんたが来るようになってから在庫がはけて助かってるからな」
ぶっきらぼうに言われて、少し笑ってしまう。この店主は、愛想は無いが、人が良い。
……ちょっとだけ、明黎に似てる。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
「甘えるも何も、あんたは客だろ。金を払ってくれるなら感謝なんぞいらん」
「はい。では、三百文」
帯に付けた胴乱から、じゃらりと連なった銭貨の束を3つ出す。そこそこ重い。
「まいどあり。……必要なモンがあったら事前に言ってくれ。仕入れの時に探すくらいはする」
「はい。よろしくお願いします」




