10. 生地の購入
「うちの者が大変な失礼をしましたようで、申し訳ありません」
外から戻ってきた女性に奥の部屋に通されて、まず初めにされたのが謝罪だった。うちの者、という言い方からして、この人は店長かそれに準ずる立場なのだろう。
「いえ、私は店に適切な売買以上のものは求めていません。謝罪は不用……いえ、受け取りますので顔を上げて下さい」
謝罪が不用と言われても、この人の立場では受け入れることは出来ないだろう。だが、直接関係無いこの人に頭を下げさせるのは、少々居心地が悪い。私達に対応した店員だとて、別に多少接客態度が悪かっただけだ。互いに関わらないならそれで終わりになる話だろう。
「寛大な言葉、ありがとうございます。言い訳を致しますなら、現在、当店は冒険者の方の迷惑行為が頻発しておりまして。私が今し方、治安隊へと被害届けを出してきたところなのです」
結界が消えてから、それまでと違って、冒険者は領地を守る存在として一目置かれるようになった。それ自体は良いことなのだが、周囲の反応が変わったことに気付いた一部の冒険者が図に乗り始めた。
金も持たずに高級店に入り、商品を破損、汚損、酷い時には強奪する輩が出ているらしい。
冒険者の格好をした私達を見て、迷惑客向けの対応をしたら、反応からして普通の客だと気付いて青褪めた。と、いうのが向こうの主張だ。
「……なるほど。それならば、私も過剰反応したことになりますね。私は見ての通り、外見から侮られることが多いもので……」
「いえ、当店の者が失礼をしたのは事実です。お気遣いの必要はありません」
私が謝れば、また向こうも謝罪を繰り返すことになるだろう。さっさと流すのが一番だ。
「では、改めて商品を見せていただいても良いでしょうか。冬に向けて服を新調したいのです」
先程の失敗を踏まえて、欲しい生地の特徴をなるべく詳細に伝えると、女性は廊下に控えていた人に指示を出して、またこちらへ戻ってきた。
「今、ご希望に沿った品を用意させています。当店で扱っているのは生地のみですが、お仕立てをご希望の際は紹介も可能です」
「いえ。生地があれば自分で仕立てますので、そちらは不用です」
私達の服はそこかしこに普通は無い細工があるので、他の人に仕立てを任せるつもりはない。生地さえあれば、それで充分だ。曲輪では、その生地さえも自分で織っていたのだから、随分と楽になっている。
「では、その外套はご自分でお仕立てに?」
「はい。それが何か?」
そういえば、この人は戻ってきた時にも私達の外套について言及していた。
「いえ、不躾に申し訳ありません。実に素晴らしいお品だと思いまして」
そう言いながらも、彼女は少々不思議そうだ。
おそらく彼女は被服か目利き系統の刻印を持っているのだろう。だから外套の質は分かるけれど、その理由までは理解らないのだ。
私達の外套は、維竹製の錬成具だが、そもそも維竹はそこまで高品質の素材ではない。それを染色や刺繍などさまざまな手を使って、詰め込めるだけの効果を目一杯詰め込んでいる。しかも刺繍を施した、謂わば本体の布は、外から見えないようにわざわざ二枚の布の間に挟んで隠してあるから、見た目と性能が一致していない状態なのだ。
そのことを、わざわざ説明する必要はない。必要はないが、この店の仕組みからすると、ある程度説明した方が私の必要とする商品を紹介してもらいやすいだろう。
「褒めていただき、ありがとうございます。この外套は、色々と細工を施した錬成具なのです」
「錬成……ということは、お客様は錬成術師でいらっしゃる?」
「ええ」
「では、ここから更に手を加えられるのですね……その上でお仕立てまでされるのでしたら、染色などもされていない、素の生地をご紹介した方がよろしいでしょうか?」
「いえ、今回は染色した物でいいと思っていたのですが……染色前の生地があるのですか?」
こういった高級店では完成品しか販売していないと思っていた。
「通常、当店で扱っているお品は染色済みの物ばかりなのですが、契約しております職人の試作品などの一部は規格外品として買い取ることになっているのです。もちろん、質は保証致します」
試作品? と疑問に思っていると、ちょうど廊下から「商品をお持ちしました」と別の店員の声が掛かった。
運ばれてきた二つのお盆には、芯に巻きつけられた生地が積まれている。ざっと二十反ほどはあるだろうか。
「右側の盆の品が、先程伺ったご希望に近いお品になります。左側の盆は、少々ご希望からは外れますが、お伺いした用途から当店の判断でお持ちした品です。先程お話しした試作品もこちらにございます」
そう言って彼女が見せてくれたのは、表面に皺のある生成りの生地だった。
「こちら、雲喰蚕の繭と蓑蜘蛛の糸を使って織った生地になります。糸の質も良く、霊力の含有量も高い品なのですが、別素材を使用しているためにどうしても表面が均一にならず、試作品止まりになりました。しかし、見た目の美しさより機能を重視されるのでしたら、こちらの品も選択肢に入るのではと、お持ち致しました」
「近くで拝見しても?」
「もちろんです」
下に敷いた布ごと渡された試作品を<解析>する。
確かに、高品質素材を使って織った布のようだ。霊力の含有量が多い。これならば、多くの効果を組み込むことが出来るだろう。
職人の腕も良かったようで、黄・無属性の雲喰蚕と黄・青・黒属性の蓑蜘蛛の素材を綺麗に調和させている。
「これは、良い品ですね……」
表面に皺があるといっても、それも生地の持ち味と思える程度だ。手触りも悪くない。ただ、確かにこれを均一に染めるのは難しいだろう。糸が違う以上完全に同じ色には染まらないから、濃い色を付けるほど、今以上に皺が目立つはずだ。そうなると、高級店で出すには躊躇うのも分かる。
「こちらは、この一反のみですか?」
「いえ、あと一反、羽尺の物がございます。そちらもお持ちしますか?」
「お願いします」
ここから更に染色などで質を上げることが可能なのだから、これは買うべきだろう。四人分には足りないから、他の布を継ぎ足すことになるだろうが、別にその程度は今更だ。
「他の生地も見せてもらえますか」
「はい。雲喰蚕は棘紅、茜油松の煤、鉄蓼で染めた物。金種綿は槐蟲、黒涙木、渋豆、鉄蓼、菫貝で染めた物。維竹は棘紅、槐蟲、鉄蓼で染めた物になります。ご希望通り、柄物ではなく全て単一色で染めた物です」
ふむふむ。先程の布を羽織用にするなら、一緒に使う布は雲喰蚕を鉄蓼で染めた物だろう。<解析>して、質に問題が無いことを確認し、こちらも二反確保してもらう。
「小袖と袴用の布は金種綿か維竹のつもりだけど、こうして見ると、やっぱり金種綿の方がだいぶ質が良いね。黄属性の含有値も高いし、染料はそれぞれに合わせて選べそう」
槐蟲は黄属性で、生地の色も綺麗な黄色だ。
黒涙木は緑・黒属性で、生地の色は黒に近い深い緑。
渋豆は緑・黄属性。生地の色は茶色。
鉄蓼は緑・青・黒属性で、生地の色は藍色。
菫貝は赤・青属性で、生地の色は深紫。壺菫の色だ。
「若菜、この黄色と茶色なら、どっちがいい?」
若菜が戦う時は格闘技なので、少しでも防御力の高い服装が望ましい。そうなると、特に黄属性の高い槐蟲か渋豆の生地になる。どちらの生地を選んでも≪強化≫≪硬化≫の効果を重ねて付与するつもりだ。
しばらく前までは、こうやって希望を聞いてもほとんど答えが返らないのが当たり前だったが、今は少しずつ改善している。今も、二つの生地をじっと見た後、躊躇いながらも黄色の方を指差した。
「うん。じゃあ、若菜用のはこれにしようね。明黎は、藍色か深紫のどちらかがいいと思うけど、どうする?」
「付ける効果の違いは?」
「藍色なら≪修復≫≪消音≫≪幻影≫≪浄化≫のうち、どれか二つかな。深紫なら≪浄化≫≪反射≫≪活力≫≪筋力強化≫のどれか二つ。あと、深緑なら≪修復≫≪衝撃分散≫≪影≫のうち二つで、黄色と茶色なら≪強化≫≪硬化≫の重ねがけ」
ちなみに私は菫貝の深紫で≪活力≫≪筋力強化≫を付けるつもりだ。少しでも筋力と体力の不足を補いたい。
哲金の分は私が選ぶことになっているので、深緑の生地で≪修復≫≪衝撃分散≫を付与するつもりだ。
「……この藍色の染料は、羽織の分にも使ってあるんだったな。なら深紫で≪反射≫≪筋力強化≫にしろ」
「うん。了解」
私達が身内で話している間は静かに待ってくれていた店員が口を開く。
「お決まりになりましたか?」
「はい。金種綿の槐蟲染めを二反、同じく黒涙木染めを二反、菫貝染めは四反、先程の雲喰蚕の物と合わせてお願いします」
「はい、承りました。ですが、ひとつだけ。同種の生地を複数購入されるお客様に、当店が必ず申し上げるご案内があるのですが、よろしいでしょうか?」
選んだ全ての生地を二反以上購入するから、という提案らしい。
わざわざ前置きをしてくれたのは、先だって少々揉めたせいだろう。
「もちろん、お願いします」
「ありがとうございます。当店では複数購入を希望される場合は、二反目以降の取り置きをご提案させていただいております。一反目をご購入いただき、実際にご使用いただいてから二反目以降の購入を再度検討いただくための制度です」
要するに、客がまとめ買いをしたことを「失敗した」と思わないようにするための制度のようだ。
購入価格の一割を手付金として払っておけば、一月の間、店は商品を他の客に売らずに取り置きしてくれる。購入する際は手付金を引いた価格を払えばいいし、別の生地を購入することにした場合も手付金の値段を引いてくれる。
ただし、購入を止める場合は手付金は返ってこない。
こちらにとっては良い提案だと思うけれど、<解析>をしているのだから、後から買う物を変える可能性は低い。今日買ってしまってもいいとも思う。
「明黎、どう思う?」
「取り置きしてもらっとけばいいだろ。仕立てるのも一度には出来ねぇんだし、二つ目を買うことは決まってんだから損は無い」
「うん、そうだね」
折角の提案を断らなくてもいいだろう。もしかすると、本当に変更を希望する可能性だって皆無とは言えない。
「では、注文した生地の半数は取り置きをお願いします。あ、試作品の生地だけは、両方購入していきますね」
「承りました」
結局今回持ち帰るのは、雲喰蚕の生地が一反、金種綿の生地が四反、無染色の試作生地が着尺と羽尺で各一反の計七反だ。
金額は、雲喰蚕の生地が七銀、金種綿の生地は染料で多少価格が違うがだいたい一反三銀半、試作品は着尺が三銀、羽尺が二銀。手付金が二銀と百銭。
締めて二両八千百文也。貨幣で言うなら、大判金貨二枚に小判金貨四枚、銭貨百枚だ。
かなりの大金ではあるが、払う金額が約半分になったので懐にはだいぶ余裕がある。四人共有の財布以外にも、予備として私個人のお小遣いも持ってきていたのだが、まったく出番が無かった。
「んー……明黎、若菜。帰りに糸問屋と染料置いてる素材屋に寄っていい? あと、出来れば小間物屋にも」
「別にいいが」
「わかった。おねえちゃん」
大判金貨三枚で支払って、お釣りを待つ間にこの後の予定をすり合わせる。お金にも時間にも余裕があるので、刺繍用の糸や染色素材も購入しておきたい。




