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曙光を見出す  作者: 椿榎楸柊
三章 大きなのっぽの錬成工房

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9. 買い物日和

「晴れたねぇ」


 秋晴れの空気の中、明黎と若菜と一緒に街中を歩く。

 今日は約束していた買い物の日だ。


「おい、よそ見すんな。迷うぞ」

「いや、そんな一瞬で迷わないよ」

「そういうことは、現在地が分かってから言え」


(……明黎から離れなければ大丈夫じゃない)


 そうは思うが、口に出したら更に怒られるだろう。大人しく口をつぐむ。


 今、私達は素材を取り扱う店に向かっている。素材の中でも、特に布や革といった生地を専門に取り扱う店を、哲金が職場の伝手で調べてくれたのだ。

 ただし、その店は所謂(いわゆる)老舗(しにせ)の大店(おおだな)で、普段の生活圏とは重ならない場所にある店だ。

 

 この領地に来て初めて実感したが、霊木草や妖魔を原料とする素材は高価な物が多い。

 曲輪にいた頃は、金属なんかを手に入れるのが一番難しかったが、ここでは私達が手甲や脚絆に使っている防豨(ぼうき)という妖魔の革は、下手な金属よりよほど高価だった。


「雲喰蚕(くもぐいかいこ)の生地があれば一番良いんだけど、置いてるかな?」

「あるんじゃないか? 値段は知らねぇが」

「雲喰蚕のは羽織に仕立てるつもりだから、お金は足りるとは思うけど。雲喰蚕が無理なら、金種綿(きんしゅめん)か、維竹(いたけ)かな。染料の影響もあるし、実際に見て解析してみないと結局は分からないけど」


 それぞれの生地のおおよその金額を、哲金に相場から予想してもらって、貯金の内、四割程度のお金を持ってきている。同時に、量を買うのだから必ず値切れ、とも哲金から厳命されていた。


「羽織と、小袖と袴を二枚ずつ。余り生地で首に巻く用の手拭いを作るとして、結構な出費になりそうだよねえ」


 肌着や部屋着は普通の綿生地で、それも中古で構わないから、自宅の向かいにある古着屋で既に購入している。

 元々私達が着ていた肌着は、曲輪で死んだ子供達の服を継(つ)ぎ接(は)ぎした物だったのだし、それらは別段何でもいい。

 だが、戦闘時に着る服は「何でもいい」というわけにはいかない。特に、今は結界が無くなっているので、街中でも突然戦闘になる可能性がある。

 今着ている物や、曲輪から持ち出した維竹製の布もあるが、それは裏地に使うつもりだ。


「冬は着込む分、どうしても動きが鈍るしね。しっかりいい生地買わないと」

「…………前から思っていたんだが≪調温≫って効果は、服には付けられねぇのか?」


 厚着が嫌いな明黎が、顔を顰めて聞いてくる。

 ≪調温≫は名前通り、温度を調整する効果で、曲輪の工房に付与されていたものだ。今の工房の作業場と素材保存庫などにも付いている。


「ううーん、あれ、温度の微調整のために物凄く長い術式が必要なんだよね。ただ熱とか冷気を発するだけなら何とかなるけど、そんな効果を迂闊に服に付けたら火傷とか凍傷の元だし……」


 長い術式が必要だということは、それを描き込むための大きな錬成陣が必要だということで、ひいては素材の質や量も必要になってくる。

 しかも、閉じた空間でもないと、外気が入り込むたびに錬成具を起動し直す必要があるだろう。

 やってやれないことはないが、費用、手間、着用者の霊力負担を考えると、あまり現実的とは言えない。


「服じゃなくて、取り外せる小型の懐炉(カイロ)に似た錬成具をいくつか作ろうか。衣嚢(いのう)に入れたり、手甲や脚絆の隙間に入れれるような薄いやつ。今なら素材が手に入るし」


 それぞれを単独で起動出来るようにしておけば、加熱し過ぎて火傷することも無いだろう。

 ただし、それで減らせるのは内側に着る防寒用の肌着なので、今回の買い物に影響は無い。


 角を曲がると、目的の店が見えた。そこまで広いわけでは無いが、柱や壁に装飾のある立派な店構えだ。開け放たれた戸の上には、見事に染め抜かれた藍色の暖簾(のれん)がかかっている。


「いらっしゃいませ」


 中に入ると、すぐに店員の声がかかる。掃除か何かをしていたようだが、こちらを見るとすぐに手を止めた。二十歳前後に見える若い男性の店員で、反物を扱っている店にいるだけあって、上等な服を着ている。

 店内は綺麗に整ってはいるものの、いくつかの小物と見本らしき物以外の商品が見当たらない。先にいた客の様子からして、店員が要望に応じて商品を奥から持ってくるのだろう。


「すみません、黄属性の強い生地を見たいのですが。雲喰蚕や金種綿、維竹などの生地はありますか?」


 店員に要望を伝えると、彼はこちらを観察するような目を向けながらも頷いた。


「ああ、はい。そちらから上に上がられてお待ちください。すぐにお持ち致します」


 店員の指示通り、草鞋を脱いで上(あが)り框(かまち)から畳敷(たたみじき)の部屋へと上がる。場所は指定されなかったので、先客達の邪魔にならない位置に適当に座った。

 不躾にならないように気をつけながら他の客の様子を伺うと、種々の生地や反物を広げて、店員と話しながら買う物を決めているようだ。一番奥に座っている客が、熱心に雲喰蚕の反物を選んでいる声が聞こえてくる。


「お待たせ致しました。こちら、雲喰蚕の反物です。白、黄、藍色の三種類をお持ちしました」


 しばらくして戻ってきた店員が持ってきた反物を見て、僅かに顔を顰める。<解析>せずとも質の悪い物を持ってこられたことが分かる。折角の上位素材なのに、加工の仕方が悪くて含有霊力がかなり低い。これなら、私達が今着ている維竹の外套の方がよほど上質だ。

 どういうつもりなのかと思って店員に目を向けるが、作り笑いを浮かべているだけで、自分から口を開く様子もない。

 念の為<解析>してみるが、やはり質が悪い。これでは、新しく効果を付与出来る余地はほとんど無いだろう。

 店員の顔を真正面から見返して、思いっ切りため息を吐く。わざわざ明黎達に付いてきてもらったのに、やはり舐められているらしい。


「……これだけですか? でしたら結構です。明黎、若菜、行こう。ここの品揃えがこの程度なら時間の無駄。別の店に行った方がいい」


 哲金はこの店を勧められたそうだが、私達は別にこの店にこだわりがあるわけでもない。大店でなくても、この反物よりは良い物を扱っている店はある。

 私達がさっさと立ち上がると、途端に店員が慌て始める。


「あ、あの、すみません。すぐに金種綿と維竹の反物が運ばれてきますので、もう少しお待ちいただけませんか? 雲喰蚕の反物も、他の物をお持ち致します」


 手の平を返すように下手に出る態度に、不快感が先に立つ。ここでこちらが折れれば、たぶん根本的な態度は変わらないままだろう。この人にどう思われてもどうでもいいが、不利益を被る気は無い。


「いえ、結構です。この店にとって、私達は客では無いのでしょう。失礼します」

「待ってください!」


 店員が大きな声を出したことで、他の客や店員がこちらに注目する。

 ……煩(わずら)わしいな。


「待てと言われましても、私は今持ってこられた反物を買う気はありませんし、これを持ってくる貴方の目利きを信用出来ないので他の物を見る気にもなりません。この店の仕組みからすれば、私が直接商品を見ることも出来ませんし、お互いに時間の無駄でしょう」

「いえ、その、違うのです。選んで持ってきたわけではなく、お待たせしないように手近にあった物をお出ししただけで、」

「……はぁ。下手な言い訳をすると、他のお客さんからの信用も失いますよ」


 こちらの話が聞こえたのだろう、奥の客が自分が選んだ雲喰蚕の反物を不審気に見返している。

 そちらに気を取られた店員が黙り込んだので、私達がそのまま上り框に移動すると、ちょうど表の方から年配の女性が入ってきた。


「外まで声が聞こえていますよ。お客様、何か失礼がありましたでしょうか」


 どうやら、入ってきた女性も店の関係者らしいが、特に説明する必要もない。


「いえ。来る店を間違えただけですので、お気になさらず」

「まあ、お間違いに。ですが、それも何かの縁でしょう。皆さま随分上質な外套をお召しでいらっしゃいますし、当店は生地を取り扱っておりますの。よろしければ、おもてなしをさせて下さいませ」


 互いに笑顔のまま、沈黙が落ちる。外まで声が聞こえていたというのは本当だろうし、事情は把握しているのだろう。

 ならばこの女性は、店の威信のために相応の対応をしてくれるはずだ。求める物が相応の価格で買えるのならば、別にこの店で買ってもいい。


「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」


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