8. ひみつの話
「それ、両方作ったらいいんじゃない?」
夕飯を食べながら、満面の笑みで哲金が言い放った。
今日の夕飯は鮭の塩焼きだ。哲金の好物なので、秋が深まってきた現在、我が家ではよく食卓にのぼるようになった。
表情は好物を食べているからだろうが、発言自体は私への返事だろう。
「両方って、回復薬を、だよね?」
今の話題は、今日の工房での出来事だった。最近の世情のせいで素材が入ってこないこと、代替品として回生蜥蜴を使いたいが不評なことを話し、何かいい案がないか相談したところだったのでその返答だと思うのだが、ただでさえ素材が不足しているのに両方作るというのはよく分からない返事だ。
「そう。妖魔の素材が不評って言っても、僕らみたいに気にしない人も結構いるはずでしょ。だから、両方作って買う人に選ばせればいいんだよ。蜥蜴使ってる方は少し安くするとか、何か付加価値付けるとかしたら、半分くらいはそっちを選ぶんじゃない?」
「……なるほど」
半分の素材を置き換えられるなら、必要量の供給を賄える可能性は高い。
「まあ、管理の手間とか、色々面倒だとは思うけどね。とりあえず、提案だけしてみたら?」
「うん。ありがとう、哲金」
「どーいたしまして」
哲金は軽くいって、また食事を再開する。よほど美味しいのか、噛み締めるように食べている。
秋を過ぎると中々手に入らない魚らしいので、市にあるうちはなるべく食べさせてあげたいと思う。
幸いにも、今の私達には貯金に回せる程度には収入がある。私も先日、工房から初給料をもらった。紬綺が石鹸や保湿剤を引き続き買い取ってくれているし、多少物価が上がっても、好物を食卓に乗せる程度の贅沢は構わないだろう。
「あ、明黎。明後日だけど、予定開けられる? 寒くなる前に冬物の着物を仕立てたいから、反物を見に行きたいんだけど」
明後日、私は工房の仕事が休みだ。
そして私一人で買い物に行くと、外見からか、舐められて値段を誤魔化されそうになることが多い。
しかし、私達の服は防具を兼ねられるように、霊草から作られた布を使用している。<解析術>を使える私が直接品質を確かめて買った方がいいのだ。
「別に俺はいいが。哲金は一緒に来ないのか?」
「僕は明後日は仕事。姉さんとは、なかなか休みが被らないんだよ」
買い物に行くなら、本来は相場を熟知して価格交渉も得意な哲金も一緒に行った方がいい。しかし、互いに七日に一度しか休みがないので、なかなか休日が被らない。のんびり待っていれば冬が来てしまうだろう。
「若菜も、明後日は買い物に行くから付き合ってくれる?」
「うん。おねえちゃん」
「哲金も、要望とか、ついでに買ってきて欲しい物とかあったら言ってね」
「了解。まあ、服に関しては姉さんに任せるつもりだよ」
私達は、育った環境が環境なので、あまり着る物への拘りは無い。それでも、多少の好みはある。
明黎は暗めの色が好きだし、哲金は黄色や茶色を選ぶことが多い。若菜はおそらく明るい色が好きだ。私自身は、濃いめの色を選ぶようにしている。全体的に色素が薄いので、淡い色味はまるで似合わないからだ。
「分かった。なるべくみんなの好みに合うような布を探してくるね」
ついでに、以前考えていた、それぞれへ渡す小物も見てみよう。髪紐とかなら、布を扱う店の側にあるだろうし。明後日が楽しみだ。
◇
翌日、私は工房で、昨日の哲金からの提案を道竹に伝えてみた。
「価格を下げるか付加価値を、ということなので、回生蜥蜴の心臓を使う処方は、効果を重視した術式を使ったらどうかと思っています」
「な、なるほど…………あの、すごく良い案をもらっておいて何だけど、工房の内部情報をあまり部外者に話さないようにね?」
戸惑い気味に言われて、目を瞬く。
「すみません、良くなかったのでしょうか」
「ああ、うん。いや、そうだよね。皓理さんがしっかりしてるから忘れてたけど、まだ見習いなんだから、そのへんもこっちで教えなきゃいけなかったんだ。ごめんね」
そう言って道竹が頭を下げようとするので、慌てて止めた。
工房内部のことを誰かに話すのは、どうやら結構不味いらしい。
「すみません、私はどうにも世間知らずで……今後は気をつけますね」
「いや、うん。えっと、日常的なことは話しても大丈夫だから……後で、梅花さんに細かいこと説明してもらうように言っておくね。……それで、話を戻すけど、二種類作って効果も少し変える案、報告しておくね。たぶんこれが通ると思う。本当にありがとう。案を出してくれた家族の人にも、お礼を言っておいて……詳しいことはぼかしつつ」
「はい」
哲金にお礼は言っていいようだ。内密にする基準が私とだいぶ違いそうなので、大きな問題が起きる前に知れてある意味運が良かった。
挨拶をして道竹と別れ、今日の錬成業務を行う。今日はひたすら治癒膏の錬成だ。量からして、一日では終わらないだろう。
昼休憩、梅花と一緒にお弁当を食べていると、道竹に話を聞いたらしく守秘義務についての話があった。職務上で知り得た、工房の内部事情や秘匿規定のある錬成関連の事、従業員や顧客の個人的な情報などは、外部の人に話してはいけないらしい。
「……と、まあ、こんな感じかしら。何か質問はある?」
「私が元々知っていた霊薬や錬成具の処方については秘匿した方がいいですか?」
「そこは大丈夫よ。でも、工房としてはあまり他に教えて欲しくないだろうけど」
なるほど。工房でこちらが教えてもらった処方を迂闊に話すのは禁止だが、元々知っていたものは適用範囲外なのか。
「一応、雇われの身だもの。工房が不利になる可能性のある情報をもらしたら駄目ってことよ。罰則とかは無いけど、信用問題だから、一応気をつけてね」
「はい、分かりました」
私が頷くと、梅花もニコリと笑う。
「うん。じゃあ固い話は終わりにして、皓理ちゃんの同居人の話を聞いていいかしら? 話からして、若い男の子よね? 結婚していたの?」
興味深々、という顔をされて、首を傾げる。この場合、話題に出ているのは哲金の事だろうけど、別に哲金とはそういう関係ではない。
「結婚はしていません。故郷から出てきた幼馴染四人で一緒に住んでますが、関係性で言えば家族ですね。哲金……案を出してくれた人は、私のこと『姉さん』って呼びますし」
「年下なの?」
「いえ、同じ年ですが、何故か。あだ名みたいなものです」
私達の関係を上手く説明するのは難しいので、とりあえず、そういうことになっている。
「ふぅん? 皓理ちゃんって、結構秘密主義よねえ。言いたくないなら聞かないけど、恋愛に興味はないの? ここだけの話にしておくわよ?」
「恋愛…………結婚、ということですか?」
縁遠い話題過ぎて、今まで考えたことが無い。
「結婚までいかなくても、恋人とか、好きな人とかいないの? ウチの娘なんか、片思い中だから毎日キャアキャア言ってるわよ?」
「好きな人……家族のことは、好きですが」
「そうじゃなくて。姿を見ると胸が高鳴ったり、触れたら緊張したり、ずっと一緒にいたいと思ったり、そういう人のことよ。今までいなかった?」
ずっと一緒にいたい、というならやっぱり家族の三人、特に明黎のことだと思うけど。でも別に、胸が高鳴ったり緊張したりはしないし。むしろ一緒にいると、落ち着いて安心する。明黎は絶対に私を傷付けたりしないから。
「いない、ですかね? 家族が違うなら、私にはちょっと難しいです」
「そうなの。残念。私は恋っていいものだと思うから、いつでも話をきかせてちょうだいね」
「分かりました」
梅花の勢いに素直に頷くが、あまり縁がある話とも思えない。少なくとも、若菜の治療が終わらない限り、考える気にはならないだろうと思った。




