7. 工房の日常
工房に勤め始めてから、約一月。
工房の一般部門の面々とは、大きな問題も無く交流出来ている。
仕事の方も、今週からは補助ではなくて、商品の錬成を任されている。これは、初日に私が提供した術式を、他の人達が習得するための時間を確保する兼ね合いもある。
ただ、もちろん私の知らない錬成具の処方については、引き続き教えてもらっている。
「部門長、窯の使用申請ですが……」
「あ、皓理さん、ちょうど良かった。回復薬の素材と術式について相談したいんだけど」
最初、あれだけ腰のひけていた道竹も、今では普通に話しかけてくる。私としても、経験豊富な道竹と錬成について話すのは結構楽しい。
「総緑樹の仕入れ量は元通りになったんだけど、万節苔の運搬量が減っちゃっててさ。代替薬が作れないかって話なんだけど、何か心当たりある?」
「回生蜥蜴の心臓を使った代替薬の錬成ならしたことがありますよ」
「回生蜥蜴かぁ。やっぱりそれしか無いかな……」
悩ましげな声を出す道竹に首を傾げる。
「回生蜥蜴だと、何かあるんですか?」
「いやぁ……回復系の霊薬って、ほとんど素材が霊木草でしょ? 妖魔の内臓由来の霊薬って、嫌がられるんだよね……」
特に、爬虫類や蟲系の素材を使った霊薬は嫌がられることが多いらしい。
「はあ……でも、万節苔、入ってこないんですよね?」
「そうなんだよ。結界消失からこっち、霊薬の注文数は増えるのに、素材は手に入りにくくなる一方で。所長も色々と交渉してくれているんだけど、物が無いのはどうしようもないし。今は妖魔由来の素材の方が比較的手に入りやすいから、出来ればそっちで補いたいんだけど……うーん」
交易都市は、人口が多過ぎる上に領地の中に港を含むので、農業を出来るような土地が無い。それは霊木草の栽培も例外ではないから、素材のほとんどは他の領地からの輸送品だ。結界が無くなってからの流通の減少に、しっかり影響を受けている。
それに比べれば、妖魔の素材は増加傾向にあると言っていい。領地の安全のために、兵士や冒険者が積極的に妖魔を狩っているからだ。
私としては、霊薬の素材を選り好みする理由がピンと来ないし、代替品があるならそれでいいだろうと思ってしまう。味もそう変わらないし。
でも、たぶんそれでは困るから道竹は悩んでいるのだろう。
「蟲系も駄目となると、私も心当たりが……月雫榴の実があれば、多少万節苔を減らせるかもしれませんけど、時期的に流通してないでしょうし」
「いや、月雫榴の実も高級素材だから、そもそも採算が合わなくなっちゃうよ……そういう意味でも、やっぱり回生蜥蜴しかないんだよね……ハア、もう一度所長と相談するしかないか」
眉を垂らした困り顔でため息を吐く道竹は気の毒だが、そう簡単に打開策を思い付くわけではない。
「……私も、何か手がないか考えてみますね」
「ありがとう。お願いします」
自分でも当然考えてみるが、帰ったら明黎や哲金にも相談してみよう。
「あ、それと、嫌じゃなければ、皓理さんが回復薬の錬成で使ってる術式を教えてもらっていいかな? ≪即効≫の時みたいに、違いがあれば取り入れたくて」
「分かりました。今描いてもいいですか?」
「うん、ここ使って」
道竹が譲ってくれた場所を使って、回復薬に使う≪自己治癒力増進≫と≪肉体修復≫の術式を描いていく。≪健体調和≫≪即効≫は、既に確かめているので今回は省略だ。
≪自己治癒力増進≫は、身体・健康・元に戻す・維持・良くなる・機能・強化・促進・向上の九単語。
≪肉体修復≫は、肉体・損傷・塞ぐ・異変・治す・回復・元に戻す、の七単語で構成されている。
「≪肉体修復≫は同じだけど≪自己治癒力増進≫が少し違うね」
そう言って道竹が描いた術式は、私が最初に頭領に教わったのと同じ構成だ。身体・健康・元に戻す・維持・良くなる・役割・働き・強化・増加、の九単語。
単語数は同じだが、これなら私が使っている術式の方が効果が高いはずだ。若菜の治療のための試行錯誤の結果、『役割』『働き』という単語を『機能』に変え、『増加』という単語を『促進』『向上』に変更した。残念ながら、若菜の症状には効かなかったものの、霊薬の品質自体は向上している。
と、いうような事を、細部をぼかしながら伝えたところ、道竹は今回も速攻で錬成をしに行った。
予想はしていたので、私も遅れず付いていく。今日は見守る必要はないので、横で私も別の錬成をするつもりだが。
私の今週の仕事の割り当ては、治癒膏と薬草水と浄化炭。あと、虎顔鮫の鱗から作る膨張剤の錬成方法を草二に教わることになっている。
回復薬を錬成する道竹の横で、大量の薬草水を錬成して過ごす。今日の仕事の割り当て分は片付くだろう。
道竹の錬成が終わった後は、二人でどちらの術式を使うか、更に改良が出来ないか議論していたら、どこからか草二がやってきて話に混じってきた。と言っても、草二はかなり無口なので、ほとんどはただ頷いているだけだ。けれどかなり真剣に聞いているようで、時々ポツポツとこぼす意見は的を射ている。
「やっぱり、後半を二単語のままにして、少しでも錬成の霊力を抑えた方がいいと思う」
「いえ、少しの霊力ですむなら、効果を上げるべきです。特に回復薬は緊急時に使うことが多いのですから、少しの効果の違いが生死に直結することもあり得ます」
「でも、緊急時に使う物だからこそ、数を用意する方が先決じゃないか? 霊力が抑えられれば、その分錬成出来る数が増える」
「今は素材が少なくなっているのですから、数より質を優先するべきでしょう」
「素材については……その通りだけど、ずっとこのままじゃないはずだよ。供給が戻った時に、質を落とすわけにはいかないよ」
「それは……」
「……両方、大事」
道竹と、質と数のどちらを優先するべきか議論していたところ、草二がポツリと口を出す。その言葉に、ふっと冷静になる。
……確かに、どちらも重要なことに変わりはない。
口論というほどまでにはなっていなかったが、少々議論自体に少し熱中し過ぎていたらしい。
「……ごめん、ちょっと口調が強くなってたかも」
「いえ、私も冷静ではありませんでした。申し訳ありません」
冷静になったところで、議論は一旦棚上げする。気付けば、そろそろ退勤時間も近い。
「すみません、部門長。片付けはしておくので、窯の使用申請だけ確認して下さい。あまり遅くなると、家族が心配するので」
「あ、うん。ごめんね、よろしく。申請は確認しておくよ。希望日は?」
「三日後の午前です。その日が無理なら翌日で」
「わかった」
道竹は自分の使っている文机の方へと戻っていく。本来の業務をほったらかして錬成していたから、彼はたぶん残業だ。
使用した器具の片付けをしていると、その場に残った草二が手伝ってくれた。
「ありがとうございます。草二さんは、仕事終わってますか?」
「ウン」
それ以上の返答は無いが、仕事が終わっているなら大丈夫だろう。
急いで片付けを終えると、その日は帰路についた。




