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曙光を見出す  作者: 椿榎楸柊
三章 大きなのっぽの錬成工房

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4. 初出勤日の朝

 淡黄月(くがつ)一日(ついたち)。

 今日は、私が正式に工房に就職する日だ。


 いつも通り、夜明け前に起きて洗濯を済ませた後は、食事作りを始める。

 米は、朝昼晩の一日分をまとめて炊くので、四人分ともなると、結構重たい。羽釜に八合の米を米櫃から測り入れ、水で研いでいく。食料品の値段は上がってるが、米にはまだそこまで影響が出ていない。今年の収穫時期はもう少し先なので、それまでにどれだけ現状に慣れるかどうかで、価格も決まってくるだろう。

 羽釜で米を炊いている間に、冬瓜と厚揚げの煮物、生姜と昆布の佃煮、茄子の味噌汁も作っていく。


「おい、通るぞ」

「あ、ごめん。ありがとう」


 私が料理をしている横で、明黎が植木鉢を勝手口から外に出してくれている。

 この家に住み始めて約二月(ふたつき)。霊木草を育てている植木鉢と仕込み中の霊酒の甕(かめ)、各種の素材などでだいぶ手狭になっている。


「若菜ー、哲金ー、朝ご飯出来たよー」


 朝食を箱膳に盛り付けながら、二階に声をかけるが、返事が無い。今日は若菜もまだ寝ているのかもしれない。


「いい、俺が起こしてくる」

「ありがとう、お願いね」


 起こしに行こうと動き出す前に、植木鉢を全て運び出した明黎が二階に上がっていく。たぶん二人が起きてくるには少し時間がかかるだろうから、その間に私はお昼の準備もしてしまう。

 昼ご飯も、今日からお弁当だ。といっても、梅干しのおにぎりと塩茹でした枝豆くらいなので、準備にはそれほど手間はかからない。


「あちち」


 炊き立てのご飯は熱い。空中に放るようにして、手早く全員分のおにぎりを握っていく。

 ちょうどおにぎりを竹皮に包み終わった頃に、二階から若菜と哲金が下りてきた。


「おはよう若菜、哲金。朝ご飯出来てるよ」

「おはよう、おねえちゃん」

「…………おはよう、姉さん」


 まだ哲金は、若干眠気がとれていないみたいだが、とりあえず食事の前に座らせる。


「「「「いただきます」」」」


 手を合わせて食前の挨拶をしてから、味噌汁をひと口。うん、美味しい。昆布や小魚でとる出汁にも、だいぶ慣れたと思う。


「若菜、今日から私は毎日仕事に行くから、日中は明黎と一緒に過ごしてね。明黎、若菜をよろしくね」

「わかった、おねえちゃん」

「わかってる。今日は、冒険者組合で情報収集する以外は家にいるから、ガキ連中と遊ばせとく」


 お互いの予定を改めて確認しながら、食事を進めていく。哲金はまだ眠気を引きずっているらしく、言葉少なだ。こんな様子の哲金を見るようになったのも、この家に引っ越してきてからになる。曲輪では、ずっとどこかで神経が張り詰めていたのだろう。


「御ご馳走様でした」


朝食を食べ終わって、食器は洗い桶につけておく。食器洗いは今日は明黎と若菜がしてくれる。


 出勤の予定時刻までは、勝手口から出て、霊木草の手入れの時間だ。

 水と霊力を与え、病気や虫にやられていないか点検していると、隣の家から太介と仁介が目を擦りながらやってきた。


「おはよー、ねーちゃん」

「おはよう、太介、仁介」


 二人には、最近、お駄賃を渡してお手伝いをお願いしている。こちらまでやってきた太介に、銭貨を十枚渡す。


「今日も霊木草(このこ)達をよろしくね」

「まかせといて! これかーちゃんに渡してくる。仁介は見張りな!」


 渡された十文を握りしめ、にかっと笑うと、太介は一度家に戻っていく。太介に渡したお駄賃は、二人のおやつ代になるらしい。

 二人の母親である小夏に提案した、子供達へのお手伝いは、大喜びで受け入れられた。結界が消え、妖魔の襲撃や治安の悪化が不安な現状、親としては子供達に目の届く場所にいて欲しいが、子供達は行動を制限されるのに不満を隠さない。

 しかし、こうやって仕事を任され、報酬が自分達のおやつになるならば、子供達も真面目に取り組む。結果、太介と仁介は他所(よそ)へ遊びに行くこともなく、この裏の共用地区で霊木草の見張りがてら遊んでいる。

 おかげで、今まで霊木草達は悪戯をされることもなく、太陽の光を浴びて順調に育っている。狭い範囲で遊ぶのは、子供達には少し窮屈かもしれないが、私も小夏もとても助かっている。


 今も、仁介は太介の言いつけ通り、じっと一つの植木鉢を見ている。まだ三歳の仁介だが、とてもお利口で、兄の言うことを良く聞くいい子だ。

 その仁介が、ふと植木鉢を指差して見上げてきた。


「おねーちゃん、これ」

「うん、芽が出てるね」

「きのう、なかった」


 おや、と思って改めて仁介を見る。ただ眺めているわけでは無くて、本当に興味があるようだ。

 仁介が見ている植木鉢は、果豆を植えたものだ。少し時期外れの種蒔きなのだが、今日無事にひとつ芽が出たところだ。順調に育てば、冬になる前に一度収穫出来るだろう。


「仁介は、植物……ええと、葉っぱが好き?」

「うん。うごいてない、けど、うごいてる。ふしぎ」


 なるほど。だから動くところを見逃すまいとじっと見ているのか。子供の観察力というのは、結構侮れない。


「私達が分からないくらい、ゆっくり動いているんだよ」

「? うごいてない」

「うん。でも、お昼までには葉っぱが開くと思うよ」

「うごく?」

「うん。ゆっくりね」

「ふぅん」


 分かったような、分からないような、曖昧な返事ながらも視線が逸れないので、やはり興味があるのだろう。


「今度は、自分で種蒔きしてみる? 普通の植物なら、仁介にも育てられるよ」

「ほんと?」

「うん」


 ぱっ、とこちらを見上げてくる幼い顔に頷いて見せる。

 自分の育てる植物があれば、ただの見張りよりは二人もやり甲斐があるだろう。


「どんなのを育てたいか、お母さんやお兄ちゃんとも相談してみてね」

「たべられるやつ」


 おっと。そこらへんは幼くてもしっかりとしているようだ。


「分かった。今度、休みの時に植木鉢と種を買ってくるね」

「やった!」


 よほど嬉しいらしく、笑顔が輝いている。

 小松菜か蕪あたりなら、植木鉢でも育てられるだろう。


「さて、私はそろそろ行かなくちゃいけないから、また明日ね」

「うん。ばいばい」


 仁介と手を振って別れ、家の中に入って出勤の準備をする。

 といっても、簡易武装をしたいつもの服装に、お弁当と矢立(ひっきようぐ)を持ったくらいだ。


「あ、姉さんもう行く? ちょっと待って。僕ももう支度終わるから」

「なるべく早くね」


 やっと目の覚めてきたらしい哲金に声を掛けられる。哲金の勤める商業組合と、私の勤める工房はそこそこ近くにある。始業時間も同じなので、朝は一緒に行くことにしている。


「じゃあ、明黎、若菜、いってきます」

「いってきます」


 見送ってくれた二人に手を振って、哲金と歩き出す。

 まだ早めとはいえ、人通りが増えてくる時間帯だ。一時は減っていた人出も、喪中の黒布が仕舞い込まれたあたりから、少しずつ元に戻っていっている。市の呼び込みの声を聞きながら歩いていると、哲金から話しかけられた。


「で、姉さんは結局、一般部門の配属になったんだっけ?」

「うん。一般向けに霊薬や錬成具を販売している店に卸す商品を錬成する部門だよ。いくつか、私の知らない処方の錬成具があって、教えてもらうの楽しみにしてるんだ」


 ただし、私が一般部門に配属されたのは、そういった前向きな理由ではなく、覚醒式部門の部門長が私の教育を嫌がったせいだ。曰(いわ)く「ただでさえ忙しいのに、見習いの教育なんてしている暇はない」そうだ。一般部門の部門長も、それほど歓迎している雰囲気ではなかったが、工房所長からしてあの反応なのだから仕方がないだろう。

 かくなる上は、しっかりと働いて、役に立つことを示すしかない。

 他にも色々と話しながら歩いていたら、商業組合まではすぐだった。


「あ、姉さん。帰りはどうする? 迎えに行こうか?」

「ううん、大丈夫。時間が重なるか分からないし、そのまま帰っていいよ。今日は明黎達も門の外には出ないって言ってたし」

「了解。じゃあね。初仕事、頑張って」

「うん。哲金も仕事頑張ってね」


 哲金と別れて、一人工房へと向かう。

 まあ、初仕事とは言っても、就職が決まった日から三日に一度は通っていたので、今日改めて緊張しているわけでもない。


「おはようございます」


 挨拶をしながら、工房の扉を開けた。


明日、日曜日は更新をお休みします。

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