3. 錬成工房での面談
沙扶に伴われて、先日外観を見に行った工房へと足を踏み入れる。入り口の所で案内のための女性が待っていた。
土間で草鞋を脱ぎ、作業中の従業員を横目に三階まで階段を登っていく。どうやら、一階が一般部門、二階が覚醒部門、三階が事務関係の場所になっているようだ。
奥の部屋の襖に向かって、案内の女性が声をかけると「お通ししてくれ」と声が返った。
「失礼します」
中に入ると、年配の男性が三人座っていた。
座っている場所からして、緑灰色の髪の男性が工房所長だろう。老齢といっていい年齢に見える。
「沙扶様、座って出迎える非礼をお許しもらえますかのぅ。この年になると、立ち上がるのも一苦労で」
「もちろん構いませんよ、所長殿」
そんなことを言っているが、所長の背筋はピンと伸びており、とても動作が困難な様子には見えない。
本来、七位上の沙扶と七位下の所長ならば、沙扶の方が格上だ。ただ、ここが所長の工房であることと、沙扶が私の付き添いの立場だということで、所長が優位にあることを確認した、ということだろう。
工房所長は権力欲が強いのか、こちらが無理難題を押し付けると思っているのか。
(……どちらにしても、面倒だな)
領城とも取引のある工房の所長ということで、どんな錬成術師なのか楽しみにしていたのだが、あまり深く関わらないのがお互いのためかもしれない。
私達が促されて座布団に座ると、お茶が運ばれてきて、すぐに面談が始まった。
「こちらが、今回そちらに見習いとして受け入れていただく予定の皓理です」
「皓理と申します。よろしくお願い致します」
紹介されて頭を下げる。工房所長も貴族だ。礼節には気を遣わなければならない。
「頭を上げなさい。……しかし、ずいぶんと若く見えるがの。本当にあの霊薬をお前さんが錬成したのかい?」
「はい。治癒膏と腹腑丸でしたら、私が錬成した物です」
その二つは、まだ城に世話になっていた時に、実力を知りたいと言われて紬綺に渡した霊薬だ。
就職先の工房を探す時に参考として渡したと聞いている。
「ふむ。疑うわけではないが、何の素材を使うか聞いても構わんかね」
「はい。治癒膏は、茂草、佐保根、益草、常葉木の油。腹腑丸は、十善草、茂草、益草、果豆の根、釘木の蕾、糊花の樹液から錬成しています」
「ふむふむ。では、作業手順を説明してくれるかの」
「わかりました。治癒膏は、まず…………」
作業手順の後は、錬成陣に描き込む術式、素材の属性、使用器具についてなど、次々と答えさせられる。
疑うわけではないと言っていたが、完全に疑っている言動だ。
別に何を聞かれても、全部私が作っているので困ることはないのだが、疑われて腹が立たないわけではない。挙句、一連の質問に答えた後の台詞がこれである。
「うんうん。よく勉強しとるみたいだね」
言い方からして、幼児扱いというか、たぶん莫迦にされている。
(まだ疑いは晴れてないって言いたいわけね、このくそジジイ!)
「ええ。この工房でも多くの学びがあることを祈っております」
にっっこり笑って答えたものの、たぶん額に青筋が浮かんでいる。
直接関わり合いになることは少ないと言っても、この人の下で働かなくてはいけないのかと思えば、どうしても笑みが深くなるというものだ。
(……いや、落ち着こう。うん。この程度、頭領や呪詛師と比べれば何でもない)
そう考えると、すっと気持ちが凪ぐ。
我ながら、錬成術の工房というものに期待し過ぎていたようだ。
私の雰囲気が変わったのに気付いたのか、所長が訝しげに問いかけてくる。
「どうかしたかね?」
「いいえ。次は何に答えればいいでしょうか」
冷静になってみれば、この程度どうということもない。
それに、いくら所長が貴族とはいえ、一度引き受けた城からの要請を拒絶出来るような高位貴族でもないのだし、私の就職は予定調和だ。
この質問は単なる嫌がらせか、もしくはこちらから断らせようと仕向けるためか、どちらかだろう。つまり、所長の気が済むまで質問に付き合ってあげればいいだけだ。
そのままじっと所長を見つめるが、何故か無言が続く。すると、沈黙を見かねたのか、副所長の一人が後ろから所長をつついた。
「……所長」
「ああ、むう。……お前さんは、既にそれだけの霊薬が作れるのに、何故今更見習いとして勤めたいのかね?」
「……? それはもちろん、正規の資格が欲しいからです」
錬成術の工房に興味はあるし、錬成術の勉強もしたいとは思っているが、一番の理由はそれだ。
素直に答えたのに、所長は眉を寄せて思案顔だ。そんなに不思議に思われる理由が分からない。
「……所長殿、こちらの伝え方が良くなかったのかも知れませんが、この娘には記録上の実務経験がありません。故郷での扱いがあまり良くなかったので、伝手を頼って公爵領に移住したのです」
そういうことになっている。まあ、嘘はついていない。公爵家の権力で、色々なものを曖昧にぼかしているだけだ。
「……ふむ。実力があるのに見習いを希望するのはそういうことかい。……ウチの工房は、基本的に見習いの受け入れをしていない。人員の募集をする時は、資格を持つ者が前提だの。だから、教育には向かんし、すぐに錬成の仕事をしてもらうことになるが、本当にウチの工房でいいのかね?」
「はい。私の要望を聞いて紬綺様が探してくださった工房ですから、ここに勤めたいと思っています」
「……ふむ。うむ。なら、まあ、いいじゃろ。予想外の仕事が舞い込んで忙しいのは確かだからの。戦力になるなら歓迎するわ」
「……ありがとうございます」
お互いに微妙な顔だけど、とりあえず正式に採用はしてもらえたようだ。
「正式な雇用日は、キリ良く淡黄月の一日からにするけど、それまでにも何度か顔を出してもらえると助かるわ。話は通しておくから、部門長達に仕事内容を教えてもらっといて」
「分かりました。では明日、」
「明日は早すぎるから、三日後な」
「……はい」




